五百六十話 勝ち確
城に仕える名門の精霊術師達の人数が気になると、いくつか質問を頂きました。
自分としては名門なのでそれほど人数も多くなく、それでも長い時間の間に少しずつ増えてきたといったイメージで、明確に人数を決めた訳ではなく10人から15人程度と、あやふやな感覚で書いていました。
そのあやふやな部分が、分かり辛い結果を招いてしまったの思います。申し訳ありませんでした。
お城に仕える名門の精霊術師達を、王様に頼まれて指導することになった。その結果、俺の思惑や精霊の思惑が混ざり合い、もしかしてこれって洗脳なんじゃ? と冷や汗を掻くレベルまで教育してしまった。今後の精霊術師の好感度は間違いなく上がると思うが、やり過ぎてしまったことは反省したい。洗脳は駄目だよね。
「裕太。メルの工房にあの三人が押し掛けてきたわよ。おまけもついているわね」
「えっ、もうきちゃったの?」
お城での講習を終え、やり過ぎてしまったことと、のんびりしているとまた問題が起きそうな気がしたのですぐさま王都を出発。
迷宮都市に到着してメルを工房に送り、俺達はいつも通りトルクさんの宿屋にチェックインした。
色々あって精神的に疲れたから少し休憩して翌日。つまり今日の昼過ぎから最終の打ち合わせをする予定だったのだが、朝一でメルの工房に押し掛けてきたらしい。
前回もメルが戻ってきてすぐに押し掛けてきていたし、三人で交代しながらメルの工房をチェックしているのだろう。
シルフィにメルの工房の見張りをお願いしておいて良かった。
できれば午前中はゆっくりしたかったが、来てしまったのであればしょうがない。こちらも行動を開始しよう。でもその前に……。
「シルフィ、おまけって何?」
ゴルデンさん達に新たなメンバーが加わったってこと?
アイドルグループならともかく、ムキムキで暑苦しいタイプの鍛冶師が増殖するのは勘弁してほしいぞ。
「鍛冶師ギルドのお偉いさんのようね。本人は乗り気じゃないようだけど、あの三人に引っ張られてきたらしいわ」
増殖ではなかったらしい。それは嬉しいがお偉いさん?
あの三人にギルドの偉い人を引っ張り出す力があったなんて意外でしかないが、権力者が出てきたなら少しメルが心配だな。
彼女はいざとなったら頑固で根性も据わるが、普段は普通……というよりも気弱な女の子だ。
当然、権力者にもビビる。
王様と会った時なんか酷い状態だった。
「メルはどうしてる?」
「お茶を出して鍛冶師ギルドの人間に申し訳なさそうにしているわ。どうやらメルも知っている相手のようね」
メルも知っている相手か。それなら無茶もしないだろうし少し安心だけど、早めに合流した方が良さそうだ。
トルクさんが醤油の新メニューを開発したって言っていたから楽しみにしていたんだが、今日の昼食はお預けだな。
ベル達やジーナ達は……おっさん達の醜い言い争いを見せたくないし、ベル達は定番のお散歩、ジーナ達は実家と師匠達のところに挨拶に行かせておくか。
***
「また来たのか。精霊術師だろうと鍛冶には無関係なんだ、でしゃばるな」
メルの工房に入り、ゴルデンと目が合ったとたんに文句を言われた。
また来たのかはこちらのセリフだ。せめて気を利かせてお昼が終わってから尋ねてこいと言いたい。
あと、強気なのは結構だけど、ビビっているのが丸分かりだから逆に情けなく見えるぞ。
「メル。大丈夫?」
面倒なおっさんに構っている暇はないから無視してメルに声をかける。
「あ、はい、大丈夫です」
シルフィが言ったように、申し訳なさそうにはしているが無理をしている様子はない。
不機嫌な表情でお茶を飲んでいる鍛冶師ギルドのお偉いさんとやらは、本当にメルの知り合いのようだ。
となると、ゴルデン達みたいに無視は駄目だな。
「初めまして。メルの精霊術の師匠をしています。裕太です」
「……鍛冶師ギルド迷宮支部、工房管理部門長のタブレだ」
不機嫌な様子は変わらないが、ちゃんと挨拶には挨拶で返してくれた。なんとなくではあるが、悪い人ではないように感じる。
この人もギルド職員であると同時に職人なのかな? 職人特有の愛想のなさを感じる。
それにしても工房管理部門か。
迷宮都市は工房を設置できる場所が明確に定められているらしいし、そういう部門があってもおかしくはないな。
そして、工房に関わることだからとゴルデンさん達に引っ張り出されて来たってところか。
俺達が迷宮都市に到着したのは昨日だし、昨日の今日で急遽引っ張り出されたから不機嫌なのかもしれない。
「よろしくお願いします。それでなのですが、部門長といったたいそうな立場のあなたの急な来訪。どういったご用件で?」
もしゴルデンさん達の味方をするというのなら、偉かろうが敵ということになる。悪い人ではなさそうだし、できれば敵にはなってほしくないがどうなんだ?
「迷宮都市の貴重な工房の一つが無駄になっていると前々から訴えられていた。職員が対応していたのだが、埒が明かんとそいつらが俺に直訴してきた」
ゴルデンさん達を顎で指すタブレさん。
ゴルデンさん達、メルに文句を言うだけじゃなくて鍛冶師ギルドにも手を回していたのか。
うっとうしいが、悪くない戦法だろう。
周到に準備してメルの工房を手に入れようとしていたが、俺が出張ってきたから焦ったのかもな。
それで少しでも対抗しようと、ギルドのお偉いさんを引っ張り出してきたってところか。
工房管理部門と言うくらいだし、工房に関する訴えは無下にもできない。
直訴されたとはいえ部門長自らが出てきたのは、おそらく俺が原因だろうな。それくらいのことをやらかした自覚はある。
でもまあ明確な敵ではないのは助かる。冒険者ギルドに続いて鍛冶師ギルドにまでやらかすことになったら、俺の世間体が非常に不味いことになるもんな。
「それで、タブレさんの判断はどうなんですか? メルに工房を手放せと?」
でも、メルに理不尽を強いるなら鍛冶師ギルドを敵に回す覚悟はあるから慎重に答えてほしい。
もともと俺の世間体はどん底近くをはいずっていたから、捨てることも辞さない。
最近ようやく回復してきたところだから残念ではあるが、それでも高い訳ではないから捨てる決断もしやすいよね。
……なんだか泣きそうになってきた。
「工房はその娘の所有物だ。鍛冶師ギルドとはいえ強制的に手放させる権限はない」
「タブレ部門長!」
タブレさんの言葉に焦った様子で口を挟むゴルデンさん。意思の疎通ができていなかったのだろうか?
「だが、迷宮都市の工房が貴重なのも事実だ。こやつらのように自分の工房が手に入れられず、力を発揮できぬ者も多い。工房を無駄にしているというのであれば、鍛冶師ギルドとしてもペナルティを科す必要はある」
ゴルデンさんの介入を手で押し止め、言葉を続けるタブレさん。
ペナルティの言葉に満面の笑みになるゴルデンさんだが、タブレさんは別にゴルデンさんの味方をしている訳ではないよな?
鍛冶師ギルドとして当然の対応を説明しているだけだ。
本来、個人の持ち物をどうしようと勝手だが、工房は迷宮都市で特殊な扱いだから本当にサボっているのならペナルティもあるよってことだ。
制限があるのだからこの辺は仕方がないだろう。
「では工房を無駄にしていなければ問題はない訳ですよね?」
「そうなるな」
ここで劣化版ダマスカスを見せて、後は王様が詰め所を作れば万事解決なのだが、それだと不満がくすぶり続けることになる。
タブレさんの言葉に笑顔を取り戻したゴルデンさん達以外にも、工房を手に入れたい鍛冶師は多い。
俺と王様の介入でメルが工房を維持したなんて誤解されると、不満に思う鍛冶師も出てくるだろう。
劣化版ダマスカスのことでさえ、裏で俺が手を回したと疑われかねない。
だから、どのようにしてメルの実力を世間に認めさせるのかを考えていたのだけど、鍛冶師ギルドのお偉いさんが出張ってきてくれたのは好都合だ。
この際、鍛冶師ギルド自体を巻き込んでやる。
ゴルデンさん、なんか勝ち誇っている様子だけど、メルの為に場を整えてくれただけだからね。
自分で自分の首を絞めているようなものなんだけど……メルがサボっていると信じ込んでいるゴルデンさん達では、想像することすらできないか。
ある意味、とても哀れだ。
「では、鍛冶師ギルドでメルの工房を賭けた大会を主催するのはどうでしょう?」
こういう鍛冶師の問題では、大会イベントがテンプレだよね。
どうやって大会を開くのかとか、開いたとしてもその運営や鍛冶師達への周知、その大会の正当性なんかがネックになっていたのだが、鍛冶師ギルドが出張ってきたのなら話は簡単だ。
それらのノウハウを持っている鍛冶師ギルドに主催してもらえばいい。
「くっくっく、そこまでして俺達に工房を譲りたくないか。だが残念だったな! 俺達は若手でもトップクラスの実力。大会を開けば俺達の中の誰かが優勝する可能性は高い!」
なぜか勝ち誇って優勝宣言をしてくるゴルデンさん達。何を言っているんだ?
……あぁ、なるほど、メルの工房は諦めたけど、自分達ではなくせめて他の職人に工房を譲ろうとしていると誤解した訳か。
でも、自分達の腕に自信があるから、優勝するのは俺達だ。無駄な抵抗だったなと勝ち誇っているんだな。
心配しなくてもそんなことまったく考えていないから、安心してくれていい。
「そんな……お師匠様……」
いや、メル。なんでメルが裏切られた! 的な顔をしているの? ちょ、ちょっと、メラルもメリルセリオも怒らないで。
シルフィ、助けて!
……シルフィがメラルとメリルセリオを落ち着かせてくれて助かった。危うく誤解で迷宮都市に大惨事が巻き起こるところだったよ。
まあそうなりそうになったらシルフィ達になんとかしてもらっただろうけど、心臓に悪いから可能性ですら遠慮したい。
「構わんのか? 別に大会など開かずとも、普通に工房の成果を示すだけで問題ないのだぞ?」
やはりタブレさんは悪い人ではないようで、大袈裟なことをしなくてもいい方法を教えてくれる。
「い、今更話を引っ込めるのはなしだからな!」
勝ち誇っていたゴルデンさんが、慌てた様子で口を挟んでくる。自分の大口が首を絞める結果になりそうで慌てているようだ。
でも、大会の中止とか微塵も考えていないから心配しなくてもいい。
だって大会とは名ばかりの、メルの実力を迷宮都市の鍛冶師達に見せつけるためのただのイベントなんだもん。止める理由がない。
だいたいメルは劣化版とはいえ国に認められるダマスカスを造れるんだよ? 負ける訳ないじゃん。
これ以上の成果を出せるのであれば、新規の鍛冶師が参入し辛い迷宮都市でもくすぶるなんてありえない。
つまり、メルの勝利は確定。ただの出来レースだ。
ゴルデンさん、メルの実力を示すお手伝いをしてくれて本当にありがとう。
細工は流々、仕上げを御覧じろ……と言いたいところだけど、その前に裏切られたとショックを受けているメルに説明しないといけないな。
劣化版とはいえダマスカスを造れるのに、なんでメルは自分の優勝を確信できないのかな?
メルの気の弱さに、少し頭が痛くなってきた。
読んでくださってありがとうございます。