五百四十二話 交渉……?
ついに雪の大精霊を陥落させるクッションが完成した。メルが遠い目をするようになったり、シルフィ達やベル達、ジーナ達がクッションを気に入ってしまったりと色々と予想外のこともあったが、高評価だったから雪の大精霊も魅了できるだろう。
シルフィにお願いして雪の大精霊が寝床にしている場所に到着した。相変わらず凄い吹雪だが、シルフィが防いでくれているのでなんの問題ない。
そして、シルフィの呼びかけにも雪の大精霊は当然無反応だ。たぶん寝ているのだろう。
雪の大精霊のようなタイプは気を使うだけこちらが損をするので、不法侵入など気にせずに洞窟の中に入る。
「えーっと、どこにいるのかな?」
前回俺が来た時に寝ていた白熊の毛皮の上には居ない。今日は別の毛皮の気分なのだろう。
小さくなっていると猫サイズだし、雪の大精霊もサラサラの毛皮を装備しているから寝床の毛皮と同化して分かり辛い。なんだか間違い探しをしている気分だ。
「あそこに「シルフィ、言わないで」居る」
思わずシルフィの言葉を止めてしまった。
「裕太、急にどうしたの?」
「えーっと、なんというか、自分で見つけたい気分なんだ」
俺、間違い探しって結構好きなんだよね。テレビでやっていたら必ず挑戦するタイプだ。
「……裕太、いい加減諦めたら?」
十分ほど経過しただろうか? 目を血眼にして探しているのにいっこうに見つからない。なんでだ?
「本当にこの洞窟の中に居るの?」
実は間違いなんて無かったとか言う反則パターンだったら、さすがに文句を言うぞ。
「ええ、居るわよ。もういいかしら?」
「……うん」
少し残念だが、これ以上シルフィを無意味な娯楽に付き合わせるのは申し訳ない。
「ここに居るわ」
「えっ?」
そこは探したはずだけど? たしかなんとかとか言う羊っぽい魔物の毛皮というか毛の塊というかそんな感じの物体で、名前はサッパリ思いだせないが寝具というよりも羊毛そのままじゃん! と思ったのは覚えている。
シルフィがその羊毛の塊の中に手を突っ込み引き上げると、雪の大精霊が首の皮を掴まれた状態で目の前に現れた。しかも、まだ寝ている。
羊毛の中に埋まって寝ていたのか。視界から完璧に姿を隠すのはルール違反だと思う。
「ほら、起きなさい。面倒だけど、わざわざ来てあげたわよ」
シルフィが露骨に本音を漏らした。
まあ、雪の大精霊の勧誘目的が雪遊びと、寒い場所で温かい物を美味しく頂きたいという非生産的な目的だから、俺としても文句は言えないな。
「……なんにゃ。お前達、また来たのかにゃ」
驚いたら語尾の『にゃ』は消えるが、寝起きくらいでは消えないんだよな。ある意味凄いのかもしれない。
「にゃ!」
シルフィがポイッと雪の大精霊を近くの毛皮の上に放り、スッと俺の後ろに下がった。交渉に参加する気は微塵もないようだ。
放り投げられた雪の大精霊は、飛べばいいのにそのままくるりと回転しスチャっと毛皮の上に着地した。相変わらず猫にしか見えない。
「うみゅう。……それで、なにしに来たんだにゃ?」
あの猫特有の顔を洗う仕草は絶対に演技だな。ああやって可愛い子ぶって面倒事から逃れるのが染みついているのだろう。あいかわらずあざと可愛い精霊だ。
「俺が良い寝具を持ってきたら楽園に移住してくれるって、この前約束しましたよね」
貴重な蒸留酒の酒樽を飲み干して、さんざん俺に寝具自慢をしたんだから忘れたとか言われたらキレる自信がある。
「なんにゃ、これだけの毛皮を見ても諦めなかったのかにゃ?」
雪の大精霊が目を見開いて驚いている。あのコレクション自慢は、俺に諦めさせる意味もあったのか。
まあ、話している時はとてもご満悦だったし、九割以上はただ自慢したかっただけだろう。
「ええ、ちゃんと持ってきましたから、約束は守ってくださいね」
「うむ、その根性は褒めてやるにゃ。だが、たとえシルフィに協力してもらって珍しい魔物や強い魔物を狩ってきたとしても、問題はその毛皮の寝心地だにゃ。そこのところ分かっているのかにゃ?」
……魔物を狩ってその毛皮を持ってくる発想は無かったな。というか、そんなのこんな短期間じゃ無理だろ。毛皮の処理すら終わらないよ。
たぶん、この精霊、寝すぎて時間感覚が狂っているな。
「とりあえず、確認してみてください」
シルフィ達の反応を見て、すでに勝ちは確信している。
あとは妙な駄々をこねられないようにクッションでサックリ陥落させて、そのままお持ち帰りするだけだ。
巨大なクッションを取り出し雪の大精霊の前にドスンと置く。最初は精霊樹の枝から作ったビーズのクッションだ。
あれ? なんか雪の大精霊が、ふぅ、やれやれとアメリカのコメディみたいなジェスチャーをしている。
妙に可愛らしいところが神経を逆なでするのか、地味にムカッとくる仕草だ。
「どうかしましたか?」
「俺の話をちゃんと聞いていなかったのかにゃ? 毛皮こそが最高の寝心地なんだにゃ。こんな訳の分からない物は邪道にゃ。出直してくるにゃ」
あぁ、マニア特有のあれか、他人には理解できない拘りと言う奴か。毛皮じゃないというところで、雪の大精霊のテンションを下げてしまったようだ。
言うだけ言うとプイっと横を向いて毛皮に寝そべってしまった。
「えーっと、自信作なので試してもらえませんか?」
「時間の無駄にゃ」
試したら一発で陥落させられると思っていたけど、試す前に躓くのは計算外だ。
というか、時間の無駄って寝ているだけだよね。わずか一メートル程度の移動なんて二秒で完了するだろ。
前回の訪問の時から思っていたが、本当にこの精霊をスカウトして問題ないのだろうか?
空の島に雪を降らせるだけでいいから、別にこの大精霊でも構わないと思っていたが、雪をちゃんと降らせてくれるのかすら心配になってきた。
「な、なにするにゃ!」
雪の大精霊、いや、怠け者な猫の首筋を掴み、ポイッとクッションの上に放り投げる。決して説得が面倒になった訳ではない。
ただ、ちょっとどうでもよくなってきたことと、この方が手っ取り早いと思っただけだ。
たぶん、小さくなる前の姿を見ていたりしたら怖くてできなかっただろうから、その点は結果オーライだな。
「お前、無礼だふにゃー」
突然の行動にお怒りを表そうとした雪の大精霊が、怒りの途中で溶けるようにクッションにへばりついた。とても簡単だ。
「こ、この香りは精霊樹、だがそれだけではない。人の手で作ったとも思われぬこの見事な布、もしやダンジョン産か!」
なんかクッションについて語り始めたが、せめてその顔をクッションから離して語ってほしい。
昔流行ったタレているパンダのようになって話されても、頭に入ってこない。
でも、語尾の『にゃ』が消えているあたり、本気で驚いているようだ。
「むぅ、なかなか見事な素材だ。だが、これの真価はそれだけではない。この得も言われぬ不思議な感触。これはどういうことだ? 長い年月を過ごしてきたが、こんな感触は初めてだ!」
美食マンガを読んでいるような展開になってきたな。
今の俺が料理人だとすると、凄まじい美食家の審査員を唸らせている場面だ。次はネタばらし編に突入だな。
「うむ、身をゆだねるとほのかに感じる精霊樹の爽やかな香り。内部に使われている素材は精霊樹で間違いない。だが、精霊樹にこれほどの感触を生み出す素材などあったか? 葉か? いや、葉でもこの感触は無理だろう。これはどういうことだ?」
あれ? そろそろこちらに話を振られて、工夫を披露して大団円の時間なのに審査員が思考に没頭してしまった。
「シルフィ。これって気に入ったととらえても良いんだよね?」
言葉では賞賛が溢れているが、雪の大精霊の顔が妙に深刻なので少しだけ不安になる。
「ええ、駄目って言ってもついてくるわよ」
それはそれで有難みがないな。あぁ、この雪の大精霊からありがたみを感じたことなんて一度もなかったな。
「そういえば裕太。勧誘は成功するでしょうけど、契約はどうするの? あの様子ならたぶん受け入れるわよ」
契約? あぁ精霊との契約のことか。
俺の契約精霊に新たな大精霊が! と普通なら盛り上がるところなんだが……どうしたものか。
感触を確かめる為なんだろうけど、クッションをふみふみしている姿は、猫特有のおっぱいを求める仕草にしか見えない。
たしかに外見も仕草もとても可愛いが、ほとんどが無精するための演技なんだよな。契約してもメリットよりもデメリットの方が大きい気がしないでもない。
「……止めておくよ」
雪を降らせてくれるだけで十分だ。一番上の島であのクッションに包まれて眠っていてもらおう。
「そう、それがいいわね」
契約をしないことを告げると、シルフィがそこはかとなく嬉しそうに見えた。活動的なシルフィとは雪の大精霊と性格的に合わないから無理もないか。
「人間! この感触はどうなっている! 中を見たい!」
ようやく種明かしの時間がきたようだ。あと、初めて人間! て呼びかけられた。いや、アンデッドにもそう呼ばれたことがあったか?
まあ、ここに人間は俺しか居ないから通じるのは通じるんだが、精霊にそう呼ばれると違和感が凄まじいな。
「俺の名前は裕太です」
「そんなことはどうでもいい、中身が見たい!」
俺の名前がそんなことで流されてしまった。まあこっちも内心でかなり失礼なことを思っているからそれくらい構わないけどね。
名前を流された小さな復讐として、気を使うのを止めよう。あと、もう一つの甘い香りがする樹液のクッションも出し惜しみだな。
あの雪の大精霊を働かせたい時の切り札として取っておこう。
「それは弟子が心を込めて縫ったクッションだから、バラされたら困る。素材を見せるからこっちで我慢してくれ」
魔法の鞄からビーズが入った器を取り出し、雪の大精霊の目の前に置く。
「これか? この小さな丸い粒粒が布の中に入っていたのか。これがあの感触の秘けつ。なんと、これが精霊樹の木材でできていたのか。くっ、人間が作る物も侮れぬということなのだな」
普通の人だと魔術布と精霊樹の枝をクッションには使わないな。
一応、審査員を納得させて大団円ということになったのかな?
「これで満足してくれた? なら一緒に来てくれるよね?」
「む……」
あれ? なんか嫌そうだ。
「来ないのなら、このクッションは持って帰るね」
「まてまてまて……少し人間にやり込められたのがショックだっただけなのだ。分かった、一緒に行く。だから、そのクッションは俺の物だ」
雪の大精霊の勧誘に成功した!
……ファンタジーな世界で新たに仲間が増える時って、もっと感動的な何かがあるべきではないのだろうか。
大精霊を物で釣って勧誘って……ファンタジーとして正しいのかな?
読んでくださってありがとうございます。