五百六十九話 どんな気持ち?
様々なアクシデントを乗り越えて無事に鍛冶大会が開催された。順調に進む審査。ゴルデンさんの自信はうぬぼれではなかったらしく、最後のメルの作品まで一位をキープし続けていた。そして公開されるメルの剣。劣化版とはいえダマスカスの輝きに、当然のごとくゴルデンさんから物言いが入った。
「ジーナおねえちゃん。おししょうさまだいじょうぶ?」
キッカが不安な顔であたしに質問してくる。
たぶん師匠に外に出されるまでの会場の雰囲気。疑念や敵意を敏感に察しての不安なんだろうけど……あたしはなんて答えたらいいんだ?
師匠は嬉々としてゴルデン達を迎え撃つつもりだから心配は要らない、て言うのはさすがに不味い。
楽しそうだったから心配ないって感じの控えめな表現にすれば……駄目だな、あんな雰囲気の中で楽しそうってだけで師匠の常識が疑われる。
師匠に一般的な常識がないのは知っているし、それもどうかと思うけど、さすがにそれを幼いキッカに正直に伝える訳にはいかない。
あたし、こういうデリケートな問題は苦手なんだよな。
「……シルフィさんも一緒だから、まったく心配はないぞ」
ごめん師匠。あたしでは上手なフォローが思いつかなかったよ。
そして一瞬でキッカを安心させてしまったシルフィさんの信頼度が凄い。
***
さて、ジーナ達やベル達も避難させたし、ここからが本番だ。
「どうなんだ、ギルドはこんな横暴を許すつもりなのか!」
俺はやる気満々なのだが、どうやらゴルデンさんは直接こちらと対決するつもりはないらしく、今は大会の司会をしている鍛冶師ギルドの職員に噛みついている。
俺を恐れているのか、メルをかばいながら周囲を威嚇しまくっているユニスが怖いのかは分からないが、賢明な判断だと思う。
鍛冶師ギルドの対応も見たいし、少し様子をみよう。
「私では判断できませんので少々お待ちください。ギルドマスターを呼んできます!」
ゴルデンさんに噛みつかれていた職員が逃げるように舞台から走り出す。
自分では判断できない内容を上司に丸投げするのは間違っていないが、タブレさんが居るのに迷いもせずにいきなりギルドマスターへ直行か。
メルの剣を見た鍛冶師ギルドが裏で騒いでいたらしいし、このクレームを予想していて対応を決めていたっぽいな。
というか劣化版とはいえ製法が失われたダマスカスの登場なんだし、普通なら最初からギルマスがこの場に居るべきだろう。
まあ、鍛冶師ギルドが大混乱状態だから、参加したくても参加できなかったんだろう。
ふむ、ギルマスが来るまでただ待っているのも芸が無いし、ゴルデンさん達にちょっかいを出すことにしよう。
「ゴルデンさん」
「な、なんだ、証人は沢山いるんだ、今更間違いだったではすまないからな。お、お、大人しく沙汰が下るのを待っていろ。手をだしたら犯罪だぞ、捕まるんだからな!」
ざわつく観客達をかき分けゴルデンさんに近づき声をかけると、俺が今にも暴れ出しそうな反応をされた。
とても失礼だが、ビビっているのに強気に出れるメンタルの強さは少し羨ましい。少しだけど……。
「別に暴れませんよ。というか暴れる理由がありません」
「ふん、ギルドにも手を回したか、だが、これだけ大勢の観客が居るんだ。たとえギルドがお前に屈したとしても世間はお前のやり方を認めないぞ」
おお、ゴルデンさんが権力に立ち向かう勇者みたいな雰囲気で、しれっと観客を巻き込んだ。
周囲の観客がとても迷惑そうな顔をしているのが面白い。
というか、ゴルデンさんの言葉を聞いて何人か会場から逃げ出したし、俺の信用のなさも凄い。
いや、ある意味、あいつは暴れるって信用されているってことか?
精霊術の講習をしたり貴重な薬品を採取したり結構頑張ってるんだけどな……。
「だから暴れませんって。そんなことよりもゴルデンさん、ゴルデンさん達は作品を出品しなかったんですか?」
ちょっと落ち込んでしまったが、この落ち込んだ気分もまとめてゴルデンさんにぶつけるから大丈夫だ。
「なんだ? なにを言ってるんだお前?」
「いえ、メルを散々馬鹿にした上に、優勝は自分達の誰かだ! なんて自信満々に宣言していたのに、メルに並ぶ作品が一つもないので、てっきり出品できなかったのかと……違うんですか?」
俺の嫌味にゴルデンさんが口をパクパクさせている。どうやらあまりの言われように声が出ないようだ。とても面白い。
面白いけど、この嫌味は失敗だったな。これだとゴルデンさん達さんにだけじゃなくて、他の出場者達も一緒にディスったことになってしまう。
ゴルデンさん達以外の参加者に喧嘩を売る必要はないんだし、ちゃんと三人だけディスれるように考えて嫌味を言おう。
「あっ、もしかして作品を奪われたんですか? おかしいな、事前に襲撃計画を手に入れたので騎士さんにお願いして阻止してもらったはずなんですけど、もしかして間に合いませんでした?」
影ながら助け、しかも助けたことを誰にも言わない。そういうスタイルがカッコいいと俺も思う。
でも、俺は今更カッコつけてもどうにもならないから言う。ものすごく恩を着せる感じで言う。
「へ?」
「だから、助けるようにお願いしていたんですけど、間に合わなかったんですか? おかしいな、大丈夫だって騎士さん達は請け負ってくれたはずなんですけど……えっと、騎士さん達とは知り合いなので確認してみますね。もしかしたら作品を取り返せているかもしれません」
くふ。滅茶苦茶驚いてる。
いやー、どんな気持ちなんだろうね。
知らなかったとはいえ自分達を助けた人に対して濡れ衣を着せた上に、現在進行形で難癖をつけていたなんて……俺だったら穴に入って土をかぶせたうえでしっかり押し固めてもらいたいたいくらい恥ずかしいと思う。
しかも俺と騎士達が知り合いだから、後から犯人呼ばわりしたことがバレるのもほぼ確定と、なかなか素敵なおまけまでついている。
ねえ、どんな気持ち? 嫌いな奴に恩を着せられて、しかもその嫌いな恩人を犯人呼ばわりしちゃったりなんかして、どんな気持ち? って聞きたい。
シルフィが裕太、性格悪いわよ的な目で俺を見ているが気にしない。というかシルフィも共犯だよね、ちょっと楽しそうだもん。
「その必要はない!」
うおい。急に大声を出さないでほしい。普通にビックリした。
「必要ないって、作品を奪われて勝負できなかったら、納得できないでしょ。あとから大会に参加できなかったから勝負は無効だとか言われると面倒なんですけど?」
「……騎士様方には守っていただけたし、作品も奪われていない」
うん。知ってる。
「なるほど、そうだったんですか。それなら良かったです。騎士さん達には俺の方からもお礼を言っておきますよ」
「あ、あぁ、助かる。……俺達からも礼を言わせてくれ。……あんたが騎士様方に手を回してくれたおかげで助かった。あ……あ、あり、がとうございました」
ものすごく屈辱を噛みしめたような顔で、お礼を頂きました。普通にお礼を言われるよりも嬉しいのが不思議だ。
「それで……だな……」
おお、この状況で言葉が続くってことは、もしかして騎士達に俺を冤罪で訴えたことを告白するつもりか?
俺と騎士達が知り合いだと知る前に謝っておくのがベストだったが、知り合いだと知ってからでも謝らないよりは謝った方が良いのは間違いない。
他人の口からバレるよりも、自分達から告白したほうが印象も良くなるもんね。
それに大勢の前で謝れば、それが俺に対する足かせになって仕返しを阻止できる可能性も上がる。悪くない判断だ。
ここで挑発して謝らせるのを阻止、その後騎士さん達を呼んでからの追撃ってのもありだけど、ゴルデンさん達のプライドを圧し折るのは鍛冶の結果であるべきだから、今回は謝らせてあげよう。
だからほら、頑張れ。頑張るんだ。疑っちゃってごめんなさいってするんだ。
「襲撃された時、誤解してあんたが犯人だって騎士様方に言っちまった。申し訳ない!」
覚悟を決めたのかゴルデンさんが叫ぶように言葉を発し、ガバっと頭を下げる。残りの二人も続いて頭を下げる。
よく言えました。偉いですね。いい子良い子してあげるのは……さすがに違うか。
うん、まあ、この件に関してはこれくらいで勘弁してあげよう。
「誤解は誰にでもあります。ちゃんと謝ることができたゴルデンさん達を俺は許しましょう」
頭を下げる三人に上から声をかける。
若干三人の肩が震えているが、俺の言葉に感動して震えているのか、屈辱で震えているのか、どっちなんだろう?
急にしゃがんでゴルデンさん達の顔を覗き込んだらとても面白いことになる気もするが、この件に関しては許すと決めたので余計な事はせずに、俺の温かい言葉に感涙しているということにしておく。
「あれ? ということは作品を出品していたんですか? メルに勝てそうな作品なんかあったか? 見逃した?」
頭を下げていたゴルデンさん達が勢いよく顔を上げ、にらみつける。ごめん、またゴルデンさん達三人以外の鍛冶師もまとめてディスってしまった。
周囲の観客からも、せっかくまとまりかけたのに余計なことを言うなよ的な視線が飛んでくる。
濡れ衣に関しては許したが、鍛冶知識に関して俺をバカにしたり、メルに散々迷惑を掛けたことに関しては許してないもん。
「誤解に関しては申し訳ないと思うが、作品に関しては話が別だ。俺は俺達は、貴様の横暴を絶対に許しはしない。貴様の悪行を必ず暴き出し、その責任は取ってもらうぞ!」
ゴルデンさんって言葉だけ聞いていると、本当に悪に立ち向かう勇者っぽい言葉を言うよね。
ということは俺が魔王?
ふむ。俺単体だとショボすぎる魔王だけど、シルフィ達大精霊の力を含めると大魔王と言っても過言ではないパワーがある気がする。
……よかろうおっさん勇者達よ。正義が必ず勝つなど、都合の良い物語の中だけの戯言だと教えてやろう。
……あれ? でも俺、別に悪いことしてないよね?
読んでくださってありがとうございます。