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五百四十九話 笑顔の配達人

 二つ目の甘味はシンプルな焼きリンゴに決定した。芋煮との相性に少し疑問はあるが、熱々でシナモンとバターたっぷりのリンゴの丸焼きならライト様や遊びに来ているちびっ子達も満足させることができるだろう。




「……そろそろいいはず」


 焼きリンゴはすでに完成し、巨大な石窯ごと魔法の鞄に収納してある。あとは目の前にある二時間じっくりと焼いた芋を味見して、美味しければ芋煮会は成功ということになる。


 ある意味緊張の一瞬なのだが、実はそれほど心配していない。


 だって森の大精霊であるドリーが育て、火の大精霊であるイフが火加減を調節して焼いたお芋が不味い訳ないよね。


 巨大な石窯に並べてある焼き芋には良い焦げ目がついており、そして芋の表面には蜜が流れ出して甘い匂いを周囲にまき散らしている。


 ドリーがデンプンを増やして熟成させてくれたから、蜜がたっぷりで皮では抑えきれなかったのだろう。


 味見が必要かな? と思うくらいに見た目だけで美味しさが伝わってくる。


 でもまあ、ホストとしてはお客様に出す品物の味見をしないなんてありえないよね。


 新聞紙なんて便利なものはないので、ドリーに用意してもらった熱に強い大きな葉っぱで熱々の焼き芋を包むように取る。


 熱に強い葉っぱを通して手にジンワリと芋の熱が伝わってくる。これ、間違いなく素手では持てないほど熱々だな。


 葉っぱごとさつま芋の両端を持ち力を込めて中心から割ると、黄金色でネットリとした実が姿を現す。


 これ、絶対に美味しいやつだ。


 強烈な視線を感じて顔を上げると、ベル達が猛烈な視線で俺を見ていた。その中の数名は口の端から光る液体がタラリと流れ出している。


 焼き芋の甘い匂いと、このインパクトがある黄金色にすっかり魅了されているようだ。


 今すぐ食べさせてあげたいが、この暑い中で食べるよりも雪島でみんなと一緒に食べてほしいので我慢してもらう。


 リンゴの丸焼きから二連続で我慢させているので、さすがに心が痛む。さっさと味見をして雪島で食べさせることにしよう。


 強烈な視線を気にしないようにして、熱々で湯気を立てる黄金の実に息を吹きかけ、軽く冷ましつつ口をつける。


「うまっ!」


 しっかりと味を認識する前に勝手に口から単純な感想が飛び出してしまった。


 なんだこれ、本当にただ芋を焼いただけなのか?


 スイートポテトのような滑らかな舌触り、そして強烈なのに自然な甘さが口いっぱいに広がる。


 焼いただけなのに超一流のスイーツを食べたような衝撃。それなのに素朴な芋の風味も同時に口の中に広がり若干脳が混乱する。


 焼き芋を食べているのか高級スイーツを食べているのか一瞬分からなくなってしまった。


 味覚が鋭い訳でもない俺に分かるのは、ただこの焼き芋が極上のスイーツであるということだけ。


 でも、それだけ分かれば十分だとでも脳が認識したのか、芋を口に運ぶのがやめられない。


 なんだこれ、美味い。滅茶苦茶美味い。


 気がつけば手に取ったはずの焼き芋が皮だけ残して消えていた。一心不乱に食べつくしてしまったらしい。


 顔を上げると、決壊したダムのようにヨダレを垂らすベル達の視線と、俺のリアクションが凄まじかったからか興味深げに俺を観察するシルフィ達の視線が向けられていた。


 ちょっと恥ずかしい。


「コホン……うん、上出来でした」


 なんとか雰囲気を変えようと咳払いをして味を伝えてみたが、それくらいでどうにかなる雰囲気ではなくシルフィ達の視線に呆れが増しただけだった。


「ゆーた、べるもたべる!」「キュ! キュキューキュッ!」「たべたい」「ク~ン」「くわせるんだぜ!」「…………」「うぁう!」


 周囲に沈黙が満ちたことで俺の胃の中に消えた焼き芋に釘付けだったベル達が群がってきた。


 普段のおねだりに比べると圧がかなり強い。


 ベルは大興奮の状態で手足をワチャワチャと高速で動かし、レインは必至な様子で、トゥルは遠慮がちながら上目遣いで、タマモは切なさを込めた瞳で、フレアは戦いも辞さないという強い意志で、ムーンは激しい振動で、サクラはよく分からない奇声を上げつつ食べたいという気持ちを訴えかけてくる。


 自分で言うのもなんだが基本的に俺はベル達やジーナ達を第一に考えている。そんな俺がベル達に気を使うこともなく夢中で焼き芋を食べつくしたことで、相当美味しいものなのだと理解したのだろう。


 これ以上我慢させてしまうと、初めてベル達を泣かせてしまうかもしれない。急ごう。


「よし、じゃあ早く食べるためにも雪島に戻るよ。シルフィ、お願い!」


 そんな状態でも雪島で雪の中で焼き芋というシチュエーションが捨てられない俺は、変なところで拘りが強いのかもしれない。




 ***




「裕太ちゃん、おかえりー」


「こちらは問題なかったよ。裕太の方は準備は無事に済んだ?」


 シルフィに連れられて高速で雪島に戻ると、こちらのことをお願いしていたディーネとヴィータが出迎えてくれた。


 さすがに俺の関係者全員が雪島を離れる訳にはいかないので、ディーネとヴィータにホスト役の代役をお願いしていたのだが、問題なく勤めてくれたようだ。


 芋を焼いている間に一度様子を見には来ていたが、それからも問題は起こっていないようでホッとした。


 雪島の様子を見ると、どうやらちびっ子達はある程度満足したらしく、雪で遊んでいる人数がかなりいる。


 なんか思いだしたように巨大鍋に向かって芋煮を注いでもらっている子も居るが、デザートを登場させても問題はなさそう……アース様がいまだに結構な勢いで芋煮を口に流し込んでいる。


 他の精霊王様達は蒸留酒を片手に談笑している様子なのだが……まあ、アース様はあれだ、料理が残っている限り丸一日でも食べ続けそうだから待っていてもしょうがない。


 ベル達も限界だし、デザートタイムに移行しよう。


 巨大鍋が二つ並んでいる隣に、これまた巨大な焼き芋が入った石窯をドスンと取り出す。


「おやつの時間です」


 突然現れた巨大な石窯に注目が集まったところで大声でおやつの時間を伝えると、ちびっ子精霊達から好奇の視線が集まってくる。


 その集まった視線の中に物理効果すら伴っていそうな強烈な視線を感じ、それをたどっていくとライト様に行き当たった。


 ハンパなく期待していらっしゃるようだ。


 少しプレッシャーだが、甘味に慣れた俺が思わず貪り食ってしまうほどの焼き芋が完成したし期待には答えられるだろう。


「甘いものが食べたい子は俺の前に一列に並んでください」


「ならんだー」「キュー」「せいれつ」「クゥ」「はやくたべたいんだぜ!」「……」「あい!」


 即座に俺の前に並ぶベル達。遊びに来ているちびっ子達に向けての言葉だったのだけど、まあしょうがないか。ベル達も甘い物が食べたいんだもんね。


 俺の言葉とベル達の行動を見て状況を理解したのか、ちびっ子達もベル達の後ろに続々と並び始める。


「はい。熱いから気をつけて食べるんだよ」


 俺はドリーに用意してもらった熱に強い葉っぱを取り出し、窯の焼き芋を一つ包んで先頭のベルに渡す。


 まずは俺が好きなネットリタイプの焼き芋からだ。二周目にホクホクタイプの焼き芋、最後に焼きリンゴで〆って感じでいこう。


「あっ」


 焼き芋を受け取ったベルがその場で焼き芋を半分に割り、黄金色に輝く芋にハグリとかぶりつく。


「おいしーー!」


 輝く笑顔で味の感想を伝えてくれるベル。うん、その笑顔だけで言いたいことは伝わってくる。でもね……。


「ベル。そこで食べたら後ろの子達が受け取れないから、少し離れた場所で食べようね」


 結構空気を読むことができるベルにしては珍しい失敗だ。待たせちゃってごめんね。


 俺の言葉にベルがハッと背後を振り返り、少し恥ずかし気にふわふわと移動する。


 ベルの後にレイン達、そして並んでいるちびっ子達に焼き芋を渡していく。


 渡すたびに周囲にちびっ子達の笑顔と喜びの声が増えていくから、焼き芋を配っているだけなのになんだか自分がとても幸せなことをしている気がしてくる。


 俺は笑顔の配達人……ちょっと厨二が疼いてきた。


 バカなことを考えていると、またもや物理効果を伴っていそうな強烈な視線が飛んできた。


 視線の先を見ると案の定ライト様が俺を見ている。焼き芋が気になって仕方がないようだ。


 気になっているのなら芋煮の時のように列に並べばいいと思ったが、なるほど、状況が違うのか。


 芋煮の時はウインド様達も一緒に並んでいた。だけどそのウインド様達は蒸留酒を片手に落ち着いてしまっている。


 そんな中でライト様だけがちびっ子達に混ざって列に並ぶのは、威厳を大切にするライト様にとっては恥ずかしいことなのだろう。


 だれも気にしないと思うのだが、こういうことは本人にしか理解できない拘りがあったりするから仕方がない。


 もう少しで最初の列を配り終えるから、そうしたらすぐに行きます。そういう気持ちを込めてライト様を見つめると、ライト様がコクリと頷き強烈な視線が消えた。


 なんとか俺の考えが伝わったようだ。


 目は口程に物を言うという言葉があるが、こうやって伝わると視線の凄さを実感する。ついついディーネの胸に視線を向けてしまう時があるが、今後は頑張って目を逸らそう。



 列に並んでいたちびっ子達に焼き芋を配り終わり、最後にジッと待ってくれていたジーナ達とメル達、シルフィ達、そしてルビー達にも焼き芋を配り、巨大な石窯を魔法の鞄に収納してライト様のところに向かう。


 俺が近づくにつれて耳がピコピコと忙しなく動くのが面白い。


 笑顔の配達人ただいま到着。


「ライト様、お待たせいたしました。甘味の出来を確認して頂きたいのですが、お願いできますか?」


「待ちかねた……いや、うむ、まあ裕太が妾の力を借りたいというのであればしょうがないのじゃ。よかろう、持ってまいれ」


 頑張って威厳があるように見せようとしているが、まったくとりつくろえていないのは言わないことにしよう。


 他の精霊王様方も微笑ましい目でライト様を見守っているのだが、なんで気がつかないのかな?


 ……まあいいか。ライト様が切っ掛けで作ることになったこの極上の焼き芋。しっかり味わって歓喜に震えていただくことにしよう。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ~・・・俺もお芋配りおじさんになりたい・・・
[良い点] 可愛いが一杯でパラダイスですねw 俺も精霊達相手に笑顔の配達人やりたいな
[一言] 東大阪のライソンの焼き芋オーブンがすごい。 蜜芋というそうです
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