五百二十四話 メルとメラル。久しぶりの楽園。
サラをヴィクトーさんに会わせるためにローゾフィア王国の遺跡に出張し、暇つぶしとヴィクトーさん達への支援も兼ねて泉を造った。久しぶりに開拓ツールがうなりを上げ、その凄さに驚くギャラリーの声がとても気持ち良かった。
「ヴィクトーさん、お世話になりました。またサラを連れて顔を出しますね」
遺跡に滞在して九日、今回はサラとヴィクトーさんとの時間も十分に取れただろう。
あとは楽園に戻る前に迷宮都市に寄って、一泊してからメルとメラルを連れて帰ればいい。
「いや、裕太殿を世話したというよりも、こちらが世話になってばかりなんだが……本当に報酬は必要ないのか? 遺跡から価値がある物を発掘しているし、費用は大丈夫だぞ?」
元貴族でクランの団長でもあるヴィクトーさんが、申し訳なさそうに報酬の話をしてくる。
何度も暇つぶしだから必要ないと言っているのだが、まだ納得できていないようだ。
「いや、本当に報酬は必要ありませんよ。サラの家族であるヴィクトーさん達の為に、少しお手伝いしたかっただけなんです」
「いや、少しという規模ではないのだが……」
ですよねー。ちょっと張り切り過ぎてしまった自覚はある。
ここに来て九日。ローゾフィア王国の王都にお酒を仕入れに行ったり、ベル達と森で遊びつつジーナ達とサバイバル訓練をしたりした。
ジーナ達やベル達とのキノコ狩りやイノシシ狩り、精霊術の訓練となんちゃってサバイバルの日々。
これってサバイバルというよりもキャンプなんじゃ? という疑問に目を瞑れば楽しい毎日だった。
でも、さすがに五日も森に籠っていれば飽きる。
楽園の周辺と違って自然が豊かなので気分は違うが、楽園が発達するまではサバイバル生活だったので慣れもある。
そんな訳で遺跡に戻ると、泉ができて生活が楽になったおばちゃん達や、たっぷり水を使って汗を流せるようになったマッチョマン達から滅茶苦茶お礼を言われた。
ここ数日で泉の効果を体験し、改めて感謝してくれたらしい。
開拓ツールと精霊術を褒められまくった俺は、簡単に調子に乗った。
残り三日程度の滞在予定ですが、暇ですしもう少しお手伝いしますね! と……。
もう少しスペースが有った方が暮らしやすいですよねと、ドリーに頼んで植物を移動してもらう俺。
木の柵では防御が不安ですよねと、楽園で余った岩を使い頑丈な壁を作る俺。
殺風景なのも寂しいですねとドリーに頼んで花を咲かせ、どうせなら果物が生る木が生えていた方がと果樹を成長させる俺。
泉だけだと不便ですよねと、水路工事を始める俺。
どう考えてもやり過ぎてしまっている。
でも、しょうがなかった。
だって、人に褒められるのがとても気持ちが良かったんだもん。
精霊術師だからと蔑みの目で見られ、それを力業で解決すると恐れられる目に変わった。
まあ、そんな中でも好意的な視線を向けてくれる人は結構居るけど、利益に目が眩んでいたり(マリーとソニア)、食欲に目が眩んでいたり(ベティさん)、ヤクザだったりと、マーサさん一家とメル、リーさん以外はちょっと素直に称賛を受けられなかった。
建築関連や新しい冒険者ギルドの職員、精霊術師講習に来た人達とは良い関係が築けた気もするが、こちらは俺の方があまり関わろうと思っていない。
そんな中、生活が楽になった、安全になったと素朴な感謝を向けられてしまっては、調子に乗るのも無理はないだろう。
男所帯とおばちゃんの集団ではなく若い女性も交ざって居たら、たぶん、こんなものでは済まないくらいに調子に乗っていたと思う。
だから……少しくらい張り切り過ぎてしまったのはしょうがないことだろう。
まあ、やり過ぎてヴィクトーさん達を恐縮させてしまったのは反省が必要だけどな。
……途中から、いや、そんな、裕太殿にそこまでしてもらう訳には、とか言われたもんな。
調子に乗って、大丈夫、大丈夫、楽勝ですよと流していたけど、今思えばあそこらへんで止めておくべきだった。
少しくらい報酬を受け取った方がヴィクトーさん達の気も晴れるかもしれないが、こちらとしても押し付けのようにした暇つぶしで報酬をもらう訳にはいかない。
こうなったら有無も言わせずに帰ってしまうのが吉だろう。
シルフィ、お願い。
「では、そろそろ時間ですので帰りますね。また顔を出します」
ヴィクトーさんの返事も聞かずに、目線でシルフィにお願いして飛び立つ。
サラには悪いけど、しばらくこの場所には近寄らないことにしよう。
***
逃げるようにヴィクトーさん達と別れ迷宮都市で一泊し、メルとメラルを連れて楽園に戻ってきた。
「うわー……凄いことなっていますね」
久しぶりの楽園にメルとメラルも大はしゃぎするだろうと見ていたら、なぜかメルが驚きながら引くという表現し辛い顔をしている。
「……まあ、前にメル達が来た時よりもだいぶ賑やかになったよね」
たしか前にメルが楽園に来たのは、ベリル王国でサキュバスのお姉さん方に限界まで搾り取られる少し前だったな。
その頃はシルフィ達の家も無かったし、酒造所や施設も増えた。中級精霊も遊びに来るようになったから驚くのも無理はないが、引き気味なのはなんでだ?
あと、久しぶりに姿を現したのに、楽園の発展に目を奪われて気づいてもらえていないメラルがションボリしているのが少し可哀想だ。
「えーっと、そうだ。俺も帰ってきたばかりで色々と用事があるし、メルとメラルは少し楽園を見て回ったらどうかな?」
用事と言ってもディーネ達にお土産を渡すくらいだから時間は掛からないけど、メラルが可哀想だから二人きりの時間をプレゼントしよう。
ベル達が案内に立候補したそうだし、キッカもメルと遊びたさそうにしているけど、それは後にしようね。
「あっ、メラル様!」
メラルの名前が出て、メルはようやくメラルの存在を思いだした。
「メル。いつも一緒だけど、顔を合わせるのは久しぶりだな」
ションボリした顔を一瞬で切り替えて、凛々しくメルに話しかけたメラルは凄いな。男として負けた気がする。
「は、はい。そうですね。またメラル様の姿を見ることができて、とても嬉しいです」
キリッとしたメラルに、わたわたしながらも嬉しそうに答えるメル。
……なんか、メルとメラルが付き合いたての初々しいカップルみたいな雰囲気を漂わせはじめたんだけど?
このままだと今度は俺達の存在が忘れられそうだし、後は二人で楽しんでもらおう。
「じゃあ、また後でね」
お邪魔虫は退散とばかりに、みんなを連れてそそくさと二人から離れる。
「えっ、お師匠様?」
***
「行ってしまいましたね。メラル様、どうしましょう?」
近所の世話焼きのおばさまが、なにか含みあり気な様子で立ち去るようにお師匠様が行ってしまいました。
急にどうしたんでしょう?
「うーん。散歩すればいいのか? たぶん裕太は発展した楽園を見てほしいんだと思う」
なるほど、たしかにそうかもしれません。
聖域というだけでも珍しいのに、前に来た時と比べても断然賑やかになっています。
お師匠様はこの場所に人を招くつもりもないようですし、久しぶりに楽園に来た私がどう思うのかを知りたいのかもしれません。
お世話になってばかりの不肖の弟子としては、こういう時にしっかりと恩返ししなければいけませんね。
「メラル様。頑張りましょう!」
「ん? あ、ああ。でも、散歩だからそんなに張り切らなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、しっかり隅々まで確認して、ちゃんとお師匠様に報告しなければいけません。行きましょうメラル様!」
「あ、ああ」
ふむ。聖域の中心である泉は前と変わっていませんね。私では到底理解できない精霊王様方の力が籠った球体が浮いていますが、それについては深く考えない方が幸せでしょう。
上空から楽園を見た時、見覚えのない施設が増えていましたが、お店やプール、ローズガーデン、運動場、迷路、森、私が知っている施設も健在でした。
見知っている場所よりも、知らない場所から見学したほうが良いですよね。
ここでジッとしていても楽園のことは分かりませんし、そろそろ移動しましょう。いくつか増えた家はシルフィ様達の家だと聞いていますから後にして、まずは全体の確認ですね。
「メラル様。あちらから回りましょう」
私、頑張ります!
***
「ねえ裕太。あの子、なにか勘違いしているんじゃない?」
「う、うん。たぶんシルフィの言うとおりだと思う」
ディーネ達に酒樽を渡しルビー達に森で採取した食材を渡して、俺の用事はすぐに終わった。
そこで趣味が悪いと自覚しながらも、初々しい雰囲気を漂わせていたメルとメラルの出歯亀をすることにしたんだけど……なんか思っていたのと雰囲気が違う。
発展した楽園に驚きつつも、久しぶりに顔を合わせたメルとメラルが楽しく見学しているはずだったんだけど、なぜか凄く真剣な表情で楽園を歩き回っている。
見学というよりも視察をしているような感じだ。久しぶりで緊張しているのか?
あの様子で楽しめているのかが疑問だが、偶に浮遊精霊や下級精霊に手を振られたりもみくちゃにされたりして笑っているから、大丈夫……なのか?
「シルフィ。メルとメラルはどんな会話をしているの?」
「今までの会話だと、広がった楽園についてと、各種施設について話しているわね。二人で楽しんでいるというよりは、空回りしているメルと、それに巻き込まれて困惑しているメラルといった感じかしら」
「なるほど……」
なんでそんなことになっているのかがサッパリ分からない。
でもまあ、真剣に楽園を見て回っているのなら、発展した楽園のことも理解できるだろう。
醤油と味噌のレシピも増えたし、たっぷりと楽園の美味を味あわせて緊張を解きほぐし、明日からのんびり楽しんでもらうことにしよう。
メルとメラルが四百五十六話で楽園に来たことがすっかり頭から抜けていて、間違えてしまいました。
修正しました。
ご指摘、ありがとうございます。
読んでくださってありがとうございます。