四話 初戦闘
目が覚めると……真っ暗だ。何処だここは? 体を起こすと、からだの至る所が痛みを発する。
「あー、夢じゃなかったのか。本当に異世界なんだな」
昨晩習った光球の魔法を唱え、洞窟内に光の玉が浮かび上がる。体中が痛いのは昨日の肉体労働と堅い地面にそのまま寝っ転がったからだろう。
柔らかな寝床が欲しいが、この死の大地には草すら生えていない。先が思いやられる。若干ふらつきながら入り口の岩を魔法の鞄に収納する。
「おはよう。よく眠れた?」
「おはよー」
ふわりと風が吹くと、パッとシルフィと幼女精霊が現れた。凄いな精霊。
「おはよう。シルフィ、幼女精霊。筋肉痛で体が痛いけど、疲れていたから熟睡出来たよ」
「眠れたのなら良かったわ」
心配してくれてたんだな。ありがたい。ん? なんかお腹が空いたな。そういえば昨日は何も食べてなかった。ご飯を食べたいが電子レンジも調理道具も無い。今日はおやつ代わりに買った菓子パンで我慢するか。
「朝食にしようと思うんだけど、シルフィと幼女精霊も食べる? っていうか精霊ってご飯とかどうするの?」
「私達は特に食事の必要が無いわ。食べる事も出来るけど、嗜好品って感じね」
「そうなんだ。じゃあせっかくだから異世界のパンを食べてみない?」
貴重な食料だけど一人で食べるのも気まずいし、それにどんな反応をするのか見てみたい。
「私達は食事の必要が無いんだから裕太が食べなさい。これから先、簡単に食べ物が手に入るのか分からないのよ」
んー、それもそうか。菓子パンは喜んでくれそうだから食べてほしかったんだが……まあ、食料が手に入れば食べてくれるだろう。今日は食パンで簡単に済ませるか。菓子パンは後のお楽しみだな。
「じゃあ悪いけど、食事にさせてもらうね」
魔法の鞄から食パンを二枚取り出して味わって食べる。食パンと言えども異世界においては貴重品だ。噛み締めないと。
「へー、白パンなんて贅沢ね。王侯貴族の食べ物よ」
「ぜいたくね!」
幼女精霊よ。なぜ困った子ねって感じなんだ?
「そうなんだ。でもなんでシルフィは王侯貴族の食べ物を知ってるの? 知り合いでもいるのか?」
「いないわよ。風の精霊は風が通れば何処にでもいるの。色々見て回ったから知ってるのよ」
凄く得意げだ。可愛いけどやってる事は覗きな気がする……触れないほうが賢明だな。
「そうなんだ。シルフィが色んな事を知ってるから、とても助かるよ。ありがとう」
「ふふ、気にしなくて良いわよ。さあ、さっさと食べちゃいなさい。海が待ってるわよ」
シルフィ、結構単純かも。おっと待たせるのも良くない。さっさと食べてしまおう。とはいえ今となっては貴重な日本の食べ物、しっかり味わおう。食パンだけだと味気ないけど噛み締めると美味しい。
「ごちそうさま。シルフィ、幼女精霊、お待たせ。出発しようか」
「ええ。あっ、裕太。魔物が出るかもしれないから、武器は用意しておきなさい。魔物の接近を見逃す事はないと思うけど用心は必要よ。あと、魔物が出たら裕太が倒すのよ。レベル上げが必要だし、私達は契約してないから戦いまでは協力できないわ」
「あー、そうか。頑張るよ。取り敢えず戦いやすそうな魔法のハンマーを出しておくね」
戦いとか結構不安だけど、魔法のハンマーの威力は凄いからな。頑張ってレベルを上げよう。重さも感じないから杖代わりにも使えて一石二鳥だ。
シルフィが指し示す方向に歩きながら気になった事を色々質問する。
「ねえシルフィ。海までどのぐらい掛かるの?」
「んー、そうね。そこまで遠くないから、このペースなら昼過ぎにはつくわね」
まだ早朝なのに昼は過ぎるのか。筋肉痛がきついけど頑張るしかない。
「了解。そういえば死の大地には風の精霊しかいないって言ってたけど、地面があるんだから土の精霊はいないの?」
「地面はあるけど、固くて乾いていて草も生えていないでしょ。自然のバランスが崩れた死の大地は、土の精霊にとっても厳しい土地なのよ」
「へー、地面があるだけじゃダメなんだ。じゃあ光の精霊とか闇の精霊とかはどうなの? もしかして光とか闇の精霊っていないの?」
「いるわよ。でも光の精霊は雲の上で太陽を追いかけているし、闇の精霊は地下を好むわ。好んで死の大地に来る事はないわね」
他にもっといい場所があるのに、わざわざ不毛の大地に来る必要も無いって事か。俺の中での精霊って自然を何とか回復させようって頑張るイメージだったけど、そうでも無いのか。
もしくは死の大地が酷すぎて、回復できないのかもな。植物も生えていない赤茶けてひび割れた大地をひたすら歩く。しかし暑い。頭にかぶっているタオルが汗でビチャビチャだ。
シルフィはふわりふわりと俺の隣を飛び、幼女精霊は空を自由に飛び回っている。キャッキャッと笑いながら、実に楽しそうで羨ましい。
「シルフィと契約出来たらあんな風に空を飛べるようになる?」
「あの子みたいに自由自在に飛び回るのは難しいけど、ある程度は飛べるようになるわよ」
そっかー。契約できれば空を飛べるようになるんだ。どんな感覚なんだろう。テンションが上がる。魔力がBに上がらないとダメなんだよな。途中で成長が止まったら泣ける。
「早く契約出来るように頑張るよ」
***
ごめんなさい。レベル上げを頑張るとか調子に乗ってました。目の前にいるのは正真正銘の魔物です。少し前の自分をぶん殴りたい。
「裕太、あの岩山の陰に魔物がいるわ。遠回りすれば避けられるけどどうする?」
「どんな魔物か分かる? 俺でも勝てそうなら戦ってみるよ」
レベルが上がれば契約ができる。契約が出来れば空を飛べる。やるしかない。
「いるのはデスリザードね。魔法のハンマーを大きくして攻撃を当てれば倒せるわ。でも最初は夜になったら出てくる、ゾンビとかスケルトンみたいな弱い相手の方が良いんじゃない?」
デスリザード……死のトカゲか? 物騒な名前だな。あと聞き捨てならない事が……ゾンビやスケルトンがいるの? そっちの方が怖いんですけど。
「ねえ、ゾンビとかスケルトンがいるの?」
「ええ、死の大地は大戦があった場所ですもの、沢山いるわ。地上の廃墟は殆ど風化しちゃったけど、地下施設や洞窟に沢山いて夜になったらさまよってるわね」
ファンタジーは好きなんだけど、ホラーは嫌いだ。どうする? 特にゾンビとか気持ち悪そうで嫌だ。
「デスリザードの大きさはどのぐらい?」
「岩山の陰に居るのは小さいから、高さは裕太の腰ぐらいで、全長は身長ぐらいかしら?」
ゾンビやスケルトンよりマシだな。魔法のハンマーなら重さを感じないんだ、当てれば倒せるのなら余裕だろう。
「それならデスリザードと戦ってみるよ」
「そう? 大丈夫だとは思うけど慎重にね」
シルフィが心配そうに声を掛けてくる。幼女精霊はどこかに飛んで行って今はいない。
魔法のハンマーを最大の大きさにして肩に担ぐ。ジリジリと岩山に近づくと、デスリザードもこちらに気が付いたのかノソノソと出てきた。
保護色なのか赤黒い鱗。シギャーっと威嚇してくる大きな口には鋭い牙が並んでいる。偶に地面に尻尾を叩きつけるとドスンと鈍い音が響く。これはトカゲじゃない。もはやドラゴンだ。
爬虫類独特な瞳と睨み合うが、足はガクガクと震えている。ゾンビとかスケルトンから始めたいです。いや普通はスライムとかゴブリンが最初の相手だよね。
軽く現実逃避していると、しびれを切らしたのかデスリザードが叫びながら突っ込んできた。無我夢中で魔法のハンマーを振り回す。
「あっ……」
振り回した魔法のハンマーがデスリザードに当たった瞬間。何の手応えも無くデスリザードが弾け飛んだ。
「お疲れ様。ちょっと不格好だったけど初勝利ね。でも今度からは振り回すんじゃなくて、ちゃんと狙って攻撃できるようにしないと危険よ」
ニコニコで話しかけてくるシルフィ。
「えっ、ああ。うん、倒した?」
「ええ、倒したわね。どうしたの?」
手応えも無くただ魔法のハンマーを振り回したら、デスリザードが弾け飛んだ。倒した実感がまったく無い。その事を伝えると呆れた顔でシルフィが説明してくれる。
「裕太は重さを感じないから分からないかもしれないけど、そんなに巨大なハンマーが当たれば大抵の魔物はあんな感じよ。実感がわかないのならそのハンマーで思いっきり地面を叩いてみなさい」
言われた通り、思いっきり魔法のハンマーを地面に叩きつける。轟音が響き渡り体に爆風と弾き飛ばされた砂が当たる。結構痛いです。ハンマーが止まった感覚はあるが、地面を叩いた衝撃も手応えも無い。
ハンマーを肩に担ぎ、地面をみると隕石でも落ちたように深く抉れている。なんだこれ。洒落にならん威力だな。よく考えたらこれだけ巨大な鉄? の塊が猛スピードで動くんだ。当然の結果だな。
「うん。シルフィ、よく分かったよ」
「それは良かったわ。そういう事だから、今度から落ち着いて冷静に対処するのよ」
「ああ、次からは大丈夫だ。あのデスリザードはどうしたら良い? 食べられるのか?」
「デスリザードの主食はゾンビやスケルトンよ。食べるの? 普通なら皮が換金できるけど、あれだけぐちゃぐちゃだと価値は無いわね。心臓部分にある魔石が無事なら町に行った時に換金できるわよ」
ゾンビが主食なトカゲを食べるのは遠慮したいです。魔石だけでも確保しておこうとデスリザードに近づく……吐きそうだ。こんなにぐちゃくちゃになるんだな。
シルフィに教えてもらった心臓部分を魔法のバールのようなもので探ると、キラキラした欠片があった。
「魔石や素材を入手したいのなら、今度から手加減を覚えましょうね」
「……うん」
読んで下さってありがとうございます。