五百六十一話 説得という名の挑発?
五百六十話の内容について、かなりのご意見を頂きました。
自分としましてはちゃんと説明になっていると思い書いたのですが、言葉が足らなかったようです。
それを踏まえて、今回はできるだけ主人公の考えが伝えられるように書いてみたのですが、そうするとなんだか説明臭い上に話しがあまり進みませんでした。
申し訳ありません。
少しは文章を書くことに慣れてきたと思っていたのですが難しいです。
王都で精霊術師の講習を終え迷宮都市に移動すると、翌日にはゴルデンさん達が鍛冶師ギルドのお偉いさんを連れて突撃してきた。正直面倒だが自信ありげに自分の首を絞めている姿が、少し哀れに思えるようになってきたから不思議だ。……まあ、ゴルデンさん達はどうでもいいから、まずはメルの不安をどうにかしよう。
「メル。なんでそんなにショックを受けているの? メルが実力を示す場所を用意するって話はしていたよね?」
勝ち誇った様子のゴルデンさん達を放置してメルに話しかける。
最終的な打ち合わせは今日の予定だったし大会は難しそうだから諦めていたが、何かしらメルの実力を披露することは今までの打ち合わせで話し合っていた。
まだ若く、女性であることが鍛冶師として不利なことはメルも自覚しているから、腕前を披露することはメルも納得していたはずだ。
大会運営を丸投げできそうなタブレさんが生贄として現れたから、急遽大会を提案したが、打ち合わせで大会の話もしていたからそれほど驚くことではないはずだ。
「で、でも、工房を賭けて、負けてしまうと……」
自信なさげに小さな声で俺の質問に答えるメル。なるほど、そこが引っかかっていたのか。
まあ大切な工房だから賭けに使うのが嫌なのは理解できる。負ける可能性があるのであれば、大切な工房を賭けに使うのは馬鹿がやることだろう。
ただ、メルの場合は事情が違う。なのになぜ不安がる?
「あのね、メル。今回の大会はメルが迷宮都市のうっとうしい鍛冶師達を蹂躙して実力を示すための大会なんだよ。絶対に勝てる勝負なのに、なんで負けるなんて思うの? 言っちゃ悪いけど出来レースだよ? 勝ちは確定しているんだよ?」
たしかにメルの大切な工房をいきなり賭けに提示したのは悪かったかもしれない。だが、いくら気弱な性格だとしても、これだけ有利な状況でビビるのはさすがに問題だ。
石橋を叩いて渡るのは悪いことではないが、石橋を叩いた上に補強工事までしたのに渡らないのは慎重を通り越して、ただの愚か者だ。
「でも、もし負けてしまったら、工房を失ってしまいます」
「うん、まあ賭けなんだからその可能性はゼロとは言えないけど、メルは本気で負ける可能性があると思っているの?」
俺が知らないだけでメルが絶対に勝てない相手でも居るのか?
それなら少しばかり先走ってしまったことになるが、劣化版ダマスカスを完成させたメルが勝てない相手が工房を手に入れられないなんて、迷宮都市の工房事情が地獄すぎるだろう。
それはちょっとありえないんじゃないかな?
「えーっと……負けるとは思いません」
俺の質問に困った表情のまま考え込み、おそるおそるだがある意味傲慢な答えを返すメル。
やはり負ける可能性がある相手が明確に存在する訳ではないようだ。
メルの言葉にゴルデンさん達がいきり立っているのがとても面白い。
俺は状況を理解して挑発しているが、メルの場合は素直な気持ちが結果的に挑発になっているから効果が抜群なようだ。
ゴルデンさん達の脳の血管が心配だな。
「あのねメル。不安になるのは分からなくもないけど、リスクとリターンを少しは考えようね」
勝負に絶対という言葉はないらしいけど、だからといって簡単に有利が覆る訳でもない。
ダマスカスという究極に有利なアドバンテージがあるのに、勝負に出られないのはさすがに気弱すぎる。
「リスクとリターンですか?」
「そう、リスクとリターン。今回の場合、リスクは何かな?」
なんか先生になった気分だな。いや、一応師匠ではあるんだから、似たようなものではあるのか?
「負けると工房を失うことです」
「じゃあリターンは?」
「みんなに工房主だと認めてもらえることです」
「うん、三十点。どちらかというと不正解だね」
「へ?」
「正解は、工房を餌に集まってきた鍛冶師達をメルが叩き潰して実力を認めさせて、メルの迷宮都市での立場を確立させられる。だよ」
工房が欲しい独立できる鍛冶師なら今回の話に飛びつく。その全員を叩き潰せば、嫉妬や差別的な感情はともかく実力は認めさせられる。
対戦した鍛冶師達だけではなく、その鍛冶師達の関係者、上手にやれば迷宮都市の鍛冶に関わる人達すべてにメルのことを印象付けられるかもしれない。
面倒な介入は王様が請け負ってくれるんだ。年齢と性別で不利なメルにとって、実力を示すことができてローリスクでハイリターンな賭けをやらない理由はない。
別に工房を賭けなくてもある程度メルの実力は示すことができるが、迷宮都市の工房事情を考えるなら賭けた方が間違いなく注目を集められる。
あと、少し言い方は悪いが、メルみたいな気弱なタイプにはこれくらいのハッパが必要だし荒療治だ。
プレッシャーを掛けるのは可哀想だが、せめて勝てる勝負くらいビビらずに受け入れられるようになってほしい。
「そ、そんなこと、あの、お師匠様、言い過ぎだと思います」
メルがチラチラとタブレさんやゴルデンさん達を見ながら注意してくる。
たしかにタブレさんは少し不愉快そうにしているし、ゴルデンさん達にいたっては怒り過ぎて言葉が出てこないのか、顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせている。
まあゴルデンさん達からすると踏み台扱いされた訳だから、怒るのも当然だろう。
だけどあの怒りの何割かはメルの挑発の結果なんだよ?
「そうだな。メルが言うように少し調子に乗りすぎているようだな。別にメルの腕が悪いとは言わんが、自分の工房を持っていなくともメル以上の腕の鍛冶師は存在する。どうするんだ? 弟子が大切な工房を失ってしまうぞ?」
タブレさんも鍛冶に関わる者として俺の挑発に少しイラっとしたのか、挑発し返してくる。
「心配いりませんよ。タブレさんが知っているのは鍛冶師のメルでしかありません。メルは修行を積んで精霊鍛冶師になったんですよ。あなたが知っているメルと今のメルは文字通りレベルが違います」
……勢いで言ってしまったが、精霊鍛冶師って微妙に語呂が悪い気がする。
ゲームとかラノベで出てくる魔法鍛冶師なんかはシックリくるんだが、なぜだ?
精霊鍛冶師だと、精霊が鍛冶師みたいだからか?
「精霊鍛冶師だと……」
タブレさんがなんだそれ? といった様子で戸惑っている。
言った俺ですら戸惑っているし、当事者のメルも何それ、初めて聞いたという顔をしているくらいだから無理もないだろう。
「簡単に言うと、精霊術を使う鍛冶師ということですね」
「……ならばメルの父親も精霊鍛冶師だったのか? あいつからはそんな言葉、聞いたことがないぞ?」
そういえばメルの親父さんもメラルと契約していたんだから、精霊鍛冶師と言えなくもないのか?
いや、それだとインパクトが弱くなる。親父さんには悪いが、精霊鍛冶師としての初代はメルということにしよう。
「厳密に言うと違いますね。メルは精霊術師としての腕前は王宮の精霊術師を超えています。それくらいの腕がなければ精霊鍛冶師とは言えません」
「そう……なのか?」
「そうなんです」
そういうことにしておいてください。断言はしたが、俺も若干説明が苦しい気がする。
「ケッ、鍛冶に精霊術なんて必要ねえよ。どうにか箔をつけたいんだろうが、ハッタリは無駄に恥を掻くだけだぞ?」
ようやくある程度の怒りが消化できたのか、声を出せるようになったゴルデンさんが嫌味ったらしく噛みついてくる。
先程の踏み台発言もハッタリだと認識しているようだ。
でも、ちょっと引っ込みがつかなくなっていた状況だけに、ゴルデンさんの復活は地味にありがたい。
この人って敵対しているはずなんだけど、行動が妙に俺達に都合が良い結果になるよな。相性が良いのだろうか?
だからといって友人になりたいとは思わないが、都合が良いのは好都合なのだから利用させてもらおう。
「まあ、精霊鍛冶師のことは今は置いておきましょう。それよりも大会について話を詰めたいです。ギルドの力なら十日程度で準備できますか?」
復活したゴルデンさん達を無視してタブレさんに話しかける。
「むっ、いくらなんでも十日は厳しい。大会の趣旨にもよるが最低でも三十日は準備期間が必要だ」
「えっ? 別に他の都市や町から参加者を募る訳でもありませんよね。そんなに時間が必要なんですか?」
「告知をすればすぐに大会を開催できるわけではないし、そもそも大会を開きたいと言って簡単に開けるものではない。今回は工房を賭けるという迷宮都市では破格の条件だから大会の開催自体は可能だろうが、それでも様々な手続きの必要がある」
なるほど、事情は理解できなくもない。公的なイベントを開催するならたしかに手続きは必要だろう。
「えーっと、もう少し早くなりませんか?」
ただ、そんなに時間が掛かると、今頃お城の牢屋で反省しているはずのドルゲムさんが現れそうで怖い。
スーパーな執事さんに流通や詰め所のことと同時にドルゲムさんのことも相談してきたから大丈夫だと思うが、あの熱意を思い返すといつ現れてもおかしくないと不安になってしまう。
「無理だな。大会の規模にもよるが、本来であれば何十日もかけて準備をするのが普通だ。そもそも、どのような大会になるのかすら決まっとらんではないか。場合によっては三十日でも無理な可能性はあるぞ」
マジか。下準備の必要性は想像していたが、鍛冶の技術を競うだけだからもう少し簡単だと思っていた。
「大会のルールについて、こちらから提案がある。希少金属の使用に制限を掛け、技量を競うルールにしてほしい。あっちにはバケモノが付いている。オリハルコンやアダマンタイトをふんだんに使われては、素材の時点で勝負にならんからな」
無視されていたゴルデンさんが憎々しげに俺を睨みながら会話に割り込んできた。
どうやら俺のことをバケモノだと言いたいらしい。バケモノは俺じゃなくて大精霊だと主張したい。
「どうする? 主催はギルドだとしても商品の提供はそちらだ。大会のルールにある程度の要望は出せるぞ?」
ある程度しか要望は出せないのか。
いや、商品の提供者の思いのままが可能なら、出来レースな大会が溢れることになりそうだから当然か。
「素材を手に入れるコネも実力の内だと思いますけどね。あと、なんで制限なんですか? どうせなら希少金属を使用しないルールにすればゴルデンさん達も安心でしょ?」
元々オリハルコンやアダマンタイトをふんだんに使う予定なんてないから構わないが、中途半端な制限を要求してくる理由が少し気になる。
「お前は馬鹿なのか? ここは迷宮都市なんだぞ。それなりの希少金属を扱えんと話にならんだろうが。俺が制限したいのは、お前みたいな理不尽な存在だけだ」
……ゴルデンさんに馬鹿だと言われたのはとてつもなく腹が立つが、言いたいことは理解できる。
理解はできるが……とっても悔しいです。
本日2/8日、comicブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の40話が公開されました。
裕太が珍しく目立っていますし2/25日正午まで無料公開中ですので、お楽しみいただけましたら幸いです。