五百八十八話 裕太と精霊の欲望
エルティナさんの捨て身の覚悟に怯え、本来であればもう少し滞在する予定を変更し、シルフィに開拓村の柵の柱だけ作ってもらって尻尾を巻いて逃げ出した。そこまで深入りするつもりはなかったのだが、滞在期間が一日に満たないのは予想外だった。
「みんなお疲れ様。今日はゆっくりして、明日からは今まで通りにね」
開拓村から逃げ出し、お昼過ぎには楽園に到着した。
時間もあるし今日も訓練できないことはないが、夜中まで活動して飛んで帰ってきたのだから少しくらいのんびりしても良いだろう。
まあ基本的に毎日のんびりはしているんだけどね。
「了解。師匠もお疲れ様」
「分かりました、お師匠様」
「わかった。あしたからがんばる!」
「キッカも!」
「うん、じゃあ解散!」
俺の言葉に弟子達が散っていく。どうやらジーナとサラはルビーのところに向かい、料理の勉強をするつもりのようだ。
マルコとキッカはウリやマメちゃんだけじゃなく、ジーナとサラの契約精霊、シバ、フクちゃん、プルちゃんも連れて運動場で遊ぶらしい。
のんびりと言ったのに、みんな元気いっぱいだな。
さて、俺はどうしよう。
帰りにシルフィに運んでもらいながらしっかり熟睡したから、俺も元気いっぱいではあるんだよな。
……とりあえず楽園に戻ってきたとたんに俺の胸に収まったサクラと、そのサクラに開拓村でのことを教えてあげているベル達と一緒にのんびりお茶にするか。
「シルフィ、俺はお茶にするけど、シルフィ達はどうする?」
「んー、なら私はディーネ達と軽く楽園を見て回るわ」
楽園の見回りか。本来なら俺の役割なんだけど、帰ってきたばかりだから気を使ってくれたのかな?
それならシルフィのお言葉に甘えて今日はのんびりさせてもらおう。
「了解。じゃあまた後でね」
手を振って飛んでいくシルフィ達を見送るが、その後ろ姿を見て何か大切なことを忘れているような気持になる。
なんだったっけ? なにかシルフィ達に言わなければならないことがあった気が……。
「あう!」
「ん? あぁ、サクラごめんね」
忘れている何かを脳内で検索していると、撫でる手が止まってサクラに怒られてしまった。
んー、まあ忘れているならたいしたことじゃないだろう。
俺って地味にチートだし大抵のことはなんとでもなるんだから、気にせずにサクラやベル達と庭でお茶にしよう。
***
「べる、これすきー。ゆーたといっしょー」
ベルが自慢げに両手でカップを持ち上げ、中のコーヒーをズズっとすすってニパっと笑う。とても可愛い。
でも、それは俺と一緒じゃないんだよベル。
俺のはコーヒーで、ベルのはミルクとお砂糖たっぷりのコーヒー牛乳なんだ。まあ言わないけど。
「うん、そうだね」
よろこぶベルの頭をナデナデし、他の子達の様子を見る。
レインは大ぶりのフルーツ寒天を齧ってキューキューパタパタ。
トゥルは甘いホクホクの焼き芋を齧ってホンワカ。
タマモはネットリタイプの焼き芋に一心不乱で尻尾をブンブン。
フレアはクレープを大きくガブリと齧りとり、なかなかだなという顔。
ムーンはなぜかゼリーと一緒にぷるぷる。
サクラはプリンを食べようとスプーンを慣れない手つきで、あっ、口で直接いった。
どの子も甘いおやつに大満足な様子で、見ているだけで開拓村での精神的な疲れが癒される。
やっぱり人にはこういう暖かでのんびりした幸せな日常が必要なのだとしみじみと思う。
しばらくは楽園に引きこもってのんびりと……とも思うのだが、引き籠ったらマリーさんが発狂するんだろうな。
迷宮のコアにも食事を届けてあげないといけないし、ダマスカスや下僕を手に入れたメルの工房の様子も気になる。少し休んだら様子を見に行く必要があるだろう。
そして何より、ベリル王国に遊びに行きたい。
開拓村でベリル王国のことを思い出したからか、強烈に行きたくなってしまった。
行って、思う存分ハメを外したい。
もう自分の中で行くのは確定なのだが、理由が少し難しい。
何度も一人でベリル王国に訪問って、ちょっと怪しいんだよね。シルフィなんかは俺が何をしているのか薄々は察しているだろうが、黙ってくれているので問題はない。
問題なのは弟子達。
ジーナ達に、師匠はわざわざ他の国に行って夜遊びでフィーバーしているんだよ、なんてバレてしまったら首を吊りたくなるほど恥ずかしい。
ウナギもまだ魔法の鞄の中にたっぷり眠っているし、ハンドベルも買い足した。わざわざベリル王国に行く理由が思い当たらないのが辛い。
いっそのこと別の国に行くか?
未知の国で未知の歓楽街を訪ねる。とても楽しそうなので是非とも挑戦したい。
でもなー、ベリル王国ならある程度知っているし、行ってみたい店も目星がついているから、遊ぶ時間を多めに確保できる利点がある。
それに新しい国に行ったら、なんかまた面倒に巻き込まれそうな気もする。
ベリル王国か未知の国、どちらを選ぶか、悩ましい選択だ。
いっそのこと両方をハシゴする、いや、さすがにそれは駄目人間一直線な気がする。
それに何度もベリル王国に遊びに行く理由や、未知の国に自分一人で遊びに行く理由が思いつかない。
……ん? 別に理由なんて必要ないのか?
そもそも一人で遊びに行っているとバレなければ問題はないんだ。
基本的にジーナ達とはいつも一緒だが、唯一行動を共にしていない時間がある。
迷宮だ。
ジーナ達が行けるアサルトドラゴンが出る階層まで片道十日前後。
最近は冒険者ギルドでの修行や滞在期間の短縮で迷宮の奥まで潜っていないし、偶には奥まで修行として行かせても全然不思議じゃない。大精霊の誰かを護衛に付ければ、安全も確保できる。
俺の欲望の為でもあるが、ジーナ達の為になることでもあるのだから全然OKなはずだ。
あとはベル達だけど、数日迷宮都市で遊び回れば屋台の探索も終わるはずだし、それから少し忙しくなるから、楽園でちょっと遊んでいてとお願いすれば、二日か三日くらいなら納得してくれるはず。
ふむ、ジーナ達は迷宮、ベル達は楽園、その間に俺はベリル王国でレッツエンジョイ……パーフェクトだ。パーフェクトなプランを生み出してしまった。
自分のエロに対する熱意に恐ろしさすら感じるぜ。
そうと決まればさっそく……ベル達やジーナ達にしばらく楽園でゆっくりするって言っちゃったから、せめて十日は楽園でのんびりしないと不味いだろう。
焦りは疑惑を生み、パーフェクトなプランにヒビを入れることになる。
今は雌伏の時、マグマのような情熱はそっと胸に秘め、解放の時を待つとしよう。
先に希望があれば人は耐えられる。
「キューキュー」
「ん? レイン、どうした……あぁ、クレープか」
俺が情熱を内に秘めていると、レインがヒレでパタパタと空になったクレープ皿をアピールしていた。
少し考え事をしている間に、全部食べてしまったようだ。
うーん、死の大地で頑張ってもらったから、各種おやつを大盤振る舞いしたのだが、お代わりはさすがに与えすぎだろうか?
「キュー?」
レインがどうしたの? とつぶらな瞳で俺を見上げる。もらえないなんて微塵も疑っていない瞳だ。
「ちょっと待ってね。はい、クレープ。でも、これで終わりだからね」
レインの無垢な瞳にあっさりと敗北し、追加でクレープを差し出す。
別にあれだよね、レインは精霊なんだし糖尿病になることもないんだから、少しくらいおやつを食べ過ぎてもなんの問題もないよね。
「キュー!」「べるもたべるー」「ぼくも」「クゥ!」「くうぜ!」「……」「あい!」
大喜びなレインに続いてベル達もお皿に群がる。みんなとっても可愛らしい。
……よく考えたら、こんな純真な子達を目の前にして、俺は自分の欲望を満たすことしか考えていなかったのか。
性欲って怖い。
***
「うむ、シルフィ帰ったか」
「ええ、たった今ね。というよりもノモスもイフも出迎えなさいよ。ディーネ、ドリー、ヴィータはちゃんと出迎えてくれたわよ。あなた達も裕太の契約精霊なのだから、それくらいはちゃんとしなさい。気づいていたんでしょ?」
まったくもう。裕太は出迎えとか気にしないけど、出迎えられたらちゃんと喜んでくれるんだから、それくらいの手間を惜しむんじゃないわよ。
裕太は私達にとって、かけがえのないと言ってもいい精霊術師なんだからね。
「うむ、儂も裕太が戻ったことには気づいておった。イフも出迎えようとしておったが儂が止めた」
「おう、ノモスが行くなって言うからな。理由を聞いてもっともだと思ったから、俺も出迎えは止めておいた」
「理由? なに、お酒で手が離せなかったの?」
自分で言うのもなんだけど、私達の場合はそれ以外に理由が思い浮かばないのよね。
「いや、海底の酒のことじゃ。おぬしらが話題を逸らしたが、儂とイフが揃っておったら、海中のことを思い出す可能性があったじゃろ? じゃから今回は出迎えんことにしたんじゃ」
……そういえば開拓村に行った発端は、醸造量を気にする裕太の気を逸らすためだったわね。
エルティナの猛攻にタジタジな裕太が面白くてすっかり忘れていたわ。
「ノモス、イフ、私が間違っていたわ。良い判断よ」
若干抜けている裕太でも、海底火山を静めるために力を借りたノモスとイフを直接見たら、思い出していた可能性は高いわね。
その点でいえばディーネも危ないのだけど、ディーネは開拓村で召喚されたから意識が塗り替えられたと考えていいわ。
「ノモス、イフ、しばらくは裕太の前に二人そろって顔を出さないようにしてね」
単独で会うぶんには、それほど記憶は刺激されないでしょう。
「うむ、任せておけ」
「おう、醸造量を減らされたらかなわねえから、俺も気をつけるぜ」
「お願いね」
裕太には悪いけど思う存分お酒を造れるなんて大精霊の私達でも初めての経験だから、簡単に諦める訳にはいかないのよ。
裕太の楽園だから注意されたら従うけど、注意されないために全力を尽くすわ。
「それにしても、さっきから不思議な匂いがするわね。なんの匂い?」
「おっ、気がついたか。ほら、前に裕太から芋で造る酒のことを聞いただろ? あれが上手くいきそうなんだよ」
「えっ、もう? 話を聞いてからそれほど時間は経っていないはずよね?」
たしか芋煮会の時の話だったはずだわ。
「うむ、ドリーとヴィータの全面協力のおかげじゃ。味噌と醤油の経験が生きておる」
あぁ、発酵とお酒に向いたお芋の栽培ね。ドリーとヴィータの全面協力なら効率は凄まじいでしょうね。
「試飲はもうできるのかしら?」
色々と考える必要があるのだけど、とりあえず全部後回しよ。味を確かめなきゃ頭が回らないわ。
ふふ、癖が強いお酒だって裕太は言っていたけど、どんな味なのかしら?
読んでくださってありがとうございます。




