五百四十八話 二つ目の甘味
芋煮会を開催し、目論見通り巨大鍋でちびっ子達を楽しませることもできた。短い時間しか確認できなかったが、遊びに来ている精霊達も美味しそうに芋煮を頬張っていたから、後はライト様に献上する甘味をどうにかすれば芋煮会は大成功で終われるだろう。……地味にプレッシャーだ。
ドリーに種芋を準備してもらっている間に、シルフィに頼んでベル達に伝言を届けてもらう。
召喚すれば早いのだが、今頃ベル達は満面の笑みで芋煮を頬張っているはずなので邪魔をしては悪い。
食べ終わったらこちらに来るように伝えれば問題ないだろう。
さて、今のうちにノモスと打ち合わせをして石窯を作ってもらわないとな。時間がないから効率的に動かないと間に合わなくなるぞ。
「むー!」
ノモスと打ち合わせをしていると、上空から変な声が聞こえた。声に釣られて上を見ると、ベル達がこちらに向かって飛んできていた。
伝言をお願いしてそれほど時間が経っていないのに、もう来てくれたのか。
ベル達が俺の目の前に急停止する。
……なるほど早いわけだ。それに変な声が聞こえた理由も分かった。どうやらベル達は伝言を受け取って大急ぎでこちらに来てくれたようだ。
口いっぱいに芋煮を詰め込んでいるのか、リスのように頬が膨らんでいる様子が少しおバカっぽくて、でもとても可愛らしい。
撫でくり回したいが、今撫でくり回したら口から芋煮が飛び出してしまいそうなので止めておこう。
ん? いま、ベル達は結構なスピードでこちらに飛んできていたよな? でも、口の中には芋煮がたっぷり詰まっている。
大精霊や上級精霊ならともかく、下級精霊なんかは物を持つと移動がかなり遅くなるはずなんだけど、もしかして口の中に収めてしまえば体の一部だと認識される?
となると、ベル達の口の中に入る物であれば、持ったまま素早く移動できることに……いや、さすがに駄目だな。
食べ物ならともかく、いや、食べ物も駄目だ。口の中に物を詰め込ませて物を運ばせるなんて鬼畜過ぎるし、口の中に食べ物を入れて運ばせるとか意味が分からない。
あと、普通にうっかり飲み込みそうで怖い。
「急がせてごめんね。お手伝いをお願いしたいんだけど大丈夫かな?」
「んー!」
みんな元気いっぱいに手を上げてくれた。間違いなくお手伝いするー! というヤル気満々なリアクションなのだが、口の中の芋煮が呑み込めずに話せないようだ。
まあ、作業に取り掛かるまでには呑み込めるだろう。
***
楽園では定期的に作物を育てているので、俺もベル達も農作業にだいぶ慣れている。
ベル達は楽しく農地を飛び回りながら種芋を植え、俺は脳をフル回転させながら手早く種芋を植えている……が、なかなか良い甘味が思いつかない。
雪景色に合うような温かい甘味で見栄えも良く、短時間で俺にでも作れる和系統の甘味。俺にはハードルが高すぎたのかもしれない。
特に温かい甘味というところがネックになっている。善哉以外思いつかない自分の貧困な知識が恨めしい。
さつま芋の旬繋がりで秋の味覚でまとめるのはどうだろう? 栗で天津甘栗なんか良さげかもしれない。
……駄目だな。動物型の子達だと栗の皮が剥けない可能性がある。栗とさつま芋で栗きんとん、もしくは寒天があるのだから栗羊羹とか芋羊羹。
悪くないが、量を作るには時間が掛かり過ぎる
難しい。洋菓子も選択肢に含めるとしても今の条件に合う甘味って何がある?
そもそも、俺が試行錯誤も無しに作れる甘味の時点で選択肢が少なすぎる。洋菓子や和菓子に拘らず俺が短時間に作れて、なおかつ見栄えが良い甘味を考えるべきだろう。
……となると……あれか?
簡単で一時期ハマったあの甘味。出来立て熱々で少しワイルドな雰囲気は、野外で食べるのにもマッチングしそうだ。
実際キャンプなんかでも人気らしいし、沢山のちびっ子達に振舞うことを考えると調理工程が単純なのもポイントが高い。
なにより自分で作ったことがあるから作り方が分かる。これが一番大きい。
和系の甘味からは離れてしまうが、そこは目を瞑ろう。
素材は……シンプルな甘味だから手持ちに揃っているな。一つはクスリ扱いだったが、どれも大量に仕入れてあるから十分に足りる。
いや、さすがに大人数だからメインの食材は少し足りないだろう。幸い楽園にも生えている作物だし、こちらもドリーに協力してもらって量産しよう。
……決まりだな。甘味の第二弾は、シナモンとバターたっぷりの焼きリンゴだ。
シンプルではあるがリンゴと砂糖、シナモンとバターが焼けた香りはたまらないし、熱々の焼きリンゴにかぶりついた時のあの独特の食感と味。
そしてリンゴまるごという粗野でありながらもワクワクする見た目。これなら楽しんでもらえるだろう。
となると問題は調理器具だ。オーブンがあれば簡単なのだが、石窯でも作れるだろうか? キャンプでも楽しめる甘味だし問題ないと思うが、失敗しないためにはアルミホイルが欲しい。
でも、さすがに今からアルミホイルを入手するのは難しいだろう。
今回はアルミホイルは諦めるにしても、あとでノモスに作れないか確認しておこう。
たしかボーキサイトをどうにかこうにかすれば、アルミが手に入るんだったはずだ。某戦艦ゲームではそうだったから間違いはないだろう。
ボーキサイトは実物を見たことがあるから、どういった物なのかは説明できる。どうにかこうにかの部分は……ノモスに丸投げだな。
たしか財布の中に一円玉が数枚入っていたはずだ。実物を見せさえすればノモスならなんとかするだろう。
俺が所持している一円玉は日本では駄菓子も買えない程度の価値しかないが、この世界ではある意味黄金よりも貴重かもしれないな。
時間があればアルミホイルの目途は立ちそうだし、今は植え付けと甘味を作ることに集中するか。
「裕太、完成したぞ」
集中しようとした矢先にノモスがやってきた。石窯が完成したらしい。
植え付けはベル達にお願いし、完成した石窯を見に行くことにする。
「……大きいね」
普通の石焼芋屋は軽トラだが、この石窯を積むには十トントラックでも無理な気がする。
「そう作れと言ったのは裕太じゃろう。いまさら何を言っておるんじゃ」
「あはは、そうなんだけど、言いたくなるんだよ」
巨大鍋の時にも同じ感想だったな。でも、大きいというのはそれだけである種の迫力を生み出すから俺のワンパターンな反応もしょうがないと思う。
それに今回は大きくても芋を並べるだけだから大した手間は掛からない。
「えーっと、次はこの石窯に石を敷き詰めるんだけど、芋を傷つけないように丸まった石で、黒っぽい溶岩石をお願いできる?」
石はたしか焼いた時に割れなければ問題ないらしいが、溶岩石なら遠赤外線が多くて焼き芋が美味しくなると聞いたことがある。
その反面、値段もそれなりにするらしいが、ノモスに用意してもらえば無料だ。いや、酒代で済む。
……あれ? 結構高価なんじゃ?
……まあ、今更だな。
「うむ。芋の為にそこまでする意味が分からんが、まあ良いじゃろう」
「石で焼いた焼き芋はビックリするくらい美味しいんだよ」
「そうか」
ノモスからまったく興味がなさそうな返事がきた。本気でどうでもいいのだろう。
「あと、この芋で造るお酒は、癖があるけど美味しいんだよね」
そんなノモスにやる気を出してもらうために、爆弾を放り込んでみた。確実に自分も爆発に巻き込まれるのは分かっているが、俺も飲みたいのでOKだ。
芋焼酎って美味しいよね。
「なに! 裕太、詳しく説明するんじゃ!」
「そうよ、説明しなさい!」
「裕太さん、私も聞きたいです!」
ノモスを食いつかせるために投げた釣り針に、シルフィとドリーまで食いついてしまった。
風で周囲を把握しているシルフィはともかく、芋の植え付け作業をしていたはずのドリーが反応できるのがとても不思議だ。
「……今は時間がないから芋煮会が終わってから説明するよ。ただ、芋煮会が失敗すると説明する気力がないかもしれないから、しっかり協力してね」
今から説明すると下手をしたらそのまま醸造に突入してしまう可能性があるし、張り切って協力してもらうためにも説明は後回しだ。
「うむ、任せておけ」
「裕太、伝言や調理の補助は任せなさい」
「私はお芋を美味しく育てないといけませんね。量も多めにしておきましょう」
「うん、お願いね」
今回の芋煮会は大成功しそうな気がする。
***
相変わらずお酒が絡むと大精霊のやる気は急上昇する。
ノモスはあっという間に石窯の中を黒曜石で埋め尽くし、焼きリンゴ用の巨大石窯も完成させてくれた。
ドリーもさつま芋を大量に育て、リンゴも数えきれないほど実らせてくれた。
あとは収穫して調理するだけだ。
「よーし、じゃあ手順を説明するね。ベル達はお芋の収穫。収穫したものはドリーのところに運んで熟成してもらう。熟成が終わったら、レインにお芋を洗ってもらって、この石窯に綺麗に並べる。分かったかな?」
「わかったー」「キュー」「がんばる」「クゥー」「よゆうだぜ」「……」
ベル達もやる気満々だし、間に合いそうだ。
「では、作業開始!」
俺の掛け声でベル達が収穫に向かう。
しばらく調理の準備をしながら待機していると、楽しそうな笑い声と共にドリーの元に沢山の見事なさつま芋が運ばれはじめる。
その沢山のさつま芋に向かってドリーが手を振ると芋が熟成され、次にレインが水球でさつま芋を丸洗いし、そのまま巨大な石窯に並べられる。
あとは火を入れてじっくりと二時間石焼にすれば美味しい焼き芋が完成するだろう。
イフを召喚し、火つけと調理経過の観察をお願いする。火の大精霊に窯番を頼むのは贅沢だが、これで万が一にも失敗はありえないだろう。
続いてリンゴの丸焼きに取り掛かる。
こちらはレインが丸洗いをしたあとにシルフィの妙技が光る。シルフィが軽く手を振ると数百ものリンゴの上下が薄く切られ、もう一度手を振ると今度はリンゴから芯が綺麗にくり抜かれる。
その加工されたリンゴの空洞に砂糖担当のベルが砂糖を詰め込み、シナモン担当のトゥルがたっぷりのシナモンをふりかけ、バター担当のフレアがバターの欠片をぽとりと落とす。
ムーンが切り分けられたリンゴの頭とお尻と共に本体を包み込むと、なぜか綺麗な元通りの形になる。
それをタマモが一つ一つ陶器のお皿に載せて運び、丸洗いが終わったレインと共に綺麗に石窯に並べていく。
焼きリンゴは二十分程度で火が通るから、イベント中に十分間に合う。魔法の鞄に収納しておけば熱々の窯ごと取り出せるから便利だよね。
うーん、工場の流れ作業を思わせる見事な連携に頼もしさを感じるが、できればもっと違う形で芋掘りやリンゴ狩りをしたかったな。
……次の機会には、ベル達だけではなく遊びに来た精霊達も含めて芋掘りイベントやリンゴ狩りイベントを開催しよう。
そして収穫した物をみんなで料理する。みんな大喜びしてくれるはずだ。じっくり計画を練ろう。
本日11/9日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の番外編が公開されました。
本編と違って短いですが、早見先生の楽しい四コマが読めますのでお楽しみいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
読んでくださってありがとうございます。