五百三十六話 カマクラ
楽園の一角に雪原が現れ、弟子達に雪遊びを教えて師匠としての株をあげた。まあ、ちょっと悪ふざけして作った、国宝級の宝物で飾った雪ダルマをジーナに見られて株が少し下がってしまったが、これから挽回したいと思う。
「よーし、じゃあ次は全員で一ヶ所に雪を集めるぞ」
雪ダルマ作りが一段落し、休憩も終わったので再び雪遊びを始める。次はカマクラだ。
ちなみにベル達が作った雪玉は……ベル達の素の力ではそれほど大きな雪玉は作れず、可愛らしい雪ダルマが沢山完成することになった。
皆まだ下級精霊で子供だし、魔法を使わなければそうなるよね。
俺の号令で弟子達と精霊達がキャッキャと雪を指定の場所に集め始める。
さて、久しぶりに開拓ツールの出番だな。
魔法のシャベルを取り出し、最大サイズに変更する。
うん、久しぶりに使うけど見事な大きさだ。そして重さを感じさせないところも素晴らしい。どういう理屈なんだろう?
難しいことは後回しにして、地面の雪に魔法のシャベルを差し込みズゴッと持ち上げる。
「いくぞー。そーれ!」
大声で注目を引き、こちらを視線が向いたことを確認して、シャベルの雪を山なりになるように雪の集積地に投げる。
「うきゃー」「キュー」「よける?」「クゥ!」「げきたいだぜ!」「……」「あう!」
「うわっ」「きゃ」「うば」「おにいちゃん!」
飛んできた大量の雪に、みんながそれぞれのリアクションを取る。突然の雪の襲撃に皆面白がってくれているようだが、フレアには雪を燃やされてしまった。
素晴らしい反射神経だけど、雪を溶かされるのは困るから炎はなしだと言っておこう。
***
「おっきー」「キュー」
ベルとレインが大量の雪を集めて作った雪山の周りを楽しそうに飛び回っている。
たしかに大きい。
魔法のシャベルがあまりにも高性能だったから、楽しくて少し調子に乗ってしまったかもしれない。下手をしたら小さめの一軒家くらいあるぞ。
……まああれだ、俺とベル達とサクラ、ジーナ達、フクちゃん達、それにシルフィ達やメル、メラル、メリルセリオも合流するかもしれないから、これくらい大きい方が良いよね。
高さはそれほど必要ないから、横に広げるように踏み固めながら大きなカマクラを作ろう。
いちおう、補強の為にいくつか柱を作った方が良さそうだな。
「師匠、雪を集めてどうするんだ?」
ジーナの疑問ももっともだ。
「カマクラを作るんだよ」
「カマクラ?」
カマクラが伝わらない。あの雪の精霊の地元なら普通に利用されていそうだけど、まだ世界には雪で作った家の呼び名が無いのかもしれない。
「簡単に言うと、雪で作った家かな?」
カマクラを家と呼んでいいのかは微妙だけど、他になんて言えばいいのかが分からないからしょうがない。
「雪の家……師匠は雪のことをよく知っているみたいだから問題はないんだろうけど……寒くないのか? 雪はかなり冷たかったぞ」
「寒くない訳じゃないけど、外よりかはかなりマシだし、中で火も焚くから割と温かいよ」
まあ家がすぐそこにあるからカマクラを作る意味は薄いんだけど、せっかく雪が沢山あるんだから楽しまないと損だ。
「ふーん、なんか想像できないな」
今日初めて雪を見たんだから無理もないだろう。
「まあ、体験してみたら分かるよ」
「そうだな、よし、やるか! ……で、なにをすればいいんだ?」
「まずはみんなで雪を踏み固めながら形を作ろうか」
本当はある程度形を作ってから雪を寝かせた方が良いんだけど、少し硬めに踏みしめればなんとかなるだろう。
「分かった。おーい、みんな、雪を踏み固めるぞー」
号令をジーナに取られてしまった。今日のジーナはアグレッシブだな。
***
「ふうじんー」
風の刃でガッチガチに固まった雪を切り出すベル。
「キュー」
水の刃でガッチガチに固まった雪を切り出すレイン。
「クゥー」
精霊樹の桜の花びらでガッチガチに固まった雪を切り出すタマモ。
切り出された氷のブロックと見間違えそうな雪を、楽しそうに外に運び出す弟子達と契約精霊達。
なんだか思っていたカマクラ作りと違うな。
まあ、原因は全部俺なんだけど。
皆が踏み固めた雪山を、魔法のシャベルを大きくして叩いて形を整えた。
シャベルの重量のことも考えて軽く叩いていたつもりだったが、それでも威力が強すぎだったらしく雪が氷のようにギッチギチに固まってしまった。
魔法のサバイバルナイフで雪を切り出そうかとも思ったが、なんだかそれはそれで味気ないので精霊達に氷の切り出しをお願いした。
その結果が目の前の魔法乱舞だが、ベル達の魔法がジーナ達やフクちゃん達の参考になっているようなので怪我の功名だろう。
ちなみにフレアは雪山に向かって、いきなり『ぶっとばすぜ!』と言いだしたから雪運びに左遷された。
この分ならジーナに監督を任せて、俺は別の仕込みに取り掛かれそうだ。
***
「これでカマクラが完成だ!」
最後の雪の塊を搬出し、カマクラの完成を宣言する。
十畳くらいのスペースで四本の柱があるから、これをカマクラと言って良いのか分からないが、雪で作った建物だからカマクラと強弁しても良いだろう。
日が暮れるギリギリだったが、完成が間に合って良かった。
「かまくらー」「キュー」「いえ?」「クゥ」「さむそうだぜ」「……」
「これがカマクラかー。師匠は割と温かくなるって言っていたけど、そこまで温かくはないよな?」
「風が遮られる分、温かいのかもしれないです」
「かまくら、すごい! 師匠、ゆきっておもしろい!」
「つめたいおうち?」
ベル達と弟子達の反応が二手に分かれている。純粋にカマクラを面白そうだと感じている反応と、本当に住居、いや、休憩場所として活用できるのかに疑問を覚えている反応だ。
まあ、サラの言う通り風が遮られて温かくなる一面もあるが、カマクラの醍醐味はここからだ。
ジーナに監督を任せて一時離脱していた仕込みが、今こそ発揮される。
まず魔法の鞄から取り出すのは七輪を四個。すでに中では炭が赤々と燃えている。
この七輪は、すでに完成していた工房で授業中だったノモスに、メルからアドバイスをもらいながら作ってもらった物で、大人数に対応するためにかなり大きめに作ってもらった。
カマクラの中に生まれた温かな炭の光を見て、ベル達と弟子達から喜びの声が上がる。
なんてことのないただの炭なんだけど、こういうシチュエーションだとテンションが上がるよね。
続いて取り出すのは、四つの土鍋。これまた先程ノモスに作ってもらった大人数対応の大きな物だ。
それをルビーのところに持っていき、鍋用のスープを入れてもらって具材も用意してもらった。
そう、今晩のご飯は寒い時期に食べると最高に美味しいお鍋だ。
昆布出汁のラフバード鍋。
近海で取れた新鮮な魚での味噌味の寄せ鍋。
オーク肉たっぷりの醤油鍋。
アサルトドラゴンのスキヤキ。
贅沢を言えばオーク肉はキムチ鍋にしたかったし、鍋に豆腐も入れたかった。でも、残念なことにキムチが無いし、豆腐もまだ作っていないから諦めるしかない。
キムチはともかく豆腐は自分でも作れるからもったいなかった。
まあ、楽園に雪が降って急遽鍋パーティーを開催することになるなんて予想外だから仕方がないが、豆腐は他にも利用法が沢山あるから近いうちに作ることにしよう。
若干物足りないがそれでも七輪の上で湯気を立てている鍋は、そんな不満を消し飛ばすほど美味しそうだ。
四つの七輪の周りに板と丸太を置き、簡単な椅子とテーブル代わりにする。あとは食器を並べれば準備万端だ。
おっと、食べる前にここに居ないメンバーを呼ばないとな。
ベル達にお遣いに行ってもらおう。鍋に釘づけだったりよだれを垂らしたりしているから少し申し訳ないけど、俺が召喚する以外だとそれが一番早いもんね。
「みんな、シルフィ達やメル達にご飯だって伝えて、一緒に食べるならここまで案内をお願い」
「「「はーい」」」
ベル達が返事をした後、ものすごいスピードで飛び去って行った。早くご飯が食べたいから急いだんだろう。
「師匠、カマクラの中が本当に温かくなってきた。でも、なぜ中が温かくなったのに溶けないんだ?」
七輪が投入されてジーナもカマクラの凄さを実感したようだ。でも、難しい質問をされてしまった。俺も詳しくは知らない。
「えーっと、たしか表面が少しは溶けているんだったかな? でも、溶けた雪もすぐに冷やされるから、溶けているように見えないんだったと思う」
たぶんだけど……。
「へー、そうなのか。あっ、本当だ、少し水っぽい」
うろ覚えの知識だったから不安だったが、どうやら正しかったようだ。
「あら、面白い物を造ったわね」
「うふふー。素敵だわー」
「面白い試みですね。寒い場所でしか育たない植物も、ここなら育てられるかもしれません」
「さすがお師匠様です」
カマクラについてジーナ達と話していると、シルフィ、ディーネ、ドリー、メル達がやってきた。
「いらっしゃい。ノモスとイフ、ヴィータは?」
「ノモスは醸造所、イフは雪を見ると溶かしたくなるから止めておくですって。ヴィータも今夜は遠慮しておくそうよ」
「そうなんだ、了解」
なるほど、ノモスにはお酒を渡したから当然そうなるか。イフは……冗談……だよね? ヴィータは、ここがそれほど広くないから遠慮してくれた気がする。
自分の欲望に忠実なノモスはともかくとして、イフとヴィータには後でお鍋を差し入れしておこう。
「ゆーたー。ごはんー」
おっと、ベルが待ちきれないようだ。早く食事にしよう。
「みんな、今日は四種類の鍋があるから、食べたい鍋の所に移動して好きに食べて。では、いただきます!」
「「「いただきます」」」
さて、俺はどの鍋から挑もうかな。
ドラゴン肉のスキヤキは最後にして、まずはラフバード鍋からにしよう。
カマクラで鍋か……精霊が居て魔法があるファンタジーな世界なのに、まるで日本の雪国に居るような気分になるな。
読んでくださってありがとうございます。