五百七十七話 楽園モフモフタイム
鍛冶大会後のメルの工房の騒ぎもマリーさんとソニアさんのおかげで目途が立ち、トルクさんと共同研究していた鶏ガラ醤油ラーメンも、鶏油とネギ油という力業である程度満足できる仕上がりになった。ラーメン屋台も順調すぎるくらい順調だし、後は楽園に帰るだけだ。
「だ~る~ま~~~~さんがこりょんだ!」
得意満面の笑みを浮かべてこちらを振り向くベル。最後の早口に失敗して噛んでいるのが果てしなく可愛い。
「タマモシッポうごいたー」
「クゥ」
うっかり尻尾を動かしてしまい、若干ションボリしながら捕まるタマモもとても可愛い。
あー、癒される。
ゴルデンさん達を煽りまくって汚れた心が浄化されている気がする。
迷宮都市の長期滞在で発生したベル達とのコミュニケーション不足と、長期不在でサクラを寂しがらせてしまったお詫びが目的だったんだけど、あれだね、ベル達とのだるまさんが転んだは回復効果があると思う。
ホッコリが止まらない。
「だ~る~ま~」
再びベルが精霊樹に顔を預けた瞬間、俺も素早く動き出す。
ベル達の尊敬を勝ち取るためにも、俺は負けるつもりはない。
***
「今日はどうしよう? シルフィはなにか予定はある?」
だるまさんが転んだの翌日、朝食が終わりコーヒー片手にベル達とジーナ達を見送って、今日の予定を考える。
昨日はベル達と全力で遊んでリフレッシュできたし、今日は何かしら為になることをしたい気分だ。
「特に予定はないけど、暇だったらディーネ達とお茶でも飲もうかと思っていたわ」
ディーネ達ってことは女子会か。シルフィ、ディーネ、ドリー、イフ、いずれ劣らぬ美女達のお茶会。ご一緒したい気持ちがない訳ではないが、精霊だとしても女性の集まりに首を突っ込むのは危険だ。
「何か私の力が必要なの?」
「いや、今日は何をしようかなーってだけだから、シルフィは自由にしていていいよ」
「そう? なら自由にさせてもらうわ。何か用事があったら呼びなさい」
「うん」
ディーネ達を誘う前に醸造所に顔を出そうかしら? そんなことをつぶやきながらシルフィがリビングから出ていき、本格的に一人になった。
さて、本当に何をしよう。
楽園に戻ってきてから、ディーネ達大精霊やサクラ、ルビー達とは会ったし、施設も全部見てまわった。
酒島は相変わらず賑やかだったが、目を覆うような出来事はなかった。
雪島は相変わらず吹雪いていたが、雪を喜ぶチビッ子精霊達が楽しく遊んでいたので問題なし。雪の精霊の姿は見えなかったが、高確率で引き籠ってゴロゴロしているだけなのでソっとしておくことに決めた。
ローズガーデンもモフモフキングダムもグアバードの小屋も果樹園も味噌蔵も醤油蔵も異常なし。
醸造所は……まあ明らかに設備や酒樽が増えていたけど、建物が増設されるとか酒造りに狂奔まではしていなかったのでセーフ。
食堂や宿、両替所はルビー達がしっかり経営してくれていたので問題なし。
あっ、ルビーの様子は見に行った方が良いかもしれない。お土産にトルクさんが作った鶏ガラ醤油ラーメンを渡したら、触発されてレシピを聞かれたからたぶんラーメン作りに燃えているはずだ。
これは要確認だよね。ルビーもトルクさん並みに料理好きだから、コントロールを失うと怖い。
ふむ、ちょうど朝食の時間も終わって暇な頃だし、ルビーに会いに行こう。
楽園食堂に入ると予想通り客はまばらで、なぜか中級精霊っぽい子達が多い。
もしかしたら浮遊精霊や下級精霊に先にご飯を食べさせるために、中級精霊達は今の時間に食事をしているのかな?
「裕太さん、この時間にいらっしゃるのは珍しいですね。お食事ですか?」
中級精霊のお兄ちゃん、お姉ちゃんぶりにホンワカしていると、注文カウンターにいるオニキスが声をかけてきた。
「いや、食事じゃなくてルビーの様子を見に来たんだ」
「ふふ、夢中ですよ」
様子を見に来たと言っただけでオニキスは全てを察したらしく、端的に状況が理解できる言葉をくれた。
そうか夢中なのか。
オニキスにお礼を言って厨房の中に入ると、熱心に寸胴を見つめているルビーが居る。俺が来たことに微塵も気がついていないようだ。
「ルビー」
「うわっ。あっ、裕太の兄貴、驚いたんだぞ!」
俺が声をかけると、ルビーはビクッと体を跳ねさせようやく俺に気がついてくれた。
それにしても精霊でも人間と同じような驚き方をするんだな。ちょっと面白い。
「ごめんね。それで、見た感じかなり頑張っているみたいだけど調子はどう?」
鶏ガラ醤油ラーメンのおおまかなレシピは渡したのだがルビーがそれだけで満足するはずもなく、厨房内は試作の麺やスープで溢れている。
独自にラーメンの改良を重ねていたのだろう。
「ラーメン、面白いんだぞ!」
美味しくなったかどうかは分からないが、面白いのならいずれ結果を出してくれると思う。
ルビーが改良を重ねた鶏ガラ醤油ラーメンをトルクさんに食べさせれば、それに触発されてトルクさんが更に改良するようになり、もしかしたら永遠に進化を続ける鶏ガラ醤油ラーメンが生まれるかもしれない。
うむ、鳥ガラ醤油ラーメン・インフィニティ計画と名付けよう。ちょっと厨二チックだが悪くない。
……いや、鳥ガラ醤油ラーメンが美味しくなるのは良いけど、どうせなら別の味のラーメンも食べたいよな。
醤油の次は味噌、塩、豚骨、どれに挑戦してもらうか……個人的には豚骨な気分なんだけど、大元の骨はどうするんだ?
この世界で豚肉の代わりはオーク肉なんだけど、オークの骨で豚骨スープが作れるんだろうか?
うーん、無難に考えるなら味噌か塩だけど……トルクさんには研究しやすい塩をお願いしたほうが効率が良さそうだから……うん、ルビーには豚骨、いや、オーク骨ラーメンに挑戦してもらおう。
豚骨を煮込むと匂いが凄いって聞いたことがあるし、新装した宿屋でオーク骨のラーメンを研究させるのは迷惑だもんね。間違いなくマーサさんがキレる。
「ルビー。鶏ガラ醤油以外の味のラーメンに興味ない?」
「あるんだぞ!」
分かっていたことではあるが、凄く簡単に釣れた。ルビーが人間だったら心配で迂闊にお使いに出せなかった気がする。
まあルビーは精霊だから問題ない。むしろ、新作ラーメンに夢中になって食堂が滞らないかの心配が必要だろう。
オーク骨ラーメンの概要を説明したら、ちゃんと食堂の仕事も頑張るように釘を刺しておこう。
***
一通りオーク骨ラーメンの説明は終わった。
ベル達のようなキラキラした笑顔で説明を聞くルビーに、微笑ましさと若干の不安を覚えたが、俺が食堂を出る時には昼食の仕込みを始めたから大丈夫だろう。
……たぶん。
さて、お昼までまだ時間はあるし、今から帰っても一人だ。ちょっと散歩してから戻ろう。
ジーナ達やベル達の様子を確認がてらフラフラと楽園を散歩していると、遊びに来ているチビッ子精霊達が簡単な言葉や手を振って気軽に挨拶してくれる。
最初の頃は俺やジーナ達が歩いていると群がられたんだけど、今は俺達に気を使ってちょっと挨拶するくらいに止めておいてくれる。
たぶんアルバードさん辺りが配慮して、俺達に迷惑を掛けないようにしてくれているのだろう。
ありがたい配慮だけど、偶に少しもったいなくも思う。
人型の精霊も動物型の精霊もとても魅力的な姿をしている。大人だと迫力がありすぎたり18禁を連想したりで危険だが、チビッ子達はただただ愛らしいから群がられるとある意味天国だと思う。
特に浮遊精霊なんて赤ちゃんの姿なので、普通の動物ならわずかな期間しか愛でられない上に、簡単に接することもできない貴重な瞬間だ。
その貴重な瞬間を気軽に愛でられるのはかなりのお得だと思う。ライオン型や狼型の赤ちゃんとか、身もだえするくらいに可愛い。
…………芋煮の時は忙しくてチビッ子達とあまり遊べなかったし、今日は予定もない。
ふむ、偶には遊びに来てくれている子達との触れ合いも大切ではないだろうか?
よし決めた。
まずはベル達が遊んでいる精霊樹に向かう。
「おーい、みんなー」
「あー、ゆーただー」「キュー」「おしごと?」「クゥ」「でばんだぜ!」「……」「あう!」
ワチャワチャと遊んでいるベル達とサクラに声をかけると、楽しそうに集まってくれる。
他のチビッ子精霊達も可愛らしいが、俺にとっての一番はベル達とサクラ。順番は間違えない。
「そう、お手伝いをお願い。今日は天気もいいし気分も良いからお外でおやつを食べようと思うんだ。せっかくだしジーナ達や遊びに来ている子達も誘おうと思っているから、みんなに伝言をお願いしてもいいかな?」
「おやつー」「キュキュキュー」「でんごん」「クゥー――」「まかせるんだぜ!」「……」「あう!」
いつもと違う午前中のおやつタイムに興奮気味なベル達が、大興奮で飛び去って行く。すぐにみんな集まってくるだろう。
魔法の鞄から大きなテーブルをいくつも取り出し、その上に大量にストックしてあるおやつ類を並べる。
アイスなどの溶けやすい物や冷たい方が美味しい物は、みんなが集まってからだな。
しばらくするとベル達から話を聞いたチビッ子達がワラワラと集まってくる。
「師匠。手伝うよ」「お師匠様、お手伝いします」「俺も!」「キッカも!」
あとに続いてジーナ達も自分の契約精霊達とやってきて、お手伝いを買って出てくれる。
「よし、じゃあおやつタイム開始! みんな遠慮せずに好きなのを食べていいからね」
準備が終わり俺の宣言と同時に、ベル達を筆頭にチビッ子達がおやつに群がる。
まずはベル達とサクラに美味しいか聞きながらナデナデする。続いてジーナ達やフクちゃん達にも話しかけ準備万端。
あとは普段愛でられないチビッ子達を存分にナデナデしまくろう。
「美味しい?」
「キャウ!」
まずは目をつけていた虎っぽい赤ちゃんに声をかける。可愛らしいネコ科の顔立ちとコロコロとした胴体、猛獣の片鱗を感じさせるちょっと骨太な足。とってもプリティだ。
フルーツポンチのお椀に顔を突っ込んで一心不乱にむさぼっているが、声をかけると顔を上げて可愛らしく返事をしてくれた。
顔中が汁まみれだが、これもまた良し。
「そう良かった。沢山食べてね」
言葉をかけながら優しく赤ちゃん虎の頭を撫でる。うん、さらふわ!
じっくり毛並みを堪能し次のターゲットを見定める。うん? 浮遊精霊や下級精霊はともかく、中級精霊はナデナデしていいのだろうか?
ここにきて微妙に難しい問題が持ち上がってしまった。とりあえずチャレンジしてみて、嫌がらないか確認をしておこう。
読んでくださってありがとうございます。