五百七十一話 メルの鍛冶
鍛冶師ギルドで楽しく楽しくゴルデンさん達を追い詰めていたはずなのに、ギルドマスターの登場から流れが変わってしまい、俺が望んでいた結末とは違う方向に進み始めた。メルの優しさと真面目さが、俺的には悪い方向に出てしまったようだ。
「好きにすれば良いじゃろ」
メルの要望通りノモスを召喚してシルフィに事情を説明してもらうと、ノモスは興味なさげに許可を出した。
いや、興味がないというか、ノモスにとって当たり前の知識で隠す必要がないといった感じだろうか?
こういう欲にまみれていない部分が精霊と人間の違いなんだと思う。お酒のこと以外はだけど……。
(メル。ノモスは好きにしたらいいって)
しゃがみこんでメルにノモスの許可が出たことを伝えると、とてつもなく安堵した表情で頷いた。
たぶん、許可がでなかった後の、俺の行動が怖かったんだろう。
(でもメル。みんなの前でちゃんとできる? 普通に造るんじゃなくて、造る量も考えないといけないし、詠唱や動きも必要になるよ?)
詠唱や動きは誤魔化しがきくが量に関しては細心の注意が必要だ。じゃないと王様に嘘をついたことがバレる。
(えっと、詠唱はユニスちゃん達と迷宮に潜る時にしているので大丈夫です。量は……一つ造って疲れたふりをすれば大丈夫でしょうか?)
そっか、メルはユニス達とも迷宮に潜っているんだったな。量も疲れが原因で大量に造れないってことにすれば誤魔化せるだろう。
(うん、それなら大丈夫だね)
メルと内緒話を済ませて立ち上がると、鍛冶師ギルド内の視線が俺に集中する。まあ、騒動の中心で内緒話をしていたのだから当然だろう。
シルフィが音を遮ってくれていなければ、声を潜めても誰かに盗み聞きされていたと思う。
「俺は反対しましたが、メルに説得されて公開でメルがダマスカスを錬成することになりました」
俺の言葉にギルド内のザワつきが高まる。俺が粉みじんとか物騒なことを言っても逃げ出さなかった人達だし、それほど劣化版ダマスカスに興味津々なのだろう。
ノモスを召喚した時に逃げ出した人が居たけど、あの人は少し気の毒だったかもしれない。たぶん精霊術師の才能があって、巨大な気配が現れたからビビっちゃったんだろうな。
ん? もしかして、今まで逃げ出した人達って精霊術師の才能があった人達なんじゃなかろうか?
精霊鍛冶師を増やし損ねたかもしれない。……次に講習を開く機会があれば鍛冶師も募集してみようかな?
「その決断、感謝する」
ギルマスが真面目ぶってお礼の言葉をメルに言うが、目がギラギラと輝いていてお礼の言葉に聞こえない。もう少し興味を隠してほしい。
「ただし! それなりの対価を払ってもらいます!」
メルの気持ちは優先するが、だからといって無料で貴重な技術を見せてやるつもりはない。たとえ再現が無理だとしてもだ。
メルがアワアワとしているが、こればっかりは譲れない。
「対価だと! 身の潔白を証明するためだろうが。おい、無理な対価を要求してことを有耶無耶にするつもりだな! そんな理不尽は許さんぞ!」
すぐさま噛みついてくるゴルデンさん。どうしてこの人は悪い方にばかり解釈するんだろう。メルの優しさが仇になっていて虚しくなってくる。
「有耶無耶になんてしませんよ。ただ、身の潔白を晴らすためなら全員に見せる必要はないですよね? そこをあえて見せてあげるんだから、対価を要求するのも当然だという話です」
俺の強気な態度に、言葉を詰まらせるゴルデンさん。勝った。
「……もし本当にダマスカスの製法が見られるのであれば、対価を払うのは当然だろう。それで、なにを要求するつもりだ?」
ギルマスの方は少しは話が分かるようだ。
「ゴルデンさん達以外は対価をそれぞれにお任せします。鉄くずが対価でも構いませんよ。ただし、見学する人は名簿に記入してもらいますし、後日何を対価としたかギルドで公表させて頂きます。それが嫌な方は見学をご遠慮ください」
こう言っておけば、面の皮が厚い人以外はそれなりの対価を支払うだろう。
「俺達以外ってのはどういうことだ?」
俺の要求にギルド内が多少賑やかになるが、ゴルデンさん達以外は大きな反対はないようだ。
「メルの身の潔白が証明された時、ゴルデンさん達にはメルの雑用になってもらいます。そうですね……期間は三年くらいですかね?」
メルの手前、徹底的にすりつぶすのは難しそうだが、無理なら無理でやりようがある。ゴルデンさん達には屈辱にまみれた三年間を過ごしてもらおう。
「なんで俺達だけ条件が違うんだよ。不公平だろ!」
「あなた達がどれだけメルに迷惑を掛けたと思っているんですか? 何度も何度もメルに難癖をつけ、タブレさんまで引っ張り出して大事にして、面倒だから大会を開いて勝負をつけようとしたら、結果を認めずにメルを侮辱する。そんなあなた達と他の人達との条件が同じだと? ふざけないでください」
ふざけるなと言いたい。というか言ってやった。図々しいにも程があるよね。
「……俺達に嬢ちゃんの弟子になれってことか?」
いや、お前達みたいな面倒な奴等をなんでメルが弟子にしないといけないんだよ。なんでそうなる。
「純粋に雑用ですよ。給料なしでこき使われてください。三人居るんですから交代でならなんとでもなりますよね。あぁ、メルは優しいからこき使うのは無理ですね。ユニス、この三人の扱いはユニスに任せます。メルの為にしっかりと活用してください」
「……ふふ、いいわね。しっかりギリギリまで活用してあげるわ。任せておきなさい」
いきなり話を振られて驚いた顔をしたユニスだが、話の内容を理解すると、邪悪な微笑みを浮かべて請け負ってくれた。
メルに迷惑を掛けるゴルデンさん達にブチ切れていたユニスだ。言葉通り限界まで酷使してくれるだろう。とても頼もしい。
「おい、俺達はまだ納得してねえぞ。勝手に話を進めるな!」
ゴルデンさんが会話に割って入ってきた。まあ、納得できない気持ちは分からなくもないが、この状況でなら短気な職人を転がすのは簡単だ。
万座の中で辱めてやればいい。
「逃げるんですか? あれだけメルをバカにして、こんなに大勢の鍛冶師の中であの剣は迷宮産だと疑ったのはゴルデンさんなのに逃げるんですか? あなたは自分の言葉に責任も持てない人間なんですね。あぁ、構いませんよ。どうぞ逃げてください。迷宮都市の外まで逃げ出すのがお勧めですよ。だって、恥ずかしくてこの街には居られませんよね?」
「誰が逃げるか!」
顔を真っ赤にして叫ぶゴルデンさん。予想通りだが、簡単すぎて少し心配になる。
「決まりですね。ギルマス含め、ここに居る全員が証人です」
俺の言葉にゴルデンさん達が顔を引きつらせているが、もう逃げられないぞ。
「では対価も決まったことですし、鍜治場に移動しましょう。ギルマス、名簿を用意して見学者を記入してください。それくらいはお願いできますよね?」
「……うむ、手配しよう」
お願いを請け負ってくれたギルマスだが、少し引いていた気がする。煽りすぎだっただろうか?
***
「では、始めます」
準備が整い、メルが炉の前で開始を告げる。職人の顔になったメルは可愛らしいけど、凛とした雰囲気を漂わせていてなかなかカッコいい。
普段からその雰囲気を出せていれば、舐められることもないのにと少し残念に思う。
「あれは鉄に銅に銀か? 錫に亜鉛……他にもあるがどれも珍しい金属じゃねえ。あんなんで本当にあの剣が打てるのか?」
メルが用意した金属を見て驚く鍛冶師達。これからもっと驚くことになると思うと、ニヤニヤが止まらない。
この集団の中にはゴルデンさん達以外にもメルを下に見ていた奴等も居るはずだ。実力の違いを認識して、存分に悔しがってほしい。
俺がニヤニヤしているなか、メルの詠唱が始まった。
「優しく暖かな火の精霊。我が家を守りし気高き火の精霊。そのお力をもって…………」
そういえばメルのちゃんとした詠唱を初めて聞いたな。なんというかメラルのことが大好きなメルの気持ちが強烈に伝わってくる詠唱だ。
メラルもそれが嬉しいのか、詠唱を聞きながら満面の笑みを浮かべている。その隣ではメリルセリオが落ち着きなくソワソワしている。自分の詠唱が待ち遠しいのだろうか?
その光景にホッコリしているとメルの詠唱が終わり、タイミングを合わせてメラルが力を振るう。
カッと強烈な光が金属を包みこみ、見る見る間に真っ赤に熱せられる。それだけで鍛冶師ギルドにどよめきが走る。
まあ無理もない。
金属はそれぞれに性質も融点も違う。それなのにあっという間にどの金属も鍛冶に最適な温度まで高められている。
俺にはその凄さがしっかりと理解できていないが、一流の鍛冶師であればあるほど、その異常さが理解できるのだろう。
ギルマスは目を剥いているし、ゴルデンさん達にいたってはポカンと口を開けて固まっている。超楽しい。
「肥沃なる土の精霊。頑健なる土の精霊。その豊穣なるお力をもって…………」
続いて始まるメリルセリオへの詠唱。言葉自体は壮大な感じだが、メリルセリオの可愛らしい姿をイメージしているのか、メルの声が赤ん坊に話しかけるように優しい。
……うん、メリルセリオは赤ん坊の姿だよね。メルは間違っていないし、メリルセリオもふんふんと気合が入っている様子だから大丈夫なのだろう。
メルの詠唱が終わると、メリルセリオが力を解放する……が、今度はギルド内にざわめきは生まれない。
実は金属同士が融合し、でも融合していないという微妙な状態を保つ神業なのだが、表面上はほとんど変化がないのでリアクションが薄いのも無理もない。
カーン カーン カーン
メルが槌を持ち、真っ赤になった金属に打ち付ける。飛び散る火花をみて、ようやく鍛冶をしているという雰囲気になってきた。
鍛冶師達はこれから更に精霊術師の凄さに気がつくことになる。
「……なんであれで混ざらねえんだ?」
「それだけじゃないぞ。あれから一度も再加熱してない。なんで冷めないんだ?」
時がたつにつれて鍛冶師達の疑問の声が驚愕と共に大きくなる。
叩いても混ざらない金属。冷めるはずなのに熱を保ち続ける金属。
普通の鍛冶ではありえない現象に戸惑い、必死でその秘密を暴こうとメルの鍛冶を食い入るように見つめる。
でも普通の鍛冶師には分からないだろう。
ノモス曰く、叩き錬成し混ざり合い混ざり合わないまま固定するとのことらしいが、説明されてもサッパリ意味が分からない。というか言葉が矛盾していると思う。
強烈な視線も気にせず一心に槌を振るい続けていたメルの動きがついに止まる。
同時に真っ赤に燃えていた金属からも急速に熱が奪われていき、幻想的な魅力と輝きを持ったダマスカスが生まれた。劣化版だけど……。
これでゴルデンさん達の雑用が確定だね。
読んでくださってありがとうございます。




