五百三十一話 ダマスカス
三人の面倒な鍛冶師に絡まれてメルが困っていたので、師匠としてなんとかしてあげようと首を突っ込んでみたら、相手は話が通じないタイプの職人だった。説得を諦め職人としてのメルの腕を証明する方向で決着を図ろうと方針転換し……なんだか凄い物を掘り出してしまった気がする……。
「ノモス。ダマスカスって言った?」
ん? ダマスカスって単語を出すと、メルがビクッとした後に目を見開いて固まってしまった。
メルもダマスカスという言葉を知っているようだ。
うーん、ダマスカスってこの世界でも有名なのか?
たしか地球では本来の製法は失われたって聞いたことがあるんだけど、メルの反応を見るとこちらでも失われているのかもしれない。
「うむ。これはなりそこないじゃがダマスカスを意識しておるな」
なりそこない……金属の積層構造がどうたらこうたらで、なんちゃらかんちゃらして再現されたダマスカス鋼のナイフを見たことがあるが、独特な紋様がクッキリと刀身に現れていてカッコ良かった。
対してメルの親父さんの作品は……わずかな淡いグラデーションが刀身に浮かぶ程度。これはこれで美しいと思うが、ダマスカス鋼と考えるのであればなりそこないという言葉も納得できる。
「メル。ノモスはこれがダマスカスのなりそこないだと言っているんだけど、なにか心当たりはある?」
「あっ、はい! 私の先祖がダマスカスの剣を見たことがあって、それで、それで、その剣に魅了されたそうです! それから、ずっと……えーっと……」
俺の言葉に固まっていたメルが再起動したが、テンパっているらしく言葉がまとまらないようだ。
でも、まとまっていない言葉でも推測はできる。要するに、メルの御先祖様がダマスカスの剣を見て、それから代々、ダマスカスを一族で研究してきたのだろう。
淡いグラデーションがその研究の成果で、その成果ですら今の世界では貴重といった感じかな? 一応確認しておこう。
「ノモス。ダマスカスっていつ頃使われていたの? というか、今も造っている鍛冶師とか居るの?」
「死の大地が生まれる前の時代じゃな。それに、一般で使われた訳ではなく、どこぞの国が厳重に管理して独占しておったはずじゃ。その国も滅んだし、造っている鍛冶師はおらんのではないか? 少なくとも儂は知らん」
戦略兵器扱いだったってことか?
国が滅んで製法も失われたという、よくあるパターンだな。
死の大地が生まれる以前ってことは想像もできないほどの昔だろう。その頃からメルの工房が続いている可能性もゼロではないが、製法は失われていたとしてもダマスカスという物自体は残っていて、メルの先祖がそれを見た可能性の方が高そうだ。
……ふむ、ダマスカスは凄い金属で、そして目の前にその製法を知っていそうな土の大精霊が居る。
つまり、メルがダマスカスの製法を復活させれば、ダマスカスのなりそこないにすら手が届いていないゴルデンさん達は敗北を認めざるを得ない訳で……。
なるほど、勝利の方程式が見えた!
あと、俺もダマスカスのカッコいい剣とか欲しい。使えないけど。
「ノモス。メルにダマスカスの製法を教えてあげて」
代々ダマスカスの研究を重ねてきたメルの家系にとってカンニングみたいで気分が良くないかもしれないが、目の前に答えがあるのにそれを掴まないのももったいないだろう。
「構わんが、メルではダマスカスを作るのは無理じゃぞ?」
「えっ?」
いきなり勝利の方程式が崩れた。
「そもそもダマスカスという合金は少量のアダマンタイト、オリハルコン、ミスリル、それ以外にも様々な金属を組み合わせ、魔術的処理をしながら混ざっているのに混ざっていない状態にとどめた物じゃ」
なにそれ、俺が知っているダマスカスと違う。
「メルではその繊細な金属を造り出すのは無理じゃし、メラルとメリルセリオの実力も足らんな」
かなり扱いが難しい金属なようだ。
「えーっと……ダマスカスってそんなに凄いの?」
「少量の希少金属を使うとはいえ、鋼が大部分を占める金属でオリハルコンに並ぶ力を持つ合金じゃ。凄くない訳が無かろう」
オリハルコンに並ぶのか……凄いのは理解できるけど、それなりにオリハルコンを手に入れる手段を持つ俺としては、じゃあオリハルコンで良いんじゃ? と思ってしまう。
「メル達には無理だとして、ノモスは造れる?」
希少金属って言っていたけど、手持ちにもあるし足らなくても迷宮のコアに頼めば出してくれそうだ。
それ以前に、ダマスカス鋼自体をコアが出せたりするかも……。
「儂なら造れる」
大精霊だもんね。
ノモスなら造れるんだな。それならノモスに造ってもらって、それを……。
「あれ? ……仮にダマスカス鋼が造れたとしても、オリハルコンに並ぶような金属の製法を復活させたことになったら……メル、誘拐されない? いや、メラルとメリルセリオが居るから誘拐はされないか。代わりに災害クラスの被害が迷宮都市に及びそうだけど……」
「ひっ……」
メルが怯えた声をだしながら表情を蒼ざめさせる。
どうやら燃え盛る迷宮都市を想像してしまったらしい。街が燃える……と震えながら呟いている。
「城の宝物庫でダマスカスが国宝として納められているのを見たことがあるから、間違いなく騒ぎになるわね。裕太の後ろ盾があるから簡単には手を出さないと思うけど、一人で外に出るのは無理になるんじゃないかしら?」
ノモスの代わりに今まで黙っていたシルフィが、騒ぎになると断言してくれた。
なんで城の宝物庫の中を知っているのかを聞くのは、たぶん野暮なんだろう。
「えーっと、ノモスにダマスカスの造りかた、教えてもらう?」
ブンブンと首を横に振るメル。
まあそうだろうな。工房が復活するかもしれないとはいえ、復活して誘拐されましたでは割に合わない。
振出しに戻ってしまったな。
……いや、あの三人を納得させれば良いんだから、危険を冒して本物のダマスカスを再現する必要はないのか。
「ノモス。希少金属を使わずに、見せたナイフよりもダマスカスに近い物を造るのは可能?」
「まあ可能じゃな。だがそれでは性能が二段上がったくらいの物にしかならんぞ?」
二段がどの程度かは分からないが、メルの親父さんの作品でさえ憧れになるんだ。それ以上になるのであれば十分だろう。
むしろ、性能が上がり過ぎたら、それでも狙われることになるから困る。
「それはメルでも造れるの?」
「メル次第じゃが、メラルとメリルセリオの協力があれば可能じゃろう」
「なるほど……。メル、親父さんの先に挑戦してみる?」
「は、はい! あ……でも私でいいのでしょうか? 親方衆と比べるとまだまだ未熟ですし、貴重な教えを受ける資格があるとは思えません」
喜びながら返事をして、その後に急に不安になったようでネガティブになるメル。感情の振れ幅が大きな子だ。
「……メルって鍛冶については何気に自信家だよね」
未熟と言いつつも、比べる相手は親方クラス。それって、そこら辺の鍛冶師は眼中に無いってことだよね。
「えっ、どういうことですか?」
「いや、なんでもないよ。まあ、資格の有り無しは俺には分からないけど、俺はメル以外の為にノモスに頼むつもりはないから、メル以外に教えを受けられる鍛冶師はいないんじゃないかな?」
間違ってもゴルデンさん達三人の為に一肌脱ごうとは思わない。
つまり、メルが望まなければダマスカスの知識は永遠に闇の中の可能性が高い。
俺みたいに精霊と話せる、もしくは根性で聖域に侵入して知識を得られたら別だけど、可能性としては絶望的だ。
「……お師匠様、ノモス様、よろしくお願いいたします」
メルも俺と同じ結論に至ったようで、少し考えた後に教えを受けることを決めた。
さて、そうなるとここでノモスの教えを受けるのは難しい。帰ってきたばかりだけど、もう一回メルを楽園に連れて行くことになるな。
鋳物の修行を追加したばかりなのにダマスカスに挑戦とか、メルも大忙しだな。
「メル。もう一度楽園に行くことになるけど、予定は空けられる?」
「あっ、すぐには難しいです」
そりゃあそうだよね。人気はなくとも一つの工房の主、簡単に休暇延長とはいかないだろう。
「俺も迷宮都市で細々とした用事を済ませての出発だから、ある程度時間はある。その間に目途を付けられるかな?」
前に迷宮都市に来てからそれほど時間は経っていないが、顔を出しておきたい場所はそれなりにある。ある程度の時間の余裕はあるだろう。
「はい、大丈夫です。なんとかします!」
「ノモス、そういうことになったから、よろしくね」
「ふん! 儂がわざわざ裕太の弟子に教える義理はないんじゃが?」
要するに、もっと酒をよこせということですね。
「……こっちにいる間に、迷宮都市のお酒を買い占めてから戻る。その半分でどう?」
「……まあ、良かろう。大量に買い占めるんじゃぞ」
お金はかかるけど、精霊って簡単だから助かる。
精霊が見えないし触れない、話せないのって、お酒を貢げばたいていのことがなんとかなるから、神様がそうしたんじゃないだろうか?
「分かった。約束する」
ノモスも納得したし、そろそろ俺もお暇するか。
「じゃあメル、俺はそろそろ宿に戻るよ。三日後くらいにまた顔を出すね」
「はい。それまでにある程度の目途を付けておきます」
簡単に予定をすり合わせ、帰ろうと居間から外に向かうと、ゴルデンさん達がお茶を飲み切って暇そうに座っている姿が目に入った。
そうだった、ダマスカスに意識が持っていかれていたけど、この人達を待たせていたんだった。
トルクさんの宿に行く前に、この人達を追い返さないと。
……とりあえず、またメルが出かけるのは内緒だな。
コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第35話が更新されました。
7/20正午まで無料公開中ですので、お楽しみいただけましたら幸いです。
ベル達が収穫しています。シルフィ達がお酒を飲んでいます。
読んでくださってありがとうございます。




