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五百七十八話 ディーネのお願い

 楽園に戻ってきて数日、精神的に疲れていたのかふとした拍子に癒しイベントを思いついてしまった。まあ単にチビッ子精霊達におやつを振舞って代わりにナデナデさせてもらおうってだけなのだが、ビックリするくらいに幸せだった。




 チビッ子精霊達を思う存分ナデくり回して数日、リフレッシュした気分を維持したまま細々と楽園の改良を続けている。


 まあ中級精霊のナデナデは失敗したけど。


 あの子達もとてもいい子だからナデナデはさせてくれる。でも、プライドが傷つくのかナデナデ後に中級精霊達の顔が明らかに曇ってしまう。それを見てしまうとナデナデはできない。


 それでも、存分にチビッ子達に癒されたから俺は満足だ。


 迷宮都市での生活が楽しくなかった訳ではないが、安全だと分かっていても少しは気を張ってしまう。


 その点、楽園では大精霊の暴走がない限りは完全に気が抜けるから、楽園は俺にとって実家のような場所になっているのだろう。


 異世界に来て寂しい気持ちもあるし、娯楽や食事面で満足できていない部分もあるが、それでも今の生活は幸せなのだと思う。


「裕太ちゃーん」


 早期リタイアして田舎に引っ込んだサラリーマンのようなことを考えていると、ディーネが慌てた様子で飛んできた。


「ディーネ、慌ててどうしたの?」 


「あのね、お姉ちゃん、裕太ちゃんにお願いがあるのー」


 ……ディーネのお願いか。他の大精霊ならお酒のこと以外では即断で頷くのだが、ディーネのお願いは突拍子もないお願いの可能性があるから、気軽に頷くのは怖い。まずは内容を確認しよう。


「えーっと、お願いってなに? 俺でなんとかなること?」


 なんとかなるなら頑張るけど、噴水に彫刻を施すようなパターンのお願いは勘弁してほしい。


「あのね、お姉ちゃんの大切な場所がピンチなのー」


 大精霊のディーネがピンチって、とんでもない厄介ごとなんじゃ? でも、ディーネにはお世話になっているし、くだらないお願いじゃないなら全力で協力するべきだ。


「分かった、俺は何をすればいい? わぷっ」 


「裕太ちゃんありがとー」


 久しぶりにディーネに抱きしめられた気がする。サキュバスとの激戦を乗り越えた俺に死角はないと思っていたが、相変わらずの破壊力だ。


 負けそう。


 でも大丈夫。息はできないが、俺はまだまだ耐えられる。


「こら、裕太が窒息するでしょ。離れなさい!」


 限界まで耐える覚悟を決めていたのだが、シルフィにすぐに救出されてしまった。シルフィってこういう時だけ救出が早いんだよな。


「……ありがとうシルフィ」


 助けてもらったお礼は言うが、どうして早いのかは聞かない。怖いから。


「それで、ディーネ、何をすればいいの?」


「あのね! お姉ちゃんのお昼寝スポットがピンチなのー。裕太ちゃん、助けてー」


「……はい?」


 聞き間違えたかな?


「あのね、海に沈めたお酒の見回りをしていたんだけど、火山が…………」



 興奮気味のディーネの言葉をなんとか整理する。


 どうやらディーネが前に言っていた、お昼寝スポットとやらの近くにある海底火山が噴火するらしい。


 前にその場所を取り合って海龍をぶっ飛ばしたって聞いたことがあるし、たしかにディーネにとっては大切な場所なのだろう。


 お昼寝スポットだけど……いや、見回りで発見したってことは、今はお酒の貯蔵場所でもあるのか?


「ディーネの言いたいことは分かった。その海底火山の噴火をどうにかするってことだよね? でも、精霊ってそんなことを自分の裁量でしていいの? もしかして精霊王様方から依頼があった?」


 海底火山の噴火。普通なら人間の手に負える案件じゃないけど、大精霊の力を知っているから不可能だとは思わない。


 問題はそのおこないの正当性だ。自然現象の管理は精霊の領分だと聞いたことがあるけど、お昼寝スポットの為に海底火山の噴火を止めるのは管理のうちに入るのか?


 下手なことをしたら消滅だってノモスが言ってたよ?


「だから裕太ちゃんにお願いしてるのー」


「?」


 両手を駄々っ子のように振りながらむくれるディーネだが、言いたいことがいまいち伝わってこない。


 興奮しているからだろうけど、ベル並みの語彙力はさすがにヤバいのでは?


「裕太の命令でやる分には問題ないから裕太にお願いしているのよ」


 シルフィがバカな子を見る目でディーネを見ながら簡潔に説明してくれる。


 なるほど、契約者の俺の要請なら精霊の縛りとは関係ないってことだな。最初からそう言えばすぐに理解できたのに。  


「じゃあ俺がディーネにその海底火山の噴火を止めてって命令すればいいんだね? 止めることで後々問題が起こらないなら構わないよ」


 命令するようにお願いされて命令するのはなんだか間違っているような気がするが、まあ、精霊と話せる特権ということで良いだろう。 


「裕太ちゃんありがとー。ノモスちゃんとイフちゃんにもお願いしてくるわー」


「……あーシルフィ、ノモスとイフの協力が必要な感じなの?」


 ご機嫌な様子で醸造所に向かって飛んで行くディーネを見送り、シルフィに質問する。


「火山の噴火を止めるんですもの、自然の調整も必要だからノモスとイフの協力も必要よね」


 必要なんだ。


 まあ別に構わないんだけど、ディーネのお昼寝スポットを守るために大精霊三人が力を振るうことになるのか。


 村や町を守るために火山を止める! とかならファンタジーの主人公っぽくてカッコいいのに、お昼寝スポットとなるとコメディ臭がして少しセツない。


 コメディは大好きなんだけどね……。 


 少したそがれていると、ディーネが戻ってきた。どうやらお願いは上手くいったようでニコニコしている。


 イフとノモスが一緒に居ないってことは後で召喚しろってことだろうな。


「裕太ちゃん行きましょう。シルフィちゃん、お願いねー」


 このまま行くらしい。


「シルフィ。ジーナ達とベル達に少しおでかけしてくるって伝言をお願い」


 みんなと一緒にとも思ったが、お昼寝スポットの為に海底火山を止める自分をベル達やジーナ達に見せるのは微妙に思えたので俺達だけで行くことにした。


「分かったわ」


 シルフィがそういった後、風の繭に包まれて体が浮かび上がる。ディーネのお昼寝スポット、どんなところだろう?




 ***




「裕太ちゃん、ここがお姉ちゃんのお気に入り場所よー」


「…………」


 空を飛び海に出た。


 ディーネが海中でも呼吸できるようにしてくれたので、シルフィに風の繭を解除してもらい海に潜った。


 ディーネに導かれるように海中を進む。深く深くへと。


 光が届かなくなり、完全な闇に包まれる。


 俺は思った。お昼寝スポットに行くんだよね? 居心地が良さげな雰囲気が微塵もしないのだけど? と……。


 ディーネの力で息も苦しくないし水圧も感じない。ただ感じるのは静かな闇。


 俺だったら絶対にこんな場所でのんきにお昼寝はできない。


 やっぱりディーネは少しズレている。


 そう思っていました。お昼寝スポットに到着するまでは。


 深海の底にある亀裂。


 その裂け目から神秘的な淡く青い光がもれだしている。


 その裂け目に入ると中には広大な空間が広がっていて……超巨大なクラゲが淡い光を発しながらプカプカ浮いていた。すごくファンタジー。


 ディーネは少しじゃなくてとてつもなくズレている。


「いいでしょー。この子の上でお昼寝するとねー、すっごく気持ちがいいのー」


 むふん! と胸を張って自慢するディーネ。


 たしかに気持ちよさそうではある。


 クラゲの光は淡く優しいから眩しくないだろうし、プルンとしたクラゲの体は柔らかそうだ。


 ふわんふわんとゆっくり上下にただようリズムは、揺り籠のように眠気を誘うのかもしれない。


 でも寝ないよ! 下手をしたら東京ド〇ムと間違えそうな巨大クラゲの上でお昼寝はしない!


 ……でも、ツッコんでも理解してくれないんだろうなー。


「……うん、いいね」


 諦めて同意する。俺がディーネに常識を説くのは無理だ。


「でしょー! 裕太ちゃんもお姉ちゃんと一緒にお昼寝する?」


「いや、それよりも噴火を止めるんでしょ? どうするの?」


 ある意味魅力的なお誘いではあるが、さすがに噴火間近の海底火山の傍で巨大クラゲの上でお昼寝はない。


 毒とかが凄く心配だ。


「あー、そうだったわー。えーっと、裕太ちゃんこっちよー」


 本題を思い出したディーネが海水を動かし、俺の体が運ばれていく。巨大クラゲの上を通って……シルフィとディーネが一緒だから危険はないのだろうけど普通に怖い。


 あっ、クラゲに隠れて見えなかったけど、壁際にガラスコーティングされた酒樽がピラミッドみたいに積み重なっているのが見えた。


 ディーネはたしか海中のいろんな場所に酒樽を分散して保管したって言っていた。数ある保管場所の一つでしかないのに、酒樽がピラミッドのように積み重なっているのはどういうことですか?


 しかも普通のお酒じゃなくて蒸留酒だよ?


 関わるのが怖くなって見ないふりしていたけど、さすがに放置し過ぎたかもしれない。


「ちょっとディーネ、あれって酒樽の山だよね。いくらなんでも多すぎない?」


 俺が購入する酒樽以外にも自分達で原料になるお酒を造っていることは知っているけど、予想をはるかに超えて醸造しているよね。


「裕太、気にしなくても大丈夫よ」


「シルフィ?」


 海の中は私の領分じゃないからってだんまりだったのに、このタイミングで割って入ってくるのは怪しさしか感じないよ?


「そ、そうよ裕太ちゃん、今はお姉ちゃんの大切なお昼寝スポットを守るのが重要なのよー。さっ、行くわよー」


「あっ、ちょ」


 ゆっくりだった海水の流れが速まり、俺の体も急速に移動して酒樽が見えなくなる。


「裕太ちゃん! あそこよー」


 有無も言わせずに連れてこられてしまった。ここでお酒のことをツッコんでも火山の対処が先だと誤魔化されるんだろうな。


 しょうがない。先に海底火山に対処してから、しっかりお酒についても追及しよう。


 ディーネが指す場所を見るが、山はない。ただ、なんか海底のからモクモクと雲みたいなのが湧き上がっている。


 火山って言うから山だと思っていたが、山のように盛り上がっている訳ではないらしい。


 モクモクと湧き上がる何かの隙間から赤やオレンジの光が見えるし、マグマが海水に触れてあのモクモクができているんだろう。


 どうなったら海底火山が噴火するのかは分からないが、マグマが海底の表面まで出てきているってことは、噴火が近そうな気がする。


 あれをどうにかしろってことか。


 大精霊の力がなければ無理ゲーだな。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつのまにか増えてる樽は予想通りで草 いっぱい飲むからね、仕方ないね 自然弄るやつ これ聖霊王に怒られたりしないよね
[一言] お気に入りの場所にしっかり確保は基本。はっきりわかんだね! きっと他の大精霊も同じようにうわなにをすr
[一言] 定期的に海底酒作ってるってことは殊の外美味しかったんだな、沖縄の焼酎も美味しいって聞くもんね
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