五百五十七話 劣化版ダマスカスの交渉
落とし穴を設置している側の王様がとのご意見をいくつか頂きました。王様は主人公に自分達の罠が知られていないと思っていますので、そのあたりを加味して頂けましたら幸いです。
それと王様側が偉そうや、上から目線が気になるようなご意見も頂いております。
こちらは私の実力不足で、王様はメンツを保ちながらも気を使っている風に書いたつもりでした。力及ばずで申し訳ないです。
なんか濃いキャラのドワーフに場の空気をハチャメチャにされ、落とし穴発動の一歩手前まで行ってしまったが、なんとか場の空気も元に戻りようやく本格的な交渉が始まることになった。すでに疲れて帰りたい気分だけど、メルの為にもなんとか両者ともに納得できる落としどころを見つけたい。
「やはり無理か」
精霊術師の秘伝についてどう返答しようかと考えていると、王様の方から諦めてくれた。
本来であれば国に莫大な恩恵をもたらす可能性がある秘伝。
まあ、単純に言えば精霊と仲良くしましょうということでしかないのだが……王様の立場なら無理矢理にでも入手したい情報なはずだ。
それを素直にあきらめるということは、ガッリ侯爵の事件や大精霊の存在が良い方向に働いてくれているのかもしれない。
半分脅しのような気もするが、力もコネもないのに分不相応な物を持っていたら奪われるのが世の理。
ましてや日本と違い建前よりも力が物を言うファンタジーな世界。王様だって俺が弱ければ拷問でも何でもして情報を抜き出そうとしただろう。
そう考えると大精霊を全員召喚して脅したほうが面倒がなくていい気がしてくるが、悪くない関係を築けているのだからわざわざぶち壊す必要もない。
だいたいそんなことをするくらいなら、ゴルデンさん達三人をガッリ親子のように遠くに捨ててきた方が簡単だ。
大切なのはメルが精霊術師としても鍛冶師としても周囲から認められ、理不尽な目に遭わないようにすること。
これを忘れたら駄目だ。
「お気遣い感謝いたします」
「うむ。だが、その方が冒険者ギルドでおこなったという講義にはこちらも興味がある。無論情報は集めておるが、その方がやったようには上手くいかんらしい。その講義は頼めるか?」
あれだけ大々的にやったのだから国に情報が行くのも当然だな。
そして上手くいかないのも当然だ。
だって俺の教えは表面を取り繕っただけで、大切なことは俺の契約精霊達が精霊に直接教えている。そこを抜かして上手くいくわけがない。
「同じ講義で構わないのでしたら、ご協力させていただきます」
国に仕える精霊術師達に興味もあるし、やることが同じで構わないのであれば手間も少なくて済む。
面倒と思わなくもないが、簡単に王様に恩が売れるのであれば売るべきだろう。
「うむ、感謝する。のちほどバロッタと話し合ってくれ」
「はい」
俺への警戒と罠発動の権限、そしてディーネ達の無意識な圧力でのストレスがマックスなバロッタさんに更なる苦労を掛けるのはしのびないが、王様のお願いだからしょうがないよね。
バロッタさんの緊張した顔が引きつったように見えたが、たぶん気のせいだ。
「さて、話が逸れてしまったが、その方の目的はそこの娘の後ろ盾で間違いないのだな? 城で雇っても構わんぞ? 優遇を約束しよう」
「いえ、メルは先祖代々受け継いできた工房を守ることに心血を注いでいます。ありがたいお話ですが……」
城で認められるというのは職人にとって名誉なことだろう。
身も守られるだろうし、この選択を受け入れられるなら全部解決で簡単なのだけど、工房を継ぐために死ぬほど努力をしてそして絶望したメル。
そのメルがようやくメラルと契約できて工房を継ぐことができたんだ。名誉だろうが安全だろうが、工房を手放す選択を選ぶはずがない。
城にはメルの望みは何一つないということだな。
ついでにメルの魂が現在ここにあるのかも疑問だ。メルのことを話しているんだから、そろそろ戻ってこないかな?
……メルの気弱な部分がモロに出ちゃっているみたいだからしばらくは難しそうだ。ヴィータを召喚するか迷うレベルでうつろな顔をしている。
まあメルは気弱だけど根性は人一倍だし、気持ちの整理がつけば戻ってくるだろう。
「そうか。ではどういった後ろ盾を望むのだ? 爵位か? ……いや、それはないな」
爵位と言った後にメルを見た王様が、前言を撤回した。うん、どう見てもメルが爵位を望むようには見えないよね。
もしそう見えたのなら節穴過ぎてこの国の将来が心配になるレベルだ。
「いえ、お願いしたいことはメルがこの金属を再現したことの認定と、メルの工房の近くに騎士隊か警備隊の詰め所の設置。そしてメルの工房を気にかけてもらいたいです。具体的に言うと、勧誘等の排除ですね」
メラルとメリルセリオが居るから、肉体的な危険はそれほどない。
精神的な危険を騎士か警備兵が排除してくれればそれで十分。迷宮都市が壊滅するようなことにはならないだろう。
日本で例えるなら近くに交番を立てて優遇して守ってねということだから、かなり無茶なお願いになるが、ここは日本ではなく王様が居るファンタジーな世界だ。
王様が頷けば無茶も通る。
問題の根本にある制限されている工房が建てられる場所を広げてもらうことも考えたが、俺がそこまでする義理はないよな。
もしスペースが広がってあの三人が工房をゲットしたらそれはそれで気分が悪い。自分の器の小ささに少し悲しくなるが、メルに迷惑を掛けるような奴等は苦労すれば良いと思う。
まあ、もうすぐメルがぐうの音も出ない実力を見せつけて黙らせる予定だから、あの三人のプライドはズタボロになるはずだ。ちょっと楽しみ。
「ふむ、不可能ではないが出費が増えるのも事実。国のメリットはどうなる? その娘やその方がこの国に好意的であるというのもメリットではあるが、できれば具体的な形が欲しいところだな。それと再現とはどういうことだ? そこの娘が製法を確立したのではないのか?」
俺達の好意がメリット? そこは考えていなかったが、たしかにそうかもしれない。
この国を守るなんてたいそうな考えはないが、迷宮都市に関してはお世話になった人も居るから守れるなら守るだろう。
王様には分からないだろうが、迷宮都市という高価値な都市がシルフィ達によって守護されるということになる。
それって凄いことだな。
俺達が滞在していないとどうなるか分からないが、滞在している間なら魔物の氾濫でも天変地異でもどうにかなるレベルの安全性だ。
まあ、あやふやで証明も面倒だから、それは提示する国に対するメリットにはならない。だが、それはちゃんと考えてきてある。
そして再現という言葉。やっぱり引っかかったか。
再現という言葉は現実とメルの気持ちの問題、その両方を考慮して考えた落としどころだ。
メルはノモスから教えてもらった知識を自分の手柄だと発表するのが嫌で、だからといって土の大精霊から教えてもらいましたなんて馬鹿正直に言えない。
「今回の劣化版ダマスカスの製法は、とある知識を基に研究し再現したものです。メルが一から造りだした訳ではないので、再現ということになります」
だから世間的にはそういうことにした。
まあ再現という言葉も、ほぼすべてを指導されたメルは難色を示したが、そうしないと説明が面倒だと説得して折れてもらった。
「そのとある知識とやら……も秘密のようだな」
俺がニコリとほほ笑むと、返事をする前に王様が理解してくれた。話が早くて助かる。
ちょっと壁際の騎士さんあたりが不満そうだが、直接関わってこなければ問題ない。
「ご理解いただけて助かります。こちらから提示できるメリットですが、お願いを聞いてくださるのであれば、この劣化版ダマスカスのインゴットを定期的に、約三十日に十本のペースで、国に納めさせていただきます」
一本のインゴットで剣が作れるほどの量はないが、十本あればそれなりの武器や防具を作ることができる。
価値に関しても、メルやジーナ、シルフィやノモスを交えて話し合ったから、むやみに劣化版ダマスカスの価値を落とすこともないはずだし、月に十本なら時間を掛ければある程度の立場の人間なら装備が揃えられることになるだろう。
価値的には国がかなり有利に働くように設定したつもりだ。おそらく半分でも十分だったと思う。
希少金属には及ばないとはいえ、かなり質が高い金属。
国側も警備場所の設置や人件費でお金が掛かるにしても、希少価値がある金属を定期的に手に入れられるメリットには及ばない。
ならばなぜ大盤振る舞いをするのかというと……簡単に言えば賄賂だ。
俺だけなら賄賂なんて必要ないのだが、迷宮都市に根を張るメルや、そしてその子孫のことを考えると国にある程度利益供与しておいた方が良いと考えた。
「……ふむ。十分だな。この金属の生産量はどれほどなのだ? 十本以外にも購入できるなら購入したい」
やっぱり追加の話になったか。でも購入という手段を選んでくれたのは助かる。最悪、足らないと言われることも考えていたから悪くない流れだ。
「そうですね、デリケートな金属ですので大量生産は難しいのですが、少しは販売できると思います。ただ、メルにも付き合いや作りたい武器もありますので、強制的に買い占めるようなことはご遠慮願いたいです」
デリケートなのは嘘じゃないが、実は劣化版ダマスカスをメルが造る場合は多少余裕がある。
一流の魔術師がこの劣化版ダマスカスを造る場合はかなり大変な作業だし、おそらく失敗もするだろう。メルだって簡単に造れるとは言えない。
だがメルが鍛冶をする場合に限り、ある程度楽になる絡繰りがある。
それは火や土の専門家であるメラルとメリルセリオが、劣化版ダマスカスを造る工程をマスターしていることだ。
中級精霊や浮遊精霊といえども自分の属性に関する技術はかなり高い。そんなメラルやメリルセリオが製造方法を覚えると、火加減や金属の微妙な扱いで失敗することはない。
あとはメルが自分が必要な工程をしっかりと熟すだけで、劣化版ダマスカスは完成する。
まあ、それでも大変は大変らしいのだが、自力ですべてをコントロールするのと比べると圧倒的に楽になるらしい。
楽園で精霊とコミュニケーションをしっかり取れる俺達だからできる鍛冶といっていいかもしれない。
メル、メラル、メリルセリオが協力して頑張れば月に百本程度ならさほど無理なく造ることができる。
ただ、そうするとメルは劣化版ダマスカスの製造にかかりきりになってしまうから、上限を月にインゴット二十本に制限して余った物はメルが自由に差配できるようにした。
自分で利用しても良いし国に買い取ってもらうのも良い。知り合いの鍛冶師に分けて恩を売るのも良いのだから、若い女性ということで弱かったメルの立場もかなり強化されることになるだろう。
それに伴う面倒事は、近くにできる詰所の騎士か警備兵にお任せだ。俺にしては悪くない計画だと思う。
「ふむ、大量生産が難しく、他国に量が流れぬのであれば問題はないな。余った物は全て国が買い取るゆえ、その娘にも説明しておいてくれ」
「分かりました」
なんとか波乱もなく無事に交渉が終わった。
結局メルが交渉の間に正気に戻ることはなかったが、師匠としての役割は果たすことができただろう。
バロッタさんとの話し合いもあるが、今日はそろそろお暇してのんびりしよう。
「儂を弟子にしてくれ!」
「きゃっ!」
……メルの足元ですがりつくように弟子入りを願う鍛冶師長と、その突然の行為に驚いて正気に戻ったメル。
なんだこの状況。せっかく波乱もなく終わったのに、妙なところから波乱が押しかけてきてしまった。
まあ精霊術師の才能がないとどうしようもないし、あっても国に深く関わる人物に教えるつもりも楽園に招くつもりもないから無駄だけどね。
ただ……断るのに凄く苦労しそうな予感が…………。
本日1/11日正午、comicブースト様にて、コミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第39話が更新されました。
20221/18正午まで無料公開中ですので、お楽しみいただけましたら幸いです。
裕太がヘタレながらも少し頑張っています。
読んでくださってありがとうございます。