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五百六十四話 なんか違う

 鍛冶の大会のルールと開催日が決定した。ほとんどがこちらの要望通りになり一安心したところで、トルクさんの醤油を使った新作料理を試食することになった。一品目はシンプルなニンニク醤油のラフバード焼。単純ながらもジャンクな気分を感じさせてくれる嬉しい一品で、次の料理への期待がいやがうえにも高まってくる。




「じゃあ次の料理を用意してくる。少し待っていろ」


 俺やジーナ達がラフバードのニンニク醤油焼きを味わい喜ぶ姿を満足気に見ていたトルクさんが、次の料理を準備しに個室から出ていった。


「ゆーた、べるもー」「キュー」「たべたい」「クゥ!」「くわせるんだぜ」「…………」


 トルクさんが出ていったとたんに押し寄せてくるベル達。ジーナ達の方にも浮遊精霊達が食べたいと突撃している。


 まあ俺達が食べている間、よだれを垂らしつつ興味津々な様子だったからこうなるのは予想していた。


「我慢できて偉かったね」


 突撃してきたベル達を褒めて撫でくり回した後、それぞれの口にラフバードのニンニク醤油焼きを一切れ放りこむ。


「べる、これすきー」「キュキュキュー」「おいしい」「ク、クク、クゥー」「うまいんだぜ」「…………」


 両手でぷにぷにホッペを抑えながら、満面の笑みで宣言するベル。


 ヒレをパタパタさせながら全身で美味しさを表現するレイン。


 じっくり噛みしめるように味わい、はふーと満足げに感想をいうトゥル。


 はしゃぎながら尻尾をブンブンと振り回し喜びを表すタマモ。


 なぜか遠くを見つめてカッコ良さげに感想を言うフレア。


 ゆっくりと消化した後に高速でぷるぷるするムーン。


 みんなこのジャンクな味わいが気に入ったようだ。


 ベル達の我慢している姿を見ていた時は、前のように部屋でお留守番をさせておけば良かったと後悔したが、この光景を見ると連れてきて良かったと思う。


 まあ、次にトルクさんが料理を運んでくる時までの思いだろうけどな。次の料理を試食している時のベル達の表情を見て、後悔するのがありありと予想できる。


 おっ、珍しくシルフィが自分から箸を取った。


 普通の料理を食べ飽きたシルフィも、俺達のリアクションに興味を持ったようだ。


「あら、悪くないわね。ちょっと匂いがきついけどエールに合いそうだわ」


 たしかにエールに合いそうだ。というよりもキンキンに冷やした秘蔵のビールにこそマッチするといっても過言ではない味だ。


 ドラゴン系の肉自体が圧倒的な旨みを持つタイプだと、日本の切れ味タイプのビールでは負けてしまう。


 こういう料理にこそビール。あぁ、ビールが飲みたくなってきた。たぶんドリーに頼めばホップも手に入るし、造ろうと思えば造れる。


 ……いずれは造りたいが、ただでさえ魔窟になっている楽園の醸造所が日本酒造りで拡張され、この上にビール造りも加わるのか?


 ……ノモス達の暴走が加速する未来しか見えない。


 ビール飲み放題の生活も捨てがたいが、我慢できている間は我慢するべきだろう。


 同時に、大精霊に対する切り札としてビールは温存しておこう。


「裕太、どうかした?」


「ん? いや、なんでもないよ」


 いかん、既にシルフィが疑惑の視線で俺を見ている。


 大精霊のお酒に対する嗅覚は抜群だからこれ以上深く考えると、心が読めるのですか? と言いたくなる勢いで見透かされて切り札が無意味になってしまう。


 深く考えるな。


「あら? あなたたち、トルクが戻ってきたから大人しくしていなさい」


 どうやらトルクさんが次の料理を運んできてくれたらしい。ナイスタイミングだ。


 シルフィの注意でラフバードのニンニク醤油焼きに群がっていたベル達が大人しくなり、同時にトルクさんが部屋に入ってくる。


 さて、次はどんな料理だろう?




 ***




「どうだった?」


「うーん、美味しいのは間違いないんですが、焼き物が中心でどれも似たような雰囲気に感じてしまいますね」


 ラフバードのニンニク醤油焼きの後に出されたいくつかのメニューも美味しかった。


 野菜炒めにトルクさん特製のニンニク醤油。オークのバラ肉は唐辛子をまぶしたピリ辛醤油味。


 どれも悪くない。いや、トルクさんが納得して試食に出すくらいだからクオリティも高く美味しいといっても過言ではない。


 だけど、似たような雰囲気なのは否定できない。


 やはり料理酒や味醂、そして砂糖を使った甘辛い味を知らないことがネックになっているのだろう。


 それを考えると今回の試食会は少し残念な結果だったが、日本酒を提供し砂糖の使いかたをレクチャーすれば問題ない。


 むしろ制限がある状態でこれほどの料理を作り上げたトルクさんの実力と努力を考えると、制限が取り払われる今後が楽しみでならない。


「だな、それは俺も感じていた。だが次は違うぜ。ひょんなことから思いついた料理だが、自信作だから楽しみにしていろ」


 これで終わりだと思っていたのだが、まだ料理が残っていたらしい。しかも自信作のようだ。


 今までとは違うパターンの料理のようだし、もしかしたら自力で甘みを加える技法にたどりついたのかもしれない。


 期待が高まる。


「あなた達、お客がきたから静かにしていなさい」


 トルクさんが部屋をでていき、これまで通り料理に突撃しようとしていたベル達をシルフィが止めた。


 トルクさんが戻ってきたのかとも思ったが、それならお客という言い方はしないだろう。


 ……悲しいことだが俺にお客というのが想像できない。誰が来たんだ?


 少しすると部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


 許可を出すと美女がなんだかとても嬉しそうに部屋に入ってきた。


 ……誰だ?


 これだけの美女なら、挨拶をしただけで記憶に焼き付くと思うのだが、まったく思い当たるふしがない。


 いや、そうでもないか? どこかで会ったことがあるような気もしないことがないような……誰だ?


「裕太さん、お久しぶりですー」


 この声、間延びした話しかた……もしかして?


「えーっと、ベティさんですか?」


「? はい? そうですけど?」


 当たり前じゃないですかといった様子で頷くベティさん。


 いや、当たり前じゃないから。あなた、元々可愛らしくはあったけど、ポッチャリめのボディでホッペもモチモチタイプだったよね?


 それがなんで出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ、スタイル抜群の美女になっているの?


 眼鏡を取ったら美少女でした見たいな、ビフォーアフターになっているんですけど?


 ジーナ達も唖然として言葉を失っているんですけど?


「遅れてしまいましたがー。さっきトルクさんに挨拶したらメインはこれからだっていっていましたー。ぎりぎりセーフですぅ。無理矢理お仕事を終わらせた甲斐がありましたー」


 見た目かなりの美女に変身したベティさんだが、性格は変わっていないようでこれから出される料理のことしか考えていないことが丸分かりだ。


 そういえばベティさん、前は忙し過ぎて少し萎んだ感じだったよな。


 でも、あの時の状態は不健康な感じだった。あれから更に仕事が増えたはずだから更に萎むのは理解できるが、なんで健康的な美女に変身しているんだ?


 ……まさか環境に適応したのか?


 忙しさに慣れ、バリバリ働いてバリバリ食べる。その結果、栄養をしっかり摂取しながら自然にカロリーを消費し、変身と思えるほど健康的に痩せた……とか?


 いやいや、さすがにそんなに都合よく痩せられたらダイエットなんて言葉は生まれないよな。


 ということは、偽物? 


「またせたな」


「まっていましたー」


 俺が混乱しているとトルクさんが新しい料理を運んできた。


 それにベティさんが嬉しそうに反応しているが正直待ってほしい。俺はまだ混乱から立ち直れていない。


「これは醤油とパスタを組み合わせようとして、色々試していた時に思いついた自信作だ。試してみてくれ」


「はーい」


「うん? 裕太、どうかしたか?」


「へ? あぅ、いえ、なんでもありません」


 トルクさんはベティさんの変身を見てなんとも思わないのか? いまのベティさんは正常なのか? あれ? 正常ってなんだっけ?


「おいしいですぅ!」


 俺が混乱を深めている間にベティさんは料理を食べ、満面の笑みを浮かべながら歓喜の声を上げる。


 あっ、ベティさんだ。なんか色々考えて混乱していたのがバカらしくなってきた。見た目は変化してとんでもない美女になっているけど、あの笑顔を見たら分かる。


 ただの食いしん坊だ。


 元々この試食会にベティさんの参加することは聞かされていなかった。


 無理矢理仕事を終わらせたと言っていたから、たぶんどこぞで情報をキャッチして乱入してきたんだろう。


 痩せようが痩せるまいがベティさんはベティさん。食欲に忠実なただの食いしん坊だ。


 ……なんか妙に醒めたし、俺もトルクさんの新作料理を楽しむか。


 気を取り直して料理に注目し、またも混乱する。


 あれ? なんだかこの料理、見たことがある。


 琥珀色のスープに平打ちの太めのパスタ。肉とネギ。


 ……まさかの醤油ラーメン? いや、スープスパか?


 馴染み深い料理のようで、微妙に違う料理の見た目に酷い違和感を覚え脳が混乱する。


 食べてみないと分からないと自分を納得させ、まずはスープを一啜り。


 ……鶏ガラ醤油だ。昔ながらの中華ソバに似た、どこかホッとするスープの味が驚きと共に口の中に広がる。


 端的に言って最高だ。


 どういう理屈でトルクさんがこの味にたどり着いたのかは分からないが、素晴らしい料理センスだと思う。


 続いて平打ちのパスタをフォークですくい口に運ぶ。


 太めでもちもちとしたパスタが、小麦の味を主張しながら口の中に広がる。


 ……美味しいのだろう。食にうるさいベティさんも美味しいとご満悦だから、間違いなく美味しいのだろう。


 でもなんか違う。鶏ガラ醤油ラーメンでもなくスープスパでもない。


 ある意味では両方の特徴を融合し進化した新作料理とも言えなくもないが、これじゃない感が凄まじく、どうにも受け入れられない。

 

 俺、どう反応するのが正しいんだろう? なんだか今日はやけに脳が混乱する……。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なぜかしれっと裕太達に合流して一緒に料理を食べてるベティさん…… え、なんで?
[一言] ラーメンを教えれば完璧やな
[一言] バター醤油と醤油マヨも教えれば良いじゃない!
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