五百五十一話 良かれと思って……
芋煮会は大成功で終わった。誰もかれもが満足気で、芋煮会を開催した自分としても満足できる結果だった。だったのだが、最後に自分が蒔いた種に足元をすくわれてしまい、締まらない終わりになってしまう。芋焼酎でシルフィ達のやる気をアップだとは思ったのは俺だけど、少しはのんびりした時間をくれても良くないですか?
「それで、まず何をすれば良いんじゃ?」
芋煮会が大成功に終わった翌朝、普段なら朝食に参加しないことも多いノモス、イフ、ヴィータまでしっかり朝食に参加し、食べ終わると同時にノモスが待ちきれないとばかりに話しかけてきた。
昨日はなんとか疲れているから説明は明日ってことで納得してもらったけど、まさか朝食に大精霊が全員集合とはな。
みんなすごく期待した目で俺を見ているし、食後のコーヒーなんて言える雰囲気ではないようだ。
あと、窓の外に沢山の精霊の姿が見える。ほとんどが、というか全員が醸造所の精霊達だ。
芋焼酎の造り方が分かったら、即座に動き出すつもりなのだろう。
「あー、説明の前にノモスには一つ約束してほしいことがある」
昨日、どう芋焼酎について説明するか考えていた時に不味いことに気がついた。
「なんじゃ、まさか芋焼酎とやらが嘘だというんじゃあるまいな」
ノモスの言葉に他の大精霊達からも強い視線が飛んでくる。
みんな俺に危害を加えることがないと知っているから耐えられるが、それでも一人一人が洒落にならない力を持っているから普通に怖い。
「そんな命知らずな嘘はつかないよ。約束してほしいのは芋焼酎の造り方が分かったとしても、メルの修行をおろそかにしないこと。いい?」
「むっ……」
ノモスが言葉に詰まった。この様子だと間違いなく芋焼酎の造り方を聞いたら醸造所に籠るつもりだったな。
メルも工房を休んで楽園に来ているんだ。さすがにここで放置は可哀想すぎる。しっかり約束してくれないと芋焼酎の造り方は教えられない。
「むぅ、まあ当然じゃろう。儂はメルを教えると約束して酒を受け取っておるからな。しっかりメルを教えると約束するわい」
顔に断腸の思いですってデカデカと書いてあるが、約束はしてくれた。たぶん、いや、間違いなく報酬のお酒が良い効果を発揮したな。
善意に頼ってメルの教育をお願いしていたら、たぶんノモスはゴネにゴネていたと思う。
「とはいえ儂も新しい酒造りには参加したい。メルよ、これからは厳しく教えるから覚悟しておくんじゃ!」
「は、はい!」
あれ? 俺の印象だと今までも十分に厳しく教えていたような気がするのだけど、これ以上厳しくなるの?
メルの顔、ちょっと引き攣ってない?
「えーっと、ノモス。メルは精霊じゃないんだからあんまり無茶なことをしたら駄目だよ?」
「それくらいの加減は分かっておる。ただギリギリまで頑張らせるだけじゃ」
「ギリギリって……」
どのレベルのギリギリなの? 過労死一歩手前とかやめてよね。
「どう教えるかは儂の自由じゃ。裕太は余計な口を出さずにさっさと芋焼酎の造り方を教えるんじゃ」
「お師匠様、修行が厳しいのは当たり前です。ましてや人の世界では失われた秘術を教えていただけるんです。厳しくとも必ず最後まで学びきってみせます。大丈夫です!」
「……そ、そうなんだ。応援しているから頑張ってね」
「はい! 頑張ります!」
いかん、なんか分からんけど、メルの職人魂にまで火がついたみたいだ。さっきまで確実にビビっていたはずなのに、今はスポコン漫画の主人公みたいに目が燃えている。
メラルとメリルセリオの視線が痛い。
メルに無茶をさせないようにって頼んだよね? という疑問が言葉にならなくても伝わってくる。
違うんだよ。俺はメルに無理をさせるつもりなんて無くて、ちゃんと修行が続けられるように良かれと思って……。
あっ、これが俗に言う良かれと思って裏目に出るパターンなのか。
漫画とかでこのパターンを読むと、少し考えたら分かるだろって突っ込みたくなるんだが、その立場になると意外と分からないものなんだな。
「これでよいじゃろう。裕太、さっさと芋焼酎とやらについて教えるんじゃ」
よいことなど何一つない気がするが、約束はしてくれたのだしメルもやる気だ。これ以上は口を挟める雰囲気じゃないし、頻繁に修行の様子を確認することで対応するしかないだろう。
「分かった。といっても、お酒の基本は穀物を発酵させてアルコールを造り出すことだから、他のお酒とそれほどの違いはないんだ。ただ、俺の国では米麹っていう米についた菌を使ってお酒を造る。日本酒は米麹と米で、芋焼酎は米麹とさつま芋でって感じだね。まあ焼酎の方は蒸留するんだけど……どうしたの?」
なんか大精霊達の雰囲気が怖くなったんですけど?
「裕太よ」
「な、なにかなノモス。なんか怖いからできればその顔を止めてほしいんだけど」
「そんなことどうでもよい。それよりもお主、日本酒といったな。それは前に儂達に飲ませてくれたあれか! あれも芋焼酎と似たような製法で作れるんじゃな!」
なるほど、日本酒の話を聞いてノモス達が黙っている訳ないな。俺は口を滑らせたという訳か。なるほどなるほど、とても面倒なことになった。
前々からノモスやシルフィ、ディーネにドリーからも日本酒について微妙な探りを入れられていた。
ただ蒸留酒でさえ醸造所が魔窟のようになっているのに、日本酒まで造り始めたらどうなることかと内緒にしていたんだよな。
蒸留酒にある程度目途が立ったから、次のお酒を教えるのも良いかと思って芋焼酎の話を出したけど……日本酒のことまで話しちゃったら駄目だろう。
「おいおい、裕太が前に飲ませた酒ってなんだよ。聞いてねえぞ?」
今まで黙って話を聞いていたイフが、物騒な気配を漂わせながら会話に加わってきた。
そういえば俺がお酒を出したのって、イフやヴィータが来る前だったな。
「裕太、その酒はまだ残ってるんだよな?」
「イフ。今は大事な話の途中じゃ、裕太を離せ!」
「うっせえ、テメエら自分だけ美味い酒を飲んでやがったな!」
なんかとんでもないことになってきた。楽園……滅びないよね?
***
どうにか落ち着いた。
まだ異世界のお酒が残っていること、そしてもったいなくて飲むことができないことを正直に伝え、もし飲む時がきたらイフとヴィータを必ず誘うことで納得してくれた。
お世話になっているんだし、今すぐ飲ませてあげればすぐに解決していた問題なんだけど、どうしても踏み切れないんだよね。
醤油もこの世界で作ることができたんだから、多少味が違うにしても日本の醤油を使うことはなんの問題もない。でも、使えないんだよね。
お菓子や冷凍食品やインスタント食品も、偶に食べたくなるけど、結局食べずに我慢してしまう。
俺のエリクサー症候群はかなり重いと思う。死ぬまでに消費できるか、少し疑問だ。
「それで裕太。どうなんじゃ、日本酒と芋焼酎とは似たような作り方で作れるのか?」
そうだった。まだ芋焼酎の造り方をまったく説明していなかった。
それなのに俺は疲労困憊状態で、反面ノモスは俺の神経が擦り切れそうになる騒動を起こしたくせに、まったく気にせずにお酒のことしか考えていない。
イフをブチ切れさせておきながら微塵も気にしていないその姿勢は凄いが、何かが間違っている気がする。
「……うん、もちろんまったく同じじゃないけど、原理的には似ているかな」
極端に言えばお酒を造るということはアルコールを作るということだから、原理的にはすべてのお酒が似ていることになるけどね。
「そうか、それでどう醸造するんじゃ? 米麹とはどういったものなんじゃ?」
ノモスは興味津々だな。説明が長くなりそうだ。
***
「なるほど、裕太の世界の酒造りはそこまで拘っておるのか。酒用のコメを育て、しかもその米を削り、その削り具合でランクまでつけておるとは、感心じゃな」
「そうだね、感心だね。じゃあ後はみんなで頑張ってくれ」
もう嫌だ。説明するだけだと思っていたのに、なぜか途中から立場が逆転し、最後には俺が尋問されているような形になっていた。
芋焼酎の説明だけのはずだったのに、結局日本酒の造り方まで搾り取られてしまった。
激しく納得がいかない。もっと俺に優しくしてほしい。
「あっ、あくまでも素人の俺が知っていた俄か知識だから、そう簡単に作れないと思うよ。それに原料や米麹に付いている菌、水でも味が変わるらしいから、失敗しても文句は言わないでね」
あくまでも素人の知識だということを忘れてもらっては困る。
「難しいのは望むところじゃ。それに菌や水で味が変わるというのなら、それだけ楽しめる酒が造れるということじゃろう。大歓迎じゃな。ディーネ、ドリー、ヴィータ、頼むぞ」
そういえばディーネは水の大精霊だから当然水に詳しい。ドリーは植物に関しては万能の疑いがある。そしてヴィータは菌を自由に操れる。
あれ? 精霊って酒造りに関して無敵なんじゃ?
……ちょっとズルい気もするが、美味しいお酒が沢山完成するのなら俺も楽しめる。のんびり期待だけして待つことにしよう。
「裕太。醸造所を拡張したいんじゃが、構わんか?」
俺のプライベートエリア以外は自由にしていいと伝えてあるが、ノモス達はなにかあると律義に許可を求めてくれる。
その心遣いはとても嬉しいし、その心遣いに対して俺も自由にしていいよと信頼で返すのが素晴らしい関係なのだと思う。
だが、精霊達はお酒に関してはまったく信頼できないので、その素晴らしい関係は諦めなければならない。
だって、ノモス達も外で待機している精霊達も明らかにテンションが上がっているもん。下手をしたら明日には楽園の大半が醸造所で埋まっている可能性すらある。
ただ、今の醸造所が手狭なのも確かだろう。
「……今の醸造所の倍くらいまでなら構わないよ」
倍くらいなら大丈夫なはず。後は巻き込まれないように遠目で監視して、美味しいお酒が完成したらご相伴にあずかろう。
美味しいお酒が完成することは微塵も疑っていない。
だって、精霊達は絶対に完成するまで諦めないだろうから……。
読んでくださってありがとうございます。