五百三十話 おじさん達の言い分
メルを送って迷宮都市の工房まで行くと、メルが面倒ごとに巻き込まれていたことが発覚した。俺に弟子入りする前から、工房を売るように三人のおじさんから迫られていたらしい。なんだかとても犯罪臭がする。
おじさん三人をメルの工房に迎え入れ、お茶を出してそれぞれに自己紹介をしながらおもてなし中なのだが……警戒が微塵も解けない。
気持ちは分からないではないが、俺が少し動いただけでビクッとして、その後に厳しい目でニラみつけてくるのは理不尽だと思う。
工房に入る前は結構強気な様子だったけど、周囲の目がなくなって不安になったのかもしれない。
「えー、黙っていてもどうにもならないので、話し合いを始めませんか?」
別に噛みついたりしないから、ニラまないでほしい。
「あ、ああ、いいだろう。と言っても、嬢ちゃんが工房を譲れば話し合う必要もないんだがな」
三人の中心人物らしいガチムチのおじさん、ゴルデンさんの虚勢が、ちょっとウザい。
「こちらとしては工房を売るつもりはありません。ですが、それでは決着がつかないから、話し合ってこの不毛な状況を解決しましょうってことです。どうしてこの工房に拘るのですか?」
だからニラむな。俺、比較的真っ当な事しか言ってないぞ。
「……あんたは知らないようだが、この工房は迷宮都市の職人の憧れであり誇りだ。代々の工房主が打つ剣は素晴らしい強度と切れ味を誇り、不思議な美しさをもっていた」
さびれた工房しか見たことがなかったから知らなかったが、かなり有名な工房だったようだ。
代々生み出すってことは、秘伝の製法があったんだろうな。
「もしかして、工房と一緒に製法まで買い取ろうとか考えてます?」
鍛冶の秘伝とか貴重っぽいし、それなら諦めないのも理解できる。
まあ、メラルが関係していたら無理だけど。
「そんな恥知らずなことは考えてねえ! 俺が、俺達がこの工房の失われた活気を自力で取り戻す」
怯えが消えて顔を真っ赤にして怒るゴルデンさん。どうやら職人のプライドを傷つけてしまったようだ。でも……。
「それってあなた達の役割ではなく、メルがやるべきことですよね?」
余計なお世話だと思う。
「そんなこと分かっている。だが、ひたすらに鉄と向き合うべき時に、冒険者になって迷宮に潜るような小娘にどう期待しろと? 任せておけんだろう」
あー、メルはメラルと契約するために色々と試行錯誤していたんだけど、それが不真面目に見えていたのか。
鍛冶師なら鉄を打て! ということだな。
「メル。説明しなかったの?」
何度も話し合ったんだし、メラルとの契約の為だと説明すれば誤解は解けたよね?
「いえ、説明はしたのですが、鍛冶から逃げる言い訳のように思われてしまって……」
悲しそうなメルの横で、メラルが達観した表情で頷いている。
たぶん、何度説明しても伝わらなかったんだな。
「事実だろう。その証拠にいつまで経っても精霊と契約できなかった。工房の跡継ぎとして不適格ということだ」
完全にメルが出来損ないだと決めつけている。
この調子だとメラルが中級精霊になったからと説明しても、言い訳だとしか思われなさそうだな。
あと、メルが悲しそうだからか、メリルセリオがピトっとメルに寄り添っているのが可愛い。
口をむんずと引き締めた職人顔の赤ん坊なのに、癒し効果が抜群だ。
メルに寄り添っている感触は伝わらなくても、気配はちゃんと伝わっているからメルも心強いだろう。
「ですが、メルはこの工房の精霊と契約しました。工房を継ぐ資格を得たということではないですか? それに、あなた方は精霊術師の才能は無いですよね? この工房を継ぐ資格が無いのはゴルデンさん達では?」
単純にこの工房を手に入れたいのなら別だが、この工房の復活となるとゴルデンさんは不合格だ。
「鍛冶に精霊は必要ねえ。よしんば必要あったとしても、そこを技術で補うのが職人だ」
えっ? そういう話だった? 精霊となかなか契約できなかったから不適格とか言っていたはずだよね?
ん? でも、技術で補えるなら大丈夫ってこと?
あと、ゴルデンさんの両隣で、そうだと言わんばかりに頷いている二人のおじさんが邪魔だ。
頷いていないで少しは話せよ。
「職人は腕で語るのだ」
……目線を向けたことで意見を求められたと思ったのか、ドヤ顔で語られてしまった。
話せとか言ってごめん。謝るから黙っていてください。
「とにかく、メルは精霊と契約できましたし、工房主としてちゃんと努力をしています。あなた達に任せなくても工房は復活しますから、安心して別の工房を手に入れてください」
「安心できるか! 冒険者で鳴かず飛ばずと思ったら、精霊術師に弟子入りして工房を休む。迷宮に潜って工房を休む。迷宮都市を出て工房を休む。休んでばっかりじゃねえか!」
……なんか、メルの信用がない部分の半分くらいが俺の責任な気がする。旅行に誘わない方が良かったのだろうか?
とりあえず、誤解を解くことから始めよう。
休んで遊んでいた訳ではなく、ちゃんと修行していたことが分かればこの人達も納得してくれるはずだ。
***
長い話し合いの中で、なんとか工房を休んで遊んでいた訳じゃないことは理解してくれた。
精霊術師の修行で鍛冶師の修行してねえじゃん! とか、鍛冶と鋳物は別物だとか、色々と突っ込まれたけど……。
だが、会話だけでこの人達の説得は不可能だとも理解した。
この人達は自分達が間違っているとは微塵も思っていない。
むろん、迷宮都市で工房を経営するメリットも考えてはいるだろうが、一番の目標はこの工房の復活。
だから、自分達は良いことをしている。迷宮都市の誇りである工房を復活させるのは正義で、それこそが自分達の使命だと、本気で思っている。
ゴルデンさんなんか、メルの親父さんに弟子入りお願いして断わられたのに、今でも親父さんを尊敬し憧れているらしい。
他の二人も程度の差はあるが、メルの親父さんの作品に魅了されていて、この工房をなんとかしたいという気持ちを持っている。
だからメルが冒険者になったり工房を休んで出かけたりしているのが許せず、工房を手に入れたい。
……メルの言葉が届かない訳だ。
まあ所詮は善意の押し売りでしかないのだけど、善意なだけに質が悪い。
強硬手段を取れば、悪者はこちらだ。
こうなると、話し合いで解決するのは無理だろう。
なら、どうすればいいのか……ふむ、『職人は腕で語る』と言っていたな。
メルが工房を継ぐのにふさわしい腕を持っていると証明すればいいのか。
ゲームやラノベだと、鍛冶師の大会とかが開かれていて、そこで勝ち進んで腕を証明するって感じだけど、迷宮都市で鍛冶師の大会は開かれているんだろうか?
あれ? そもそもメルの実力ってどれくらいなんだろう? 大会があったとして勝ち進めるの?
素晴らしいファイアードラゴンの短剣を作ってもらったから、腕が悪いということはないと思うけど……独立を認められた職人が納得できる腕なのかは俺には分からない。
それ以前に、鍛冶師のことをほとんど知らない。
俺が勝手にメルなら大丈夫だと後押しして、実はそれほどの腕ではなく工房を失ったら洒落にならないし、確認しておかないと危険だな。
「少し休憩しましょうか」
ゴルデンさん達に休憩を告げ、お茶のお代わりを用意した後にメルを連れて工房の奥に引っ込む。
「メル。今更の質問で悪いんだけど、メルの鍛冶師としての腕はどうなの?」
「腕ですか? ……自分で言うのもなんですが、それなりの腕はあると思います」
控えめな性格のメルにしては珍しく、そこはかとない自信が感じられる。それだけ努力して、鍛冶師としてのプライドを持っているんだろう。
「あの三人を納得させられるくらいの腕ってこと?」
「……いえ、あの人達も私の作品を見たことがあります。何度も父の腕には及ばないと言われていますので、納得はさせられないと思います」
そりゃあ、熟練者のメルの親父さんと比べたら腕が劣るのは当然だろう。そもそも比べるのが間違っている。
「それは問題ないよ。そこに文句を言ってくるなら、ゴルデンさん達にメルの親父さん以上の剣を打つように依頼するから」
メルの親父さん以上の腕があるなら、三人で協力する必要なんかないはずだし、自分でできないことをメルに押し付けるなと言えば黙るだろう。
でも、破竹の勢いで大会を勝ち抜くような腕はなさそうだな。
「それと、私はまだ工房の技を身に着けていないんです」
「工房の技って、この工房で代々受け継がれてきた技? 習わなかったの?」
「まずは基本、そして真っ当な武具を作れるようにというのが父の方針でした。病の父から口頭で教えは受けましたが、まだ形にはなっていません」
なるほど、ちゃんと教える前に病気になっちゃったのか。秘伝の技を口頭で説明されても、簡単には形にできないよね。
その状況を知っているから、ゴルデンさん達は自分達が復活させようと考えているんだろう。
「それを完成させればゴルデンさん達も引き下がりそうだけど、いつ頃マスターできそう?」
「あやふやな部分が多くて、いつ形にできるかすら分かりません」
口頭だもんね。
「メラルはメルに教えられないの? 代々鍛冶の仕事を見てきたんだよね?」
「メルにも聞かれたが、残念ながら力にはなれない。温度や火入れのタイミング、材料などの大雑把なアドバイスはできるが、細かい部分までは理解していないんだ」
それもそうか。メルなら真っ先にメラルに聞くよね。
「……メル、親父さんの作品は残っているんだよね? とりあえず、ノモスを召喚して相談してみよう」
金属関連ならノモスに相談すれば、なんとかなる気がする。なんたって土の大精霊だし、超長生きだ。
合金の比率も知っているくらいだから、何も知らない俺よりも真っ当なアドバイスをくれるだろう。
「なんの用じゃ」
準備を整えてノモスを召喚したが、とてつもなく不機嫌だ。
まあ、顔を合わせづらくて隠れていたのに、その相手が居る場所に召喚されたら困るし恥ずかしいよね。
あとでお酒の差し入れを確約しておこう。
「ノモス。悪いけどこれを確認してくれ」
メルの親父さんの作品。
刀身に僅かに淡いグラデーションがあり、不思議な美しさを感じる短剣をノモスに見せる。
「なんじゃ? ……ふん、ダマスカスのなりそこないではないか。これがどうしたんじゃ?」
……あれ? なんかどこかで聞いたことがあるような言葉が、ノモスの口から聞こえた気がする。
読んでくださってありがとうございます。