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五百八十七話 逃亡

 開拓村を襲うアンデッドの始末をジーナ達に任せ、俺は開拓村周辺のアンデッドとアンデッドの巣を潰してまわった。これでしばらく安全が保たれるだろうと開拓村に帰還したら、なぜか据え膳となったエルティナさんと向き合うことになった。地味にピンチ。




 今度はベリルの宝石でゆっくりと優雅に癒されて、そこからサキュバスのお姉さん達……は少し危険だから、前に行く時間がなかった他のお店に行ってみるのもいいかもしれない。


 ケモミミ達の饗宴、舞い踊る愛の煌めき、乙女達の戦い、THE純朴! 行ってみたい店はまだまだ残っている。


 それであんなことやこんなこと、そんなことまでしちゃったりして、久しぶりの一人での休日を満喫するんだ。


「あの、裕太様、どうかされましたか?」


 ……そうだった、ちょっとだけ現実逃避していたけど、今は目の前にエルティナさんが居るんだった。


 さて、このピンチをどう切り抜けるべきなのか。


「……いえ、少し考えごとをしていただけです。すみません」


 どうする? この状況を切り抜けるアイデアがサッパリ思いつかない。


 お前なんかいらねーよ、ブース、なんて小学生のようなことを言えれば楽なのだが、謝っている美女にそんな言葉を掛ける強メンタルは持ち合わせていない。


 思い切って据え膳に飛びつく……選択肢はない。シルフィやディーネ、そしてベル達の前でそんなことができるほど俺の人格は壊れていない。


 彼女達が居なければ……いや、それでも無理だな。


 エルティナさんは現在は少しくたびれて怪しい魅力を漂わせているが、元々はゴージャスタイプな肉食系美人受付嬢だ。


 弱みに付け込んでヒャッハーしたら、いつの間にか掌で転がされてムチでお仕置きされている未来が現実味を帯びてくる。


 間違いなく俺の手に余る存在だ。


 据え膳くわぬは男の恥という言葉を聞いたことはあるが、恥で済むのならいくらでも恥を掻こう。


 俺は逃げる。


「えーっと、エルティナさん」


「はい、なんでも言ってください。どのようなご命令にも従います」


 一瞬、エルティナさんの目の奥から肉食獣の気配が……。


「あっはい、えーっと、色々とお願いすることを考えてみたんですが、疲れで頭が回らないみたいで、今日はもう休もうと思います。では、おやすみなさい」


「えっ?」


 背後から戸惑ったエルティナさんの声が聞こえるが、すべてを無視してそそくさとテントの中に飛び込む。


 戦略的撤退と言うやつだ。


 テントの中で無意味だと分かっていながらも、ジッと身動きせずに息をひそめて気配を消す。


 布一枚隔てた向こう側にエルティナさんの気配を感じるが、さすがに子供達が眠っているテントに侵入する度胸はないようで、しばらくテントの前をウロウロした後にエルティナさんは去っていった。


(……シルフィ、エルティナさんは?)


「帰っている途中よ。こっちに戻ってくるつもりはないみたいね」


「ふーーー」


 シルフィの言葉を聞いて、ようやく体の力を抜く。ファイアードラゴンなどの属性竜は別格としても、アサルトドラゴンと初めて戦った時くらいには緊張した。


「あらあら裕太ちゃん。お姉ちゃんは暗い夜道に女の子を一人で送り出すのは感心しないわー」


「……うん、そうだね、気をつけるよディーネ」


 たぶんディーネは状況をほとんど理解せずに、のほほんと素直に表面だけで物事を判断しているんだと思う。


 普段なら誤解を解こうとするんだけど……なんだかとても疲れているので誤解を解く気力がない。


「それで、裕太はどうするつもりなの? 今はしのげても簡単にあきらめるとは思えないわよ?」


 うなだれる俺にシルフィが追い打ちをかけてくる。考えたくはないけどそうだよね、エルティナさん覚悟完了していたもんね。


「逃げるよ。本当なら今すぐ逃げたいんだけど、さすがにそれは騒ぎになりそうだから、朝にサックリ柵を作ってからそのまま帰る」


 いや柵を全部作るのは難しいな。縦の柱はともかく横は精霊の力を借りても固定するのが難しい気がする。


 シルフィなら説明すれば釘を一本も使わないで組める加工もできそうだけど、説明が難しい。


 木材の加工と柱だけこっちでやってしまうことにしよう。そして後はお任せにしてもう二度とこの開拓村には足を運ばない。それで万事解決だ。


 なんとなくいつか強制的にこの村に来ることになって、逃げ出したツケを払うことになりそうな嫌な予感がしないでもないが、先送り上等、それでも俺は逃げる。


 そもそも謝罪を受け入れたけど、どちらかというと被害者は俺だ。だから逃げてもなんの問題もない……はず。


 ちょっと開拓村マッチポンプな部分が引っかかったけど、マッチポンプはバレていないのだから問題ない。問題ないったら問題ない。


「あら、裕太にしてはキッパリとした決断ね」


「うん、今回の件に迷いはないよ」


 シルフィの言うとおり、優柔不断気味な俺にしては潔い決断だと自分でも思う。


 正直肉食系美女なエルティナさんに微塵も心が揺れなかったかといえばウソになる。でも……ムチがね……その方向に新たな扉を開きたくはない。


「まあ裕太がそれでいいのなら私達は何も言わないわ。面倒になったら楽園でのんびりすればいいんだし、気楽に行動しなさい」


「うん、シルフィありがとう」


 すでに面倒になって楽園に逃げ帰るんだけど、励ましてもらっているのだから余計な事は言わないでおこう。


 さて、結論は出た。逃げるのにも体力はいるし、日の出まで仮眠を取るか。




 ***




「「「おはようございます」」」


 日の出とともに起床し身支度を整え脱出準備完了。


 柵のところに居た村長さんと前ギルマスに朝の挨拶をする。


 俺と一緒に二人に挨拶をするジーナ達と、聞こえてはいないがちゃんと挨拶をするベル達&フクちゃん達が微笑ましい。


 今日も良い一日が迎えられそうな気分だ。


 村長さんも元気なジーナ達に力をもらったのか、疲れをにじませながらも優しい笑顔で挨拶を返してくれる。


 疲れている様子だけど、それはまあしょうがないよね。


 俺達がアンデッドを始末したといっても初日だから人員を減らす決断は難しい。疲れた様子の村人達が複数いるのも、用心のために徹夜で見張りをしていたのだろう。


 問題のエルティナさんは……この場にはいないようだ。料理の担当もしているようだし、見張りが終わった人達の食事を用意しているのかもしれない。


 ようするに今がチャンスということだ。


「村長さん、前ギルマス、少しいいですか?」


 二人に急いで駆け寄り、キョトンとした顔も無視して急遽移動することになったこと、柵の柱と木材の加工までこちらでやることを説明する。


「えーっと、つまり丈夫な柵を作るお手伝いをしてくださるということですか?」


 村長さんが、なんとか俺の話を呑み込んでくれたようだ。


 前ギルマスも理解している様子だが、村に関しては村長さんが責任者なのか、口を挟んでくる様子はない。


 なんで急に移動することになったのかツッコまれないのは幸いだ。


「はい、柱だけですが、それで構いませんか?」


「あ、あの、お代は……」


 あぁ、そういえば昨日の話し合いで依頼料がどうのこうの話題に出したから、そこが気になるのも当然だな。


「今回は急に移動することになった埋め合わせですから、お代は頂きません。どうしますか?」


 別に埋め合わせする必要も義理もないのだが、色々あったし柵を作るお手伝いくらいは問題ないだろう。


「是非お願いします」


「分かりました」


 柱だけとはいえ柵が立派になると知って村長さんが凄く嬉しそうだ。まあ、アンデッドが襲撃してくる村なのに、凄まじく貧弱な柵しかなかったのだから当然だろう。


「では危ないので、離れていてください」

 

 別に近くに居ても危なくはないが、それだと本気で詠唱をしなければならなくなるので離れてもらう。


 シルフィに視線で合図を送り、ゴニョゴニョと詠唱する振りをして右手を一振りする。


 同時にゴウっと風が……えっ? あれ? ちょっとシルフィ、やり過ぎじゃないかな?


 昨日開拓村に提供した大量の木が、風に巻かれて一斉に浮かび上がる。もはや竜巻なんですけど? しかも複数本。


「なんだ!」


「ひぇっ、魔物か!」


「ててて天罰!」


 村人達がパニックを起こしている。村長さんと前ギルマスは驚いてはいるものの、話を聞いていたからパニックにはなっていないようで、騒ぐ村人達に事情を説明して落ち着かせてくれている。


 ご迷惑をお掛けします。 


 シルフィを止めようかとも思ったが、無表情なのにすさまじく楽しそうなのが伝わってきたので諦める。


 たぶんだけど前ギルマス、いや、この場の人間に精霊術師の凄さを見せつけるつもりなんだろう。


 俺は許したけどシルフィも前ギルマスにムカついていたから、これくらいの意趣返しは仕方がないのかもしれない。


 いくつもの木が空を舞い、柵の柱に適した大きさに切り分けられる。


 続いてその切り分けられた柱の根元が小さな竜巻に削られ、巨大な杭が完成する。


 空に浮かぶ無数の巨大な杭。


 見ただけで分かる、攻撃力は抜群だ。


 俺にしか見えないが、シルフィが右手を上から下に振り下ろすと、杭が流星のように地面に向かって発射された。


 ドス、ズゴっと鈍い音を立てながら、開拓村を囲うように地面に垂直に突き刺さる無数の杭。


 かなり深くめり込んでいる様子で、柵が完成すれば弱いアンデッド程度であればビクともしないだろう。


「終わったわよ」


 スッキリした様子で終わりを告げるシルフィ。ストレス解消にもなったようでかなりご機嫌だ。


「終わりました。あとの部分は皆さんにお任せします」


「は、はぁ」


 村長さんと前ギルマスに話しかけたが、よほど驚いたようで呆然としている。これはこれで気分が良いが、煽りを入れると返り討ちに合いそうなので自粛する。


「師匠、すごい!」


「おししょうさま、すごい!」


 マルコとキッカが大興奮で駆け寄ってくる。師匠の面目躍如だ。まあ実際に凄いのはシルフィなんだけどね。


 そのシルフィはベル達に囲まれて褒められまくっている。ちょっとドヤっとしているように見えるから、ベル達の純粋な称賛が嬉しいようだ。


 あっ、いかん、エルティナさんだ。かなりの騒ぎになったから、さすがに様子を見に来たようだ。


 ……よし、空を飛んで逃げよう。


 空を飛べることをあまり見せびらかすつもりはないが、まあ国も多少は把握しているだろうし、開拓村から情報が拡散されるとも思えないから逃亡が優先だ。


 一目散に逃げるぞ。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無数の杭辺りがカッコよかった 映像表現で見てみたいものです [気になる点] ディーネが居たんだから泉でも作ってあげれば活躍出来て(ディーネが)喜ぶだろうし良かったのにと思った。 [一言]…
[良い点] エルティナさんに食われなくて本当に良かった。 [一言] 複数の大精霊と契約した影響と、謎の食べ物食べたりして不老不死とかになって、最終的にシルフィとくっ付いて欲しいんだけどな。
[一言] 村へ帰ろう
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