五百三十五話 雪遊び
メルを連れて楽園に戻ってきたら、中級精霊の為のスペースの一角に雪原ができていた。初めての雪に大喜びするベル達とジーナ達。これは師匠としての威厳を示すチャンスだと思い、俺は日本でつちかった雪遊びをお披露目することにした。
「ほら、これが雪兎だよ」
「お師匠様、可愛いですね」
「かわいいー」
満を持して雪兎をジーナ達に披露すると、サラとキッカからは大好評をいただいた。
マルコはふーんとあまり興味が無い様子だ。まあ男の子だし、雪兎よりも体を使って遊ぶ方が楽しいのだろう。
だけどジーナ、君はちょっと駄目なんじゃないかな?
女の子だから可愛い物に喜ぶべきだとは俺も思わないが、それでも大人に近い年齢なんだからマルコと同じ反応をしたら駄目だろう。
とはいえ、無理に喜べとは言えないし……ジーナとマルコは先に体を動かせる雪ダルマづくりに移行してもらおう。
「マルコ、ジーナ。こうやって雪玉を作ってごらん」
積もった雪を両手で掴み、ギュッギュッと握る。あんまり強くすると氷みたいになるから、それなりの力加減が必要だ。
できあがった雪玉を見せると、マルコとジーナもすぐに同じように雪玉を作る。
「あとは、こうやって転がすと……」
「うわ、おおきくなった!」
「へー。雪玉に地面の雪がくっつくんだな」
簡単なことで喜んでくれるから、とても楽だ。
「うん、転がせば転がすほど大きくなるから、大きな雪玉を作ってね」
「ウリ、大きいのをつくるぞ!」
「シバ、こっちもだ!」
転がせば転がすほど大きくなる、その言葉がマルコとジーナの琴線に触れたのか、二人はすぐさま雪玉を転がし始めた。
二人ともレベルアップで力も体力も十分。どんな大きさの雪玉が完成するか楽しみだ。
雪に水と塩を掛ける方法は……際限が無くなりそうだから内緒にしておこう。
二人が一心不乱に雪玉を転がし始めたので、俺はサラとキッカと一緒に雪兎を作る。
二人は楽しそうに雪を兎の形に整えているから、俺は更に一歩進んだ雪兎に挑戦しよう。
まずは先程作った雪玉をバスケットボール大になるまで転がし、続いてその真ん丸な雪玉に小さくて丸っこい手足を付け、おおきくて細長い葉っぱを頭上に二本突き刺す。
あとは、目の部分に木苺を埋め込み、口を小枝で表現すれば……。
「玉兎の完成!」
「たまうさぎだー!」
「ふふ、そういえばそうですね。丸く作れば玉兎になりますね。凄いですお師匠様」
ただ丸くしただけで、サラとキッカの心を完璧に掴んだ。なんだか普通に精霊術について教えるよりも尊敬されている気がする。
少し納得がいかない気持ちもあるが、得られる成果は最大限に得ることにしよう。
「ゆーたー」「キュー」「なにかつくってる?」「ククゥ」「うさぎだぜ!」「……」
三人で雪兎を増産していると、雪遊びに満足したベル達がこちらにやって来た。表情がとても満足気なので、雪遊びがよっぽど楽しかったのだろう。
「ゆーた、あのねー。もふってなって、ぐいぐいってするととおれるー」
ベルが手足をワチャワチャさせながら教えてくれるが、解読がとても難しい。
モフは……雪に突っ込んだ時の感触か? そうなるとグイグイは雪の中で力を入れると通れるって言いたいのだろう。
解読できたのは嬉しいがベルに続いてレイン達も色々と報告してくれるから、解読が追い付かない。
サクラなんて大興奮で、あう! あう! と手足をパタパタさせながら喜んでいる。
「よし、じゃあみんなで雪兎を作ろうか」
こういう時は注意を別に逸らすに限る。汚い大人のやり方だが、ベル達の言葉が理解できなくて悲しませるよりかはマシだ。
「……可愛らしい雪兎だけど、作り過ぎると不気味だね」
「そうですね、少し怖いです」
俺の正直な感想にサラが同意してくれる。
さすがに作り過ぎた。俺、サラ、キッカにベル達とフクちゃんプルちゃんマメちゃんで作ったものだから、近場の雪原が雪兎で埋まってしまった。
しかも、失敗したのか雪兎と言うよりも不気味なオブジェと化している作品も混ざっているから、更に不気味さが増している。
まあ、大半はサクラの作品なんだけどね。さすがに赤ん坊の手で雪兎は難しかったらしい。本人は満足気だけど……。
そろそろ雪兎はおしまいにして、いまだに雪玉を大きくすることに全力を傾けているジーナとマルコを呼び戻そう。
「師匠、みて!」
ジーナとマルコを呼ぶと、二人とも雪玉を転がしながら戻って来た。
「うわー。おにいちゃんすごい!」
「ジーナお姉さんも凄いですね。雪ってこんなに大きくなるんですか」
キッカとサラ、そしてベル達が二人が作った雪玉の大きさに驚いている。
遠目で見て分かってはいたけど、たしかに大きい。
あれ? 雪玉って塩も水も使わずにこんなに大きくなるんだっけ? マルコの雪玉は一メートル、ジーナの雪玉に至っては一メートル五十を超えているだろう。
契約精霊にも手伝ってもらったにしても、普通は女子供が動かせる重さじゃないから、レベルアップの有効性をヒシヒシと感じる。
「ふふ、マルコ。あたしの方が大きいぞ」
「むぅ、まけた!」
普段はガサツでも年上としてちゃんとサラ達を導いているジーナだが、今日はとても子供っぽい。
雪が童心に帰らせているのかもしれない。
「ん? トゥル、どうしたの?」
ジーナの無邪気な様子を堪能していると、雪玉に興味津々だったトゥルが俺の袖を引っ張った。
「どうやってつくるの?」
大きな雪玉を指して言うトゥル。なるほど、大きな雪玉の作り方が知りたいのか。
特に難しい事でもないので、見本を見せながら雪玉の作り方を教えていると、ベル達も集まってきた。
「ふぉぉ。おおきいのつくるー」「キュゥキュキュキュー」「まんまるにする」「クゥゥゥ」「いえよりおおきいのをつくるぜ!」「…………」
作り方を理解したベル達が、大張り切りで飛び立っていった。でも、フレアが言った家よりも大きいのは無理だと思うよ。
……この雪原、大量の雪兎に加えて、沢山の雪ダルマが飾られることになりそうだ。
「えーっと、じゃあ次はマルコの雪玉を壊さないようにジーナの雪玉の上に乗せようか」
都合良く二人が作った雪玉の大きさが違うので、このまま一気に雪ダルマを完成させてしまおう。
弟子達が、えっ? なんで雪玉に雪玉を乗せるの? といった顔をしているが、雪ダルマが完成すれば師の偉大さを理解することになるだろう。
マルコとジーナが協力して雪玉を重ねる。割れないか落ちないかとハラハラしたが、無事に二つの雪玉が重なった。
あとは……帽子代わりのバケツ……は魔法の鞄に入っていないから、鍋……いや、この際キンキラキンのヘルムを利用しよう。
特殊な効果もなく金の下地に沢山の宝石が散りばめられた兜、重いし儀礼用か換金用以外に利用価値が思いつかない一品だが、豪華に着飾った成金雪ダルマと言うのも面白そうだ。
……いや、駄目だな。弟子が初めて作った雪ダルマを成金仕様にするのはさすがに可愛そうだ。
成金仕様の雪ダルマは、後で自分で作った雪ダルマでやろう。
となると、バケツの代わりに鍋にして、目はミカンのような果物、鼻はニンジンで口と手はDIYで使った木材のあまりと手袋で対応できるな。お腹のボタンは、リンゴで良いだろう。
魔法の鞄から取り出したパーツをジーナ達に渡し、それぞれに使用用途を説明して雪ダルマに埋め込ませる。
キャアキャアと騒ぎながらパーツを埋め込み、変な顔になったと爆笑するジーナ達。楽しそうで何よりだ。
しばらく弟子達で相談しながらパーツの位置を調整し、満足いく仕上がりになったところで雪ダルマが完成した。
大きいけど素朴で可愛らしい雪ダルマを見ると、子供の頃を思い出す。
「師匠、この雪のゴーレムうごく?」
なるほど、こっちの世界ではダルマが無いから、ゴーレムだと思ったのか。
「うーん、このままだと動かないけど……雪の精霊に頼んだら動かせるかも?」
「じゃあ、ちょっと雪の精霊をさがしてくる!」
「いやマルコ、ちょっと待って。えーっと、ごはんを食べるって言っていたし、彼女も遊びに来ているんだから邪魔しちゃ駄目だよ。ここに来た時にお願いするだけにしておこう」
さすがに照れて逃走してしまった相手に、探し出して雪ダルマを動かすように頼むのは気まずい。
「んー、わかった。きたらたのんでみる」
「うん。でも、動かせるかどうかは確実じゃないから、無理って言われたら諦めるようにね」
素直に頷いてくれるマルコ。マルコもそうだけどジーナ達も聞き分けが良いからとても助かる。
たぶん、ジーナはともかくサラ達は色々と苦労したから、子供ながらに精神がある程度成熟しているんだろう。
助かるけど悲しい事でもある。でも、弟子にしたころに比べると随分と子供らしくなったし、これからもジーナ達が楽しく生きていけるように努力しよう。
……精霊術師の評判回復の為に弟子に取ったのだけど、随分と絆されてしまったな……。
おおう、思い出に浸ってしんみりとしている間に、ジーナ達が黙々と新しい雪玉を転がし始めていた。
予想通り雪ダルマも量産されるようだ。
なら俺も参加するか。成金の雪ダルマ、大人の下品さを子供達に見せつけてやろう。
「完成した!」
頭上にキンキラキンの黄金のヘルム。目はサファイアの大粒を二つ、鼻は巨大なルビーで口はエメラルド、お腹の三つのボタンは拳大のダイアモンド。そして手の代わりに光の魔剣と闇の魔剣をぶっさしてみた。
いずれのパーツも出るとこへ出れば国宝と認定される宝物で飾った雪ダルマ。
「もっと下品になるのかと思っていたんだけど……意外とカッコいい」
純白の雪と各種宝石がキラキラと太陽に反射して、神秘的な美しさを漂わせている。
あと、左右の光の魔剣と闇の魔剣が問答無用で迫力があるから、戦えたらとても強そうだ。
うーん、頭上のヘルムが下品と言えば下品か?
成金っぽさを出すなら、金をふんだんにパーツに使った方が良いのかもしれない。
まあ、せっかくカッコよく完成したんだし、無理して成金雪ダルマにすることもないだろう。
でも、改めて見ると、これは質の悪い悪ふざけでしかないな。
教育に悪そうだし、見せずに収納して――。
「師匠、さすがにこれは無いんじゃないか? 価値がある物はちゃんとそれ相応の扱いをするべきだとあたしは思うよ」
証拠隠滅する前にジーナに見られ、至極もっともなことを言われてしまった。笑って誤魔化せるだろうか?
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大精霊達がお酒を飲みつつ楽しく騒いでいますので、ご覧いただけましたらたら幸いです。
読んでくださってありがとうございます。