五百九十七話 男は顔じゃない
エルフの国からの依頼を果たすために、エルフの国と唯一関係があるフェイバルの町に到着した。その町は平和そのもので、冒険者ギルドにも人がおらずギルドマスターが一人で受付カウンターに座っているくらいのどかだった。二日後に来るエルフの商隊を紹介してくれるそうだから良いけど、のんびりし過ぎじゃないかな?
「たべたー」「キュキュー」「ごちそうさまでした」「クゥ」「うまかったぜ」「……」
お腹いっぱいにお昼ご飯&デザートを食べて満足気なベル達が、相も変わらずに可愛い。
ジーナ達も食べ終わっているし、後は約束の時間まで食休みだな。
えーっと、冒険者ギルドからの使いの話では、商隊が到着後、少し休憩してから会う予定だから、後一時間もすれば迎えが来るだろう。
それにしてもエルフの国の役人と会うのか。ちょっと緊張してきた。
フェイバルの町がのんびりしているからなおさらだよね。
ここ二日、フェイバルの町をのんびり観光しながら話を聞いて色々と分かったが、この町、というかこの国自体がかなり平和だった。
この国の名前はガーネット王国。死の大地から出る時にシルフィから提案され、迷った末に選択しなかったのがこの国だった。
迷宮に憧れずにこの国に来ていたら、俺の異世界生活は素晴らしく平穏な日常が満喫できていただろう。
少し後悔したが、刺激が少なそうな国なので、まだまだ若い俺としては迷宮都市を選んで正解だったと思いたい。
そして、その平和なガーネット王国の中でも特に平和なのがこのフェイバルの町らしい。
近くに巨大で豊かな森があるにも関わらず、人間は完璧に立ち入り禁止。採取や狩猟どころか薪を拾いに行くことすらない。
なぜならエルフの国とそう約束しているから。
代わりに、薪や薬草、森の恵みや肉類もかなり安くエルフの国が提供してくれる。
エルフが管理していて魔物が森から出てくることもほとんどないし、採取も討伐もないのではこの町に冒険者が少ないのも当然だろう。
ついでにエルフの国との貴重な窓口ということで、この町は国の直轄領になっており、森以外の周辺の治安も抜群。
国が定期的に兵士を派遣して魔物や盗賊を駆除している。もしかしたらこの世界で一番平和な町はフェイバルかもしれないと思うくらいに平和な町だ。
エルフの国との交易で町の財政も潤っているらしいから、住民も余裕があって穏やか。
少し残念なのはグルメ部分、森の恵み等で素材の品質は良いのだが、特に目を引くところがない異世界クオリティだから、屋台や食堂での料理では満足できない。
初日で諦めて食事は魔法の鞄にストックしてある料理で済ませることになった。人も治安も良い町だから、グルメの部分が本当に残念だった。
「ゆーたー、あそぶー」
町のことを考えていると、食休みに飽きたベル達が群がってきた。
エルフの国の役人と会うから少し緊張し始めていたが、のんびりとした町のことを考えていたら緊張も薄れてきたし、約束までベル達と遊んで完璧に緊張を解すことにするか。
***
美しくサラサラで輝くような金髪ストレート。
細くシャープな顔立ちと透き通る透明感がある白い肌。
涼やかな目元と長いまつげ。
スッと通った鼻筋。
薄いのに艶めかしく思える唇。
それらが黄金比とはこういうものだと実感させるように、完璧に配置されている。
あぁ、俺の目の前にエルフが居る。
…………だが男だ。
冒険者ギルドの使いから案内されて、初めてこの町のギルドマスターの部屋に足を踏み入れた。
そんな俺の目に飛び込んでくる、これぞエルフだと言わんばかりの美貌。
そのまぶしさに目がくらみそうなのか、嫉妬で目が見るのを拒否しているのかは分からないが、目がチカチカする。
畜生、商隊を率いる役人だと聞いていたから男の可能性が高いと思ってはいたが、やっぱり男だった。
あれだね、イケメンは敵だ! とまでは思っていなかったり思っていたりする微妙なラインで生きてきたが、今日ハッキリわかった。
イケメンは敵だけど、物凄いイケメンには敵わない。
明らかに男なのに美人ってどういうこと? 顔の造形が違い過ぎて、湧き上がった嫉妬の感情が燃え上がる前に、格の違いを強制的にわからせられて勝手に鎮火してしまった。
うん、文字通り人種が違う。俺は人間(異世界人)で、彼はエルフだ。そう、人種が違うのだから顔の造形が違うのも仕方がない。
俺と目の前のエルフとのあまりの顔面レベルの違いに、勝手に自己防衛をおこなった気がしないでもないが納得はできた。
俺は人間、相手はエルフ。これが大事。
でも、ファーストコンタクトは女性が良かったなぁ…………。
「裕太と言います。初めまして」
脳裏で一瞬に格付けが済まされ、極度の疲労を味わいながらなんとか挨拶をする。微妙に片言になってしまったが、この状況でちゃんと挨拶ができた俺は立派だと思う。
でもベル達とジーナ達を話し合いは退屈だからと宿に置いてきて良かった。おかげで膝が笑っている俺を見られなくて済んだ。
「あ、ああ、初めまして。私はエルハートと申します」
あれ? なんだかエルフのエルハートさんもちょっとキョドっているように見える。
……ほほう、エルハートさんがチラチラとシルフィとドリーの方を見ている。なるほど、理解した。
エルハートさんも精霊術師の才能があって、シルフィとドリーの存在を感じているんだな。そして大精霊である二人の存在感にビビっていると、つまりはそういうことだ。
ふはははは、なんかエルフと会うのが怖くなってきたし、シルフィに加えてドリーを召喚しておいた俺、グッジョブ。
あまりの顔面レベルの差に打ちのめされて精神が膝を折っていたが、なんてことはない、男は顔じゃないコネだってことだな。
完全に虎の威を借る狐状態だけど、精神的に優位であれるのなら俺はまだ戦える。さすがシルフィ&ドリー、大精霊は伊達じゃない。
「それで、エルフの国から俺に依頼があるらしいのですが、エルハートさんは聞いていますか? あ、その前に座りましょうか」
自分の部屋でもないのにギルドマスターとエルハートさんに席を勧めて自分もソファーに座る。なんとか精神的優位は取り戻したけど、主導権を手放すのは危険だから強気でいく。
「それで、どうなんでしょう?」
仕切り直して問いかける。ここでエルハートさんにまで話が伝わっていなければ、話がややこしくなるので勘弁してほしい。
「あっ、ええ、長老から指示を受け、同胞に連絡したのは私ですので依頼については理解しています。ただ、これほど早くいらしてくださるのは予想外でした。ありがとうございます」
まあ依頼を聞いて、その翌日には飛んできたからね。迷宮都市で依頼を聞くまでに時間があったとしても、エルフ側の予想よりも早かったのは間違いないだろう。
そして、俺が早く来たことを好意的にとらえたのか、とても感謝した表情でお礼を言われてしまった。
急いだのは早く終わらせて遊びに行きたいからだから、そんなに感謝されると少し気まずい。
「いえ、こちらの都合で急いだだけですので、気にしないでください。それで詳しい依頼内容を教えていただけますか?」
なんか難しそうな雰囲気の依頼だから、聞くだけで少しドキドキする。俺の、いや、大精霊の力で簡単に解決できる依頼内容でお願いします。
「申し訳ありません、依頼の詳しい内容は長老しか話す資格がないのです。ただ、裕太様がいらっしゃったら、すぐにお連れするように申し付かっております」
マジか。エルフの国に到着するまでに依頼内容を聞いて、心の準備をしておきたかったのにまだ引っ張るんですか? 勘弁してほしい。
「今日中に引き継ぎを終わらせますので、出発は明日の朝で構いませんか?」
「えっ? いえ、貿易は大切ですから、ゆっくりで構いませんよ」
急いでくれるのは嬉しいが、無理をされてどこかに迷惑がかかるのも困る。
「ああ、私の補佐に仕事を引き継ぐだけですから、問題ありません」
補佐のエルフが可哀想だな。でもまあ、問題ないというのならお言葉に甘えよう。
「分かりました。あっ、弟子達も同行して構わないんですよね?」
「四人のお弟子さんですね。優秀な精霊術師だと聞いています。もちろん同行していただいて構いません」
俺だけじゃなくてジーナ達についても知っているんだな。まあ排他的な国らしいし、依頼を出す前に下調べくらいはするか。
「ありがとうございます」
「では、細かい点を詰めてしまいましょう」
「分かりました」
細かい点ってなんだろう? 明日出発するだけじゃないのかな?
***
フェイバルの町のギルドマスター。
「……エルフが人間相手にあんなににこやかに話すのを初めて見たぞ」
なんだ、何が起こっているんだ?
……エルフの商隊に合わせて冒険者達も集まってくる。念のために何人か町に留まってもらうように頼んでおこう。
事件が起こりそうな気がする。
エルハート
なんだ? どういうことだ?
凄腕の精霊術師ということは聞いていた。
依頼を出して予想外に早くやって来たのも問題はない。少し歓待の準備に手間が増えるだけで対応可能だ。
だが、あの存在をどう解釈すればいい?
同胞が調べてきた、一瞬で巨大な建物内を植物で埋め尽くしたという噂。
我らエルフの精霊術師でも不可能な領域。
もしかしたら長老が契約している偉大な風の精霊と並ぶ、偉大な植物の精霊と契約しているのではと望みをかけて依頼を出すことになったのだが……どう考えても長老が契約している偉大な風の精霊よりも気配が圧倒的に強いのはどういうことだ? しかも二体……。
いや、力があるのは問題ではない。
調べた同胞の話では、怒らせると危険だが礼儀を守り敬意を払えば大丈夫だと聞いている。それなら力がある方が我々にとってもありがたいことだ。
ただ……礼儀か。
私が一番人に対して当たりが穏やかだと言われているのだが、国の連中の不愛想が怒りを買ったらどうすればいい?
我々エルフの国の精鋭と、長老が居れば優秀な精霊術師の怒りを買おうとも対処できると思っていたが、どう考えても敵に回してはいけない相手だ。
明日、案内するというのは早まった判断だったか? だが、我々に偉大な植物の精霊のお力が必要なのも事実だ。
「……おい! 至急国への使いを頼む!」
とりあえず先に使いを出して、歓待の準備と礼儀と笑顔の練習を具申しておこう。
精霊術師であれば言わずとも理解するだろうが、同胞には精霊の気配を感じられぬ者も居る。それらに対して、情報を徹底しておかねばならんな。
読んでくださってありがとうございます。