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六百十四話 喉が痛い

 精霊樹とラエティティアさんの復活を祝う宴が開催された。長老が長々と話そうとしたり、百人くらいのエルフが挨拶に来たりとアクシデントはあったが、めでたい席なのでしょうがないだろう。とはいえ少し疲れを感じていたので、このタイミングでシルフィが散歩に誘ってくれたのは助かる。




 日本ではまず見ないような巨木に囲まれた深い森の中をのんびりと歩く。


 普通なら恐怖すら感じかねないシチュエーションなのだが、いくつもの光の球が浮かび、そこかしこでエルフ達が騒いでいるので恐怖は微塵もない。


 ただ、エルフ達の騒ぐ姿を見て思うところもある。


 なんというか……エルフのイメージが……嬉しいのは分かる。精霊樹の復活はエルフにとって悲願みたいなことも聞いた。


 だから騒がしいのは仕方がないと思う。でも、大学生の飲み会みたいな騒がしさは、少し、いや、かなり夢が壊れる。


 そしてもう一つ。


 俺が近づくと、エルフ達がビクッと震えて固まるのが気まずい。


 酔って油断しているところに、いきなり大精霊二人の気配を感じるのだから驚くのも無理はない。


 あと、気を遣われているのか、近づいてこないのはありがたいが、遠くからこれでもかと感謝の気持ちを表されるので反応に困る。


 俺が求めているのはこういう遠巻きな感謝ではなく、エルフのお姉さん達に囲まれて褒め殺しというかひたすら甘やかされるような感謝が欲しい。


 端的に言うと、ちやほやしてほしい。


 言えば叶えてくれそうなのだけど、それこそ素直に言えない自分の弱さが憎い。


 勇気が……勇気が欲しいです。


「この辺りならいいわね。裕太、そのお酒をちょうだい」


 自分の弱さを嘆いていると、今まで黙っていたシルフィに声をかけられた。


 周囲を見渡すと、いつの間にか宴の範囲から逸れていたようで無人になっている。どうやらお酒を呑みたいがために人目が付かない場所に誘導されたようだ。


(別に構わないけど、お酒は報酬としてもらって帰るつもりだよ?)


 なにもわざわざ移動して飲まなくてもと気持ちを込めながら杯を渡す。


「ここなら小声じゃなくても大丈夫よ。他の風の精霊の力でも声は漏れないわ。あと、このお酒が気になっちゃったんだからしょうがないでしょ。ふむ、結構美味しいわね」


 しょうがないらしい。まあ、お酒が関係しているのだから、しょうがないと言えばしょうがないか。だって、シルフィだもん。


「たしかにそのお酒、美味しいよね。ワインだと思うんだけど、味と香りが違うんだよね」


 ワインに詳しい訳ではないが、なんか特殊な製法で作られたワインな気がする。最初にのんだお酒は普通のワインだったから、これを呑んだ時は少し驚いた。


「これは桑の実を使ったワインですね」


「え?」


 シルフィから受け取ったお酒を味見したドリーが、ビックリすることを言う。


「桑の実?」


 素材から違う……だと……。


 ワインってブドウから出来るんじゃないの?


「はい。エルフ達は森で養蚕をしているようなので、桑の実はお酒に利用しているのでしょう」


 いまいち理解が……ああ、そういえば蚕って桑の葉が餌だった気がする。


 桑を育てて養蚕をして絹を得て、余った桑の実はお酒に利用する。無駄がないな。


 そういえばエルフ達って森の中なのに綺麗な服を着てきたような。美貌に目が眩んで服にはあまり注目していなかったが、そうか絹の服を着ていたのか。


 贅沢に思えるけど、綿は綿で生育に難しい部分があったはずだし、森で生産するとなると絹が無難な気がしないでもないな。破けそうだけど……。


「裕太、報酬でも購入でもいいから、このお酒もできるだけ手に入れるようにしてちょうだい」


 ドリーから杯を返してもらい、それを飲み干したシルフィが満足気に要求してくる。


「分かった。でも、エルフ達の迷惑にならないくらいだからね」


 今の状況で要求したら、エルフ側が根こそぎ提出してきそうな気がする。先に桑の実ワイン? の生産量を聞いてから打診しよう。


「んー、今回は無理しない程度で良いわ」


 ……今回はってことは、次の機会も用意しろってことだな。まあ、精霊樹もラエティティアさんもエルフも気になるから、俺もこの国と関係を断つつもりはない。機会は何度でもあるだろう。


「了解」


「さて、お酒も飲んだし、そろそろ戻りましょうか。主役が不在で長老達がキョロキョロしているわ」


 シルフィ、本当に桑の実ワインの味見がしたいだけで俺を散歩に誘ったんだな。


 でもまあ、気分転換にはなったから感謝はしておこう。少しだけだけど……。




 ***




 エルフ 男性目線。


 めでたい酒に酔い、仲間と何度目かも分からない乾杯をする。叫び過ぎて潰れてしまったかすれ声で。


 我らエルフの悲願が今日果たされた。


 自分が何か力になれた訳ではないのが残念だが、何百年も聞かされ続けた、悲しみ悔やみ苦しみ抜いた長老達の心が晴れたことに比べたら些細なことだ。


 精霊樹が欲しい。そんな欲の為に森を滅ぼそうとした人間に対する憎しみは、それを直接経験していない俺にも根深く残っている。


 孤立する危険を承知しながらも、人間との交易にも不満があった。


 エルハートの使いが、人間を連れてくると知らせに来た時には正気を疑い憤慨した。


 エルフ達を集めて歓迎の準備、決して人間に失礼を働かないことを誓わせられた時には、ついに長老達が狂ったのかと恐怖すら覚えた。


 だが違った。


 仲間達に連れられてやってきた裕太様を見た時に、俺は、いや、すべてのエルフが悟った、エルハートや長老は間違っていなかったと。


 そこに居るだけで伝わってくる神とも思える圧倒的な存在感。


 あれほどの存在が人に従う事実に目を疑ったが、同時に諦めずとも絶望を感じていたエルフの悲願に希望の火が灯ったことを実感した。


 その日から俺達の生活は目まぐるしく変わった。


 精霊樹の種が未完成だったという驚愕の事実。


 長老達から話にしか聞いたことのなかった、精霊樹の思念体であるラエティティア様の生存。


 精霊樹の種の完成に必要な貴重な素材。


 エルフの聖地と言ってもいい、今ではエルフの嘆きを表す場所の必要性。


 その場所の浄化の決定。


 伝えられるだけでなんの協力もできなかったが、話を聞くたびに希望と絶望、期待と諦めを繰り返す日々だった。


 そんな中で聖地の浄化の話を聞いた俺達は黙っていることもできず、協力できない我が身の未熟さを嘆きながら長老に訴えた。


 邪魔をしないから、少しでも近くで聖地の浄化に立ち会いたいと。


 そして運命の日が訪れる。


 何度も何度も浄化に挑み、そのたびに進展のなさに胸を締め付けられることになる汚れた聖地。その前に立つ裕太様と、とんでもない力をもった六体の精霊。


 意味が分からない。なぜ増える?


 長老達程ではないが、それなりに長く生きているエルフの俺ですら初めて遭遇した神のごとき精霊、それが二体存在するだけでも奇跡なのに三倍に増えた。夢かと思った。


 裕太様が軽く手を振ると毒の沼から綺麗な水が生まれた。夢かと思った。


 裕太様が軽く手を振ると毒の沼から綺麗な土が生まれた。夢かと思った。


 裕太様が軽く手を振ると毒の沼から分離された毒が太陽に包まれ消滅した。夢かと思った。


 裕太様が軽く手を振ると汚れに汚れ毒の沼になってしまった聖地に小さな命が訪れた。夢かと思った。


 何度も叫び何度も夢かと疑い、何度も何度も仲間達と正気を確認しあい、何度も何度も現実だと認識し歓喜した。


 喉が潰れそうなほどの歓喜の雄叫びを上げた。


 裕太様が我々に精霊樹の種とラエティティア様の為に祈るようにおっしゃった。


 素早く祈りの態勢を取り、一心不乱に祈った。


 静謐でありながら巨大な力が俺達を、いや、森全体を包み込んだ。その莫大な力が裕太様にコントロールされ、未完成な精霊樹の種と琥珀に流れ込む。


 裕太様はおっしゃった、成功しましたと……俺達は喜びがこらえられず今日一番の歓声を上げた。喉が終わった。


 あまりにも嬉し過ぎてどうすればいいのか分からず、ただただ喜びの声を上げる。終わった喉で。


 だが、我々エルフを狂おしいほどに歓喜させた偉業はまだ終わっていなかった。


 長老と巫女が精霊樹の種とラエティティア様が宿っているという琥珀を聖地の中心に埋める。


 そして精霊樹とラエティティア様の本当の復活。


 俺は喜びのあまり放心し、裕太様を称えるでもなく仲間と抱き合い歓声を上げるでもなく、自然と溢れる涙と共に立ち尽くした。


「ガン゛バーイ゛」


 ここ数日で起こった怒涛の出来事を思い返していると、友が汚い声で乾杯を求めてくる。 


「ガン゛バーイ゛」


 無論俺も汚い声で乾杯する。めでたい日なのだ、乾杯は何度してもいい。


 その瞬間、体が濃密な気配に包まれる。


 驚き振り返ると少し離れた場所を歩く裕太様が見えた。


 いかんな。遠くからでもその気配は察知できるはずなのだが、酒と浮かれ気分の影響で感度が鈍っているようだ。


 それにしても神のごとき精霊を二体も従え、悠々と歩く裕太様の輝く威光は人とは思えないな。


 おそらく人としての限界をはるかに超越し、我々エルフでも理解できない高みに達した方なのだろうが、実際に目にしても実在を疑ってしまう。


 人の身であれほどの精霊を従えることが本当に可能なのだろうか?


 ……疑問は多々あるが、人であろうと神であろうと我々エルフに福音を授けてくださったことに変わりない。


 精霊樹とラエティティア様をお守りし、そして裕太様への感謝を忘れぬ。それが俺の生きる意味なのかもしれない。


 というわけで。


「裕゛太゛様゛に゛ガン゛バーイ゛」


「「「ガン゛バーイ゛」」」


「精゛霊゛樹゛様゛に゛ガン゛バーイ゛」


「「「ガン゛バーイ゛」」」


「ラ゛エ゛テ゛ィテ゛ィア゛様゛に゛ガン゛バーイ゛」


「「「ガン゛バーイ゛」」」


 今日の良き日を祝い、感謝の気持ちを忘れずに乾杯をしよう。しかし、喉が痛い。


本日2/14日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第51話が更新されました。裕太も色々頑張っていますので、お楽しみいただけましたら幸いです。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
久々に読んだけど、改めて読んでも喉が終わったくだりが好きだわw シンプルで面白いw
[一言] 喉は大切にね? エルフは外見はいいけどこの日を栄に声が入ってんなんになった。原因はユウタ。 っと、なんか新しい噂流れそう。声枯れのユウタとか?
[一言] エルフの弟子をとろう まあ♂になるだろうけどな
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