五百五十八話 秘儀
王様との劣化版ダマスカスの交渉。最初にベリル王国でのおいたや、メルのフリーズ、途中での罠発動一歩手前など、ひやりとする場面があったが、割と良い感じにまとめられたと思う。メルにすがりついて弟子入りを志願する目の前のドワーフを除いて……。
「えっ、ちょっと、あの、離してください!」
おっと、いきなりの展開についていけずに思わず見入ってしまったが、さすがに止めないと不味い。
メルの精神が限界突破してしまうし、なにより髭面のおっさんドワーフが少女にしか見えないメルにすがりつく絵面がすこぶる危険だ。
とはいえ乱暴に引きはがしても大丈夫なのか? 鍛冶師長って言っていたし、一応お偉いさんだよな?
まあいいか。駄目だったら逃げ出そう。
「ぐわっ!」
ゴツンという鈍く大きな音が響き渡り、ドルゲムさんがうめき声を上げながら倒れる。
その背後には、俺を案内してくれた執事さんが優雅な笑顔のままでこぶしを握り締めて立っていた。
俺が介入する前に執事さんが動いてくれたようだ。とても助かる。
それにしても、鈍いけどすさまじく痛そうな音だったな。
背は低いがガチムチのマッチョなドワーフであるドルゲムさんが、頭を押さえて転げまわっているところを見るに、相当な威力の拳骨であったことは疑いようがない。
やはりあの執事さん、優雅で戦いの雰囲気なんてまるで感じさせないが、ただの執事さんじゃないな。スーパー執事さんだ。間違いない。
「ドルゲム、あなたの鍛冶に対する熱意は知っていますが、陛下のお客人に対して無礼が過ぎます。後で覚悟しておきなさい」
執事さん、改めスーパー執事さんがドルゲムさんに丁寧な口調で注意をするが、痛みで転げまわっているから多分聞こえていないと思う。
あっこら、ベル、レイン、ドルゲムさんは遊んでいるんじゃないんだから真似して一緒に転がったら駄目だよ。
はしたないから、うぉぉぉなんて言っちゃダメ。
「裕太様、メル様、数々のご無礼、申し訳ありません」
「あ、は、はい、いえ、大丈夫です。気にしていません」
そんなことよりもベル達の行動の方が気になる。
「ひゃう、わわわ私も、だだだ大丈夫れす」
メルは俺と違ってスーパー執事さんに突然深々と頭を下げられて、慌てているようだ。スーパー執事さんのオーラがハンパないからしょうがないが、メル、噛み過ぎて全然大丈夫に聞こえないよ。
「罰は受ける。だが、このチャンスは逃せんのじゃ。頼む、弟子にしてくれ!」
転がり回っていたドルゲムさんが復活し、懲りずに弟子入りを志願してきた。
さすがドワーフ。回復力も並ではないらしい。いや、なんか若干震えているし、顔も辛そうだ。
痛みをこらえてやせ我慢しているだけのようだ。
「わ、私はまだまだ未熟者で、弟子を取るなんて余裕はありません。それに私よりも断然腕が上な鍛冶師長を弟子になんてありえません!」
再びジリジリ距離を詰めてくるドルゲムさんに、メルが悲鳴のような声で答える。
「たのむ、師匠!」
「師匠じゃありません!」
色々とテンパっていたメルだが、ドルゲムさんの迫力に押されて逆に根性が据わったらしく、必死で抵抗を始めた。
こうなるとメルは強いから、たぶん自力でドルゲムさんの弟子入りは断れるだろう。だけど間違いなく時間はかかる。
執事さんがこぶしを握り締めるのが見えた。まずい、また拳骨をくらったドルゲムさんが転がると、ベル達が一緒に楽しんでしまう。
さっさと介入して終わらせるか。
「あー、ドルゲムさん」
「なんじゃ?」
メルとドルゲムさんの間に割り込みドルゲムさんに話しかける。一応、俺のことを認識して話を聞こうとするあたり最初の暴走のような状態からは抜け出せているようだな。
偶に眉をしかめているし、執事さんの拳骨のダメージが暴走を抑制しているのかもしれない。
「そもそもあなたは精霊術師としての才能があるんですか?」
ベル達の遊びにも気がついていないようだったし、シルフィ達の存在にもまったくビビっていないところを見ると精霊術師としての才能はなさそうなんだが……。
「そんなものない!」
だろうね。でも威張って言うようなことではないよね。
「じゃあメルに弟子入りしても無駄ですよ。メルの劣化版ダマスカスの製法には精霊術が密接に関わってきます。精霊術師の才能がないドルゲムさんでは習得できませんし、秘伝を教えるつもりもありません」
どうだ、この完璧な理論。反論のしようもないだろう。
「精霊術なんぞ分からんから秘伝なんぞ要らん。他は腕でなんとかする!」
……俺の完璧な理論が力業で跳ね返された。
シルフィ、笑わないで。
しょうがない。向こうが力業で来ると言うのなら、こちらも力業で対抗するまでだ。
力なんて、より大きな力の前では押しつぶされるだけだということを教えてやる。
「王様、止めてくれませんか? メルにこれ以上迷惑が掛かるようだと俺としても精霊術師に講義をするのも躊躇われますし、この国にも居づらくなります」
秘儀、自分で駄目なら権力にすがろう。
なんか急展開についていけず、ただボーっと見ていた王様に声をかける。
いいの? 迷宮の翼やマッスルスターが五十層を超えたとはいえ、まだまだ素材は足りていないし、たどり着けていない場所の素材は俺が卸す以外は手に入らないんだよ?
王様が止めないと、俺、出ていっちゃうよ? ということだ。
俺の言葉で正気に戻る王様。
もしかして不測の事態に弱いタイプなのかもしれな……いや、王様の前でこんな醜態を晒すなんて普通ありえないし、戸惑っても仕方がないのか。
ほとんど王様を無視して話が進んじゃっているもんね。普通じゃありえない。
「う、うむ。そうじゃな。これ以上余の客人に迷惑を掛ける訳にはいかんな。連れて行け」
王様が指示を出すと騎士が動きだし、ドルゲムさんを引きずって部屋から出ていった。
ドルゲムさん、あとでしこたま説教されるだろうな。それにかなり重めの罰を受けると思う。
ただまあ王宮の鍛冶師長という地位にあり、精霊術師の秘儀を腕でなんとかするというくらいだから凄腕鍛冶師なのは間違いない。
王様も二度と鍛冶ができないといった罰を与えることはなさそうだし、しっかり反省して鍛冶を頑張ってほしい。俺達に関わらないところで……。
……無理だな。なんかすぐにまた来そうな気がする。
こうなったら早めに撤退するのが吉だ。
「王様。俺達は迷宮都市に早めに戻りたいので、精霊術師の講習はこの後におこないます。できるだけ精霊術師を集めておいてください」
本来ならバロッタさんと打ち合わせをして講習を開くはずだったが、こうなった原因はそちらにあるのだから飲み込んでもらいたい。
「う、うむ。いや、しばらくあ奴は牢で反省させるつもりじゃから、そう急がんでも構わんのではないか?」
ドルゲムさん、牢屋に直行したのか。そんな指示を出したように聞こえなかったが、なにか符丁でもあるのか?
まあ、王様なんだし色々と秘密の合図があるのも当然か。
牢屋に入っているならしばらくは余裕がありそうだけど、ドルゲムさんは凄まじくバイタリティがありそうだし迷宮都市にもやってきそうだ。
その辺は王様に釘を刺してもらうにしても、なんやかんやで突撃してきそうなのが怖い。
そして、そのタイミングが迷宮都市の鍛冶師と決着をつけているタイミングだったりしたら面倒この上ないよな。
ドルゲムさんの王宮の鍛冶師長としての権力で、ゴルデンさん達を黙らせることも可能かもしれない。
でもメルがゴルデンさん達をぐうの音も出ないほど叩きのめした方が、今後の為には絶対いいから却下だ。
メルには俺と違って真っ当に成長してもらいたい。
「……分かりました。では、明日の午後までは待ちます。それでなんとかしてください」
牢に入っているのならこの後すぐというのは急ぎすぎる気もするし、少し譲歩して明日の午後ということにしよう。
「む、精霊術師を集めるのにも時間が掛かる。もう少しなんとかならんか?」
「なりません」
ここは強気で押していく。
弱みを見せたのは王様の陣営だし、こちらとしては講習をしなくても構わないんだ。
「むぅ……しかたがないか」
強気な態度が功を奏したのか、ドルゲムさんの醜態で譲歩したのかは分からないが、なんとかなった。
明日、講義を終えたら出発したいし、この後はベル達と屋台巡りだな。ジーナ達を連れて王都観光としゃれこもう。
***
「整列! 今日はよろしくお願いします!」
なんだこの状況……。
昨日、王様達との交渉は無事……とは言えないかもしれないが問題なく終わった。
急に翌日の午後までに精霊術師を集めることになって顔を蒼ざめさせているバロッタさんには申し訳ないが、軽い打ち合わせの後はすべてを押し付けて宿に戻り、みんなで王都にくりだした。
目新しい物は発見できなかったが、楽しい時間だった。
そして翌日の約束の時間。
再びスーパーな執事さんが迎えに来てくれたので、その馬車に乗り込みお城の訓練場に到着。
なぜか様々な精霊を連れた精霊術師達が、ビシッと整列し野良の精霊術師である俺に深々と頭を下げている。
急に集められることになったし、精霊術師の名門の出が多数ということでプライドが高い人も多いと聞いていたから、この状況は予想外だ。
「えーっと、よろしくお願いします? ……バロッタさん、少しいいですか?」
「なんか聞いていた話と違うんですけど、王様が釘を刺してくれたりしましたか?」
バロッタさんを訓練場の隅まで引っ張っていき、違和感バリバリの現状について質問する。
「……陛下が裕太殿に失礼がないようにと命令されたのは間違いありません。我々も陛下のお言葉を違える訳にはまいりませんから、裕太殿に失礼を働こうなどという考えの者はおりません。ええおりませんとも。実力を示して鼻っ柱を叩き折ってやろうなどと大言壮語していた者達など居るわけありません!」
なんかバロッタさんがテンパっている。
「ふふ、あそこで畏まっている奴等の半分くらいはね、ブチブチ文句を言っていたわ。名門であり王に仕える我らに精霊術を教えるなど片腹痛い。陛下の命があるゆえ直接叩き潰すことはできんが、さっさと実力の差を弁えさせて叩きだすぞってね」
シルフィが教えてくれた内容が、俺がイメージしていた名門とピッタリ一致した。むしろ、そんな人間が半分程度な方が驚きだ。
「それが裕太が乗る馬車が近づくにつれて……ぷくく、大慌てよ」
シルフィがとっても楽しそうだ。
うん? あぁなるほど、名門の精霊術師達の態度の原因が目線を追って一瞬で理解できた。
講習ということで俺が契約している大精霊全員に一緒に来てもらっている。
俺は気配に疎いからすぐに忘れてしまうが、大精霊の気配は尋常ではないらしい。そんな大精霊が六人、徐々に城に近づいてくる。
名門だけあって感覚も鋭いのだろう。
冒険者ギルドが集めた野良の精霊術師達とは違い、大精霊達と自分達の契約精霊との実力の差をハッキリと認識。
あれ? これ、ヤバくね? と思い至り、今の態度になったという訳か。
大言壮語していなかった残りの半分は、真面目な人達か、シルフィ達の実力をあらかじめ知っていたんだろうな。
バロッタさんがその辺を放置しておくとは思えない。大言壮語していた人達は、招集が急すぎて上手く情報が行き渡らなかった人達か。
ちょっと予想外だったが、力の差を分からせる手順は必要なくなった。
まあそれでも冒険者ギルドと同じく大精霊達の選抜は受けてもらうが、講習は楽に進みそうなのはありがたい。
さっくり講習を終えて、ゴルデンさん達と決着をつけに行こう。
読んでくださってありがとうございます。