五百五十五話 やっぱり不味かった
ちょっとだけ苦労したが、無事に王様とのアポイントメントを取ることができた。これで後はメルをちゃんと紹介することができれば、師匠としての責任を果たすことはできるだろう。服屋でメルを見捨てた形になっているから、王様との謁見では頼りになるところを見せないとな。
「……ということになりますので、こちらをお渡ししておきますので普段はこちらをご利用ください」
「……えーっと、はい……ありがとうございます?」
お礼が疑問形になってしまった。
王様との謁見の日。
アポを取る時に会った執事さんが豪華な……いや、凄く豪華な馬車で俺とメルを迎えに来た。
まあ、俺が豪華すぎると思った馬車も、執事さんの話では王の客を迎える馬車の中で一番地味な馬車なのだそうで、執事さんも一応は気を使ってくれていたらしい。
文字通り住む世界が違い過ぎて、気遣いしてくれていても過分だったんだけどね。俺達の場合、徒歩かマックスで前にマリーさんが用意してくれた馬車くらいが限界なのだと思う。
メルも馬車が到着した時点で固まってしまったから、俺と同じような感覚なのだろう。
なんとか固まったメルを再起動させて馬車に乗り込むと、執事さんが遠まわしにだが王様からもらった短剣の利用方法を説明しだし、なぜか最高位の身分保証書をくれた。
一応、凄い物を貰ったのだからお礼を言うのは間違っていないはずなのだが、遠回しの内容をちゃんと理解すると、お礼ではなく土下座する勢いで謝るべきなのではと思ってしまう。
薄々、ちょっと不味いかな? とは思っていたが、ベリルの宝石に行きた過ぎて使った王様の短剣。やはり不味かったようだ。
メルが同乗しているからか遠回しの説明だったが、おそらく間違っていないし、執事さんのその気遣いがとてもありがたい。
執事さんは気づいていないが、現在馬車の中は過密状態になっている。この三日の間、王都を満喫しまくったベル達はさすがに飽きたのか、今日は俺にくっついて来ている。
そんな状態で飲み屋で短剣を使ったことを正面から注意されたら大恥だ。
まあ、窮屈だからと馬車に乗らなかったシルフィには今の内容を聞かれているのだろうが、シルフィ相手には隠し事はほぼ不可能なので諦めるしかない。
幸い言いふらしたり不潔だと軽蔑したりするような雰囲気でもないし、薄々はバレていたと思うから今更だろう。
メルやベル達にバレなかっただけ御の字だ。
「中位の身分保証書でも、王宮が発行する物を手に入れるのは難関だと聞きます。お師匠様は凄いですね」
メルの尊敬の視線が俺に突き刺さる。
違うんだよメル。この保証書は、夜遊びに使うのなら短剣じゃなくてこっちの保証書にしてねという、恥の産物だから尊敬されるようなことではないんだよ。
「ゆーた、すごいー」「キュー」「えらい」「ククー」「ほめてやるぜ!」「……」
ちゃんと内容を把握している訳ではないのだろうが、メルの言葉を聞いたベル達も俺を褒めてくれる。
穴があったら入りたいとは、こういう時に使う言葉なのだろう。
困って執事さんを見ると、優しい目で微笑んでくれた。困った生徒を見る先生の微笑みに似ているような気がするが、勘違いだと信じたい。
***
ただ馬車に乗っていただけのはずなのに、酷く疲労した状態でようやくお城に到着した。
馬車から降りると、シルフィに意味深な視線を向けられたが気がつかなかったことにする。
たとえすべてがバレていたのだとしても、確認しなければ曖昧な状態に留めておける。わざわざ好んで地雷を踏む必要はない。
「お城なんて久しぶりねー。お姉ちゃん、ワクワクしてきたわー」
「ふん。儂は忙しいんじゃから、さっさと済ませて帰るぞ」
ディーネとノモスは普段と変わらない。シルフィ、内緒にしてくれてありがとう。
執事さんに案内されて城の中に入る。
興味津々でベル達が城内を飛び回っているが、いいのだろうか?
物を壊すようなことはないが、機密情報とか……あぁ、俺が異常なだけで聖域でもない限り精霊と話すなんてありえないんだった。
それなら精霊に対する警戒が薄くなるのもしょうがないか。本当に重要な場所はバロッタさんみたいなお城に仕える精霊術師が守っているのだろう。
咎められないなら問題ない。
問題は……隣を歩いているメルだな。
王様との謁見が目前に迫り、再び緊張しだしてカチコチになっている。さすがに歩きながらメルの緊張を解きほぐすのは難しい。どうしたものか。
メラルやメリルセリオもなんとかしようとしているが、メルは自分の契約精霊の動きにすら気が付けない状態のようだ。
こうなると、メルがズボンタイプの子供服を選んだのは英断だったな。
紹介してもらった店は緊急時に利用される店だけあって子供用のドレスが沢山用意されていた。
店員もメルにドレスを勧めていたのだが、メルはかたくなに断った。
自分は鍛冶師であり精霊術師ですからドレスは相応しくないという意見だったが、たぶん子供用のスカートが広がった可愛らしいドレスを着るのが嫌だったのだと思う。
でもそれが幸いした。もしメルが可愛らしいドレスを選んでいたら、確実に足を取られて転んでいただろう。
それが王様の前だったりしたら一生モノのトラウマ確定だし、そんな服屋に連れて行った俺も気まずくなったに違いない。
知らない間に弟子にトラウマを植え付けるところだった。メル、ナイス判断!
知らない間に生まれていたピンチの可能性が、知らない間に排除されていたことにホッとしていると、執事さんが扉の前で止まった。
前に案内された部屋と同じだ。たぶん罠も前と同じで、王様が中で待っているんだろうな。
「よくぞ参った」
予想どおり王様にお出迎えされた。
前回もそうだったから驚かないけど、やっぱり普通、国王なんて偉い人の場合は、俺達が案内されて準備が整ってからの登場が基本だよね?
チラッとシルフィを見るが、何事もないように平然としている。とりあえず危険はないようだ。
「急な訪問、申し訳ありません」
「なに構わん。その為に短剣を与えたのだからな」
……『その為』という部分に妙に力が籠っていたように聞こえたのは、気のせいなのだろうか?
そんな訳ないな。
「ひゃう」
短剣を与えたという言葉で目の前に居るのが国王だと気がついたらしく、メルが変な声を上げて固まった。
その隣で俺は深々と頭を下げる。
申し訳ありませんでした。言葉には出さないが精一杯の気持ちを込める。たぶん通じてくれるはずだ。
「あらー。土の精霊ちゃんだわー」
俺が頭を下げている横でディーネがはしゃぎ始めた。土の精霊でディーネが喜ぶってことは、バロッタさんの契約精霊が居るのか。
愛がどうのこうのと言っているから間違いないだろう。
「よい、頭を上げよ。それで、その隣で固まっておる娘が、そなたの弟子であり、劣化しているとはいえ新しいダマスカスを造ったという鍛冶師か?」
「あっ、はい。メルです。メル、国王様に挨拶できる?」
「ひゃ、ひゃい。メリュともうしましゅ!」
盛大に噛んだ。
「う、うむ。メルだな。我が国にそなたのような優秀な鍛冶師が居ることを誇りに思うぞ」
王様が優しい。
俺の王族とか貴族のイメージだと、目下の者が失敗したら盛大に笑いものにするのがテンプレなんだけど、漫画やラノベで変な固定観念ができちゃったのかな?
「ここここうえいでしゅ」
まあその優しさも緊張マックスなメルには伝わっていないようで、子羊のように震えながら噛み倒している。
このままだと不味い。メルの舌が千切れてしまうし、なんだか王様も困った顔をしているような気がする。
「お茶が入りました」
「おおそうか。うむ、立ち話もなんだ。まずは座るがよい」
一緒に居たはずの執事さんがなぜかお茶をテーブルに並べ始めた。いつの間に? これはあれか? 俗に言うスーパー執事というものなのか?
……やっぱり俺の脳ミソはだいぶサブカルチャーに洗脳されている気がする。
でもまあ助かった。座って一旦仕切り直すことにしよう。王様も今のメルに話を振るようなことはしないだろうから、なんとかなるはずだ。
「それで、劣化版のダマスカスとはどのような物なのだ?」
お礼を言って落とし穴の上にある席に座り、出されたお茶を一口飲んで一息つく。
メルを心配しながら俺も緊張していたみたいだ。
お茶を飲んで一息ついたら部屋の様子がよく分かるようになった。
ディーネとバロッタさんのところの土の精霊がキャイキャイと騒ぎ、それにベル達も混ざってとても楽しそうに騒いでいる。
あの光景をメルも見ることができれば、緊張なんて一瞬で吹っ飛びそうだな。
ベル達の様子に和んでいると、王様がまっすぐに俺を見ながら話しかけてきた。
予想通りメルに負担をかけないために俺と話すことを選んでくれたようだ。王様だけど、割と優しい人らしい。
「ここで出しても構いませんか?」
「うむ」
頷く王様。
前回もそうだったけど、今回も身体検査のようなことはされていない。
騎士らしき人や魔術師っぽい人、そしてバロッタさんが壁際で警戒しているから無警戒という訳ではない。
罠も陰に潜む人員もそのままだろうから安心しているのは分かるが、やはり緩い気がする。シルフィがその気になればこの部屋の全員が瞬殺だよ?
……シルフィがその気になったら、部屋どころか城に万全の態勢で籠城しても無意味っぽいな。
バロッタさんならシルフィ達の力を理解していだろうし、余計な面倒を省いたということか。
まあ、手間が少ないのは俺にとってもありがたいことだし、文句を言うのも筋違いだよな。罠がなければ最高なんだけど、まああるのだろう。
小さなことは気にしないことにして、魔法の鞄からメルが作成した劣化版ダマスカスのインゴットを取り出しテーブルの上に載せる。
前回、精霊樹の果実を剥き出しで持ってきたことを反省し、今回はダンジョン産の高そうな布で包んできた。
しかもその布に注目が集まらないように、ほどほどのランクの布にしてあるから劣化版ダマスカスが霞むようなこともない。
最初に選んだ布は価値が逆転するってノモスに叱られたけど、それは弟子達には内緒だ。
注目を集めながら包んでいた布をパラリと外す。
出てくるのは当然、メルが造った劣化版のダマスカスのインゴット。
その輝きに驚いたのか、部屋がどよめきに包まれる。
「こ、これが劣化版だというのか……」
王様が信じられないといった様子で声を漏らす。そうだよね、俺もそう思う。
劣化版だと聞いていたからのんびりしていたけど、これを見た瞬間ヤバいって俺でも分かって根回しをすることにしたんだもん。
それくらい人を魅了する輝きがこの金属にはある。
ん? なんか血走った目で劣化版ダマスカスを見つめるドワーフが一人。あの人、大丈夫なのか?
『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の今年最後の更新になります。
今年一年、無事に更新を続けることができたのも、様々なご意見やアドバイス、評価やブックマーク、誤字報告、そして読んでくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
来年も更新を続けますので、どうぞよろしく申し上げます。
皆さま、良いお年をお迎えください。
たむたむ。
読んでくださってありがとうございます。