六百一話 精霊樹が枯れた原因
エルフの長老との依頼の話だと思っていたら、エルフの巫女が登場。その可憐さに目を奪われるものの、そんなエルフ美女巫女からのお願いが割と大変そうな内容で地味にプレッシャーが掛かる。できれば依頼に成功して属性てんこ盛りの巫女を喜ばせてあげたい。
「えーと、まず、この精霊樹の種はまだ完成していないようです」
「なんじゃと!」
「どういうことですか!」
長老とエレオノラさんが俺の言葉に驚き腰を浮かす。でもまあその反応もしょうがないだろう。
どうにか発芽させようと長年苦労してきた精霊樹の種が、まだ種でなかったなんて笑い話にもならない。
「落ち着いてください。おそらく種を生み出す途中で精霊樹が力尽きたのでしょう。心当たりはありませんか?」
第一に精霊樹が枯れるというのが珍しいと思う。
そのうえ途中で力尽きるなんて、精霊樹がよほどのうっかりした性格でなければ、なにかしらのアクシデントを疑うのが当然だろう。
「……そうじゃったか。生み出す前に力尽きておられたのか」
トスンと椅子に腰を落とし、力なくつぶやく長老。契約精霊のハヤブサが、長老の肩に寄り添うようにとまるが気がついていないようだ。
「おい、このままでは爺がポックリいきかねん。理由を聞く前に手があることを話してやってくれ」
そしてそのハヤブサがいきなり俺に話しかけてきた。
そっか上級精霊だもんね。話すことくらいできるよね。しかもドリーの言葉を聞いていたら手があることを知っているのも当然だ。
ポックリいかれたら寝覚めが悪いし、精霊樹が枯れた原因は後回しにするか。エレオノラさんに悲痛な顔をさせておくのも辛いしね。
軽く頷いて話を続ける。
「ええ、ですがまだ望みはあります。完成できなかったことで、この種に前の精霊樹の思念体も宿っているようですし、なんとかなる可能性はあります」
…………長老とエレオノラさんから無言で刺すような視線が飛んでくる。とても怖いから、本当ですか? くらいの確認の言葉がほしい。
「ご説明願えますか?」
あっ、ようやく長老から言葉をもらえた。なんか食い殺されそうなくらい低くて怖い声でだけれど……。
「素材さえ揃えば精霊樹の種を復活させられる可能性があります」
ドリーができるというのだからできるのだろうが、できると断言してしまうのも問題な気がしたので言葉を濁す。
精霊樹の不完全な種に手を加えて完成させるなんて、普通に考えたら奇跡レベルの難しさだもんね。
「素材とはなんですか? そもそも、裕太様はなぜそのような事までお分かりになるのですか?」
エレオノラさんが凄い勢いで話に食いついてくる。
それは理解できるが、分かる理由を問われても答えられない。だって俺、いまだに完璧には状況を理解してないもん。ただドリーの通訳をしているだけだ。
「素材は精霊樹の果実、枝、葉、根、大きくて長年自然と共にあった質の高い天然の琥珀ですね。分かる理由は精霊術師の秘伝です」
エレオノラさんの質問に色々と誤魔化しながら答える。
ヴィータの協力が必要なことも言わなくていいだろう。どう説明したらいいのか分からない。あっ、でも、種を復活させる時に気づかれるか?
騒ぎになるのなら先に「それでは!」言っておくかと思ったが、長老の悲痛な嘆きにさえぎられた。揃えられないんだろうな。
「枝と葉は保存していた物が少量ですが残っております。琥珀もガーネット王国に依頼すればなんとかなるかもしれません。ですが、果実は……残っていないのです。手に入れようとしても……だれも譲ってくれないでしょう。根はどうすればいいのかすら分かりません」
枝と葉が残っているだけでもすごい気がする。
果実はね、国が宝として管理するくらいだし、王や王族の命に関わることだからよっぽどのことがないと譲ってもらえないだろう。
根に至っては、なんか採取する部分じゃなさそうだから元々の数が少なそうだよね。
ふむ、琥珀も微妙かな? 長い年月自然と共にあったとか、天然とか細かい条件が足を引っ張る気がする。
それに、せっかく国に頼んで手に入れた琥珀を、ドリーに条件に合うか確認してもらって駄目だった場合が気まずい。
面倒でも自分で用意したほうがよさそうだ。
「果実、根、琥珀はこちらで用意することが可能です」
「なんと!」
「本当ですか!」
二人が喜びの声を上げながら俺を見つめる。表情が明るくなったのは嬉しいが、先に確認しておくことがある。
「でもさすがにタダで譲ることはできません。依頼料はエルフの秘薬でお願いするとして、果実と根の代価を支払うことができますか?」
精霊に関係することだし、サクラの先輩のためだからディスカウントに異存はないが、それでも結構なお値段になると思う。少なくとも光の杖クラスのお宝をもらわなければ割に合わない。
といっても国なんだから対価を支払うことはできるだろう。問題は大金を支払っても精霊樹を蘇らせるか否かだな。
サクラの先輩が眠っていると知ってしまったから、拒否されると心残りになりそうで嫌だ。
「精霊樹が復活するのであれば、国のすべての財貨をお支払いします。足りなければ、すべてのエルフから資金の提供を募りましょう。それでも足りなければ、残りの人生のすべてを掛けてでもお支払いいたします」
俺の心配とは別の方向で心配になる答えが返ってきた。いや、そんな根こそぎ財産を攫って行くような行為は遠慮したいです。エルフに嫌われるのは嫌だ。
あと、かなりの年齢に見える長老の残りの人生ってどのくらい残っているの? あっ、でもエルフだから、ここから百年くらい楽勝で生きてそうだな。
「えーっと、俺も精霊樹とは無関係ではないので、高値で売りつけるつもりはないので安心してください。とりあえず、支払う物を見せてもらってから判断しますね」
エレオノラさんが妙に覚悟を決めた顔をしていたので、先に釘を刺しておく。
想像以上にエルフにとって精霊樹は大切なようだし、物語のパターンでは対価が足りなければ私をとかいって身売りを言い出しかねない状況に思える。
美女エルフ巫女なエレオノラさん、裏がありまくりなエルティナさんと違って人柄も悪くなさそうだし、頂けるものなら頂きたい。
でもどうせあれなんだよ、ジーナ達やベル達、シルフィ達からの視線に怯えて、途中でヘタレて断わることになるんだ。自分のことだから分かっている。
それなら背後のシルフィやドリーの視線に怯えて断るよりも、先に釘を刺しておいた方が心の安寧は保てる。
長老とエレオノラさんが信じられない物を見るような目で俺を見つめる。この二人、無言で凝視してくることが多いな。地味に怖い。
「どうかしましたか?」
「……人というのはエルフの弱みを知ると全力で……いえ、失礼しました。裕太様のお優しい心遣いに感激しておりました」
森に道を作らないくらいだから色々あったのも理解できる。だからツッコミはしないけど、そこまで言ったら全部言ったようなものだよね。
「あはは、気にしないでください。それで、対価は後で見せてもらうとして、先に精霊樹がなぜ途中で力尽きたのかを教えてもらえますか? 普通ではありえないことですよね?」
本来なら理由を聞く必要もないのだけど、うちにはサクラが居るし精霊樹の問題については把握しておきたい。
「……あまり気持ちが良い話ではありませんが?」
「はい、理解しています」
精霊樹が枯れるなんて、まともな状況じゃないのは理解している。
「分かりました……簡単な話です。もう滅びましたが、ある人間の国がエルフと精霊樹を我が物にしようとしました」
なるほど戦争が原因か。テンプレだな。魔物の襲来とか、魔族の暗躍とかの可能性もあったが、国の仕業だったか。
人の信頼をなくして、エルフとの友好を築きたい無関係の人間が苦労するパターンだ。そりゃあ道を作らないよね。というか何度道を作らないはずだと思ったか分からないな。
道を作らない理由が多すぎるぞ。
「人間は……恥知らずにも我らを捕らえるために、森全体に毒をまき散らしました」
あれ? 思っていた流れと違う。戦いは? あと長老は当事者だったのか、表情が憤怒に染まっていて怖い。
「呪毒、植物毒、生物毒、鉱物毒、だけではなく、汚物や廃棄物、塩、あらゆる手段で森を汚し、水を殺し、土を殺し、植物を殺し、生物を殺しました」
人間の国が予想以上にゲスな行為を働いていた件。
そもそもそれだと目的の精霊樹まで殺してしまいかねない。いや、実際に精霊樹は枯れているな。その国は馬鹿じゃないのか?
俺のワガママでしかないのだが、ファンタジー世界でこういうタイプの悪事は止めてほしい。
戦争で似たようなことをした世界から来たからこそ、強くそう思う。
でも森に住んでいる精霊がブチ切れそうな気がするけど……あぁ、そうだった精霊にもルールがあるもんね。
「無論我々も敵を倒し自然を浄化しようと命を賭けました。ですが力及ばず幾人ものエルフが敵に囚われました」
戦力差は分からないが自然と共に生きている様子のエルフに、自然破壊はクリティカルになりそうだな。
あまりの蛮行に激高しようものなら、簡単に罠にかかりそうだし不利は否めないだろう。
完全に精霊樹とエルフ以外どうでもいいと考えているな。
「そして精霊樹の思念体であるラエティティア様は決断なされた。すべての毒を吸収し森を救うことを……」
たしか精霊樹には土地を管理して豊かにする能力があるってドリーが言っていた。おそらくその力を使ったのだろう。
結果的に枯れてしまったことは変わらないが、一応人間の国も毒のコントロールはしていて、精霊樹の決断は人間の国側も予想外だったっぽいな。
国が本気で用意した毒だと、強力で植物に強い影響を与えそうだし量も多そうだ。嫌がらせに塩まで撒いていたなら、精霊樹が力尽きるのも無理がない気がする。
「すべての毒が消えその混乱につけこみ我々は勝利しました。ですが精霊樹はボロボロになり、ラエティティア様は次代の精霊樹を生み出すから育てるようにと告げて姿をお隠しになられました」
どうやって勝ったのか気になりはするが、聞いたら長くなりそうだし止めておこう。
「我々は現れた種を必死に育てようとしましたが、途中で力尽きておられたのですね……」
長老の悲嘆で話が終わる。
なんていうか一応森は救われたしエルフも勝利したけど、精霊樹の犠牲は大きすぎるのだろう。
とりあえず、サクラには決して毒を吸わないように注意しておこう。
読んでくださってありがとうございます。




