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六百十話 エルフの喉が……

 毒の沼の浄化。ディーネの水の抽出に続いてノモスが毒の沼から綺麗な土だけを取り出し、それに続いてイフが残った汚れを灰すら残さずに完全に消滅させた。これで浄化完了と思ったが、まだ土地を蘇らせる作業が残っていた。ここからヴィータの出番らしい。




 …………何も起こらない。


 ドリーがヴィータにお願いをして、ヴィータは頷いて前に出た。でも何も起こらない。


「「「うああぁぁ!」」」


 え? なに?


 背後から突然爆発したような歓声が上がり、思わずビクッとなってしまう。


 おそるおそる振り返ると、なにやらエルフの集団が大歓喜している。


 ディーネ、ノモス、イフの時にも歓声を上げていたが、それとは比べ物にならないほどの大歓声。エルフに何があった?


 驚いてエルフ達を見ていると、そのエルフ達の声が俺に聞こえてきた。


 俺がエルフ達に注目しているのに気付いたシルフィが、気を利かせて声を運んでくれたらしい。助かります。


「森が蘇っている!」


「命が! 精霊樹様の愛した土地に小さな命が!」


「あぁ、あぁ、感謝します。感謝いたします!」


 ……なるほど、俺が何も起こっていないと首をひねっていた間に、ヴィータはちゃんと仕事をしていた。


 おそらくエルフ達の言葉通り森の微生物を集め、土以外なにもなかった場所を蘇らせていたのだろう。


 微生物は小さいから微生物。目に見えないのだから、何も起こっていないように見えて当然だ。


 それにしても、そんな目にも見えない出来事に反応するエルフ、凄いな。


 森と共に生きる種族だから、環境の変化に敏感なのか?


 ……いや、敏感だろうと微生物の変化に気がつくのは異常だ。もしかしたらエルフは生命に関する能力を持っている種族なのかもしれない。


 詳しいことは聞いてみないと分からないが、派手だったディーネ、ノモス、イフの力よりも、地味で目に見える変化がない土の蘇りの方が歓声が大きいのは好ましい。


 俺の能力や性格上、オラオラ系よりも平和な種族の方が付き合いやすいよね。まあ、俺からしたらエルフの美貌は平和じゃないけど……。


「裕太、ドリー、終わったよ」


 ヴィータが爽やかに終了を告げるが、俺から見ると何の変化もない。ただ、エルフはテンションマックスだし、ムーンもプルちゃんもものすごくぷるぷるしているから、汚染された土壌は蘇ったのだろう。


「ありがとうヴィータ。えーっと、それでこれからどうするんだっけ? あっ、精霊樹の種を完成させるんだったね」


 前段階に色々とあり過ぎて、本来の目的を少し忘れていた。


「はい、これで地脈も含め環境が整いました。裕太さん、用意したものをここにお願いします。あと、エルフ達の祈りの言葉も種の力になるでしょう。危険はありませんので、近くに呼んであげてください」


 エルフ達を種の完成に参加させるのか。


 エルフがこの場に居るのはイレギュラーだし、場が整えばエルフ達の力がなくてもドリーなら完成させられそうだけど……森を大切にするエルフ達に対するドリーのご褒美っぽいな。


 まあせっかく近くに居るんだし、長年の悲願が達成される瞬間に関われるならエルフ達も幸せだろう。


「分かった。ジーナ、悪いけどもう一度伝言をお願い。これから精霊樹の種を完成させるから、近くに来るように。ああ、危険がないことも伝えて」


「……分かった」


 ジーナが少し嫌そうにしながらも足取り重くエルフ達の方に走っていく。前回でさえかなり質問攻めにされたのに、テンションマックスなエルフ達の元に向かうのが嫌なのはとてもよく分かる。


 ごめんね、でも今の状況で伝言を任せられるのはジーナしかいないんだ。サラ達だと持ち上げられて胴上げされそうな気がするもん。


 さて、俺は素材を……。


「ドリー、地べたに置くの?」


 ドリーが示した場所には何もない。精霊的には気にならないのかもしれないが、精霊樹の実を含めた高価なものを地べたに置くのはどうなんだ? 取引に一国の王様が出てくるレベルの逸品だぞ?


「? ああ、エルフ達も来ますし、台を用意したほうが良いかもしれませんね」


 一瞬、キョトンとした顔をしたあと、俺の言いたいことを理解したドリーが、指定した場所に植物を生やして作った天然の台を用意してくれる。


 なんの植物か分からないが、大きな祭壇でありながらフカフカで、寝転がったらとても気持ちがよさそうだ。楽園にも作ってもらえないが後で頼んでみよう。


 ちょっとした楽しみを見つけながらドリーに作ってもらった祭壇の上に、未完成な精霊樹の種、果実、葉、枝、根、琥珀を並べる。


「裕太様、ありがとうございます。まさか私が生きているうちにこのような光景が拝めようとは……」


「裕太様、ありがとうございます。本当にありがとうございます」


「「「裕太様、ありがとうございます!!」」」


 おそらく走ってきたであろう長老とエレオノラさん、そして多くのエルフに感謝の言葉を掛けられる。


 大切な場所が復活したのだから喜ぶのは分かるが、美貌が極まっているエルフ達が笑顔全開で泣いているのには少し引く。


「ど、どういたしまして? あー、ですが、本番はこれからです。精霊樹の種を完成させますので、みなさんも精霊樹の種と、その思念体のラエティティアさん……様? に祈りを捧げてください。それが精霊樹の力になると思います」


 エルフ達の迫力に押され苦し紛れの言葉を吐くと、エルフ達が一斉にしゃがんで祈りの態勢になる。まだ早いと思うが、大人しくなったのでこのままにしておこう。


 一斉にしゃがんだことで、エルフの集団の中間あたりでジーナがあたふたしている姿が見える。


 たぶん話を聞いて即座に走り出したエルフ達に巻き込まれたのだろう。あとでジーナには本気で謝ろう。


 エルフが来たことで話し辛くなったので、目線でドリーに合図をする。お願いだから一刻も早く終わらせてくれと。


「分かりました。ヴィータ、思念体の方はお願いしますね」


「ああ、全力を尽くすよ」


 俺の視線を受けてドリーがヴィータを連れて祭壇の前に立つ。思念体はヴィータが担当するようだ。


 思念でも命に含まれるのか疑問だが、俺としてはサクラも一つの生命体だと考えているので、それはそれで嬉しい。


 ドリーが俺の目を見たあと、エルフ達に視線を向ける。開始の合図をしろってことかな?


「では、始めます!」


 俺が大きな声で開始を宣言すると、ドリーとヴィータは祭壇に向けて両手を向けた。  


 さて、これからどうなるのだろう?


 おっ、種と用意した素材が浮かび上がり、ゆっくりと種に向かって集まりはじめた。


 ドリーのことだから、え? もう完成したの? と疑問に思うくらいに素早く完成すると予想していたが、どうやら少し違うようだ。


 ゆっくり、本当にゆっくりとしたペースで、未完成の精霊樹の種に精霊樹の実、葉、枝、根が呑み込まれていく。


 琥珀は種と融合するのではなく、種と寄り添うように浮かんでいる。


 これはこれで神秘的な光景なのだが、俺の視線はドリーとヴィータに吸い寄せられる。


 ドリーとヴィータ。俺では想像もできないほどの力を持つ大精霊の二人が、まるで爆弾の解体をしているような緊張感で顔をしかめている。


 楽園の精霊樹の種を作った時には余裕そうだった。


 未完成の精霊樹の種に手を加え、同種とはいえ別の精霊樹の素材を使って、しかも種に宿っている思念体を保護するのは、大精霊二人の余裕を奪うほど難しいことなのだろう。


 一から種を作った方が簡単だとは聞いていたけど、想像以上だった。


 毒の沼を浄化して場を整えるのも、エルフ達に祈らせるのもドリーの森やエルフに対する慈愛なんじゃと心の片隅で思っていたが、このぶんだと本気で必要だったのかもしれないな。


 背後から聞こえるエルフ達の祈りと共に、俺も全力でドリーとヴィータを応援する。


 ゆっくりゆっくり、ジリジリとしたペースで素材が種に飲み込まれ、ついに琥珀を除いたすべての素材が種の中に飲み込まれた。


 これで完成かとホッとするが二人の顔は緩まない。


 今度はソフトボールくらいの大きさだった種が、全方位から圧縮されたかのごとく小さくなっていく。楽園でドリーに貰った精霊樹の種の大きさに近づいていくように。


「「ふぅ」」


 固唾を呑んで見守っていると、ドリーとヴィータが同時に息を吐いて緊張を緩めた。


 その二人の目の前には、赤ちゃんの握りこぶしくらいの大きさになった精霊樹の種と、それに母親のように寄り添う大きな琥珀が浮いている。


 琥珀に母性を感じるのに違和感があるが、たぶんそれはヴィータが良い仕事をした結果。


 ということは……。


「成功しました」


 失敗するとは疑っていなかったが、ドリーの穏やかな微笑みでの宣言に俺の体の力も抜ける。


 久しぶりに緊張した。


 この世界に来てからも緊張することは沢山あったけど、その中でも一番緊張したかもしれない。


 エルフ達の願いも重かったけど、失敗が精霊樹の種とその思念体の死に繋がるのが一番重かった。


 毎回似たようなプレッシャーと戦っているであろう、命を預かる仕事をしている人達は本当にすごいな。俺は何度もこんなプレッシャーに耐えられそうもない。 


 若干疲れた様子で微笑むドリーとヴィータに全力の視線でお礼を言い、いまだに祈りを捧げ続けるエルフ達の方に振り返る。


「みなさん、成功しました。精霊樹の種は蘇りました。ラエティティア様もご無事です!」


 一心不乱に祈っていたエルフ達の視線が俺の顔に一斉に集まる。視線なのに物理的圧力を感じるのはどうしてだろう?


 俺の顔に集まっていた視線が徐々に薄くなっていく。その視線の先は俺の背後にプカプカと浮いている精霊樹の種。


「みんな、耳を塞いで」


 急いでベル達やジーナ達に注意を飛ばす。


 今日一日だけで何度も聞いていたから分かる。そろそろエルフの大歓声が始まる。


 至近距離でくらったら間違いなく鼓膜にダメージが行くだろう。


 ジーナ達は素早く耳を塞ぎ、ベル、トゥル、フレアもなんだか楽しそうに俺達のマネをして耳を塞いでいる。


 問題は耳を塞ぐ両手を持っていないレイン、タマモ、ムーン、いきなりの無理な命令にあたふたしているのが、申し訳ないがとても可愛らしい。


 しまったな。自分で耳を塞ぐよりもシルフィにお願いするべきだった。でも、慌てるレイン達が可愛い。


 地味に酷いことを考えている俺の背後で、精霊樹の種が無事に完成したことを理解したエルフ達から、今日一番の大歓声が上がる。


 塞いだ両手を通して歓声が鼓膜をビリビリと震わせる。勘弁してほしいが、こればっかりはしょうがない。


 でも……精霊樹を植えた時もまた叫ぶんだろうなー。エルフの喉は大丈夫だろうか? 


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] タマモは耳をふさぐことができると思う(塞ぎきれない タマモは耳をふさぐことができると思う(かわいい 前足を耳の後ろから頭を抱えこむように耳を押さえる(どうしても隙間ができるしかわいい
[良い点] 最近は毎週楽しみで精霊たちのおかげとはいえ主人公が活躍したり認められるとやっぱり読者としても嬉しいんだなって実感してます。崇拝されて居たたまれなくなって逃げるとかではなく、最後は観光して感…
[一言] エルフたちの推しが復活したならそうなるw
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