五百二十五話 メラルの考え
サラをヴィクトーさんに会わせ、ついでに少しだけ開拓ツールではっちゃけて遺跡の生活環境を整えた。恐縮して報酬を支払おうとするヴィクトーさんに気まずくなり逃げるように遺跡を出発し、帰りに迷宮都市に寄ってメルとメラルを連れて楽園に戻ってきた。
「シルフィ。メルとメラルって真面目だよね」
「そうね。あの二人、会話を楽しんではいるけれど、それ以外は常に何か行動しているわね。疲れないのかしら?」
だよね。俺としては旅行気分で楽園に遊びに来てもらったつもりなんだけど、なんか変なスイッチが入ってしまったみたいで、メルが求道者みたいな雰囲気を漂わせている。
楽園に戻ってきて五日。
メラルはメルに巻き込まれているような様子だけど、二人ともシルフィが呆れるくらいに活発に行動している。
初日はメルとメラルを二人きりにして、夜には二人の歓迎会を兼ねた宴会を開いた。
二日目はメルとメラルを含めてジーナ達と精霊術師としての訓練をして、午後からは自由行動にした。
そして三日目の夜には、なぜかメルとメラルの楽園のレポートが提出された。
俺の思いつきと精霊達の気分で発展してきた楽園は配置や動線に無駄が多く、メルのレポートには参考になるアイデアが様々に記されていた。
とてもありがたいとは思ったが、なぜレポートが提出されたのかは未だに理解できない。
その後もメルとメラルは積極的に行動し、シルフィ達やベル達、ジーナ達だけではなくルビー達とも交流を深める。
そして、現在は……。
「なるほど。アダマンタイトが少量でも鉄を強靭にすることは知っていましたが、多ければいいというものではないのですね。勉強になります」
「うむ。中途半端な量を使うくらいなら、適切な量で合金にした方が良いじゃろう。多少多くてもそれほど強度は変わらんからな。むろん、アダマンタイトの量が鉄より多い場合は別じゃがな」
「それは理解しています。ですがお師匠様のように気軽にアダマンタイトやオリハルコンを入手できる存在はごくわずかです。節約できるのであれば、アダマンタイトは様々な分野で利用できるようになると思います」
リビングのソファーでメルがノモスから熱心に金属についての講義を受けている。
酒造りに全力を傾けていると思っていたノモスだが、自分の専門分野である土や鉱石については別らしく、割と機嫌よく講義している。
子供は苦手だと言っていたが、外見が幼くても精神が大人であれば問題はないようだ。
でも、合金の比率とか……国家機密クラスの秘密じゃないのか? しかも、アダマンタイト……。
メルが鋳物を始めるからノモスに鍋に向いている金属について聞いてみたら? と言ったのは俺だけど、なんで鍋の為の合金でアダマンタイトが出てくるのかがよく分からない。
でも、アダマンタイトが鍋に向いているのなら、芋煮のイベントで使われるような巨大鍋を造ってもらうのも良いかもしれない。
もったいないとか悪趣味だとか言われそうだけど、魔法の鞄の中には大量のアダマンタイト製ゴーレムが収納されているし、多少の悪ふざけも有りだろう。
楽園に集まる沢山の精霊達と芋煮会なんか楽しいかもしれない。醤油と味噌も完成したし、二つ巨大鍋を造って醤油の芋煮と味噌の芋煮の食べ比べも面白そうだ。
楽園にも醤油派と味噌派で派閥ができるかもしれない。
過激な派閥争いは困るけど、平和な精霊達ならほのぼのとした争いが繰り広げられるんじゃないかな?
『こっちが好きー』『どっちも好きー』『こっちのほうがおいしー』とか言いあいながら、結局両方食べて満足している姿が想像できる。
……うん。メルが鋳物に慣れたら巨大な鍋を造ってもらおう。そしてジーナ達や精霊達に巨大鍋のワクワク感を楽しんでもらうんだ。
この大陸は年中暑いから鍋物は微妙かもしれないが、楽園には島が浮いている。まだ利用していない一番上の島でなら、気温も低くて美味しく鍋が食べられるだろう。
あっ、芋煮だと里芋が必要だよな? ジャガイモで作るのも聞いたことがあるけど、なんとなく里芋が主流な気がする。
あと、コンニャクも必要だ。
里芋とコンニャク芋はドリーに相談すればなんとかなりそうな気もするが、コンニャクが作れるかどうかが微妙だ。
たしかコンニャク芋には毒があったはずだ。
あと、灰を入れた上澄み液が必要なのと、コンニャク芋をすりおろして濾したり煮たりしていたはずだ。
おおまかな作業は、アイドルグループがテレビで作っていたから覚えている。
でも、詳しい分量も分からないのにできるのか? 寒天ですら一度作ったことがあったのに粉になってしまった。
……テレビで見ただけでコンニャクが作れるとは思えない。でも……コンニャクが作れるのなら、おでんだって可能になる。
おでん……出汁が難しそうだけど、食べたいなー。
出汁がしっかり染み込んだ大根や卵、プルプルの牛筋、あぁ、ちくわも作りたい。
ちくわは作り方が分かるし、たぶん大丈夫だ。
……コンニャクや出汁はある程度形にさえできれば、あとはルビーがなんとかしてくれるはずだし、挑戦してみようかな?
今は醤油と味噌と寒天に刺激されてルビーも忙しそうだけど、しばらくすれば余裕もできるだろう。
メルが鋳物に慣れるまで時間が掛かるだろうし、それに合わせてコツコツとコンニャク作りに挑戦しよう。
芋煮、おでん、田楽、里芋の煮っころがし、あぁ、夢が広がる。
そうだ、醤油が完成したんだし、魚の煮つけも作れるんだよな。
そういえば里芋がなんとかなるなら、自然薯もなんとかなるよね?
とろろご飯、食べたい。
「お師匠様。少しいいですか?」
「んあっ? あ、ああ、いいよ。どうしたの?」
芋煮やおでん、そこから派生した様々な料理に心が奪われていると、いつの間にかメルとメラルが俺の目の前に立っていた。
驚きで変な声をあげそうになるが、師匠としての威厳の為に無理矢理声を抑え込む。
「あの、ノモス様に鋳物について学んでいたのですが、本格的に鋳物を造るのであれば土の精霊と契約してはどうかとアドバイスを頂きました。お師匠様はどう思われますか?」
土の精霊か。鋳物では砂を使うし、たしかに土の精霊と契約したら心強いだろう。
中級精霊のメラルと契約して仲良くやっているメルだし、精霊に感情があるとしっかり理解しているのなら複数の精霊と契約しても問題はないと思う。
初めて会った頃はメラル以外と契約するつもりはないって契約を拒んでいたけど、直接メラルやベル達精霊の仲の良さを見たからか、少し柔軟になっているようだ。
でも……。
「えーっと、メラルはメルが別の精霊と契約して構わないの?」
先祖代々メルの一族を見守ってきたメラル。契約できないのにメルの為に必死になっている姿も見たことがある。
そんな守り続けてきた家に、同じ精霊だとしても新参者が入るのは嫌だと思わないのかな?
あと、メルとメラルが新しく契約した精霊をないがしろにするとは思わないが、新しく契約した精霊からすれば、熱々カップル、もしくは熟年夫婦並みの二人の連携に加わることになる。
それって、きつくない? 俺だったら逃げ出したくなる気がする。
「構わないというか、むしろお願いしたいくらいだ。あぁ、でも、できれば浮遊精霊と契約してほしい」
ん? 自分と同クラスの精霊は嫌ってこと? メラルが新参者にマウントを取ろうとするとは考え辛いんだけど……もしかして嫉妬?
「俺は中級精霊になってしまったから、メルの子孫と契約するのが大変だ。浮遊精霊が来てくれたら、メルの子孫も最初に土の精霊と契約できるし、安全に力を付けやすくなる」
なるほど、中級精霊と契約できるまでレベルを上げるのは大変だよな。
その点、浮遊精霊や下級精霊ならある程度契約しやすいから、メルの時みたいなアクシデントは起こり辛い。
メルならしっかりと精霊について子孫に教育するだろうけど、数代先になれば正しく教育が伝わるかも分からない。
その時に備えての行動。何代先でもメルの家系を見守る覚悟が決まっているのだろう。
……すぐに嫉妬とか考えてしまった自分の醜い心が恥ずかしいです。
「えーっと、メラルの希望は理解したけど、その場合だと契約する土の精霊にもしっかりと事情を説明しないと駄目だよね。そもそも、特定の家系と代々契約するタイプの精霊って簡単に見つかるの?」
精霊術師の名門は大体がそのタイプみたいだと前に聞いたことがあるけど、珍しいから名門として成り立っているんだよね?
「最初に説明はするけど、たぶんメルの家系なら問題ないと思う。俺も居るし、メルは裕太達を除けば精霊にとってかなり好ましい契約相手だ。子孫がよっぽどバカなことをしなければ、一緒に家系を見守っていける」
なるほど、最低でもメルの孫くらいまでは精霊に対する姿勢は変わらないだろうし、浮遊精霊の頃から三代も契約が続けば情も湧くだろう。
それほど心配することもなさそうだな。
「分かった。それならメルと契約してくれる土の浮遊精霊を探そうか。ノモス、お願いできる?」
「楽園には土の浮遊精霊も遊びに来ておるんじゃ。自分達で相性と条件が合う相手を探せばよかろう」
なるほど、ノモスの言うとおりだな。外に沢山精霊が集まっているんだから、メルとメラルの両方とフィーリングが合う精霊を探せばいいんだ。
「そういうことだから、メルとメラルで契約したい土の精霊を探すといいよ。今遊びに来ている精霊の中に居なかったとしても、すぐに次の精霊が遊びに来るから、焦らないでしっかり考えて決めるようにね」
まあ、精霊達は性格の違いがあるにしてもいい子ばかりだし、それほど難しくもないだろう。
「分かりました。メラル様と相談しながらいつまでも楽しく暮らせる相手を探します」
むん! と両手を握り締めてやる気満々なメル。
工房に役に立つとかよりも楽しく暮らせることに重点を置くってことは、従業員を迎え入れるというよりも新しい家族として契約する精霊を考えているのだろう。
師匠として、メルの考え方がとても嬉しい。
シルフィやノモスも同じ気持ちらしく、二人とも優しい目でメルを見ている。この様子なら、メルの契約は間違いなく素晴らしい結果を残すだろう。
読んでくださってありがとうございます。