五百二十七話 メリルセリオ
更新が一日遅れました。申し訳ありません。
『めざせ豪華客船!!』の更新も一日遅れて明日、6/17日になります。
ノモスのアドバイスを受け、メルが土の浮遊精霊と契約をすることになった。沢山の浮遊精霊と出会ってどの子と契約すれば良いのか分からなくなる事態もあったが、なんとか契約したい土の浮遊精霊と出会うことができた。
「この子とは図工室でしたか? そこで出会ったんです。作業をする中級精霊の方達を真剣に見つめていて、あっ、この子だ! て思ったんです!」
メルが運命を感じた土の浮遊精霊との出会いを嬉しそうに話してくれる。
図工室の作業を真剣に見ていたのなら物作りに興味があるってことだろうし、工房の主で鋳物に挑戦する予定のメルと相性は良さそうだ。
図工室は精霊達に楽しんでもらうために造った施設だけど、それがメルと浮遊精霊との出会いに役立つとは思ってもみなかったな。
「職人顔だね……」
メルが連れてきた土の浮遊精霊を見て、思わず口から第一印象がこぼれてしまった。
「お師匠様?」
「いや、なんでもないよ。それよりも契約だけど、その子はまだ名前は持ってないよね? 名前は決まった?」
浮遊精霊だからと言って対外的な名前がないとは限らないが、今の精霊術師の現状を考えると対外的な名前を持っている可能性は限りなく低いだろう。
「へ? 名前ですか? ……あっ、そうでした、契約には名前が必要なんでした」
契約したい土の精霊と出会えた嬉しさで、名前が必要なことを忘れていたらしい。
メルを精霊術師として鍛える時にその辺の説明はしたはずだけど、探すことに夢中でそこまで気が回らなかったんだろう。
「お、お師匠様?」
あわあわとうろたえた後、すがるように俺を見上げるメル。そんな捨てられた子犬のような目で見られても困る。
「名前はその子が長い時間使い続けることになるから、メルが真剣に考えてあげないと駄目だよ」
「は、はい……頑張ります」
メルがプレッシャーに押しつぶされそうな顔をしている。
俺も名前を付けるのは苦手だからメルが焦る気持ちも理解できる。でも、契約者として名づけはメルが頑張らなければいけない場面だ。
まあ大丈夫だろう。精霊は真剣に考えれば、どんな名前でも喜んでくれるはずだ。
成長した後が怖いジーナ達が名付けた名前も、浮遊精霊達はみんな喜んで受け入れていた。
シバとフクは比較的まともに思えなくもないが、ウリとかプルとかマメとか……もし大精霊になったらどう思うんだろう? とは思う。
大精霊プル! 更に出世して、精霊王プル! ……ありなのだろうか?
まあ、かなり先の話だし俺も生きていないだろうから、その時のことは運命に任せよう。
「……えーっと、メラルも協力してあげてね」
「う、うん、分かってる」
メルだけだと大変そうなのでメラルにも助力を促したが、どうやらメラルも名付けに自信はないようで少し腰が引けている。
時間が掛かりそうな雰囲気だな。
……メル達は頭を抱えているし、俺はメル達が連れてきた土の浮遊精霊を観察でもしていよう。
精霊は様々なタイプの姿だが、この子は人タイプ。それもノモスやトゥルと同じく、ドワーフだろう。
赤ん坊ではあるが、他の人タイプの赤ん坊と比べると体格が良くて丸っこい。
顔は……第一印象と変わらず、職人顔だな。
口をムンと引き締め、強い意志を感じさせる眉と目力を持っている。
キリッと表情を引き締めたドワーフタイプの赤ん坊……可愛い。
トゥルは少し気弱で優しい雰囲気が前面に出ていて可愛らしいが、それとはタイプが違う可愛らしさだ。
やるぜ! という意志を強く感じる。
ドワーフタイプで物作りに興味がある土の浮遊精霊。
なるほど、メルがなかなか契約したい相手が見つからなかった理由が分かった。鍛冶師としての視点が強かったからか。
メルは工房の主として、無意識に一緒に仕事をする相手を探していたのだろう。
そうなると動物型や赤ん坊に鍛冶は似合わない。その似合わない境界線を、土の浮遊精霊の職人顔がぶち破ったのだろう。たぶん……。
職人顔だと将来はノモスと似た雰囲気になりそうだけど、できれば気難しげなところは似ないでほしいな。
「……これ、持ってみる?」
悩むメルとメラルを見ながらプカプカと浮いている土の浮遊精霊に、迷宮都市で仕入れたハンマーを渡してみる。
土の浮遊精霊からすればいきなりハンマーを渡されて意味が分からないだろうが、とても似合いそうなので我慢できなかった。
うっ? と疑問形の声をあげながらも、小さな手でむんずとハンマーを受け取る土の浮遊精霊。
最初は戸惑った表情だったが、図工室でハンマーの使い方を見ていたのか、理解した顔でハンマーを上下に振り始める。
やはり俺の目に狂いはなかった。可愛い。
赤ん坊に合わせた大きさではないからバランスが悪いが、それが味になっている。
それに、この子は顔だけじゃなく、心も職人タイプのようだ。
まだまだ赤ん坊で動きはぎこちないが、ちゃんと意識してハンマーのヘッドが下になるように振っている。
ベル達下級精霊でもテンションが上がるとハンドベルを絶好調に振り回すことを考えると、浮遊精霊の時点でこれだけ考えられるのは凄いだろう。
メルも今は女性鍛冶師ということで不遇をかこっているが、三人で力を合わせればいずれは迷宮都市一番の鍛冶師も夢じゃないかもしれない。
と言うか、メラルの温度管理と熱源、土の浮遊精霊の鉱物の配合と調整、そしてメルの才能と努力があれば、世界一の鍛冶師くらいになりそうな気がする。
まあ、その世界一の可能性を秘めた鍛冶師は、名前に悩み過ぎて契約精霊と一緒に不思議な動きをしているけど……。
「ごはんー」「キュー」「おひる」「クゥー」「はらへったぜ!」「……」「あう!」
遊びに出ていたベル達とサクラがお昼を食べに戻ってきた。
メルとメラルが土の浮遊精霊を連れてきたのが、朝食が終わってしばらく経ってだから、三時間くらい悩んでいるんじゃないだろうか?
土の浮遊精霊もさすがに飽きて、ハンマーを抱きしめたまま眠っている。
……俺もベル達の名前にかなり悩んだ覚えはあるが、メル達を見るとちょっと簡単に決め過ぎた気がしてくる。
子供の名前とか、何日も悩むもんね。
「ゆーた、ごはんー」
ベルが両手でお腹を押さえ、ペコペコだとおねだりしてくる。可愛らしいのは間違いないが、精霊はお腹は空かないよね?
その仕草はどこで覚えてきたの?
おっ、ジーナ達も戻ってきた。メルとメラルも悩み過ぎているし、昼食で気分を変えるのも良いだろう。
***
「決まりました!」
ようやく土の浮遊精霊の名前が決まったようだ。
一緒に昼食を食べて、再びハンマーを素振りしまくっている土の浮遊精霊もようやくか……といった顔をしているように見えなくもない。
「じゃあ、メルからちゃんと伝えてあげて。土の浮遊精霊がその名前を受け取れば契約成立だからね」
「は、はい!」
まあ、メルとメラルが、ああでもないこうでもないと相談しながら名前を決めていたから、この場に居る全員がどんな名前に決まったか知っているんだけどね。
もしかしたらもう土の浮遊精霊との契約がすでに成立しているんじゃ? と思わなくもない感じだ。
とはいえ、めでたい契約の席だし、ベル達やサクラ、フクちゃん達、マルコとキッカはワクワクしながら見ているから無粋なことを言うのは止めておこう。
メルがメラルを背後に従えながら土の浮遊精霊の元に向かう。
「先ほども自己紹介しましたが、お師匠様の精霊術師としての弟子で迷宮都市で鍛冶師をしているメルと言います。そして、こちらにいらっしゃるのがいつも助けていただいている契約精霊のメラル様です」
「うみゅ」
土の浮遊精霊がメルの自己紹介を聞いて頷く。なんとなくだけど、あの浮遊精霊、フレアのように誰かのマネをしているんじゃないだろうか?
うむ、とでも言いたげに頷いたけど、上手に発音できずに失敗している気がする。まあ、あれはあれで可愛いけどね。
威厳をだそうとして失敗している感じがとても微笑ましい。
「私は普段は迷宮都市で鍛冶師として働いています。頻繁にこちらに来ることもできないと思いますが、それでも私と契約してくれますか?」
今度は声をださずに頷く土の浮遊精霊。先程失敗したから無言でうなずいたと思うのは、うがちすぎだろうか?
「あなたの名前はメリルセリオです。私の祖父と父、そしてメラル様から少しずつ名前を頂きました。これから末永くよろしくお願いします」
メル、メラル、メリルセリオ……何かの三段活用みたいだな。言わないけど……。
「ん」
土の浮遊精霊改め、メリルセリオが頷いた。
「メルとメリルセリオの契約は成立した。おめでとう、メル、メラル、メリルセリオ、これからは仲良く楽しく三人で頑張ってね」
「はい!」「あぁ、絶対に仲良くする」「うみゅ」
三人が俺の言葉に返事をした後、メルはホッとした顔をしてメリルセリオを優しく抱きしめた。
これで終われば穏やかで美しい契約の儀式なんだけど、残念なことにこのままでは終わらない。
今はまだ我慢できている様子だが、ベル達もサクラもフクちゃん達も新しい仲間の契約に興奮しっぱなしで、我慢が切れれば突撃してもみくちゃだろう。
「おめでとー」「キュー」「おいわい」「ククー」「めでちゃいぜ!」「……」「おめぇ」「「ホー」」「ぷぎゅ!」「わふ!」
「メルさん、おめでとう!」
「メルお姉ちゃんおめでとうございます」
「メル姉ちゃん、おめでとう!」
「メルちゃん、おめでと!」
そんなことを考えている間に、ベル達とサクラの我慢が切れて突撃、フクちゃん達も続いて、それにつられてジーナ達もメル達に近づきお祭り状態に突入してしまった。
俺も参加したいところだけど、さすがにあの集団に入り込む勇気はない。
ここは師匠らしく、遠くから温かい目で見守っておこう。
「裕太」
「裕太ちゃん」
「ん? あぁ、シルフィ、ディーネ。契約が無事に済んで良かったよね」
新しく仲間が増えてシルフィもディーネも上機嫌のようだ。
ノモスはお祭り状態が始まると逃げてしまったが、ドリーもイフもヴィータも喜んでいる。
この場に居る全員が喜んでいて、とても幸せな世界が広がっているように感じる。
「ええ、めでたいわ。ふふ、とてもおめでたいことがあったのだから、今夜はお祝いをしないといけないわよね?」
……宴会のネタができたからシルフィ達が上機嫌なのではないと信じたい。
でもまあ、おめでたいのは確かだし……。
「じゃあ、今日はみんなで盛大にお祝いしようか」
騒ぐ理由ができたのなら、騒いでしまった方が楽しいだろう。トゥデイズナイトはパーティーでフィーバーだ!
読んでくださってありがとうございます。