五百七十二話 祝賀会
書いていて非常に楽しかったのですが、読み直してみると裕太の性格が悪すぎに思えたり、追い込みがしつこすぎるようにも思えました。
ご不快な思いをさせてしまう可能性があります。申し訳ありません。
メルが大勢の鍛冶師の前で劣化版ダマスカスを鍛造した。普通の鍛冶ではありえない精霊術を使った鍛冶を、迷宮都市の鍛冶師達は食い入るように見つめる。一流の鍛冶師といえども、見ただけでは理解できない精霊術を利用した鍛冶。これで迷宮都市でのメルの立場は確立されるだろう。
「ふぅ。できましたけど、疲れました」
完成したダマスカスの魅力にギルド内が静まり返っている中、メルがやれやれと額の汗を拭うようなしぐさで完成と自分の疲労を告げた。
疲れた演技をする約束だったけど、まさかあれが疲れた演技なのだろうか? いや、それ以前に自分で疲れたと直球で宣言するのはどうなんだ?
……疲れたと本人が言ったのだから、そういうことにしておこう。あんまり疲れているようには見えないが、疲れていると言ったのだから疲れているんだ。
でも、今後メルには演技をさせないようにしよう。
それにしても……なんでこんなに静かなんだ?
最初は鍛冶師達も色々と騒いでいたが、途中から黙ってメルの鍛冶を観察していた。ここまでは分かる。
職人として未知の技術に夢中になったのだろう。でも、鍛冶が終わって完成品を見たなら、スゲーとか信じられないとか、アメージングとか、色々と感想を言うべきだと思う。
メルなんてなんのリアクションもないから、戸惑って挙動不審になってしまっている。
「ギルドマスター。これで証明できましたよね?」
仕方がないので俺が固まっているギルマスに声をかける。
「むっ、あ、あぁ、間違いない。それはギルドマスターの私が認める。しかしこれは……」
なんだ? ここまでやったのにまだ文句があるのか? さすがにこれ以上は本気で粉みじんコースだぞ?
認めるなら素直に認めろよ。
「なぜだ? なぜ混ざらない? そもそも、融点の違う金属がどうして……」
俺と会話をしていたのも忘れて、思考の海に沈むギルマス。
なるほど、盛大なリアクションパターンじゃなくて、凄すぎて言葉にならないパターンか。俺としてはリアクションが派手な方が好みだが、これはこれで悪くない。
言葉を忘れるほど考えても理解できない技術。メルの凄さが際立つよね。
考え込むギルマスを放置して、同じく言葉を失っている様子のゴルデンさん達のところに向かう。
ん? 劣化版ダマスカスを見ながらブツブツと呟いているようだ。
「……嘘だ……嘘だ……」
ぷふっ、ゴルデンさんが現実を認められなくて虚ろな目をしている。これは予想外だけど、ナイスなリアクションだ。
見苦しく騒がれるよりもよっぽどいい。
俺は慈愛の微笑みを向けながらゴルデンさんの肩をポンポンと叩く。
俺の接近に気がついておらず、驚いた顔で反応するゴルデンさん。メルや、真っ当な主人公なら優しい言葉をかける場面だろう。
そして仲直りをして、これからはお互いに腕を磨きながらライバルとして頑張ろう! 的なのが王道なのだと思う。
「これが現実です」
だが俺は主人公じゃない。大切な契約精霊達や弟子達相手なら無限に甘くなれる自信はあるが、嫌いな相手を寛大な心で許せるほど大きな心も持っていない。
追い打ちも死体蹴りも大好物です。復讐を兼ねたストレス発散の機会は逃しません。
「えっ?」
なにを言われたのか理解できない様子のゴルデンさん。おそらく、自分が嘘だと呟いていたことすら理解していないのだろう。
しょうがない。ちゃんと理解させてあげよう。
「嘘じゃありませんよゴルデンさん。メルがアレを鍛造したのも、そんなメルをゴルデンさん達が侮辱していたのも、賭けに負けてゴルデンさん達が無給の雑用に成り下がったのも全部現実です」
ビクッと震えるゴルデンさん。ふふ、かなりショックを受けているようだ。
俺に濡れ衣を着せた時も気まずそうだったけど、自分の本職で叩きのめされるのはダメージの桁が違うようで、絶望という言葉がピッタリな顔をしている。
「約束はしっかり守ってもらいます。ユニスには伝えておきますので、後で工房に顔を出してくださいね」
このまま煽り続けたい気持ちもあるが、これ以上追い詰めるとあの世に旅立ってしまいそうなので釘だけ刺してこのへんで止めておこう。
もういちどゴルデンさんの肩をポンポンと叩き、メルのところに向かう。
「あ、あの、お師匠様……」
メルが滅茶苦茶うろたえているが、これはしょうがないな。ゴツイ鍛冶師達の視線がダマスカスに集中していて普通に怖い。
「大丈夫だよ。ギルマスも問題ないって言っていたし、あとは大会をちゃんと終わらせてから帰ろう」
「は、はい。早く帰りましょう」
いや、大会を終わらせてからって言ったよね。すぐに逃げ出したい気持ちは分からなくもないけど、そんなに引っ張らないでほしい。
「えー、みなさん、これでメルの疑いは晴れたと思うのですが、どうでしょう?」
ダマスカスを魔法の鞄に収納し、物理的圧力が伴いそうな視線を集めて質問する。
途端に騒がしくなるギルド内。そこかしこで、疑惑? とか忘れていた等の声が聞こえる。
ダマスカスに夢中になりすぎて、完全に大会のことが忘れられていたな。
「メルが優勝で文句はありませんね?」
「「「ない!」」」
さすがに満場一致でメルの優勝が認められた。普通ならここから表彰式やらなんやらなのだが、小さな大会だし表彰式をやるような雰囲気じゃない。
注意事項だけ述べて帰ろう。
「ありがとうございます。なお、メルの後ろ盾には俺と国がつくことになっています。迷惑行為は大変なことになりますのでご注意ください。具体的に言うと製法を教えろとか、弟子になりたいとかダマスカスを独占的に卸せとか、そういう輩には厳しく対処しますのでよく考えて行動してください。では……あっ、見学料を忘れないでくださいね」
言うだけ言って、今度は俺がメルを引っ張って歩き出す。
俺の宣言でギルドが更にざわつくが気にしない。ゴルデンさん達が諸悪の根源ではあるが、他の鍛冶師達にもメルを舐めていた奴等が沢山居るんだ。
しっかりと対価は頂く。
おっと、メルの剣を忘れずに持って帰らないとな。
「メル。やったわね。あいつらみんな驚いていたわよ! いい気味だわ!」
帰り道。人目があるにもかかわらず、ユニスがメルを抱きしめて興奮気味に叫ぶ。
メルが認められて嬉しいのだろうが、少しは人目を気にしてほしい。あと、メルを抱えたまま回らないであげて、それじゃあ返事もできないよ。
「……とりあえず、今晩はメルの工房で祝賀会をしようか」
「いいわね!」
いや、別にユニスに言った訳じゃないんだけどね。
***
「メル。優勝おめでとう。よく頑張ったね」
「メル。おめでとう!」
「メルお姉さん、おめでとうございます」
「メルねえちゃん。やったな!」
「メルちゃん、おめでとー」
「…………ぐす……あ……ありがとうございまふー」
宴会が始まり、メルにお祝いの言葉をかけると、いきなりメルが泣き出した。
たぶんプレッシャーからの開放と、シンプルながらも心からの賛辞を受けて感情が爆発してしまったのだろう。
俺から見るとジーナ達だけではなく、メラルとメリルセリオは当然として、ベル達やフクちゃん達も大はしゃぎでメルのお祝いをしているから、凄まじく目に優しい光景でホッコリする。
ひとしきりメルを褒めたたえたあとは、ご馳走とお酒の時間だ。
大奮発という訳でもないが、魔法の鞄からドラゴン肉各種を含め、テーブルに載りきらないほど料理を並べており、かなり華やかな状態になっている。
「うわっ、なにこれ、キツイお酒ね。でも悪くないわ」
あとはのんびりご馳走とお酒を楽しむだけと行きたかったが、問題が一つ。
しょっぱなにウイスキーに手を出して驚いているユニスの存在だ。
精霊達にもご馳走を堪能してもらいたいが、精霊の食事と飲酒は一応秘匿情報にあたる。
でも、メルの親友で大会にも同行したユニスをお祝いから外す訳にもいかないから難しい。
情報を制限するか、ベル達の行動を制限するか、悩ましい問題だ。
心配いらなかった。
精霊達の間でユニスの目を盗んでご馳走をゲットする遊びが始まり、みんなとても楽しそうにはしゃいでいる。
ユニスの死角を狙いパクリ、ユニスがメルに話しかける瞬間にパクリと、少々お行儀が悪いが楽しそうだからこれはこれで有りなのだろう。
「すみませーん」
少し混沌としている祝賀会を楽しんでいると、工房の入口から声が聞こた。誰か来たようだ。
「ゴルデン達よ」
ユニスの目を盗み、グイグイお酒を飲みまくっているシルフィが来客者の正体を教えてくれる。
そう言えば後で工房を訪ねるように言っておいたな。
「ユニス。お客さんだ」
ウイスキーに驚き、ドラゴン肉に魂を飛ばし、大好きなメルに酔いしれるユニスに声をかける。
「へ? お師匠様、私じゃないんですか?」
「うん。ユニスに用事があるみたい」
工房に来た客なのだからメルの言うことも間違いではないし、メルが無関係という訳ではないが、ゴルデンさん達の管理はユニスの仕事だ。
メルは何も気にしないで、勝利の美酒に酔いしれるといい。
俺の言葉に私? と首を傾げて席を立つユニス。酔いが回って若干ふらついているのが少し心配だ。
ユニスが工房に向かった途端に今が大チャンスだとご馳走に食らいつくベル達。なかなか騒がしい宴会だが、これはこれで楽しい。
***
「あぁ、客ってあんたたちだったのね。ヒック。うふふ、たしかに私の客だわー。ヒック」
「お、おい、ねえちゃん、かなり酔っ払ってねえか? なんだったら明日にでも出直してくるが……」
「はぁ? 雑用の分際で生意気なのよ! ねえちゃんじゃなくてお姉様と呼びなさい! あと、メルのことは世界一可愛いお嬢様と呼びなさい!」
「いや、さすがにそれは……」
「敗北者が口答えするな! メルは?」
「……世界一可愛いお嬢様」
「声が小さい! メルは?」
「世界一可愛いお嬢様!」
「よし、心に刻みつけて雑用に励みなさい! まずは掃除!」
「……」
「返事!」
「……はい、お姉様!」
読んでくださってありがとうございます。