五百六十七話 なんですと?
更新が一日遅れました。申し訳ありません。
『めざせ豪華客船!!』の更新も一日ズレて明日になる予定です。
よろしくお願いいたします。
シルフィに他の鍛冶師達の偵察をお願いした結果、メルの実力と劣化版ダマスカスのコンボに勝てる相手はおらず一安心だったのだが、悪巧みをしている鍛冶師達の存在も発覚。面倒ではあるが、主催者として対処しなくてはいけないだろう。
「おはよー……どういう状況?」
大会当日の朝、メルを迎えに工房に行くと、ピクリとも動かないメルをギュっと抱きしめながら俺をにらみつけるユニスが居た。
ユニスが居るのは問題ない。
メルが今回の大会に出品する作品はユニスの為に打った剣だし、ユニスもそれに喜んでメルを全力でサポートすると言っていたから、俺達よりも早く来たか、前日から泊まり込みでもしていたのだろう。
だけど、にらまれる理由が分からない。
メルの背後で心配そうに浮かんでいるメラルとメリルセリオが俺を見る目も厳しい。
応援の為に弟子の工房に来ただけなのに、完全にアウェーな雰囲気だ。
ユニスにメルの工房を勝手に賭けたことを知られた時にはブチ切れられたが、それ以降は何も悪いことはしていない……はず。
「あんたのせいでしょ!」
「え?」
俺が戸惑っていると、ユニスの罵詈雑言が始まった。
ユニスにブチ切れられながら話を聞いてみると、メルは緊張が極まって石化してしまったらしい。
たったそれだけのことを聞き出すまでに、気が滅入るほどの罵詈雑言を浴びせかけられたのには納得がいかないが、ブチ切れられた理由は分かった。
俺が新たに悪いことをした訳ではなく、メルがプレッシャーで石化したことで昔の怒りがぶり返したパターンだ。
冒険者ギルドでの植物テロ以降、ユニスには若干怖がられていたのだが、メルが絡むとそれを乗り越えてくるのが怖い。
あと、怒りながらもメルを抱きしめている喜びが見え隠れしているところも、とても怖い。
偏見はないつもりだが、弟子の周りに百合の花が咲き乱れる未来が訪れないことを真剣に祈っておこう。
「裕太。計画成功。あとは主犯を捕らえるだけよ」
微妙に気まずいタイミングでシルフィが話しかけてきた。さすがに今の状況では返事もできないので、目線で感謝を伝える。
とりあえず、あちらの問題はなんとかなったようなので、こちらの問題を解決することに全力を注ごう。
「メル。もう大丈夫なんだよね?」
「は、はい、大丈夫です」
まだ緊張気味な様子ではあるが、王様に会った時のように現実逃避していないし石化状態も解除された。
これなら大丈夫だろう。
それにしても子供の力は偉大だ。
メルの緊張を解きほぐすにはどうすればいいかと考えている間に、キッカがメルに無邪気に甘えだし、マルコも元気にメルに話しかける。
それだけでぎごちなくも動き始めるメル。
そこにいつの間にか準備したお茶と甘い物を差し出し、リラックスさせるサラとジーナ。
素晴らしい連携でメルの心を解してしまった。
……良かった、手のひらに人と書いて……とか言わなくて。
「じゃあそろそろ出発しようか。準備はできてる?」
「で、できてましゅ」
見事に噛んだな。
でも、それが良かったのか恥ずかしくて顔を赤らめながらワタワタしているが、緊張による体の固さは完全にとれたようだ。
確実に忘れ物をしていそうだが、ここでグズグズしていたらまた緊張がぶり返して固まりかねない。
しっかり手に持った布に包まれた長物が出品作品だろうし、それさえ忘れなければなんとでもなる。
さっさと出発してしまおう。
***
鍛冶師ギルドの中に入ると、ギルド内は大混乱に陥っていた。
聞こえてくる怒号の中には聞き覚えがある名前がチラホラ……あれ? 計画は成功したはずだよね?
「ちょっと待っててね」
一度全員をギルドの外に出し、俺は少し離れた場所に移動する。
(シルフィ、たぶん朝の結果による混乱だと思うんだけど、なんであんな騒ぎになっているの? 計画は成功したんだよね?)
ゴルデンさん達三人の襲撃計画。
それを防ぐためにドルゲムさんの逃亡を伝えに来た騎士達を巻き込んだ。
騎士達も話を聞いた当初は任務があると渋っていたが、ドルゲムさんの確保はこちらですることと、王様からもらった短剣を見せたことで説得に成功。
初めてちゃんとした短剣の使い方ができた気がする。
迷宮都市の警備兵を招集し、シルフィ提供の情報を基にゴルデンさん達を襲撃しようとしたごろつき達を現行犯で捕獲。
事前に間に挟んだ人物まで全て特定して情報提供しているから、芋づる式に捕獲を続けて最後の主犯にたどり着いたはずだ。
主犯の鍛冶師を一人捕まえるくらいでこんな騒ぎにはならないよな。もしかして取り逃がした?
「主犯が捕まるところまでは確認したのだけど、その後までは確認していなかったわ。少し待ってちょうだい」
(わかった)
主犯はちゃんと捕まえていたのか。ならその後を確認していなくても手落ちとは言えないけど、シルフィならその後も抜かりなく情報収集する……ああなるほど。
あの後、メルとジーナ達のやり取りを微笑ましそうに見ていたな。
俺がアタフタしている姿や、メルの緊張を解きほぐすジーナ達の行動が面白くて鍛冶師ギルドに対する興味を失ったのだろう。
「分かったわ」
(やっぱり何か問題があったの?)
「うーん、問題というよりも、自浄作用の副作用と言ったところかしら?」
(どういうこと?)
「簡単に言うと今朝の騒ぎで鍛冶師ギルドのギルマスがキレたのよ。今回の主犯の協力者に鍛冶師ギルドの職員が居たでしょ? それに賄賂を配っていた方の鍛冶師の協力者と賄賂を受け取っていた審査員にも鍛冶師ギルドの職員、それも幹部が居たから、ギルマスが処罰と風紀の徹底を命令してあの騒ぎになったみたいね」
賄賂の方の鍛冶師の問題も噴出したのか。
あちらは急な大会に慌てていたのかずさんな計画で証拠が簡単に集まった。だからそのまま鍛冶師ギルドのタブレさんに丸投げしたんだよね。
工房の管理部門長だから畑違いだけど、ギルドの幹部だからどうにかできるはずと思ったんだ。
受け取った証拠をみて、ものすごく悪い顔をしていたから、ギルドの為にも自分の為にもしっかりと有効活用したのだろう。
それで鍛冶師ギルド内の不正が明らかになり、対処している間に更なる不正の発覚。
急遽大会を開くくらいで問題が続出したから、ギルマスが乗り出してきたのだろう。
(でも、それって良いことだよね? それにしては怒号が飛び交っていたけど?)
汚点を隠蔽せずに公表して対処するんだから、多少の不満があっても結果が出るまでは見守ることを選ぶはずだ。
処罰が温かったのかな?
「不正をするような奴等だから、ギルドの権力を利用して他にも色々とゲスな事をやっていたのよ。それで泣き寝入りしていた被害者が、これ幸いと被害を訴えてあの騒ぎになったようね」
(なるほど。わかった、ありがとうシルフィ)
溺れた犬を棒で叩く方式か。今までは鍛冶師ギルドの権力を恐れて泣き寝入りしていたが、その権力が味方に付いたなら黙っている理由はないよね。
でも、俺が大会を開いている時に、こんな騒ぎを起こさないでほしかった。
いや、俺が関わっているから、急いで対処したのかも。
自分で言うのもなんだが、冒険者ギルドで暴れちゃったし、警戒されるのは当然だ。
今回の不手際で俺が暴れて、冒険者ギルドのように職員総入れ替えなんて事態は避けたいだろう。
世間での俺の印象を考えると間違ってない推測な気がするが、考え過ぎかな?
まあどうでもいいか。鍛冶師ギルドの風通しがよくなるのはメルにとっても良いことだし、不正が正されて大会がちゃんと行われるのであれば俺にとっても良いことだ。
それに、考えすぎか、そうでないかは中に入ってみれば分かる。
よし、それならさっさと中に入って受付を済ませてしまおう。
「おまたせ。じゃあ中に入ろうか」
メル達のところに戻り声をかける。ユニスが、あんた一人でコソコソと何をしていたの? 的な疑いの目を向けてくるが無視だ。
というか、なんでメルを抱きしめているの? あっ、メルを緊張やギルド内のもめ事から守るためですか。了解しました。
ギルド内に入ると、相変わらず怒号が飛び交っている。注意深く内容を精査すると、騙された、賄賂を要求された的な声が多い。
どうやら問題の幹部はかなり手広く悪事を重ねていたようだ。
……受付カウンターが文句を言う人達でいっぱいだな。これ、ちゃんと大会が開けるのかな?
待っていても終わりそうにないので、横から大声で職員に呼びかけるが怒号にかき消されて届かない。
(シルフィ、俺の声を職員に届けてくれ)
「べるがやるー」
大騒ぎなギルド内を、なんで大騒ぎしているの? と興味津々に飛び回っていたベルがビュンと飛んでくる。
お仕事チャンスを見逃さないところはさすがだ。
頷いてからもう一度大声で職員に呼びかけると、職員が急に耳に飛び込んできた大声に耳を抑えてこちらを見た。
どうやらベルは声量を調整せずに職員に声を届けてしまったようだ。その辺りの細かい調整はまだまだシルフィに及ばないなと考えつつ、手招きをして職員を呼び寄せる。
ちゃんとお仕事したと胸を張るベルを褒めまくりたいが、今は無理なので後でしっかり褒めまくろう。
こちらに歩いてくる職員にも被害者達の訴えが集まるが、なんとか大会の主催者であることと受付をお願いしたいことを伝えると、恐縮した様子ですぐに別室に案内してくれた。
先程の推測はあながち間違いではなさそうだ。
中に入ると一斉に視線が俺達に集中する。
ここは大会に出場する鍛冶師とその関係者の控室で、別室で作品を提出するシステムなんだそうだ。
本来なら鍛冶師ごとに部屋をあてがう予定だったのだが、朝の騒ぎで人が足りずひとまとめになってしまったことをものすごく丁寧に、こちらが気まずくなるくらいに謝られた。
俺の悪評のすさまじさを感じて少し落ち込む。世間の好感度をそれなりに稼いだと思っていたが、まだまだだったらしい。
あっ、ゴルデンさん達だ。
ん? 目が合ったはずの三人から、気まずそうに目を逸らされた。
あの人達の性格からすれば、逃げずによくきたな! とか煽りを入れてきそうなものだけど、どうしたんだろう?
「あっ、そういえば襲撃でごろつき達が捕まった時に、あの三人が騎士達に裕太の仕業だって訴えていたわよ。絶対に間違いない、あいつは極悪人だとも言っていたわね」
……なんですと?
読んでくださってありがとうございます。