五百八十一話 開拓村
海底火山の噴火を阻止して、シルフィ達の醸造量の異常さを追求しようとしたら、話題を逸らすために悩ましい問題を出されてしまった。なんで今更俺が冒険者ギルドの前ギルマスやエルティナさんを助けに行かなければいけないの? 意味が分からない。
「はぁー」
思わず重いため息を吐きながら眼下にある開拓村を見つめる。
開拓村というだけあって眼下の村はかなりみすぼらしく見える。
場所も死の大地の開拓最前線の村だと聞いていたが、実際には死の大地には食い込んでおらず、死の大地とのギリギリに造られている村なようだ。
シルフィが言うには、最低でも植物が育たないと生きていけないでしょ? とのことらしい。
国としてはできるだけ死の大地に近い場所に橋頭保を造り、そこを発展させてから死の大地に対する主導権を握る思惑なんだそうだ。
その橋頭保すらまともに発展させられずに苦労しているのだが、死の大地に接している国々は諦めずに頑張っているらしい。
俺だったら諦めるけど、死の大地は不毛の土地だが面積も広く地下資源もある、それに他国に対するメンツやしがらみ、アンデッドという倒せなくもない魔物が相手なこともあってズルズルと開拓が続いている。
でも、リターンには手間も時間も掛かるのが確実だし、今までにも数多くの失敗を重ねているから大々的な投資も難しい。
もっと死の大地から離れた場所は国々も力を入れていて、開発もある程度形になっているらしいが最前線は厳し過ぎるのだそうだ。
結果的に犯罪者や立場が弱い者達を送り込んで開拓するのが精いっぱいで、どこにも救いのない悪循環が繰り返されている。
強力な魔物が存在してどこの国でも手が出せないような状態の方が、誰にとっても幸せだったかもしれない。
眼下の開拓村は、そんな悲しい村なのだそうだ。
「あの、お師匠様。あの村が目的地なんですよね? 降りないのですか?」
俺が開拓村を見ながらたそがれていると、サラが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「……うん、降りるよ。降りる」
降りるのだけれど、降りたくない。だって前ギルマスはともかく、エルティナさんと顔を合わせるのは気まずい。
ギルマスに関しては最初から最後までムカつきしかなかったが、エルティナさんは途中からはアレだったけど、最初は心配してくれたり注意してくれたり、トルクさんの宿も紹介してくれた。
それに肉感的で都会的な美女だ。
そんな都会的な美女をこんな過酷な環境に追いやっておいて、そこにノコノコと出かけていく俺。
……刺されない?
いや、シルフィも一緒だし簡単に刺されるほど弱くはないけど、美女が刃物を持って襲ってくると考えるだけでチビりそうになる。
正直、このまま楽園に引き返したい。
でも……帰ったら帰ったでチキンな俺は罪悪感を引きずるだろう。
「ふぅ、シルフィ、村から見えない場所に降ろしてくれ」
行くしかないのならさっさと行ってさっさと帰ろう。まあこの時点で五分くらいグズグズしていたんだけどね。シルフィと弟子達の視線が痛い。
***
「じゃあ念のためにもう一度確認しておくから、よく聞いておいてね」
開拓村から少し離れた場所に降り立ち、歩きながら村での行動を再確認する。
「「「「はい」」」」
うん、良い返事。ジーナ達って真面目だし尊敬して慕ってくれるし、生徒としてパーフェクトだよね。
良い返事をしてくれる可愛い弟子達に気を良くして、説明を開始する。
今回この開拓村を訪れたのは、冒険者として見聞を広めるために死の大地を訪れたという設定。
村には前ギルマスとエルティナさんが居るが、あまり気にしないこと。
世間話をして開拓村が大変なことになっている情報を手に入れ、訓練として問題解決のお手伝いをすること。でも、やり過ぎたら駄目なこと。
精霊達の力を借りる時は、ちゃんと世間の目を誤魔化す詠唱をすること。
メインはジーナ達。これも訓練、頑張りましょう。
ゆるゆるな地域ボランティアみたいな活動内容なのだが、これでも結構苦肉の策である。
本当の理由を話したら楽園の存在がバレるし、お前達のせいなのかと面倒なことを押し付けられそう。
旅の合間に立ち寄ったってことにするには、この開拓村は最前線すぎる。
ヘラヘラ笑って前ギルマスとエルティナさんの様子を見に来ましたと言えば、理由にならないこともないが、ただの嫌な奴になる。
あまりにも開拓村との関りが薄すぎるせいで介入する理由も薄く、弟子達の訓練のためという凄まじく薄い理由になった。
本当に苦肉の策だ。
そんなことを話していると、開拓村に到着した。
「なあ師匠、誰も居ないんだけど、大丈夫なのか?」
ジーナが呆けたように聞いてくるが、俺も同意見だ。
開拓村の入口には門番すらおらず、素通りして中に入ってみても人の姿が見えない。この村、もう滅んでない?
不安になってシルフィを見る。
「この村は基本的に夜に活動が活発になるのよ。あっちに畑があったでしょ? あそこは人が起きているから、話が聞きたいならあっちに行くといいわ」
俺の視線に気がついたシルフィが説明してくれる。
なるほど村全体が夜型生活の村なんですね。アンデッドの襲撃が原因なのが丸分かりで申し訳なくなってくる。
ジーナ達に村は滅んでいないと説明して、シルフィが教えてくれた畑に向かう。
「つちのげんきない」「クゥーン」
畑に到着したとたん、トゥルとタマモが畑を見てションボリする。二人ともここがそういう場所だと理解しているはずだが、現実を直視するとさすがにショックなのだろう。
慰めの言葉がでないので、トゥルとタマモを抱っこして農作業をしている人のところにむかう。
「だ、誰ですか、ここに奪う物なんてありませんよ」
村人からの第一声が盗賊扱い。女子供と一緒に村を襲うバカが居るかとツッコミたくなったが、この村だと可能性がゼロでもなさそうなので止めておく。
こんなところに来る人は、たいていが追い込まれているだろう。
「弟子達の修行の為に死の大地を見に来た冒険者です。盗賊ではありませんから落ち着いてください」
こちらの立場を説明しても村人の警戒心は解かれず、壊れかけの鍬をこちらに向けて威嚇している。
しょうがないのでギルドカードを見せる。
「え、え、え、Aランクの冒険者!」
「はい、Aランクの冒険者です。変なことはしませんので安心してください」
凄いなAランクのギルドカード。普段ほとんど利用しないけど、身分証としては効果が抜群だ。
まあ逆らってもどうしようもないという諦めかもしれないが、とりあえず落ち着いた様子なので話を聞いてみよう。
「少し話を聞かせてもらえませんか?」
まずはなんで農作業をしている人が一人しかいないかからかな?
村人、テロンさんと言うのだが、テロンさんから聞いた開拓村の現実は想像以上に厳しく、そして予想通りだった。
アンデッドの襲撃の頻発からの夜型生活で、昼間は唯一安心して眠れる癒しの時間。
アンデッドとの戦いに村人総動員。最低限の畑の世話は、弱いテロンさんに一任。
門番も居なかったし、昼間の警備は大丈夫なのかという質問には、こんな村を襲う人なんていませんし、ここに来る魔物はアンデッドくらいしか居ませんから、警備は必要ないんですよとせつない答えが返ってきた。
十日おきくらいに物資が運ばれてくる時以外は、本当に孤立した村らしい。
住人は犯罪者か借金のかたに送られてきた人のみ。
村の治安は意外と良いそうだ。驚いた俺に、一致団結して生活しないと死んでしまうので当然ですよとテロンさんが教えてくれた。せつない。
アンデッドの襲撃に関しては、新しく村に送られてきた二人がとても強くて、なんとかなっているのだそうだ。
前ギルマスとエルティナさんのことですね。開拓村にとって俺は良いことをしたのかもしれない。マッチポンプだけど……。
「えーっと……大変なんですね。分かりました、少しですが協力しましょう。多少は現状を良くできるはずです」
テロンさんの話を聞いて協力を持ち掛けた。予定では協力する理由を探すことから始めるつもりだったが、探すまでもなく見つかった。
「本当ですか! あっ、でも村にはお金がありません……」
俺の言葉に疲れた顔を輝かせるテロンさん。Aランクの冒険者の肩書が効いているようだ。
そして村にお金がないことに気がつき、一転して顔を曇らせる。
「あー、弟子の修行も兼ねているので、お金は必要ありませんよ。依頼ではなく修行の結果が村の助けになるという形です」
さすがにこんなギリギリの村から、マッチポンプでお金を絞りとるつもりはない。
「あ、ありがとうございます。そそ、村長に知らせてきます」
「ちょっと待ってください」
走りだそうとするテロンさんを慌てて止める。
「村の人達は寝ているんですよね? 疲れているんですから無理に起こさなくても大丈夫ですよ」
なんで止めるの? という顔をしているテロンさんに建て前を説明する。
実際は予想以上に開拓村の現実が酷くて、心を落ち着ける時間が欲しかったからだ。
前ギルマスやエルティナさんと再会するのだけでも精神を消耗しそうなのに、今の不安定な精神での再会はごめんだ。
「でも、せっかくお力をお貸ししてくださるのにお待たせする訳には……」
テロンさんは俺を待たせるのが申し訳ないようだ。借金が原因でこの村に送られたと聞いたけど、たぶんお人よしが原因で借金を作ったんだろう。
「俺に何ができるのかもまだ分かりませんから、もう少しテロンさんから話を聞いておきたいんです。俺がちゃんと現状を理解しておいた方が、村長さんも楽ですよね?」
「……たしかにそうですね。分かりました、なんでもお聞きください。あっ、でも、農作業が……」
再びあたふたし始めるテロンさん。お人好しな上に要領も悪いのかもしれない。
とりあえず、農作業を手伝いながら話を聞くか。
読んでくださってありがとうございます。




