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五百七十四話 職人気分

 鍛冶大会が無事に終わり、今日くらいのんびりするかと余裕をかましていたらメリルセリオが部屋に飛び込んできた。メリルセリオに連れられてメルの工房に向かうと、見学料を払いに来た鍛冶師達と、劣化版ダマスカスの存在を知った商人達が集まり騒動になっていた。




「ミスリルのダガー。しかもダンジョン産の逸品で素早さ上昇の効果付き。素晴らしいです。はい記入しました」


 ソニアさんが受け取った見学料を鑑定し、満面の笑みでリストに品物と納品者を記入する。


 かなり上機嫌な様子なので、対価として十分な品物が納められたのだろう。ショボい品物の場合、本当にこれでいいのか表に聞こえるような大声で確認を始めるから間違いない。


 というか、俺が思っていた以上に特殊金属の製法には価値があったらしい。価値のありそうな物が普通に支払われて少し引く。


「裕太さん、収納をお願いします」


「あっ、はい」


 ソニアさんから手渡されたミスリルのダガーを魔法の鞄に収納する。


 鍜治場の物品をすべて収納した後、ソニアさんが応接室から出てきてこの流れをつくりだした。


 スムーズに行列を捌くには悪くない方法だと思うが、見学料を受け取るためだけに座っているのは少し退屈だ。


 まあ、俺がここに居て見学料を受け取っていることに意味が有るのだから文句は言わないが、いつまで経っても減らない外の人だかりを見ると少し憂鬱になってしまう。


 メルの鍛冶を見学できる人数には限界があるし、たぶん外で待っている人達は大半が商人だろう。


 ダマスカスと言っても劣化版だし、その供給量にも限界があるから、並んで待っていても手に入ることはないって伝えてあるのに、あの人達は帰ろうとしない。


 ソニアさん曰く、メルと顔を繋ぐのが目的なのだそうだ。


 メル、一夜にして大人気。


 シンデレラストーリーってこういうことを言うのだろう。


 師匠である俺だってシンデレラのように成りあがっても良いはずなんだけど……俺の場合、一夜で成り下がっちゃったからなー。少し羨ましい。


 ……ちょっとテンションが下がっちゃったし、同じく一夜にして成り下がった雑用一番、二番、三番を見て、このせつない気持ちをなぐさめよう。


 評判は悪くても、ユニスに馬車馬のごとくこき使われるよりかはマシだ。


「雑用二番! 掃除! 三番! 騎士様方にお茶! 一番! オークの串焼き買ってこい。ダッシュな!」


「「「はい、お姉様!」」」


 ……うん、癒される。




 ***




 迷宮都市に日が沈み、世界が闇に包まれた頃、ようやく店の前の行列が消えた。


 ほとんど座っていただけだったけど、大変な一日だった。


「お師匠様。今日は本当にありがとうございました」


 メルが俺に深々と頭を下げる。


 感謝されるのは嫌いではないが、激動の一日に翻弄され疲労困憊な弟子に頭を下げられるのはちょっと気まずい。


「困った弟子を助けるのは師匠として当然なことだから気にしなくていいよ」


 というか、メルが困っている原因の大部分が俺のせいだから、頭を下げないでほしい。


「メルさん!」


「あっ、マリーさん、ソニアさん。今日はありがとうございました。本当に助かりました」


 俺が少し罪悪感に苛まれていると、ご機嫌なマリーさんとソニアさんがメルに駆け寄ってきた。


 この二人が居なかったら、たぶん今日の騒ぎは収拾がつかなかっただろう。俺も感謝しなければいけないな。


「いえいえ、メルさんのお役に立てたなら光栄です。ところで物は相談なのですが、このリストのですね……」


 たとえその行為が利益目的だったとしても。


 それにしても、ダマスカスが目的だと思っていたが、見学料が目当てだったのか。


 なんか珍し気な物がかなり納品されていたし、たしかに上手に商売をすれば利益はかなり出そうだよな。さすがマリーさん、といったところだろうか?


「あとですね、急ぎませんし、無理にとは言いません。本当に無理にとは言いませんので、余裕がある時にですね、ほんの少しでもいいのでダマスカスを卸していただけましたら、本当に助かります」


 あっ、やっぱり本命は劣化版ダマスカスなんだな。俺の顔色をチラチラとうかがっているのは、メルに無理を言って俺がキレるのを警戒しているんだろう。


「いつもお世話になっていますし、私は構わないのですが……」


 そういってメルも俺を見る。マリーさんが警戒するから、メルまで俺の顔色をうかがい始めてしまった。


「メル。ダマスカスについてはメルの自由にしていいんだから、俺を気にする必要はないよ。あっ、マリーさんに卸すのならそのダマスカスで食器を作っても面白いかもね。たぶん、お金持ちがこぞって購入すると思うよ」


 日本でもダマスカスの包丁やナイフ、フォーク、スプーンが高級レストランで使われていたし、貴族とか喜びそうだよね。


「ふぉぉぉ。それは素晴らしいです! メルさん! ぜひお願いします!」


 マリーさんも商売になると踏んだのか、大興奮だ。


 それにしても、『ふぉぉぉ』か、ベルも興奮すると言うけど、あれだな、同じ言葉なのに随分と印象が違うな。


 ベルだと可愛らしさしか感じないのに、マリーさんだと欲望が噴き出しているようにしか感じない。


 あと、欲望全開でメルに詰め寄るのは、怯えちゃうから逆効果だよ。


 さて、トルクさんとの約束もあるし、俺もそろそろ帰るか。


 ガラ


 ん? あぁユニス達か。


「ほら、雑用共、不愉快だけど特別にメルに挨拶させてあげるわ。今日一日雑用させてもらった感謝を込めて挨拶して、さっさと帰りなさい」


「「「世界一可愛いお嬢様、今日はありがとうございました!」」」


「よし! じゃあサッサっと帰りなさい。明日も朝一で集合だから遅刻するんじゃないわよ!」


「「「はい、お姉様! 失礼します!」」」


 死にそうな顔で帰っていくゴルデンさん達。それはなんの問題もない。だけど、あの一連の流れはなんだったんだ?


 なんといえばいいのか分からないが、とんでもないことを言っていた気がする。なんのプレイだ?


「ユユユ、ユニスちゃん! 今のなに! ねえ、なんなの!」


 先程までマリーさんに怯えていたメルが、今度はユニスに詰め寄っている。珍しい光景だが、無理もないだろう。


 俺がメルの立場だったら、たぶん引き籠る。


 ……メルも忙しそうだし、黙って帰るか。シルフィ、爆笑してないで戻ってきて、帰るよ。


「あっ、マリーさん、ちょっといいですか?」


「はい、なんでしょうか裕太さん」


「色々とお手伝いしてくれたので、罰はもう終わりにします。次回から普通に商品を卸しますね」


 言うだけ言って工房を出る。


 利益の為だとしても、メルを助けてくれたのは事実だし、これくらいのお礼は良いよね。


 まあ、残り僅かな期間が短縮されただけだから、それほど大したお礼にもなってないけどね。


 しばらく歩くと、後方でマリーさんとソニアさんの奇声が聞こえた。どうやら喜んでくれたらしい。 




 ***




 ズズッ!


「ふむ……裕太の望む頂は分からんが、これは悪くないんじゃないか?」


 熟練のラーメン職人のごとく一息で麺をすすり上げたトルクさんが、怖い顔を若干緩ませて聞いてくる。


 ズズッ!


 俺も負けじと一息で麺をすすり上げ、目を瞑ってラーメンを味わう。


 たしかに悪くない。いや、麺は悪くないどころかかなりいい線をいっていると思う。


 弾力がありながらもモチッとした卵麺。太さも丁度良く、かん水の独特の臭いも抑えられている。


 名店とはさすがに比べられないが、そこらのインスタントよりか麺は上だろう。


 俺の素人意見だけでこれほどの麺を完成させるトルクさんの実力と情熱は尊敬に値する。


 ただ、麺の完成度が上がったがゆえに、今度はスープの粗が目立つ。


 鶏ガラ醤油。この二つのバランスが悪いのか材料が足りていないのか分からないが、スープがのっぺりしていて物足りなく感じる。


 パンチが足りないと言う奴だ。


「トルクさん、麺はひとまずこれで完成と言ってもいいかもしれません」


 無論、まだ伸びしろはあるし、他の種類のラーメンを作る時にはそれに合った麺が必要だろう。


「麺は、ということは、他に問題があるんだな?」


 さすがトルクさん、俺の言いたいことをすぐに理解してくれる。


「はい、麺が良くなったことでバランスが崩れ、スープが負けているように感じます」


 端的に言うと、インスタントの方が美味しい。


「ふむ、これでも十分に美味いと思うが……」


 そう思うのはトルクさんが本物を知らないからだろう。


 こうなったら魔法の鞄の奥底に封印してあるインスタントラーメンを解放するか?


 二度と手に入る可能性がないことを考えると、もったいない、とてももったいないが、今後のラーメンライフが充実するのであれば、断腸の思いで解放する価値はあるかもしれない。


 そうだよな、美味しいラーメンを作ってもらうためには、本物の味を「面白い!」知って……え?


「十分に美味いと思ったラーメンに、まだまだ先がある。面白い。やっぱり料理は面白いな、裕太」


 トルクさんの料理人魂に火がついたようだ。というかトルクさんの料理人魂は常に火がついているっぽいから、燃料が追加投下された感じかな?


 この様子なら、もっともっと美味しいラーメンを作ってくれそうだし、インスタントラーメンは出し惜しみさせてもらおう。


 それに、せっかくここまで二人で作り上げたんだ。どうせなら二人の力だけで本物のラーメンを完成させるのがラーメン道というものでは……ん?


 いつから俺は頑固なラーメン職人みたいな思考になっていたんだ?


 二人だけの力でとか熱血風味な思考は俺のスタイルではないはずだ。というか、美味しい物は大好きだけど、他力本願でお願いして作ってもらうのが俺の本来のスタイルなはず。


 ……恐ろしいなラーメン。最初はトルクさんに任せればいいやって思っていたのに、いつも間にかラーメン職人気分に浸っていた。テレビの影響だろうか?


 というか、インスタントラーメンの食品表示を見れば、パンチが足りない理由も分かるんじゃ?


5/10日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の43話が公開されました。

ベル達の初めてのお肉、可愛らしいのでお楽しみいただけましたら幸いです。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
某実況者「人ってのは下と横見て安心すんのよ」
[一言] ラーメンは早い段階で料理ギルドに売るのがおすすめラーメンは未だに進化してるからな、スープと麺工夫する注釈入れて売るべき ジーナの家のラーメン作った後になるかな? トルクさんだけじゃ時間も人も…
[一言] 味の素を開発しなければ・・・
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