五百三十八話 雪の大精霊
雪の中級精霊のスカウトは、能力面での折り合いがつかずにあえなく失敗に終わってしまった。雪の浮島計画が諦められない俺はシルフィに頼み、能力面で問題はないが性格に問題がありそうな精霊を紹介してもらえることになった。
「うっわ、こんなところに住んでるの? いや、雪の精霊なら当然なのか?」
契約精霊と弟子達に出かけることを伝え、シルフィと共に楽園を飛び立った。
出がけにベル達が一緒に行きたいとおねだりしてきたが、現在雪遊びに猛烈にハマっているベル達を雪が降る場所に連れて行くと収拾がつかなくなるのでお留守番をお願いした。
そうしてやって来た場所は……海を越えた別の大陸の、名前も知らない大きな山の中腹……なはず。
ブリザードがこれでもかと吹き荒れていて周囲が良く見えないから断定はできないが、たぶん中腹だ。
まあ、海を越えてこの大陸に入った時点で一面が雪景色だったから、中腹だろうが何だろうが雪で埋もれているから関係ないけどな。
それにしても天候が悪い。シルフィが風で雪や冷気を防いでくれていなかったら、たぶん俺はすでにカチカチになっていただろう。
このブリザードが精霊の仕業なら、誰も近づくなってことだろうな。
「めんどうね」
シルフィが軽く右手を振ると、猛烈に吹き荒れていたブリザードが一瞬で静かになった。雪はまだ降り続いているから風に干渉して風だけを止めたようだ。
「シルフィ。あの洞窟に雪の精霊が住んでるの?」
風が止むとある程度視界が良好になり、前方に洞窟を発見した。
「ええ、そうよ。交渉は裕太に任せて私は何もしないわ。それでいいのよね?」
シルフィはくだんの雪の精霊と話すのがよっぽど嫌なようだ。
ここに来るまでにシルフィから情報収集をしたが、かなりの気分屋のようなので性格が合わないのだろう。
お酒という切り札がそれほど効果を発揮しないのが不安だが、ここまで来たんだからやるしかない。
「分かってる。俺が交渉するよ」
でも、少しは手伝ってくれてもいいんだよ?
「じゃあ中に入るわよ」
「えっ? 勝手に入っていいの?」
不法侵入して機嫌を損ねるのは嫌なんだけど?
「風で中に声を届けたけど無視されたわ。ここで待っていても良いけど、会うのはいつになるか分からないわよ?」
シルフィを無視するなんて、凄い度胸だな。
「えーっと……中に入ろうか」
一瞬気分屋の気分が変わって出てくることを考えたが、望み薄っぽいので諦めて洞窟の中に入る。
「……あれ? なんで洞窟の中まで雪が入り込んでるの? と思ったけど、精霊の仕業だよね」
出入口ならまだしも、それなりに歩いたところまで雪が入ってきているのは妙だと思ったが、精霊は自分の属性が身近にあることを好む。雪の精霊もそうなのだろう。
それなら洞窟じゃなくて外でも良いじゃん、と思うのは俺だけなのかな?
洞窟の奥に進むと広い空間に出た。
洞窟の中なのにほのかに明るく、そして雪で埋まっている。明かりはともかく雪で埋まっているのは予想済みだったから構わない。
構わないのだが、突っ込みどころがいくつもある。
洞窟の中には無数に背の低い雪の円柱が立ち、その上には様々な魔物と思われるものの毛皮が飾られている。
精霊が毛皮の展示? お酒以外に物欲がほとんど無さ気な精霊が? ルビー達が趣味で料理道具に拘っているから、そんな感じなのかな?
「……雪の精霊、居ないね」
なるほど、留守なら返事はできないな。シルフィを無視とかスゲーとか思ったけど納得だ。
「居るわよ。あの白熊の毛皮の上を見てみなさい」
シルフィが指した方向には……たしかに白熊(頭・手足付き)の毛皮がある。あれを白熊といっていいのか疑問なほど大きいが、たしかに白熊の毛皮だろう。
「? 毛皮しかないよ?」
「毛皮の上よ」
「上?」
毛皮の上……うん、注意してみると何か載っているな。もこっとしていて黒い斑点模様の白い猫……あれ?
「シルフィ。雪の精霊って巨大な雪豹の姿って言ってなかった?」
「ウインド様が小さくなったのを見たことがあるでしょ。あれよ」
「なるほど……なんで?」
ここは言ってみれば雪の大精霊の自宅。なんでわざわざ小さくなっているんだろう?
「小さい方が思う存分毛皮の上でゴロゴロできるって言っていたわね」
「そっか……えーっと、どうしよっか?」
「知らないわ。裕太が頑張りなさい」
シルフィは本気で関わる気がないらしい。しょうがない、とりあえず話してみよう。
うっ、可愛い。そして、太い前足をみて、たしかにこの子は猫ではなくて雪豹なんだと納得できる。
納得できるが、可愛い。ネコ科の動物の子供の頃ってなんでこんなに可愛いのだろう?
モコモコふわふわな体を丸め、気持ちよさそうに眠っている可愛らしい雪豹の子供……起こせない……いかんいかん、そういえばこの精霊は大精霊で、まったく子供じゃなかった。
ここは心を鬼にして、起こそう。
「すみません。起きて、起きてください」
勝手に家に入って寝ているのを起こすのって人としてどうなんだ? ……まあここまで来たらしょうがない。申し訳ないが起きてもらおう。
声だけではピクリともしないので、雪豹の体をゆさゆさと揺らしながら更に声を掛ける。ふわモコの毛がとても気持ちがいい。
「んにゃ? ……なんにゃおまえ、誰にゃ?」
にゃ……だと……雪豹も『にゃー』と鳴くのか? 可愛いんですけど!
「えーっと、初めまして。裕太と言います。その、今日は雪の大精霊さんにお話があってきました」
「話? 話ってなんにゃ……お前! 人間か! 人間がなぜここにいる! どうして俺と話せるんだ!」
おおう、いきなりキャラが変わって語尾に『にゃ』がつかなくなった。
そしてものすごく警戒されている。シルフィが守ってくれるとは思うけど、攻撃されたら怖いから早く誤解を解かないと!
というか雰囲気が変わり過ぎだ。普通に怖い。
「あ、あの、聞いたことがありませんか? 精霊と話せて触れる人間が現れたって、それで精霊王様方ともお会いして、聖域も造ってもらったんですけど……」
「……ふむ、誰かがここに来てそんなことを言っておった気もする」
「それ、それが俺のことです」
良かった、うっすらとしか認識していないみたいだが、知ってはいてくれたようだ。
「なるほど……」
納得してくれたのか雪の精霊は起こしていた体を戻し、丸まってしまった。
「あのー」
「なんだ?」
「なぜ語尾に『にゃ』を付けるんですか?」
このタイミングで聞くべきことではないかもしれないが、どうしても気になってしまった。驚いて『にゃ』が消えるのなら『にゃ』は後付けということになるはずだ。
「語尾を変えて可愛らしくしていると、面倒を掛けるやつが減るからだ」
……それって、周囲の精霊が、大精霊なのにあざとく振舞っている姿に引いているだけなのでは?
「あっ、ちょ、ちょっと、雪の精霊さん、寝ないでください。話はまだ終わっていませんよ」
「今日は驚いてもう疲れたにゃ。さっさと帰るにゃ」
そう言って雪の大精霊は目を閉じてしまった。天然ではなく養殖だと分かってるのに、可愛いから困る。
シルフィが嫌がる理由が少しわかった。
この精霊、お猫様気質の自宅警備員だ。面倒を嫌い、そのためには語尾に『にゃ』を付けることすら躊躇わない。
自分がやりたいこと以外は、一切拒否するタイプのお猫様だ。
ヤバい、説得できるできない以前に、話を聞いてもらうことすら難しそうだ。
「と、とりあえず、これをどうぞ!」
目を瞑ってしまったお猫様の鼻先に蒸留酒が入ったコップを置く。お酒よりも大切な物があるらしいが、お酒が嫌いな訳ではないから効果はあるだろう。
ヒクヒクと鼻を動かして目を開ける雪の大精霊。
「これ、飲んでいいのかにゃ?」
「はい、どうぞ」
「ありがとにゃ」
両手でグラスを持ち、ゴクゴクと可愛らしく飲む雪の大精霊。可愛らしい姿だけど、飲んでいるのはきっつい蒸留酒なんだよな。
「くはー。これきくにゃ、うまいにゃ! もっと欲しいにゃ!」
蒸留酒に驚いたのか、仕草がおっさん臭くなった。
「飲んでいる間、俺の話を聞いてくれますか?」
このお酒が沢山飲めますよと拠点に誘えればいいのだが、今の雰囲気だと……いけそうな気もするが、たぶん無理だろう。
お酒を飲みながらも毛皮の上からは離れようとしない。
分かっていたことだが、精霊特効なはずのお酒が会話アイテムにしかならないのだ辛い。
「……しかたがないにゃ、聞いてやるにゃ」
聞いてくれるようなので、蒸留酒を樽ごと取り出す。
「裕太、私にもちょうだい」
シルフィまで参戦してきてしまった。
「シルフィも居たのかにゃ。なんのようだにゃ」
今頃シルフィに気がついたようだ。
「私は裕太の付き添いだから気にしなくていいわ」
「そうなのかにゃ? ……まあ、どうでも良いにゃ」
とりあえず、ガンガン飲ませて気持ちよくさせて言質を取ってしまおう。
なんだかスカウトするのが不安になるが、雪さえ降らせてくれたら問題ないのでこのまま続行だ。
***
「興味ないにゃ!」
お酒をたらふく飲ませ、おつまみも提供し、散々メリットをプレゼンしまくった上でのこの一言。
割と本気で殴りたくなってくる。
……お猫様気質に理詰めでメリットを訴えても、気分で否定されるから無駄だな。
こういう相手だと、興味を引かなければ話にならない。
シルフィからの情報でも、雪の大精霊の様子を見ても、ゴロゴロすることと眠ることに強いこだわりを持っているのは間違いない。
なら、そこを攻めるべきなのだが……寝具か……。
低反発素材は仕組みや素材をまったく知らない。かなり昔にウォーターベッドが流行ったらしいけど……水を入れても大丈夫な革から探さなければいけないし、なによりこれだけ寒い場所だと凍ってしまいそうだ。
となると、あれしかないか。
でも、あれの素材はプラスチックだった気がする。
うーん、プラスチックは無理だとしても、何かしらの素材で代用すればノモスなら作れるかもしれない。
……試してみるか。
寝具に拘りがあればパクリとはいえ、ヨ〇ボーの魔力からは逃れられまい。人を駄目にする系のクッションでこの雪の精霊を陥落させてやる。
「雪の大精霊さんは寝具に拘りがあるんですよね?」
「あっ」
黙ってお酒を飲んでいたシルフィから驚きの声が聞こえる。その顔は、裕太、やっちゃったわねと言っているように見える。
「おお、聞きたいのかにゃ? そうか、にゃら教えてあげるにゃ」
雪の大精霊の顔が、自分のオタク趣味を話せる相手が見つかった時のオタクのようになっている。
なるほど、俺は押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。雪の大精霊が自慢の毛皮の自慢を始めてしまった。
次に俺が口を挟めるようになるのはいつ頃だろう?
読んでくださってありがとうございます。




