五十一話 ヒール
肉食系受付嬢がおじさんを伴って訓練場に入ってきた。周りの冒険者がギルマスが来たと驚いている。
へー。あの人がギルドマスターなのか。でも決闘騒ぎでギルドマスターを呼んで来るとか、大袈裟な話になってきたな。しかしムキムキだな。テンプレだと元高ランクの冒険者ってパターンだから多分強いんだろう。肉食系受付嬢に手招きされたので行ってみる。
「お前が新入りの精霊術師か。自分の実力を把握できん冒険者は早死にするぞ。まあ、今回負ければ引退するんだ。良かったかもな。殺されんようにはしてやるから、さっさと負けてこい」
ヤバい。このギルマスも精霊術師に偏見があるタイプだ。ギルドマスターが差別とか酷い状況になっている。完全にアウェーだな。清々(すがすが)しい程に嫌われている。
どれだけの理由があれば初めて会った相手にこれだけ嫌われるんだろう? 普通の精霊術師が今までどんな行動をしてきたのかが気になってくる。でも、だからと言って唯々諾々と俺が従う理由もないんだよね。
「そう言われましても、満座の中で笑いものにされたんです。逃げたら此処に来る度に絡まれますよね。それだと冒険者としてやっていけませんよ。あなたがギルドマスターなら、俺を怒るのではなく新人いびりをするような者達を叱って欲しいんですが」
「生意気だな。それ程自信があるのか?」
えっ? 俺って正論を言ったよね? なんで生意気なの? おかしい、シルフィ達には完全に言葉が通じていたのに、人間には通じないのか?
「えーっとですね。そもそもみんな俺が負けると考えているのが疑問ですね。俺が勝てるとは誰も思わないんですか?」
「ふん。役に立つ精霊術師など、冒険者ではなく王侯貴族に囲われておる」
そうなんだ。だからみんな使えない精霊術師が冒険者になりに来たと絡んで来たんだな。冒険者になりたがる精霊術師がいてもおかしくないと思うんだけど……。
「それは、しょうがないんじゃないですか? 冒険者ギルドは精霊術師に風当たりが厳しいみたいですし、使える精霊術師も冒険者を拒否しますよ。ああ、あとあそこのお金の管理をお願いします。俺が勝ったら全部俺の物なんですが、あの人達、往生際が悪そうなので……」
意味が無いけど煽ってみた。賭けに参加している冒険者達が罵声を浴びせてくる。なんだかとても楽しくなって来た。
ヒールってこんな気持ちなのかな? シルフィが呆れているが、この空気ならヒールになるしかないんだ、しょうがないよね。でも記念すべき冒険者生活初日がヒール全開とは予想外だ。
「ギルマス。そろそろ始めようぜ。こんな奴速攻でぶっ潰してやる」
「あはは。決闘とか言いながら怖くて五人で掛かって来るカールさん。強がりは言わない方が良いですよ。負けたら恥ずかしいでちゅからねー」
いかん。思わず赤ちゃん言葉が出てしまった。この空気は俺の性格をドンドン悪くするな。本当の俺はとても良い子なはずなのに。
「お前、本当に殺されるぞ」
ギルマスにまで呆れた視線を向けられた。確かにカールの目つきが逝っちゃってる。チートが無ければ速攻で逃げ出しているな。あの目は俺をどうやっていたぶって殺すか考えている目だ。
「そうですね。これ以上話しても仕方ないので、始めましょうか」
訓練場の真ん中で向かい合う。目が逝っちゃったままで結構怖い。
「始め!」
ギルマスが合図をすると同時にシルフィが風壁を掛けてくれる。走り込んで来るカール達。顔を醜く歪めながらニヤけている。確実に煽り過ぎたな。
俺は魔法のハンマーを最大サイズで取出し、ブンっと一振りする。風圧に押されたのか驚いたのか、カール達が慌てて距離を取る。
「お、おい。なんだそれは。おまえ精霊術師だろ。なんでそんなもん持ってんだよ」
カールが驚きで正気に戻ったようだ。
「なんでって俺の武器だからな。精霊術師が武器を持ったら駄目なのか?」
ブンブンとハンマーを振り回してみる。ギルマスも受付嬢も酔っ払いの観客の冒険者達も驚いている。何気に気分が良い。
「ねえ、裕太。私が戦わなくて良いの? 精霊術師を見直させるんじゃないの?」
(いや。そう思ってたんだけど。シルフィの力で勝っても、腕の良い精霊術師が偶々来たんだで終わっちゃうだろ。それならハンマーで脅した方が、あの人達のショックが大きいよね)
「裕太。性格悪くなってない?」
(楽しんでいる事は認めるけど、舐められない為に悪役の演技をしているだけだよ。あっ。俺のハッタリが通用しなかったらシルフィにお願いするから、上手く気絶させてね)
流石に人間のミンチをいきなり作る度胸は無い。いずれ人間を殺す時も来るかもしれないが、今では無いだろう。上手に人をぶっ飛ばす技術を習う必要があるかもな。シルフィとこっそり話をしていてもカール達はいっこうに攻めて来ない。
「どうしたんだカール。俺を殺すんじゃなかったのか?」
ニタニタと顔を歪めて嬲ってみる。
「お前、卑怯だぞ。精霊術師なんて騙しやがって」
「ん? 騙してないぞ。俺は精霊術師だ。精霊術の方がこのハンマーよりもよっぽど強力だぞ」
シルフィの攻撃力はハンマーよりも強いだろう。見た事無いけど大精霊なんだから間違いない。
「ふざけるな!」
「ふざけてねえよ。このハンマーで倒せなかったら遠慮なく精霊術で戦ってやるからさっさと来い。あー、だがこのハンマー、当たると死ぬから頑張って避けろよ」
ブンブンハンマーを振り回し、最後に強めに訓練場の地面にハンマーを打ちつける。ドゴーーーンっと大きな音が鳴り、地面にクレーターが出来る。風壁に弾け飛んだ地面が当たって弾けている。
いやー、剣や槍がカッコ良くていいなーとか思ってたけど、こんな時はハンマーも素晴らしいな。なんせ相手に与える迫力が違う。当たったらペチャンコだもんね。
「フヒッ」
あっ、いかん。思わず変な笑いが漏れてしまった。このままだと本気で性格がヤバい方向に付き進みそうだ。少し落ち着こう。俺はいい子。俺はいい子。よし、大丈夫だ。
えーっと、うん。これでビビッて諦めてくれると良いんだよね。諦めなかったらシルフィの出番だな。土埃が晴れるとカール達が尻もちをついている。
「どうした? 掛かって来んのなら、こちらから行くぞ」
ハンマーをぶんぶん振り回しながらゆっくり近づいてみる。カール達が首をぶんぶん横に振りながら、俺から離れようともがいている。口をパクパクしているし、驚きで話せないのかな?
「ギルマス。この場合どうなるんですか? 降参しないみたいなので、潰しても良いんですよね?」
「ま、まて。お前達、降参するか? 声が出せんのなら首を縦に振れ」
カール達が首をブンブンと縦に振る。俺のハッタリ勝ちだ。ハンマーって良いかも。癖になりそうだ。
「じゃあ、俺の勝ちですね。ギルマス。彼らの退会手続きをお願いします」
「う、うむ」
なんか渋々と言った返事だ。俺の事は喜んで辞めさせようとしていたのにな。差別感がハンパない。
「ま、まってくれ。俺達は冒険者を辞めたくない。何か他の条件で頼めないだろうか?」
「えー。人を無理やり冒険者から辞めさせようとして、負けたら自分は辞めたくないとか、それってどうなの?」
別に辞めようが辞めまいがどちらでも良いんだが、簡単に許したらまた舐められる。ただでさえ差別されているのに舐められたら、この先が不安だ。
「それは……」
「ギルマス。俺は何か誓約書のような物にサインしたんですが、あの誓約書はやっぱり嫌だって言えば守らなくて良い程度の物なんですか?」
「いや。双方の合意があれば別だが、誓約書は冒険者ギルドを介して交わされたものだ。片方だけが拒んでもどうしようもない。冒険者ギルドが責任をもって履行させる」
嫌そうに答えるギルマス。別に愛想笑いを求めている訳じゃ無いけど、せめて普通の顔でお願いしたい。
「そう言う事らしいですよカールさん」
とっても絶望した顔をしている。もともとSっ気は無いから……男をいじめても何の楽しみも無いな。
「ギルマス。冒険者を引退するのに釣り合う対価ってなんですか? それが俺に納得出来る物なら、そっちでも構いませんよ?」
「ふむ。そうは言っても、対価となると金品が妥当だが、冒険者である事の対価か……どうしたものか」
どうしたものかって、なんか難しいのか? ベル達も待たせているのに、まだ時間が掛かるのはちょっと困るな。
「んー、面倒ですね。分かりました。彼らの全財産で構いませんよ。装備品から何から全て売り払って、貯金も含めて現金で持って来て下さい」
「そんな……それじゃあ生活が出来ない」
「借金すれば? 別に嫌なら引退でも構わないんだから好きな方を選べよ。自分から絡んで来たくせに被害者面すんな」
なんか周りにドン引きされてる。俺が悪いの?
「分かった。全財産を支払う。それで勘弁してくれ」
悲壮な決意を決めたような顔で言ってくるカール達。なんか今、無性にハンマーを人に当てる度胸なんてない事をバラしたい。全部がハッタリだって知ったらこの人達はどんな顔をするのだろう?
ヤバい。バラしたい。口がムズムズする。ヒールを演じているつもりだったけど、俺の性根はどちらかと言うと悪いのかもしれない。いや俺はとってもいい子なんだ。評判が酷く落ちそうだし我慢しよう。
「分かりました。ギルマス、そういう事でお願いします」
「分かった。今日中に換金して明日には渡せるように手配しておく。これはお前の賭け金だ」
管理を頼んでいた賭け金を貰う。魔法の鞄に入れると銀貨が六十二枚。大銅貨が十三枚と出た。賭けをしていた冒険者は二十人ぐらいなので、一人、約銀貨三枚の負けか。日本でもパチンコでそのぐらい負ける事もあるから、まあ、許容範囲だろう。
約六十三万円の収入。ニコニコしながら酔っ払いの冒険者達に頭を下げると、凄く嫌そうな顔で目を背けられた。和気あいあいとした楽しい冒険者生活。一歩目から躓いたのかもしれない。なんか気まずいし魔石の換金は明日にして、さっさと宿を取るか。
「えーっと、あー、受付嬢さん? 宿を紹介して欲しいのですが、構いませんか? 臨時収入が入ったので少しランクが良いところを紹介して頂けると助かります」
「……私の事はエルティナとお呼びください。宿は中級の宿で構いませんか?」
受付嬢……エルティナさんの表情が引きつっている。恋愛ゲームだとしたら好感度マイナス状態だな。
「はい。ご飯が美味しい所をお願いします」
エルティナさんに案内されて訓練場を出ようとしていると、ギルマスが話しかけて来た。
「待て。少し話が聞きたい」
話かー。ここまで騒ぎになるって考えてなかったからな。宿で落ち着いて情報を整理したい。でないと余計な事まで話してしまいそうだ。
「明らかに追い出そうとしていた俺に、何の話が聞きたいんですか?」
少し嫌みも混ぜておく。この位の悪戯は許されるはずだ。
「うむ……お前の実力、能力、目的、色々聞かせて貰いたい」
「自分の手札を晒すつもりは無いので、表面上の話になりますよ? それでも良いなら構いませんが、話し合いは明日にしてください。先ほど迷宮都市に到着したばかりなので宿で休みたいんです」
「分かった。明日、冒険者ギルドに来たら案内するようにしておく」
ギルマスと別れ、エルティナさんに宿の地図を貰い冒険者ギルドを出る。なんかギルマスを含めて視線が厳しかったから、まだ面倒事が続きそうな気がする。
やっぱりハンマーで脅すんじゃなくて、シルフィに頼んでトラウマになるぐらい派手な攻撃をやって貰った方が良かったかな? でもハンマーで脅した時、正直とっても楽しかったんだよな。
険しい視線から逃れて一息つく。途中から楽しかったけど、流石に疲れたな。調子に乗って嫌みと傲慢な態度を振り撒いて来たけど、やっぱりやり過ぎだったかも。
読んでくださってありがとうございます。