六百九話 ノモスとイフの活躍
毒の沼を浄化するために大精霊を全員召喚した。その時の大精霊達のリアクションは忘れることにして、エルフ達の驚愕の声を背後に浄化を開始する。トップバッターはディーネ。普段のポヤポヤからは考えられない凛々しさを見せ、毒の沼から綺麗な水だけを分離した。次はノモスの出番。
「ふむ……」
ドリーの指示で前に出たノモスを、少しワクワクしながら見守る。
「まとめてしまった方が楽じゃな」
ノモスがそうつぶやくと、汚れきった地面が音をたてて移動を開始する。
「え?」
みるみる間に汚れた土が集まり山になり、予想外の光景に思わず疑問の声が漏れる。
「裕太、どうしたの?」
俺の疑問の声にシルフィが不思議そうに話しかけてくる。
「いや、ノモスのことだから地面から簡単に毒だけを抜き出すと思っていたから、少し驚いただけだよ。もしかしてギャラリーに配慮したのかな?」
ノモスの力なら山を造るくらい簡単なことは理解している。
でも、観客に配慮ができるノモスはちょっと理解できない。ノモスのツンデレはダレ得なのかずっと疑問だったが、無意味にツンがなくなるとそれはそれで不安だ。
「あはは。ノモスが観客に配慮なんてする訳ないじゃない。言葉通り、ああした方が楽だからよ」
「そうなの?」
汚れた土が根こそぎ集められた山を見ながら、シルフィの言葉に首を傾げる。
「ええ。毒の中にはノモスの領分に含まれない物も沢山入っているわ。チマチマと選別して毒を抜き出すよりも、まとめたところから自分の領分の土だけを抜き出した方が簡単でしょ?」
「なるほど」
そういえば呪毒やらなんやらと様々な毒がばらまかれていたんだったな。それを抜き出すよりも、扱いなれている土を取り出す方が楽ってことか。
理解と同時にノモスのツンが健在であることにホッとする。ツンがないノモスはノモスじゃないよね。
くだらないことを考えていると、見ているだけで不愉快になる汚れた山の端に次の変化が始まる。
ズズズっと山の端から自分の見知っている正常な色の土が現れ、土が一ヶ所に集まったことで深い穴になった沼地に広がっていく。
なんだか棒倒しゲームの巨大版を見ているようで違和感が酷いが、トゥルやウリが大興奮だから土の大精霊として凄いことをしているのだろう。
少しずつ山が小さくなっていくにつれて、残っている山の汚れた雰囲気が増していく。
森を汚した汚染物質が凝縮されているのだから当然だが、それにしても見た目が酷い。
「……うわー……きもっ」
すべての土が取り除かれ、凝縮された物体を見ると思わず本音が漏れた。
ディーネに水分を抜かれているはずなのに、ヌメッとしてヌチャっとしているような、なんといえばいいのか、この世のすべての汚らしいものを集めてできたのがこれですよ、と教えられたら、そうなんだろうなと素直に納得してしまいそうな汚らしい物体。
それが雑居ビルくらいの大きさの球体となって目の前に浮かんでいる。広い森を殺すのが目的だったとしても、毒物をバラまき過ぎだろう。アホなのか精霊樹を手に入れようとした国は。
あぁ、国を滅ぼしているから、アホだったんだろうな。
本来であれば綺麗になった地面に感動する場面かもしれないが、上に浮いている物体が気持ち悪すぎて印象が薄い。
エルフ達からも悲鳴が上がっているし、ほとんどの人が綺麗になった地面に気がついていないだろう。ノモス、なんかごめん。
「ん? シルフィ、なんか偶に人や動物の顔のような物や触手のような物が球体から出ているように見えるんだけど、あれは何? 大丈夫なの?」
キモイを通り越してグロいんだけど?
「あれは凝縮された汚れで、呪毒の呪いが活性化した状態ね。今は私達がカバーしているから大丈夫だけど、欠片でも触れたら死ぬから他で見たら近寄らないようにしなさい」
「了解」
言われなくても近寄らないから大丈夫だけど、ジーナ達にも注意しておこう。ジーナとサラはともかく、マルコとキッカは好奇心でうっかり触りかねない。
あと精霊だから大丈夫だとは思うが、ベル達にも念のために注意しておこう。
「次はイフですね。あの不愉快な物を灰も残さずに消滅させてください」
ジーナ達やベル達を集めて注意していると、ドリーの物騒な言葉が聞こえてきた。
ここにきての力業?
「ドリー、ちょっと待って。燃やすの? 空気とか大丈夫?」
あんなものを燃やしたら、発生するガスとかで酷いことになりそうだ。
「はい、燃やします。光の精霊と闇の精霊が居ればもう少し小さくできましたが、居ないのでしょうがありません。空気については大丈夫ですよね、イフ」
光と闇の精霊か。たしかに呪いとか毒に強そうな印象だ。楽園にも遊びに来るし、契約も可能っぽいけど、そこまでする必要はないってことかな?
ん? もう少しってことは本来はまだ大きかったってこと?
……大精霊達なら自分でなんとかできる毒なら自分達でサクッと処理する性格だよね。
植物毒とか鉱毒、塩やゴミも混ざっているって言っていたし、本来なら目の前のおぞましい物体は、更におぞましい物体だったのかもしれない。
なるほど、ここにいる大精霊で解決できる範囲で解決して残ったのがアレなのか、滅んだ国の連中は正真正銘のアホだ。
「ああ、心配する必要はねえよ。呪いも何もかも綺麗サッパリ消してやる」
「万が一イフが失敗しても、私がフォローするから大丈夫よ」
失敗なんかしねえよとイフがシルフィに突っ込んでいるが、たしかにこの二人が居るなら心配するだけ無駄っぽいな。安心して任せてしまおう。
「中断させてごめん。イフ、頑張ってね」
「おう」
俺の言葉にカッコよく応えてくれるイフ。見た目は完璧な美女だけど、男前なんだよなー。
顔とか力とかよりも、男として心構えが負けているのがセツナイ。
「じゃあいくぜ!」
イフのカッコいい宣言の隣で、フレアがベルみたいに手足をワチャワチャさせながら騒いでいるのが少しシュールだ。
フレアがイフの口調や行動をマネするくらいにイフが好きなのは知っていたけど、今のフレアは大ファンのアイドルを目の前にしたチビッ子にしか見えない。
でも、見た目通りの幼女らしく騒ぐフレアも可愛い。普段のカッコつけているフレアも可愛らしいけど、今の方が見た目の年相応で違和感がない。
フレアはイフのマネを止めるつもりはないだろうから、ある意味貴重な瞬間だな。
フレアを見ながら和んでいると、いつの間にか毒の球体が火に包まれていた。
ガッリ侯爵の屋敷の時のように、太陽のような火球で消滅させるのかと思っていたが、今回は直接燃やすようだ。
なるほど、包み込むように燃やせば、汚染物質が飛び散ることもないよね。イフ、豪快な性格なのに、意外と細やかだ。
そんなことを思いながら火に包まれた毒の球体を眺めていると、その火がドンドンと明るくなっていく。
ガッリ侯爵の時にも見たが、火の温度が上昇しているのだろう。
目が眩むほどの光を発しているのに、周囲の気温は変わらない。イフがこちらに熱が伝わらないようにしてくれているのは間違いないが、普通に熱が伝わったらどうなるのか少し興味がある。
でも、俺は学習できる男。迷宮のマグマの川で酷い目にあったことは忘れていない。
あのマグマの川よりも数段熱そうな白熱する球体、バカなことをしたら俺が灰になることくらい分かる。
「へーしぶといねぇ。汚れた呪いのくせに、熱に耐性でもあるのか? ならご褒美だ。もっともっと熱くしてやるよ」
イフが嬉しそうに話す。どうやら今の状態でも呪いとやらは火に抵抗しているらしい。
これはあれだな、毒や呪いや汚染物質が混ざり合って、確実に新たな何かが生まれているな。
放置していたら成長して怪獣映画の主役を張れるような何かが……地味に世界を救ったかもしれない。
「よっ」
イフが右手を突き出し、握り締めるような仕草をした。
……火が内側に向かって燃えている?
不思議な表現だがそうとしか思えない。
毒の球体を包む火の輝きさえも内側に向かっているようで、目もくらむようなまぶしさだったのが普通に直視できるようになっている。
どういう原理か分からないが、太陽が内側に向かって燃えている、もしくは火炎放射器を隙間なく球状に並べ内側に向かって一斉に噴射していて、俺達が見えている部分は火のお尻といった感じだろうか?
さすが火の大精霊、なんだかわからないがとってもファンタジーだ。
全方位から直接火を向けられ、イフの言葉通りなら温度も更に上がっている。さすがにその熱量には毒も呪いも対抗できないようで、徐々に球体が小さくなっていく。
雑居ビルクラスの大きさから三階建てに変わり、一軒家クラスの大きさになると変化は加速していく。
すぐに乗用車クラス、大玉転がしのボール、バスケットボール、ソフトボール、ピンポン玉とスルスルと縮み、最後には音もなく消えてしまった。
「こんなもんだろう。裕太、終わったぜ」
「うん、ありがとうイフ」
なんてことなかったかのように終わりを告げるイフだが、不愉快な物を綺麗サッパリ燃やしてかなりスッキリしたのか、笑顔が輝いている。
ストレス発散になったのならなによりだな。
最後はあっけなかったけど、これで終わりか。
「イフ、ありがとうございます。あとは仕上げですね。ヴィータ、お願いします」
終わったと思っていたが、まだ続きがあったらしくドリーがヴィータに指示を出す。
そういえば召喚したのにヴィータは何もしていなかったな。俺的には命の精霊の力で呪いをなんとかするのかと思っていたが、呪いの対処ではなく他に仕事があったらしい。
「分かった。周囲の環境と変わらない程度に微生物を呼び集めればいいんだよね?」
「はい、それで十分です」
あ、そうか、汚染された沼から水や土を分離しても、その土は他の土壌と比べたら確実にマイナスだろう。
死の大地と違って周辺の土壌が豊かだから時間を掛けたら復活すると思うが、俺の下半身的にも復活を待つ余裕はない。
ヴィータの力は必須だな。
味噌蔵と醤油蔵を完璧に管理してくれているヴィータなら、この土地の微生物も最適なバランスで蘇らせてくれるだろう。
……なんだか納豆が食べたくなってきた。
1/10日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の五十話が更新されました。
記念すべき五十回目の更新に登場するのは……自然のよろ……、楽しんでいただけましたら幸いです。
読んでくださってありがとうございます。




