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五百九十一話 鼻がバカになっている

 自分の欲望の為に弟子達にはアサルトドラゴンを倒すための訓練を、ベル達には俺から気が逸れるように新たな遊びとして迷宮都市の地図作りを教えた。その結果、何度も同じ説明を繰り返し聴くことになりはしたが、迷宮都市での自由な時間が確保できる見込みだ。




 シルフィからジーナ達の訓練に合格点が出され、ベル達の迷宮都市マップ作りも記憶だけでは限界がきたので、俺達は迷宮都市に出発した。


 目的が目的なので、ジーナ達は緊張感と闘志を、ベル達は迷宮都市マップの作り込みに向けた情熱を、俺はマグマのように煮えたぎる欲望を念入りに封じ込めた冷静な仮面をかぶり飛び立つ、いつもとは違う旅路。


 楽園と迷宮都市の往復に慣れて若干マンネリ化していた空の旅が、新しい目標のおかげで張りのあるものになった。



 ***



「ねえ裕太、あんたからも言ってやっておくれよ。いい加減にしろってさ」


 迷宮都市に到着し、いつもどおりトルクさんの宿にチェックインして部屋に向かおうとすると、マーサさんからお願い事をされてしまった。


「トルクさんは相変わらず料理研究に邁進しているんですか?」 


 もしそうだとしたら、五割……いや、七割くらいは俺にも責任がある気がするから注意し辛い。


 色々な調味料を提供したし、レシピも丸投げしたりしているもんね。


「まあ根本は料理で間違いないんだけどね、問題はラーメンなんだよ」


 はぁ、とため息を吐くように問題を告げるマーサさん。ラーメンが問題ということは九割くらい俺の責任な気がする。すでに逃げ出したい気分だ。


「ラーメンで何か問題が起こったんですか? 醤油の管理はマーサさんにお任せしていますよね?」


 いくらトルクさんでも醤油がなければ、それほど無茶はできないはずだ。いや、醤油がなくても鶏ガラだけでなんとかなるか?


 黄金色の鶏がらスープのラーメン、日本で食べたことがあるけど、あれはかなり美味しかった。


「それがねえ、新しいラーメンを作るんだっていって、オークの骨を煮込みだしちまってねえ、厨房の外まで匂いが漏れて臭いんだよ」


 ……え? 豚骨ラーメンに手を出したってこと?


 俺、トルクさんに豚骨ラーメンのことを話したっけ?


 豚骨に関しての知識はあやふやだし、オークの骨で代用できるかも疑問だったから、説明は……あー、ラーメンの研究中に雑談でこぼした気がする。


 トルクさんはそれを覚えていて、挑戦しちゃったってことだろう。


 料理に匂いはつきものだけど、宿屋で豚骨ラーメンは駄目だよね。マーサさんが溜息を吐くのも当然だと思う。


「……とりあえず、あとでトルクさんには別のラーメンを教えます。そちらはそれほど匂いがキツくないですし、素材もマーサさんにお任せしますのでコントロールできるはずです」


 他のラーメンでメジャーなのは塩か味噌だな。


 塩だと俺的には海産物が重要になる。迷宮に海があるとはいえ、五十層以降の話だから海産物は厳しいだろう。


 そうなると、味噌だな。


 味噌の匂いもこの世界では独特だが、オークの骨を煮込むよりかははるかにマシだろう。


「そりゃあありがたいけど、ラーメンを止めさせるという選択肢はないのかい?」


 すみませんマーサさん、俺、味噌ラーメン食べたいんです。


「トルクさんがラーメンの研究を止めると思いますか?」


 諦めた顔で首を横に振るマーサさん。トルクさんの奥さんだから、俺に言われなくても無理なことは理解しているのだろう。でも、言わずにはいられなかったって感じかな?


 ご迷惑をお掛けしております。


 とりあえず部屋で休憩した後、必ずトルクさんに話をしますとマーサさんに約束し、一度部屋に向かうことにした。


 別の部屋を取ったジーナ達と別れ自分の部屋に入ると、一気にテンションが下がりベッドにだらしなく倒れ込む。


 色々と悪巧みを考えながら迷宮都市に来たけど、いきなり豚骨ラーメンに躓いてしまい妙に疲れた。


 癒しを求めてベル達を見る。シルフィの方は俺がなんで疲れたか理解して笑っているので見ない。


 うん? なんかベルが胸を張って指揮官のようにレイン達に指示を出している?


 レインはあっちー、トゥルはねーこっちー、と微笑ましいが何を……あぁ、マップ完成の為の計画を練っているのか。


 俺としてはトゥルが指揮をした方が繊細なマップが完成しそうに思えるのだけど、まああの子達がそれでいいのなら、それが一番なのだろう。


 トゥルは若干考えすぎるところがあるもんね。


 ほんわかベル達を見守っていると、ベル達がベルを先頭にふわふわと俺の枕元まで飛んできた。


「ゆーた、べるたちおでかけするー」


 ベルがムフンと胸を張りながら俺に宣言する。


「え? もう?」


 調べる気が満々なのは分かっていたけど、迷宮都市到着早々にお出掛けとは予想外だ。


 いつもなら少しお部屋で遊んでおやつを食べてから外に遊びに行くのだが、今のベル達はおやつよりも迷宮都市マップに夢中なようだ。


 楽しんでくれるのは嬉しいが、そのハマり具合に少し怖くなる。


「そうー。たくさんしらべるー」


 ……怖いが、もう止まりそうにないな。 


「分かった。夕食までには帰ってくるようにね」


「わかったー」「キュー」「うん」「クゥ」「いってくるぜ」「……」


 ベル達が元気いっぱいに窓から外に飛び出していく。ふぅ、俺も少し休んでトルクさんと話しに行くか。



「師匠、入っていいか?」


 ベッドに寝ころんだまままったりしていると、ドアがノックされてジーナの声が聞こえた。


「うん、いいよ」 


 ベッドから体を起こし、ジーナ達を出迎える。おっと、ジーナ達だけかと思ったら、サラ達も一緒だった。どうしたのかな?


「師匠、ちょっと実家に顔を出した後、冒険者ギルドに寄ってくるつもりなんだけどいいか?」


「ん? 別に構わないけど、サラ達も一緒に行くの?」


 こういう時はジーナが実家に行って、サラ達は冒険者ギルドにと、別行動が多いからちょっと違和感がある。


「あぁ、実家に顔を出した後に、リーさん達からアサルトドラゴンについて話を聞くつもりなんだ。まあギルドに居たらだけどな」


 ジーナ達はジーナ達でベル達に負けず劣らずやる気満々だな。まさかジーナ達も迷宮都市到着初日から動き出すとは思わなかった。


 これが若さか。


「了解。夕食までには帰ってくるようにね」


「分かった」


「分かりました」


「行ってくる」


「いってきます」


 ジーナ達もシバ達と一緒に楽しそうに部屋から出ていく。


 アサルトドラゴンについては俺に聞けと言いたいけど、俺の説明だとジーナ達には参考にならなかったんだよね。


 俺の場合、シルフィかベル達で無双か、開拓ツールでの無双だもん。


 最初に説明した時、アサルトドラゴンの突撃をギリギリで躱して、その瞬間に巨大なノコギリでスッパリと足を切断って言って、あれ? これって参考にならないよね? と自分で思ったもん。


 悔しいが精霊術以外では、経験豊富っぽいリーさん達に頼るのは間違っていないだろう。


 師匠として少し情けないが、今回は精霊術で新技を伝授しているからたぶん威厳的な物は大丈夫なはずだ 


 ……もうしばらくダラダラしているつもりだったが、ベル達やジーナ達が行動していると俺も何かしないといけない気になってくる。


 しょうがない、トルクさんに会いに行くか。



「これは……マーサさんが嫌な顔をするのも当然だね」


 トルクさんは専用厨房に籠っているとマーサさんに聞いて会いに来たのだが、その厨房からはなかなか凄まじい臭いが漂ってきている。


 もしこの臭いがお客にまで伝わったら、確実に客足が鈍ることになるだろう。


 というかシルフィ、涼しい顔をしているけど自分だけ風で完全防御してない? できれば俺も守ってほしいんだけど? という訳でお願いしてみる。


(シルフィ、俺も臭いを遮ってほしいんだけど?)


「別に構わないけど、臭いを感じなくてもちゃんとトルクを説得できるの?」


(それくらいでき……)


 できると言いたかったが、トルクさんの説得に真剣味が薄れる気がする。


 臭いを嫌がっていないと説得力に欠けるし、臭い演技をしながらだとなおさらだろう。


(そのままでいいです。というか、合図をしたら部屋の換気をお願いします)


 負けを認め、そのままトルクさんの個人厨房のドアをノックする。


「おー、なんだ、入って良いぞー」


「お邪魔します」


 トルクさんの了解を得たのでドアを開けると、ムワッと遮るものがなくなった豚骨、いや、オーク骨の強烈な匂いが鼻を直撃する。


 これは駄目だろう。一応、換気はしているみたいだが、日本の一般家庭の換気扇よりも効果が薄そうなので、酷いことになっている。


「おう、裕太か。マーサから聞いていたが、良いところに来てくれた。なんか味にスープの臭みが強くて困ってたんだよ」


 ……トルクさんが輝くような笑顔で出迎えてくれる。


 ただでさえ強面で笑顔も迫力があるのに、もはや異臭騒ぎ一歩手前の状態でこの笑顔だと、狂気を感じるな。


 もしかして、鼻がバカになっているのか? 料理人にとって嗅覚はかなり重要なはずなのに、大丈夫なのか? 不安しかない。


「その前に一ついいですか?」


「おう、なんだ?」


「臭いです。換気します」


 今のトルクさんには遠回しな表現は通用しなさそうなので、ストレートに言う。


 へ? といった様子で戸惑っているトルクさんを無視して、詠唱する振りをした後に右手を軽く振ると、厨房の中が優しく風で包まれた。


 ふいー、これで息がしやすくなった。


「裕太、終わったわ。あと、鍋と換気口を風の道で繋いだから、しばらく臭いが籠らないわ」


 さすがシルフィ、パーフェクトだ。視線で全力でシルフィにお礼を言い、トルクさんと向き合う。


 そのトルクさんは、おっ、ムワっとした湿気が消えた。裕太、凄いなと呟いているが、これでトルクさんの説得方法が決定した。


 トルクさんの嗅覚がバカになっている事実と、料理人にどれだけ嗅覚が大切なものなのかの説明だ。


 トルクさんも嗅覚が大切なことは理解しているはずだから、ある程度簡単に説得できそうだ。


 ただ……いずれは豚骨ラーメンも食べたいので、説得の匙加減が難しい。二度と豚骨ラーメンには手を出さない! なんてことにはならないように注意しないとな。


 まずは味噌ラーメンだ。でもその前に夜遊びだ。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] えええ、今まで大量のニンニク料理を排出してきた宿なんだから、豚骨の臭いが公害になるとは思えない! 豚骨から豚骨醤油、豚骨焦がしニンニク等派生していくので 是非とも完成して欲しい。
[一言] 下茹でによる血抜きと灰汁取りの話を早急に伝えろと。 塩だ、味噌だ、なんてのはそれからだ!
[一言] 豚骨ラーメンとニンニクの相性は抜群だ! いっそニンニクラーメンを教えるって手も
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