五百五十六話 空気を読む大切さ
新年明けましておめでとうございます
今年も更新を続けますのでどうぞよろしくお願い申し上げます
たむたむ
お城に向かう当日、執事さんが豪華な馬車で迎えに来てくれた。その豪華な馬車の中では遠まわしにベリル王国でのお痛を注意され高位の身分保証書をもらい、城に到着して王様に会うとメルが修復不可能なくらいにテンパってしまう。まだ話し合いも始まっていないのに、先行きがとても不安だ。
「本当にこれをそこの娘が造ったのか?」
劣化版ダマスカスのインゴットを確認して驚いていた王様が、立ち直ったのか信じられないといったおももちで俺に質問してきた。
さすが王様。切り替えが早い。
でも、ある意味とても失礼な質問だよな。
そんな小娘が劣化版ダマスカスを造ったというのが信じられないと言っているようなものだ。
ただ……この場合は失礼とは言えないな。
メルを見るとうつろな表情のまま、ブツブツと言いながら心をどこかに飛ばしている。緊張を通り越して現実から逃避してしまったようだ。
うん。実際にメルが造ったことを知っている俺でもこの姿を見たら、あれ? メルが造ったのって勘違いだったっけ? と思ってしまいそうだ。
王様が疑問に思うのも当然だ。
「……はい。彼女が造ったのは間違いありません」
「……そうか」
王様の表情は変わっていないが、なんとなく内心では困っているように思える。
たぶん俺の言葉を素直に信じることができないのだろう。権力者って大変だ。
「ふむ。ドルゲム、その方から見てこのダマスカスはどうなのだ?」
王様が食らいつかんばかりの目で見ていたドワーフの男に話を振った。
「失礼いたします」
うおっと……言葉は丁寧なのに、身の振る舞いが怖い。王様が声をかけた瞬間、凄い勢いで近づき劣化版ダマスカスを素早く手に取っていたぞ。
この状況じゃなかったら、盗むつもりかと誤解されかねない行動だ。いや、普通に王様の近くであんな動きをしていいものなのか?
……駄目っぽいな。なんか壁際で待機していた騎士様が、いつの間にか剣を手にドワーフの背後に立っている。不審な動きをしたら斬り殺すつもりなんじゃ?
「あら? いきなり動いたから用心したのだけど、裕太は関係なかったみたいね」
そしていつの間にかパート2。
背後に居たはずのシルフィがいつの間にか隣に居た。
そしてそのシルフィの動きに反応したのか、バロッタさんが大慌てになってなにやら呪文を唱え始めた。
「あっ、なんか呼んでるみたい。ちょっと行ってくるわね」
ディーネ達となにやら世間話で盛り上がっていた土の中級精霊が、ホンワカした様子でバロッタさんの元に向かっている。
なんかピタでゴラなスイッチを見ているかのような連鎖反応だな。
「すまんな。少し騒がせた」
「いえ、少し驚きましたが大丈夫です」
ある意味では面白かったです。とは言ってはいけないんだろうな。
王様が軽く手を上げると、騎士様は剣をしまって壁際に戻るが、バロッタさんは動いたシルフィに警戒しているのかそのまま厳しい目でこちらを見つめている。
王様は精霊の気配が分からないから、今の状況を完璧に把握できていないのだろう。だからバロッタさんが厳しい目で警戒している。
もし俺が不穏な動きをしたらどうするのかな? 普通の精霊術師はそれほど素早く対処できないよね?
「ふふ、裕太。実は今、隠れてこちらを見張っている男が、緊張しながら落とし穴のレバーを握っているわよ。合図が出たらガチャンね」
シルフィ、それって笑い事じゃないからね。
でもどうするつもりなのかは理解できた。たぶん、落とし穴の罠を発動する権限を、バロッタさんが持っているんだな。
精霊術師の俺と会うのだから、精霊の動きが分かるバロッタさんが警戒するのが適任なのは間違っていない。
まあ落とし穴で俺やメルがどうにかなるとは思わないから構わないと言えば構わないのだけど、王様達との関係は気まずくなりそうだから、バロッタさんには早まらないでもらいたい。
あっ、戻ってこない土の中級精霊と話す為に、ディーネとベル達がバロッタさんのところに……バロッタさんがめちゃくちゃ慌てている。
ちょ、待って、落とし穴が発動しちゃう。
ベル達はともかく大精霊の気配は凄いらしいから、バロッタさんの心情は洒落にならないことになっているだろう。
もう落とし穴発動寸前なんじゃ? シルフィ、お願い。
「落とし穴が動くところも見てみたかったのだけど、まあしょうがないわね。ディーネ、ベル達も元の位置に戻って待っていなさい。今あなた達が動くと面倒なことになるわ」
俺の助けを求める視線を理解したシルフィが、ディーネ達の行動を止めてくれる。
視線で俺の気持ちを理解してくれるシルフィはとても凄いと思うのだけど、俺が助けを求めなかったら落とし穴の発動を見守るつもりだったよね?
お願いだからこういう場で好奇心を優先させるのは止めてほしい。
そしてそこのドワーフ。
あんたの迂闊な行動で俺が落とし穴に落とされそうになったのだけどどうしてくれる……当の本人は緊迫した状況にも気がつかず、食い入るように劣化版ダマスカスを調べている。
たぶん自分が殺されたかもしれない、なんてことも微塵も気がついていないのだろうな。
「すまんな。こやつは王宮鍛冶師長のドルゲムと言うのだが、鍛冶や金属に目がない男でな、ダマスカスが気になってしょうがないようだ。悪いが見せてやってくれ」
俺の呆れた視線に気がついたのか、王様自らがドワーフの男について紹介と事情を説明してくれた。
当の本人は劣化版ダマスカスに夢中でまったく気がついていないが、軽くとはいえ王様に謝らせるような振舞をして大丈夫なのか?
大丈夫じゃないっぽいな。
俺を迎えに来てくれた執事さんや壁際の騎士、魔術師っぽい人達から怒気を感じる。
それほど感覚が鋭くない俺が分かるくらいだから、相当怒っていると思って間違いないな。
王宮鍛冶師長という偉い立場のようだから酷いことにはならないと思うが、猛烈な説教と何かしらの罰は確定だろう。
「金属が混ざっておるのに混ざっておらん、なぜこんなことになるのだ?」
そんな危機もなんのその、ドルゲムさんはブツブツと独り言を呟きながら劣化版ダマスカスに夢中だ。
でもそうなんだよね。俺が知っているダマスカス鋼も積層構造でなんちゃらかんちゃらって感じだったはずなのに、ノモス版のダマスカスは明らかに違うようなのだ。
魔術や精霊が居るファンタジー世界のダマスカス鋼ということらしい。
俺は説明を聞いても理解できなかったから、ファンタジーだからということで納得している。
たいていのことはファンタジーだからということで納得できるから、最近はファンタジーという言葉が魔法の言葉のように思えてきた。
「それでドルゲム。その劣化版ダマスカスの性能はどうなのだ?」
「……」
……王様の言葉をドルゲムさんが完璧に無視している。いや、無視というよりも聞こえていないという方が正しいか。
部屋の中になんとも言えない空気が流れる。
そりゃあそうだよね。王様が無視されたんだもん。下手をしたら死刑ものの無礼だ。
あっ、執事さんがドルゲムさんから劣化版ダマスカスを取り上げた。
怒りの表情で顔を上げるドルゲムさん。
そして周囲からの冷たい目線にようやく気がつくドルゲムさん。
自分が何かしらやらかしてしまったことを理解し、気まずそうな表情に変わるドルゲムさん。
「まあよい。ドルゲムについては後で話すことにする。それでドルゲム、どうなのだ?」
許された訳ではなく後で話すんだな。
まあ間違いなく滅茶苦茶怒られる。いや、怒られるだけで済めば御の字なレベルだろう。
「はっ、申し訳ありませんでした。まず、この金属ですが、ダマスカスの流れをくむのは間違いございません。本物には及ばない劣化版というのも正しいでしょう。ミスリルやオリハルコン、アダマンタイト等の希少金属に性能では及ばぬと思われます。しかし、それ以外の金属と比べますと、頭一つ、いえ三つ四つ抜けております。かなりの性能を秘めた金属で…………」
ドルゲムさんは最初、反省した様子で頭を下げて説明を始めたのだが、説明している間に熱くなってしまったのか内容がドンドン専門的になり止まらなくなっている。
説教時間の延長は確定だろう。
「裕太よ。この劣化版ダマスカスの製法を国に任せるつもりはないか?」
話し続けるドルゲムさんを無視して王様がこちらに話を振ってきた。あっ、ドルゲムさんが執事さんに止められて、また蒼い顔になった。
蒼くなるくらいなら慎重に行動すればいいのだが、それができるようなら王様を無視なんてしないだろう。
ご愁傷様です。
おっと、ドルゲムさんに気を取られていると俺も王様を無視した形になってしまう。
俺が怒られるということはないだろうが、メルの後ろ盾をお願いするのだから失礼は不味い。
「精霊術の秘伝に関わる部分が含まれていますので、製法をお任せするのは難しいです」
最初は全部国に丸投げしてしまうことも考えた。
劣化版ダマスカスを開発したのがメルだとちゃんと認められるのなら、名誉にもなるし、女性だからと甘くみられることもなくなる。
腕が良いと周知されるから身の危険は今よりも上がるだろうが、製法を秘匿しているよりかはかなり安全になるだろう。王様の後ろ盾すら要らないかもしれない。
ただ、ノモスとメルの話を聞いて、丸投げすることは諦めた。
本物には及ばないとはいえ、劣化版ダマスカスのインゴットを造るのもかなりデリケートな作業が必要らしい。
一流の魔術師、もしくは火と土の精霊との細やかな意思疎通が必要になる。
一流の魔術師の方は最初から無理だ。
国なら人材を用意できるにしても、その人材に俺が魔術を使った鍛冶について説明できるわけがない。
メルなら鍛冶の部分は可能かもしれないが、魔術についてはサッパリなので難しいだろう。
そして精霊術の方は、精霊との細やかな意思疎通というのが諦めた理由だ。
教えれば精霊術師の株が間違いなく上がるから悩みはしたが、それを教えることは精霊を質の悪いことに利用する方法に繋がる。
メルのことは弟子として大切に思っているが、だからといって恩があり、純真な浮遊精霊や下級精霊を変なことに利用される訳にはいかない。
「ほう。余としてはその秘伝についても興味があるのだがな?」
でしょうね。
でも教える訳にはいかないんだよ。
さて、ここからが交渉の本番だ。ドルゲムさんのせいでなんだか気が抜けてしまったが、気合を入れ直して、なんとか良い結果を勝ち取ることにしよう。
読んでくださってありがとうございます。




