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五百六十三話 試食

 ちょっとした勘違いでタブレさんとゴルデンさん達に笑われるという悲しいアクシデントがあったが、誠実に向き合い最終的には少し荒っぽいことになったが鍛冶の大会のルールをおおまかに決めることができた。




「では、失礼します」


「あっ、はい、ありがとうございま……」


 鍛冶師ギルドの職員が素早く席を立ってビシっと一礼し、俺がお礼を言い終わる前に部屋から退出してしまった。


 いくらなんでも急ぎ過ぎだろう。トイレでも我慢していたのか?


 丁寧ながらもスムーズな説明で、仕事ができる有能な人なのだと感じていたが、実はギリギリだったのかもしれない。


 そのギリギリの状況をこちらに覚らせずに説明を終えたと考えれば、やはり有能なのか?


「ふふっ」


「? シルフィ、いきなり笑いだしてどうしたの? 何か面白いことでもあった?」


「ええ、あの鍛冶師ギルドの職員、タブレにかなり吹き込まれていたみたいね。部屋を出てから小走りになったから追跡しているのだけど、小声でタブレのことを罵倒しながら走っているわ。あっ、今は無事に部屋から出られたことを神に感謝しているわ」


 どうやら挙動不審な職員の様子が気になり、シルフィが風で追跡してくれていたようだ。


 タブレさんの使者として大会について決まったことを報告に来てくれたんだけど、素早い退出は俺を警戒してのことだったらしい。


 タブレさんは部門長という役職だから部下を使うのは当然だと思っていたが、シルフィの話から推測すると、部下に俺の相手を押し付けたのかもしれない。


 風の首輪は少しやり過ぎだったかな?


 でも風の首輪の脅しがあったから、これだけスムーズに大会の開催が決まった気もする。


 大会の開催をお願いして、二日後に概要が決まるなんて普通ではありえない。もっと打ち合わせや準備が必要なはずだ。


 それが決定されたってことは、タブレさんが正気に戻った時に俺を怒らせたことを不味いと思ったのだろう。


 自分の悪名が意外なところで役にたって複雑な気分だ。


 それにしても、大会のルールや日時のほとんどが俺の要望通りになったな。


 開催予定日は三十日後。


 場所は鍛冶師ギルド。


 無記名審査。


 審査員は鍛冶師ギルドの親方衆と高ランクの冒険者。


 審査後、鍛冶師ギルドで作品展示。


 希少金属は総重量の十パーセントまで。


 他にも細々としたルールはあるが、大元となる部分はこちらの要望通りになった。


 俺達が大会主催者だから要望を認めてくれたのか、俺達が危険人物だから要望通りにしておこうと考えたのか……両方とも加味されている気がする。


 それにしても三十日後か。


 鍛冶師の大会の準備期間としてはかなり短いらしいけど、待つだけの俺からすると中途半端に時間が空く。


 迷宮のコアに廃棄物を届けに行ったりマリーさんの雑貨屋に顔を出したりと、細々とした用事を済ませても二十日くらいは暇になるだろう。


 一度楽園に戻ることも考えたが、その間にメルに何かあったら困る。


 大会が終わるまでは迷宮都市でのんびりするのが無難だな。


 ジーナ達は迷宮に潜ったりリーさん達に訓練を受けたりと、迷宮都市でやることがあるから、この機会に集中して勉強するのも良いだろう。


 暇な俺は迷宮都市でベル達と遊ぶことにしよう。




 ***




「さて、どんな料理が出てくるんだろう。楽しみだね」


 今夜はトルクさんの醤油を使った新作料理の試食会。大会の打ち合わせも終わったし、心置きなく料理が楽しめる。


 トルクさんもかなり自信がある様子だったし、いやがうえにも期待してしまうな。


「はい。楽しみです」


 俺の言葉にサラが笑顔で答える。この子も料理が好きだから、トルクさんの新メニューに期待しているのだろう。 


「そういえばジーナ、サラ、キッカは今も厨房に手伝いに行って、トルクさんから料理を習ったりしているよね。どんな料理か知らないの?」

 

 厨房に出入りしているんだから、試作品を見ていてもおかしくないはずだ。


「あたしも気になってどんな料理か聞いてみたんだけど、楽しみにしてろって教えてくれなかった」


 ふむ、ジーナ達にも内緒なのか。トルクさんもサプライズが好きなのかな?


「作っているところを見てないの?」


「醤油はマーサさんが管理しているから、あたし達が手伝っている時間帯には醤油自体が厨房に存在しないんだ。仕事が終わってから寝るまでの時間だけ醤油が使えて、終わったら醤油は没収されるってボヤいてた。子供みたいだよな」


 たしかにジーナの言うとおり、ゲームができる時間を制限されている子供みたいだ。


 まあトルクさんも良い大人なんだしそこまで厳密に管理しなくてもと思うが、トルクさんは熱中すると何度も徹夜を繰り返すようだし仕方がないのだろう。


 そんな話をしていると、個室の扉がノックされトルクさんが料理をもって入ってきた。


 部屋の中に穏やかな笑い声が広がる。


 みんながトルクさんを見て、このいかつい男が子供っぽい行動をしていたのだと面白くなったのだろう。


 ゴルデンさん達のようなあざ笑う笑いではなく、優しく穏やかな笑い。


 子供にまで笑われてしまったトルクさんには少し申し訳ないが、こういう笑いは気分を良くしてくれる。


 みんなトルクさんに好意的で、バカにするような感情がないからだろう。


「ん? 邪魔しちまったか?」


 自分が入ってくると同時に笑いが広がったから、タイミングが悪かったかと思ったようだ。ある意味ベストなタイミングで入ってきたのだが、さすがにそれは伝えられないな。


「いえ、大丈夫です。それよりもトルクさんが料理を運んでくるのは珍しいですね」


「あぁ、今回は結構苦労したから、料理の感想を直に聞きたいと思ってな」


「えっ? 醤油の扱いに苦労したんですか?」


 醤油は大抵の食材にマッチすると思うんだけど?


「あぁ、醤油だけじゃなくて味噌もだが、大抵の食材に合って美味くはなるんだが、どれもこれも醤油や味噌の味になっちまう。バランスが難しい調味料だな」


 なるほど、たしかに醤油や味噌を使うと、醤油味、味噌味、ってなるよな。日本人の自分からすれば当然のことなんだけど、初見のトルクさんからすると扱い辛いと感じてもおかしくない。


 文化の違いと言う奴だな。


「まっ、それでも上手い料理を作れたと思うぞ。冷める前に味を見てくれ」


 苦労したと言いながらも、自信ありげに回転テーブルの上に料理を置き蓋を外すトルクさん。


「……これはまた、ずいぶんシンプルな見た目ですね」


 トルクさんが置いた皿に盛りつけられていたのは、こんがりと焼かれ切り分けられた大きな肉。


 この大きさと肉質から考えると、ラフバードを焼いた物だろう。だけど、皿に載っているのはそれだけ。


 野菜もソースも掛けられていない。これが醤油を使った料理?


 一瞬不思議に思うが、料理から漂ってくる匂いに疑問が氷解する。なるほど、これはトルクさんらしい料理だ。


 漂ってくるのは暴力的なニンニクと醤油の香り。俺が宿泊した当初から、この宿の料理にはたっぷりのニンニクがデフォルトだった。


 そんなトルクさんがニンニクを使用しない訳がないよね。


 ただ、不思議なのはこのシンプルな見た目だ。


 トルクさんが肉にニンニク合わせる場合、大抵はスライスして炒められたニンニクが肉の上にどっさりと盛られていることが多い。


 口臭なんか知ったことかと言いたげなスタイルが好きだったんだけど、宿を改築して客層が変わったからその辺りに気を使い始めたのだろうか?


 商売としては間違っていないのかもしれないが、それはそれで少し残念だな。


「見た目が単純なのは自覚しているが、まあ食ってみろ」


 そうだな。見た目だけで判断しても始まらない。とりあえず食ってみよう。


「では、いただきます」


 トルクさんに促され、大ぶりに切り分けられた肉を箸で一切れつまむ。


 あれ? なんか思った以上にニンニク臭が強い。 


 不思議に思いながら肉を口に入れる。


 パリパリに焼かれたラフバードの皮が弾け、プリッとしたトリ肉の弾力を楽しみながら噛み千切る。


 噛みしめると口の中でトリ皮の旨味と脂と肉の旨味が混ざり合う。同時に襲い掛かってくるのは強烈なニンニクの香りと一体化した醤油の香りと味。


 どう表現すればいいんだろう? 文句なしに美味いのだが、下町臭というかB級グルメ感が凄まじい味だ。


 シンプルな見た目から素材の旨味を生かした料理だと予想していたのだが、真逆。シンプルな味ではあるのだが、かなりジャンクな気分を味わわせてくれる料理。正直、大好きだ。


「これ、かなり好きな味ですけど、どうやったらこんなにニンニクを強く感じられるんですか?」


 今までみたいに大量のニンニクが肉と一緒に出されたらこのパンチ力も納得なのだが、このシンプルな見た目でこの破壊力はビックリだ。


「すげえだろ?」


 俺が驚いたのが嬉しいのか、めちゃくちゃ嬉しそうな顔のトルクさん。先程の子供っぽいというイメージに引きずられているのか、どこぞのガキ大将のように見える。


「はい、驚きました」


「まず、もらった醤油に生のニンニクを合わせてみたらかなり美味かったから、醤油にこれでもかってくらいニンニクをぶち込んで寝かせてみた」


 なるほどニンニク醤油か。


 俺からすると珍しい訳ではないが、料理しながら醤油に手を加えると思っていたから、最初からニンニク醤油という選択は少し驚いた。


 そして、トルクさんがこれでもかって言うくらいだから、普通のニンニク醤油とは比べ物にならない量のニンニクをぶち込んだんだろう。


「それをな、ラフバードの肉を炭で焼きながら、何度も何度も薄く塗り重ねながら焼き上げたのがそれだ。本当なら先に肉を漬け込みたかったんだが、そうすると味が濃くなりすぎちまうんだよな。スープや酒で割ってみてそれはそれで美味いんだが、この料理には使わなかった」


 そういえばトルクさんにはまだ日本酒を提供していなかったな。


 味醂がなくても日本酒があれば、この料理に合う漬け込むためのタレをトルクさんなら作れた気もする。


 というか、日本酒に味醂も無いのって、かなり縛りがキツイ気がする。トルクさんには申し訳ないことをしてしまったかもしれない。


 でも、この料理もシンプルなのにかなり美味しいから結果オーライかな?


 ニンニク醤油で焼いた肉。


 日本でなら美味しいのは分かるけど、ただ焼いただけじゃんと突っ込みたくなるが、この世界でなら珍しい料理になるだろう。


 ただ少し疑問なのは、醤油は主張が強くて扱いに苦労したって感じの話をしていたよね?


 トルクさんの場合、醤油一色になるのは駄目でも、ニンニク一色になるのはOKなのか?


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 個人的には醤油、にんにく、しょうが が最強コンビです。 トルクさんもこの組み合わせに気づいてほしい(*´ω`*)
[一言] 高ランクに嫌われてるって言ってもあからさまなことして見る目ないと思われる+ヤベーのに目をつけられるかもを考えたら ショボい鍛冶屋に味方するだけでデメリット高すぎだろうな
[一言] これ美味そうだな・・・
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