五百五十九話 やり過ぎた
メルへの弟子入りを猛烈に志願するドルゲムさんに対し、俺は理詰めの説得をおこなったがあえなく失敗。しょうがないので王様にお願いして権力で場をおさめた。そしてその翌日、王様との約束通りお城に仕える精霊術師に対する講習を開いた。
「えー、まずは……えー、精霊の力を体験してもらいます。皆さんは精霊術師の名門の出ということなので精霊の力を理解しているとは思いますが、お付き合いをお願いします。気絶すると今回の講習を受けるのはまだ早いということなので頑張ってください」
「「「はい! よろしくお願いいたします!」」」
名門の皆さんから、滅茶苦茶礼儀正しくて元気な返事が返ってくる。
まずは名門の出のプライドを圧し折ってから講習開始だと思っていたから、こうもスムーズに事が運ぶと逆に戸惑う。
まさか大精霊達の存在感だけで名門のプライドが圧し折れるとは予想外だ。
緊張と恐怖でガチガチになっている精霊術師と比べて、精霊達は穏やかなものだ。シルフィ達と挨拶をしたり、ベル達が突撃して構ってもらったりしていてとてもほのぼのとしている。
どうせならあちらに混ざりたい。
「へー、城に仕える凄い精霊術師達があんなにやる気なんて、師匠はやっぱり凄いんだな」
ジーナが感心したように呟く。
講習が終わればそのまま出発するからジーナ達はもちろんメル達も一緒に、講習のお手伝いということで連れてきている。
そんな弟子達からなんだか尊敬の視線が向けられているのも微妙に居心地が悪い。
ジーナ達も楽園で大精霊達と一緒に生活して慣れ切っているから、シルフィ達の存在感で精霊術師達が委縮していることに思い至っていないようだ。
思い至った時に、あぁそういうことかと尊敬の視線が消えるのがありありと想像できる。たぶん、凄く切ない気持ちになるんだろうな。
……まあいいか。とりあえず、サクサク進めてさっさと講習を終わらせてしまおう。
でもその前に。
「執事さん、案内ありがとうございました。ここからはこちらで進めますので、お仕事に戻ってください」
なんかしれっと隣で立っているスーパーな執事さんにお帰り願おう。この人が一緒に居ると、色々と落ち着かない。
「裕太様をおもてなしするのが今日の私の仕事ですので、お気になさらないでください」
この場から離れるつもりはないようだ。スーパーな執事さんのことだから、俺の内心も理解しているのだろう。
理解したうえで、情報収集の為に残っている。駄目だと言えば出ていってくれるだろうが、他の手段で情報を得ようとするに決まっている。お城だし、そんな仕掛けが沢山あってもおかしくない。
そこら辺はシルフィが防いでくれるだろうが、目が届かない場所に居られるのも微妙に不安だな。
でも、間近で見られるのも嫌だ。
「では申し訳ありませんが、あちらの壁際で待機していていただけますか? 色々と秘匿すべき技術があるので、技術が漏れてしまうと困るんです」
有能な人に回りくどいお願いや下手な嘘は上手に切り返されて逆効果になるので、真正面から正直にお願いする。
「……そういうことでしたらお傍に居るのは御迷惑ですね。ではあちらで待機しておりますので、何かありましたらお呼びください」
「はい、その時はお願いします」
やはり正直に告げたのが良かったのか、執事さんが素直に壁際に移動してくれる。
ふいー。なんかまだ始まってすらいないのに疲れた。
「ではそろそろ始めます。気をしっかり持って耐えてください」
気持ちを切り替え身振り手振りを加えながら詠唱をしているふりを始めると、訓練場にシルフィ達の力が解放された。
阿鼻叫喚な時間の始まりだ。
「……あれ? なんで気絶した人達を復活させているの? 不合格ってことじゃないの?」
シルフィ達の目から見て不合格な精霊術師が振るい落とされるはずなのだが、今のところ全員が意識を保っている。
というか意識を失った精霊術師もシルフィ達に復活させられ、無理矢理意識を保たされている。
どういうことだ?
「ここにいる精霊術師は基本的に全員合格だから、気絶しても起こしているのよ」
「え? 全員合格? なんで?」
俺の疑問にシルフィが答えてくれるが、増々意味が分からなくなる。プライドが高い名門の出なら普通に不合格者が沢山出そうだよな?
「なんでって、ここにいる精霊術師は長年精霊に認められてきた一族の者達なのよ。合格するに決まっているじゃない。不合格ならそもそも契約できていないわよ」
ん? どういうこと? ……いや、ああそういうことか。
精霊に認められずに契約できなければ没落決定だし、名門の家としてもしっかり教育をしているのだろう。
そのうえで代々その一族と契約している精霊が、その教育された一族の中から契約してもいい相手を選ぶのなら、この場で不合格になるような人は居ないだろう。
ここで不合格になるくらいなら、その前に精霊が見捨てて別の一族の人と契約するか没落して家が潰れているはずだ。
「……じゃあ選抜なんて必要なかったんじゃ?」
恐怖で失神したり、漏らしたり、混乱して泣きさけんだりしちゃっているよ?
というよりか、冒険者ギルドでの選抜よりも酷い気がする。なんて言えばいいのか……そう念入り、念入りに恐怖を叩きこまれている感じだ。
怪我はヴィータが完璧に治してはいるが、必要もないのにこの状況はさすがに酷すぎる。
「まあ選抜という意味では必要ないのだけど、あの子達に頼まれたのよ。名門ということで調子に乗っているから謙虚な気持ちを思い出させてほしいって」
シルフィの視線の先には、自分の契約者達の混乱を見守っている精霊達がいた。
心配そうに見守る精霊や、もっと激しくと煽る精霊。様々な感情が浮かんでいるが、総じて今の状況を受け入れているようだ。
つまり合格は合格なのだけど補欠合格、ちょっと調子に乗っているから懲らしめちゃってってことだな。
向こうはほのぼのしているなーとか思っていたが、全然ほのぼのしていなかったようだ。
それを踏まえて阿鼻叫喚の現場を見ると、今まで気がつかなかったことも見えてくる。
念入りにやられているのはあそこに居る精霊達の契約者で、あそこに居ない精霊の契約者はそれほど酷い目に遭っていない。
バロッタさんも多少驚いてはいるが、ほとんど影響を受けていないようにみえる。
あの人は真っ当な苦労人だし、土の中級精霊もプライドを圧し折る必要がなかったのだろう。
「えー、全員合格ですね。おめでとうございます」
阿鼻叫喚の時間が終わった。
困惑してはいるがほとんどダメージを受けていない精霊術師と、恐怖と苦痛でボロボロの精霊術師。
綺麗に二パターンに分かれてはいるが、全員意識はあるので合格なのは間違いない。
「し、質問があります」
俺の言葉の後にボロボロな男の精霊術師が手を上げた。
衣装がかなりボロボロだし念入りに選抜された精霊術師のようだ。怪我が治っているにしても、今の状況で質問してくるなんてなかなかの根性だな。
「明らかに不公平があったように思うのですが、どういうことでしょう?」
うん、不公平はあきらかだよね。まったくなんの被害にもあっていない人と、衣服がズタボロになるまで念入りにいたぶられた人。
これで公平だなんて思える訳がない。
質問してきた男性も理不尽な状況に思うところがあるのか、丁寧な言葉遣いをしながらも怒りを隠しきれていない様子だ。
さて、どう説明するべきか。
あなた達の契約精霊から念入りにプライドを圧し折るように頼まれた、とは言えないが、どうせなら反省を促す言葉を付け加えておくのも良いかもしれない。
仮にも一流の精霊術師なのだし、この人達の人当たりが良くなれば世間の精霊術師の評判も少しは良くなるだろう。
ついでにこの人達にも一般の精霊術師を指導させるのもありか?
名門だから精霊に命令を勘違いさせないノウハウを持っているだろうし、この人達が一般の精霊術師を少しでも真っ当にしてくれたら、それだけ精霊術師の評判も上がる。
うん、悪くない。こうなったら講習にかこつけてもっと徹底的にプライドをぶち壊して、色々とお願いを聞いてもらいやすくできないか挑戦してみよう。
上手くいったら儲けものだ。
***
結論から言うと、上手くいった。
いや、この場合は上手くいきすぎたと言うべきだろうか?
上手くいってから気がついたのだが、徹底的にプライドを圧し折って、そこからの自分に都合の良いように再教育って……洗脳ってことになるんじゃなかろうか?
えっ? 俺、洗脳しちゃった?
えーっと、まず説明として傲慢な者に攻撃が激しくなるように術を発動したって説明したんだよな。
少し反論はあったが、心当たりがあるだろうと重ねて問えば沈黙した。まあ契約精霊から教えてもらっているんだから心当たりがない訳ない。
それで傲慢な心は精霊術師を弱くするって説明して反省を促した。精霊に嫌われたら最悪契約を切られるんだから間違っていない。
ここまではセーフだな。
それで、本当なら冒険者ギルドと同じ講習をしてお茶を濁すつもりだったが予定を変更。
一流の精霊術師なあなた達にはそれに見合った講習を行いますということにして、シルフィ達にお願いして徹底的に講習生にプレッシャーをかけまくった。
同時に講習生が訓練で発動させた術と同じ術を、規模を圧倒的に大きくして再現。実力の差を再認識させると同時に更にプライドを圧し折る。
そのうえでジーナ達にも協力を頼み、術の規模はともかく繊細さと正確性で名門の精霊術師達よりも上なのを見せつける。
ジーナはともかく、キッカみたいな幼女にすら正確性に劣る事実が判明した名門の精霊術師達が涙目になる。
ここら辺から少し微妙な気がしてきた。
そして駄目出しの連続。
名門とはいえ精霊の姿が見える訳でも声が聞こえる訳でもない。
長年の経験を基にあやふやな状態から少しずつ積み重ねてきた名門の知識だから、直接精霊とコミュニケーションが取れる俺からすればツッコミどころは沢山ある。
細かい駄目出しを積み重ね、圧し折れた名門のプライドをさらに細かく粉砕。
この辺りでバロッタさんを含め、お城に仕える一流の精霊術師達の表情は絶望に染まっていた。
今考えるとこの辺りでグレーゾーンに突入した気がする。
名門精霊術師達のプライドを粉砕した後は、俺が精霊術師、シルフィ達が精霊を担当してツッコミどころが沢山ある知識の再構築。
秘密にする技術を除いても、精霊術師とその契約精霊の橋渡しができるのだから効率は抜群。
瞬く間に伸びていく名門精霊術師達の実力。
喜びに満ち溢れる名門精霊術師達。
結果……。
「教えることによって学ぶこともあります。分かりますよね?」
「「「はい!」」」
「あなた達が精いっぱい王様に仕えるのは当然ですが、足元を疎かにしてもいけません」
「「「はい!」」」
「これからは時間に余裕がある時に冒険者ギルドに顔を出し、手間を惜しまずに下の者達を鍛えてあげてください。それが精霊術師全体の底上げになり、いずれはあなた達の力になるはずです」
「「「はい! 先生のおっしゃる通りにいたします!」」」
……結果、最初の頃の恐怖での支配とは違う、絶大な信頼を手に入れた。
今なら三遍回ってワンと言わせることすら可能な気がする。
うん、アウトだな。本物の洗脳がどういった物かは詳しく知らないが、それに近い状態になっている気がする。
……まああれだ、しょせん素人の教育だし時間が経てば熱も冷めるはずだ。
野良の精霊術師の教育もやってくれそうだし、精霊術師達の実力も伸びた。俺にとっても国にとっても喜ばしい結果。だからなんの問題もない。
スーパーな執事さんの顔が引きつっているように見えるのも気のせいだ。あのスーパーな執事さんが無様な表情を晒すなんてありえない。
……とりあえず、さっさと王都から脱出して迷宮都市に向かうことにしよう。
しばらくは王都に近づかない方がいいな……。
読んでくださってありがとうございます。




