六百十三話 祝いの宴
精霊樹の新生とその思念体であるラエティティアさんの復活に、エルフの長老達は浮かれてしまったのか思い出話に花を咲かせてしまう。なんとかその話の中に割り込むと、思わぬラエティティアさんの好意と楽園に居るはずのサクラの登場。場がドンドン混沌としていく。
「……という訳です」
「本当にお世話になりました」
サクラとサクラが居ることに驚いて集まってきたベル達をあやしながら、精霊樹の種の完成の工程を時系列に並べて説明すると、それを理解したラエティティアさんが深々と頭を下げて感謝を僕に告げる。
この間、わずか三分。
シンプルに話せば三分だよ。長老達は反省してほしい。
「いえいえ、依頼されてそれをこちらが受諾した。報酬もちゃんと決まっていますから、気にしないでください。……どうかされましたか?」
ラエティティアさんが困った様子で頬に手を当てている。なにか不備があったか?
「裕太様、少しお聞きしたいのですが――――」
ラエティティアさんの心境を詳しく聞いてみると、対価についての心配だったようだ。
精霊樹の素材や大精霊の力をフル活用した毒の沼の浄化と種の完成。
その対価をエルフが払えるのか?
普通なら復活した精霊樹の素材も対価に加えることができるはずだが、サクラの存在からそれが対価にならないことも知ってしまった。
ならばエルフ達はどのような対価を支払うのか。
エルフ達が自分の為にその身や生活を犠牲にするのでは、ラエティティアさんはそこを不安に思ったようだ。
なるほど、ぶっちゃけると対価としてはエルフの提供するものでは不釣り合いだ。
精霊樹の素材の時点で足が出ているし、その後の毒の沼の浄化とか、普通ならどれほどの対価が必要か実行した俺達でも想像できない。
エルフのキレイどころを十人くらい差し出せ、うひゃひゃひゃひゃとか言っても許されるのでは? と愚考するレベルの不均衡だ。
まあ世間の目というか精霊達と弟子達の目が怖いからそんな要求はしないし、毒の沼の浄化もシルフィやドリーの望みだから対価は要求しない。
そのことをオブラートに包んで説明してラエティティアさんを安心させようとしたら、今度は長老達が余計なことを言いだしてしまう。
たしかに対価が釣り合わない。これほどの恩を受けて、それを返さないでエルフの誇りが保たれるのか! と燃え上がる長老達。
恩を感じてくれることも、それを返そうとしてくれることも素晴らしいことではあるが、正直迷惑にすら思える。
俺はサクッとエルフの面倒事を片付けて遊びに行きたいんだ。
そういう訳で、報酬の不足分については後日話し合うと丸め込み、心配するラエティティアさんにも無茶な要求はしないことと、その話し合いの席に同席させることで納得してもらった。
エルフの秘薬の中で役に立つ物があればそれを継続的に卸してもらうか、時間をかけて有耶無耶にすることで納得させようと思う。
報酬を受け取る側が逃げ腰なのは間違っている気がしないでもないが、自分に余裕があるから犠牲を伴うような報酬を渡されても迷惑だ。
恩返しをする気満々のエルフ達と、無茶を要求する様子がない俺を見てラエティティアさんも安心したのか優しい笑みを浮かべてくれた。
「それで長老、これからどうするんですか?」
安心したところで話を先に進める。ゆっくりしていると長老達の長話が始まりかねないので油断は禁物だ。
「あぁ、そうでした。祝いの準備をしなければ。沼の浄化を祝うつもりでしたが、精霊樹とラエティティア様の復活。張り切らねばなりません!」
長老が張り切りだした。血管が少し心配だ。
「お祝いって、ここでですか? 道具や材料は?」
「無論ここでです。材料は持ってきておりますから心配いりません」
……三日前に大荷物で旅立ったのは知っていたけど、お祝いの準備もしていたのか。
てっきりこの地の整備やなんやで使う荷物だと思っていた。
毒の沼の浄化を疑われない時点で信頼が厚いと思っていたけど、想像以上に信頼されていたようだ。
「裕太様、ラエティティア様、準備をいたしますので少々お待ちを! エレオノラ、ラエティティア様を頼むぞ!」
長老が老人達を引き連れ、周囲のエルフ達を呼び集めながら去っていった。
取り残されたエレオノラさんが呆然としているが、精霊樹の巫女なのだからラエティティアさんの面倒をみるのは当然だな。
まあ、精霊樹もその思念体も今まで存在しなかったのだから、無茶振りでもあるけど。
「裕太、儂らはそろそろ帰るから送還しろ」
秘かにエレオノラさんに同情していると、ノモス達が集まってきた。
この後お祝いなんだが、さすがにここでの飲み食いは騒ぎになるよな。見ているだけなら帰った方がゆっくりできるだろう。
「裕太さん、私は精霊樹が気になるのでもう少し残ります」
ドリーは残るようなので、シルフィとドリー以外の大精霊を送還する。
「裕太ちゃん。お姉ちゃん達、沢山頑張ったからお土産楽しみにしているわー」
送還の際にディーネにお土産を要求されてしまった。でも、今回はかなり頑張ってもらったし、お礼はたしかに必要だな。
最低でもエルフのお酒を沢山仕入れて帰ろう。
さて、それでこれからどうしよう。
俺の腕の中にはサクラ、その周囲にベル達&ジーナ達&シルフィとドリー、そして戸惑うエレオノラさんと、おっとりとほほ笑んでいるラエティティアさん。
お祝いまでの時間をどう潰すか……。
「とりあえずお茶にしましょう」
魔法の鞄からテーブルとイスとお茶のセットを取り出し、ラエティティアさんとエレオノラさんをお茶に誘う。
飲み食いしていれば緊張も解れるし、時間も潰せるだろう。
***
「それでは、祝いの宴を始める」
声を張っている様子もないのに長老の声が周囲に響き渡る。長老の契約精霊が風で音を届けているのだろう。
シルフィがよく音を届けてくれるけど、他の人がやっているのを見ると改めて便利だと思う。
「皆もラエティティア様にご挨拶がしたいだろうが、人数が人数だ。これから先、お目にかかる機会は沢山あるのだからあまり騒がぬようにな。それと、ここが森であることを忘れぬように――――」
なんか宴の開始の挨拶なはずが、諸々の注意を始めてしまう長老。
たしかに国が空になる人数が集まっているし、完璧な安全地帯と言う訳ではないから心配になるのも分かるが、早くしてほしい。
おっ、エルハートさんが長老のところに向かった。
「ん? んんっ、乾杯!」
エルハートさんのナイス判断で、ようやく長老が乾杯の宣言をする。
「「「乾杯!!!」」」
エルフ達の唱和が森に響き渡る。嬉しいのは分かるが、これ、大丈夫なのか? あとでシルフィに警戒を頼んでおこう。
若干の不安と共にエルフの宴が始まる。
まあ、準備の時間も短かったし場所も場所なので、宴というよりもキャンプ場といった様子だが、至る所で料理が作られ、お酒も振舞われているので結構楽しそうだ。
乾杯と共に杯を傾ける。中身はワイン、おそらくフェイバルの町でエルハートさんが仕入れてきた物だろう。味も悪くない。
問題はここが精霊樹の根元で明らかに主賓席ということだ。
果たした役割を考えれば当然なのだけど、根が庶民だからこういう席は落ち着かない。
そして宴が始まったとたんに集まってくるエルフ達にビビる。
まず俺に挨拶とお礼をして、ラエティティアさんに感激して、最後に精霊樹を拝んで宴に戻る。
事前に打ち合わせでもしていたのかと疑いたくなるくらいスムーズに場が回っている。
アイドルの握手会とかこんな感じなのかもしれない。まあ、握手に来る相手の方が洒落にならないほど顔が良いんだけどね。エルフだもん。
それにしても挨拶とお礼を言われ続けるのも地味に辛い。笑顔が引きつりそうだ。
ちょっと離れた場所で、料理を食べながら笑っている弟子達が酷く羨ましい。
ベル達も俺のところでは食べ物にありつけないことを察して、ジーナ達のところでワチャワチャしているし、俺もあちらに混ざりたい。
百人くらい挨拶した気がするが、ようやく落ち着いてきた。どうやら挨拶する人数を事前に絞っていてくれたらしい。
事前に打ち合わせをしているのではと疑っていたが、間違いなく事前に打ち合わせしていたのだろう。
すべてのエルフと挨拶をするなんて無茶を制限してくれたのだから感謝するべきだが、できればその打ち合わせの場に俺も呼んでほしかった。
落ち着いたところでゆっくりと周囲を観察する。
日が落ちて暗くなった森に沢山の光の球が浮かび、その中で楽し気に騒ぐエルフ達。
そのエルフ達には姿は見えていないのだろうが、精霊樹の影響で集まってきた無数の精霊達も宴にはしゃいでいるので、俺の目からすると某遊園地のパレード並みの騒がしさとファンタジーを感じる。
「ラエティティア様、こちらも美味しいですよ」
「あら、これは初めて食べるわね」
「あうー」
「サクラ様もお食べになるのですね」
隣を見ればエレオノラさんが嬉しそうにラエティティアさんとサクラの面倒をみている。
精霊樹の素材の影響か、やはりサクラとラエティティアさんはとても仲が良く、サクラは俺とラエティティアさんの間を行ったり来たりしながら宴を楽しんでいる。
精霊樹の聖母と赤ん坊、そしてそれをお世話するエルフの巫女。そうか、こういう光景を尊いと表現するんだな。
普段なら一緒に楽しみたくて合流を試みるのだが、今回は遠慮しておこう。あの場所に無粋な男は要らない。
「裕太、落ち着いたようだし、ドリーと一緒に少し散歩にいかない?」
ボーっとサクラ達を眺めていると、シルフィが散歩に誘ってくれた。
挨拶ばかりで気疲れしている俺を心配してくれたらしい。
たしかに座りっぱなしで疲れたし、エルフ達の様子にも興味がある。なにより、優しいシルフィの心遣いがとても嬉しい。
よし、行くか。コクリと頷いて立ち上がる。
「あっ、裕太。そこのお酒、コップに注いで持ってきてちょうだい。なみなみとね!」
……シルフィの心遣いがとても嬉しい……。
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