五十三話 肉
屋台で串焼きを買って、異世界の都市の散歩を速攻で切り上げてしまった。都市の様子も気になるんだけど、久しぶりに肉が焼かれる匂いを嗅いだらもう駄目だ。肉の事しか考えられなくなる。
時間停止の魔法の鞄なら熱々がキープって分かっていても速足になってしまう。宿に戻りマーサさんにカギを貰い、部屋に入る。
「ゆーた。おにくー」「キュキュー」「おにく」「クーー」
ベル達が待ちきれないのか俺の周りをグルグル回っている。可愛い。
「よし。まずは最初に買った焼き鳥な。レインとタマモは串を外してやるから、ちょっと待つんだぞ」
シルフィ。ベル。トゥルに焼き鳥を渡し、レインとタマモには串からお肉を外し皿に乗せて出してやる。焼き鳥と言っても飲み屋の焼き鳥と違って、かなりの大きさだ。ジャンボ焼き鳥って言えば良いのかな? バーベキューの串焼き並みの大きさだ。いかん、よだれが。
「よし。みんな食べて良いぞ。ベルとトゥルは串に注意しろよ」
「はーい」「わかった」
本当に分かっているのか? 勢いよく肉に噛り付くベルとトゥル。心配だ。……精霊って攻撃は効かないんだよな。食べている時でも串ごときで怪我はしないか? どうなんだろう?
「おにくおいしー」「キューーー」「おにくすき」「クークククー」
ベル達は満面の笑みだ。相当美味しかったらしい。無我夢中でかぶりついている。
「裕太は食べないの?」
おっと。見とれてしまっていた。俺も食わないとせっかくの熱々が冷めてしまう。大ぶりの肉にガブリと大口で食らいつく。
むふ。肉を噛み切り噛み締める。味は単純な塩味のみだが、肉が凄い。噛み締める歯ごたえは弾力があり、地鶏のような噛み応えだ。
噛み締めるほどに濃い肉のエキスと脂が口の中に溢れる。塩味だけでこの美味さ、この肉が安いなんて異世界スゲー。塩だけでなく胡椒も振りたい。焼き鳥のたれも最高に合うだろう。
網の上で炭火で黒くなるまで焼いて、柚子胡椒をちょびりと付けて食ったら一晩中飲み明かせる。ラフバード……迷宮の六層にいるんだったよな。乱獲してやる。
「ゆーた。もっとたべるー」
ベルの声に没頭していた意識が戻る。ベル達を見るとどの子ももっと食べたいと目が訴えている。食欲旺盛だな。大きく育つ……精霊は物を食べる必要は無いって言ってたよな。食べても育たないのかもしれない。
……まあいい。子供が食べたがっているのなら食べさせてあげるのが大人の務めだ。たぶん。
「よーし。今度はオークの串焼きだな」
オークの串焼きを先程と同じように渡し、レインとタマモのは串を外してやる。食べて良いぞーっと声を掛けると再び一心不乱に噛り付く。
オーク。二足歩行の豚面モンスターを想像して戸惑ったが、屋台のおっちゃんに、エルトリュード大陸で、もっともポピュラーな肉だと聞いて挑戦する事にした。
俺の勘が実物のオークを見る前に食っておけと囁いている。先に見てしまうと食べるのが嫌になりそうだからな。食べるなら今だ。
オークの串焼きも味付けはシンプルに塩のみか。これも普通に薪で焼かれていたのが残念だが、見た目はかなり美味そうだ。
ちょっと躊躇したが、ベル達は美味しそうにかぶりついているし、シルフィも普通に食べている。覚悟を決めてオークの串焼きにかぶりつく。
口の中に広がる圧倒的な旨味。……ヤバいなオーク肉。バラ肉っぽい見た目通り脂の量がハンパじゃないが、脂自体がまったくくどくない。
脂自体はサラサラで甘みを感じる。肉の味は僅かに獣臭がするが、脂の味と合わさることで野性味が抑えられ、どぎつい迄の肉肉しさを演出している。
この肉で角煮を作ったら美味いだろうな。トンカツも食べたい。オークの肉の脂ならカラっとしたトンカツが作れそうだ。オークの脂身も絶対に入手しないと。って言うか魔物の肉が予想以上に美味しくてビックリだ。
「なあ、シルフィ。オークもラフバードも美味かったけど、一般的な肉なんだよな? もっと美味い肉もあるのか?」
「ラフバードは迷宮に生息地があるから、そこまで一般的じゃないけど、肉のランクとしては一般的ね。美味しいお肉は色々あるわよ。レベルが高い魔物のお肉はオークと比べて段違いの美味しさね」
素材が美味いのか。そうなると日本の料理と合わされば、恐ろしいほどに美味しい物が出来上がるんじゃないか? 例えばファンタジー世界憧れのあの肉とか……。
「シルフィ。この世界にはドラゴンって居るんだよな。前にディーネが海龍とか言ってたし。ドラゴンの肉はどうなんだ? 美味いのか?」
「ドラゴンのお肉はこの世界でも最高峰ね。まあドラゴンの種類によって味も変わるけど、総じて美味しいわよ」
やっぱりドラゴンの肉は美味いのか。ドラゴンステーキ。異世界に来て食べないなんてあり得ないよな。
「シルフィならドラゴンに勝てるよな?」
「ふふ。ドラゴンのお肉が食べたいの? 私なら大抵のドラゴンには勝てるわよ。でも戦ったらいけない、役目を持ったドラゴンも居るから注意してね」
おおー。大抵のドラゴンが食べられそうです。夢が広がりますな。どんな味なんだろう想像もつかない。
「シルフィ。ドラゴンって何処に居るの?」
「んー。自分の属性の強い場所に良くいるわね。ファイアードラゴンなら火山に居る事が多いみたいな感じかしら。迷宮にも深くまで進めばドラゴンがいるわよ。下級のドラゴンなら私でなくてベル達でも勝てるから頑張ってみたら?」
迷宮にドラゴンが居るんですか。いや迷宮にドラゴンがいないわけ無いよな。だって迷宮=ドラゴンと言っても過言ではないはずなのだから。
シルフィに頼んでいきなりドラゴン狩りに行こうかとも思ったが、止めておこう。最高峰の肉を最初に味わうと、これから出会う素晴らしく美味しいお肉が霞んでしまう。
迷宮を進むにつれて美味しいお肉の数々が現れ、最終的にドラゴン等の最高峰のお肉に辿り着く。この工程がベストだ。いかん燃えて来た。でも、ドラゴンのお肉が手に入ったら我慢できずに食べちゃうだろうな。
大きな肉串を二本食べてベル達も満足したのか、ベッドの上ではしゃいでいる。普段なら浮いているから、ベッドの感触が気に入ったのかもしれない。
思いもよらずのんびりした時間が流れる。文明圏に居る事のありがたさをシミジミと感じるな。
***
夕食の時間が来たので、食堂に向かう。流石にベル達と一緒に食べる訳にもいかないので、シルフィ以外はお部屋に待機してもらっている。
みんなでゆっくりご飯が食べられる場所が迷宮都市でも欲しいな。部屋に食事を届けてもらうにしても、一人部屋に六人前の料理は、違和感しかない。
「おっ。兄ちゃん、飯を食うのか? 今日はオークステーキだぜ。美味いから期待してろよ」
食堂に入るとカルク君が自慢げに料理の説明をしながら、席に案内してくれた。オーク肉が被っちゃったよ。ちょっと残念だ。
他の料理をとも思ったが、日替わりでメニューは変わるが、酒のツマミ以外のメインは一種類しかないらしい。日本の定食屋みたいにはいかないか。
「兄ちゃんエールは飲むか? 肉にはエールだぞ。別料金だけどな」
ニカッっと笑って進めるカルク君。商売上手だ。八歳ぐらいのこの子が、肉とエールの味を理解しているのか、気になるところだ。
「お勧めならエールも貰おうか。でもカルクはエールの味が分かるのか?」
「毎度。俺にはエールの何が美味いか分かんないけど、大人はみんな肉にはエールだって言ってるぞ。兄ちゃんが大人ならエールで大丈夫だ」
「そ、そうか」
……走って注文に行くカルク君の背中を見て思う。俺は今、子供に掌で転がされたのか? 情けない表情になっていたのか、シルフィがクスクス笑っている。異世界の少年は侮れないらしい。
気持ちを切り替えて周りを観察する。うーん、迷宮と冒険者ギルドに近い宿屋だからか、食堂にいる人達もゴツイ人ばかりだ。みんな冒険者なんだろうな。ケモミミも居るように思えるが、無理やり目を逸らす。
しっかりとケモミミを確認するのは、どうせなら美女が良いからな。ここに居るのは筋骨隆々の男ばかりだ。そこでケモミミに感動するのは控えたい。考え事をしているとカルク君がお料理を運んで来た。
「兄ちゃんお待たせ。エールのお代わりの時は呼んでくれ」
「あ、ああ」
目の前の料理に目が奪われる。何となくだが料理もこの宿に女性の姿が見えない要因なんだろうな。
デカくて分厚い豚ロースっぽい部位のオーク肉がこんがりと焼かれて、その上にスライスして火が通されたニンニクが山盛りだ。なんか漢飯って感じだな。付け合わせの野菜は炒めたキャベツか?
肉を切り分けると、意外と柔らかく、分厚い肉にもしっかりと火が通っている。ドキドキしながら大きめに切り取った、肉の塊にニンニクを乗せて口いっぱいに頬張る。
噛み締めると口の中で外側の脂身と肉とニンニクが混ざり合い、口の中で暴力的と言って良いほどに暴れ回る。美味い、美味いんだがどうなんだ? 夜にこんなもん食ったら眠れなくなりそうなんだが。
なんと言うか熱血的と言うか、下半身に直結しそうな味と言うか……日々こんな料理を食べていたら血の気が多くなりそうだ。冒険者にはこのぐらいの料理が必要なのか。
モグモグと分厚い肉を噛み締め、一緒に運ばれて来ていたエールで流し込む。うーん、肉はヤバいぐらいに美味いが、エールは温く麦の香りが強い。炭酸は無くアルコールを加えた麦茶みたいな感じだ。冷やしたら意外と美味しい気がする。
次は……パンだな。久しぶりの穀物だ。手に取ると固い、ラノベによくあるイースト菌が無いパターンか……知識があれば稼げそうだが、パンなんて作った事が無い。干しブドウがあれば出来るんだったか?
出来ればふわふわのパンが普通に食べられた方が楽で良かったんだが。もしくは米があれば最高だな。固いパンをちぎってみると、中身も茶色い。全粒粉のパンみたいだ。
食べてみると手の感触通りに中々の歯ごたえ、味は想像していたよりも美味しく、噛み締める度に素朴な麦の風味と僅かな塩気を感じる。でもただひたすら噛むから顎が疲れる。
うーん。このパンがデフォルトなんだとしたら、よく知らないとはいえ改良に挑戦しないと辛そうだ。
分厚い肉の塊と堅いパンを気合で噛み締めながら食事を終える。味としてはワイルドだけど美味かった。エールも冷やせば楽しめそうだし、パンを何とかすれば、食の面では異世界も悪くないかもしれない。
カルク君に美味しかったと伝えてエール代を払い部屋に戻る。久しぶりのまともな寝具。楽しみだな。
読んでくださってありがとうございます。