五百二十二話 厨二度チェック
迷宮都市のメルの工房に足を運び、鋳物を勧めるのと同時に仕事をお願いした。ピーラーはともかく、無水調理ができるホーロー鍋やタジン鍋がちゃんと作れるかどうかは不安だが、真面目なメルとやる気十分のメラルならなんとか再現してくれるだろう。
「なるほど、だから隙間のない精密さと重さが重要なんですね」
俺が作ってほしいホーロー鍋について、分かっていることをすべて説明すると、メルも難しさを理解したのか重々しく頷いてくれた。
特に精密性と蓋の重さが重要なので念入りに説明したが、メルもそこがポイントだとしっかりと理解してくれたようだ。
「うん。蒸気の漏れないのが重要だから頑張ってね」
「はい、頑張ります!」
ホーロー鍋の開発秘話をテレビで見たことがあるし難しい仕事なのは理解しているが、魔法もあるしドワーフというだけで凄まじい信頼感があるので、たぶんメルなら作り上げてくれるだろう。
ホーロー鍋と煮込み料理は相性が抜群だし、無水調理で作るカレーは絶品だから完成が楽しみだ。
……鍋の商品化にベティさんが巻き込まれて悲鳴をあげる姿が脳裏をよぎったが、美味しいカレーを食べて乗り切ってほしい。
さて、そろそろお暇するか。
メルと遊び足りなそうなキッカには申し訳ないが、ベル達の相手をしてくれているメラルがとても大変そうだ。
「あっ、そうだ。あと、メルとメラルを楽園に招待したいんだけど、時間を貰えるかな?」
いかんな。本来の目的を忘れて仕事だけ振って帰るところだった。
まあ、仕事を振ったのに仕事を休めというのもおかしな話だが、鍋が完成したら忙しくなるだろうし今の内に楽園に足を運んでおいたほうが良いだろう。
***
メルとメラルとの話し合いで、当面の仕事を片付けてから一度楽園に来ることになった。
十日もあれば段取りができるそうなので、その間はヴィクトーさんのところに滞在して、サラにお兄さん孝行をさせてあげればいいだろう。
さて……そろそろ目を逸らしていた現実と向き合うか。
(シルフィ。訓練場に居るんだよね?)
「ぷふっ……ええ、居るわよ」
シルフィから漏れた笑いがとても気になるが、居るのならしょうがない。会いに行こう。
その前に、モロに悪影響を受けそうなベル達には席を外してもらおう。
(用事があるからベル達は遊びに行っておいで。屋台で美味しそうな料理を見つけたら、教えてくれると嬉しいな)
「やたいー」「キュー」「おいしそうなの」「クゥ!」「みつけるぜ!」「……」
うむ。なんの疑いもなく遊びに行ってくれるベル達は、とても素直な良い子達だ。
本当ならジーナ達やフクちゃん達も別行動にしたいところだが、こちらは何度も会うことになるだろうから、俺が一緒の時に面通しを済ませて様子を確認しておきたい。
「すーはー」
深呼吸をして気持ちを落ち着け、冒険者ギルドの中に入る。
俺を見て冒険者達がざわつくが、そこはもう慣れたし気にしている余裕は無いので無視して訓練場に向かう。
「違う。そうではないのだジュリオ。マントを大きくたなびかせたくなる気持ちは分かる。だが、我々は怪盗であり紳士なのだ。マントをたなびかせ見栄を切るのはここぞという時だけ。常に注目を集めようとするのは、品格を疑われるぞ」
「はい、師匠!」
……訓練場に入った瞬間に飛び込んできた光景を見て、即座に帰りたくなった。
品格とか、紳士が見栄を切る必要性とか色々と疑問があるが、それ以前にジュリオ君の格好が理解できない。
なんで完璧に仮面でタキシードでマントで紳士な恰好をしているの?
その少年の体形にピタリと合ったタキシードは、オーダーメイドでしかありえないよね?
あのタキシードって魔物素材で作られた装備品だから、かなり高価だとリーさんから聞いたことがある。
ジュリオ君にそんなお金はないはずだから、もしかしなくても支給品だろう。
ジュリオ君を絶対に逃がさないという、仮面の紳士達の強い意志を感じられて怖い。
「えーっと、ポルテさん。ちょっといいですか?」
「おや、裕太殿ですか。構いませんが、この姿の時はダークムーンと呼んでいただきたい」
「あっ、先生。お久しぶりです。見てください、似合ってますか?」
「こら、ジュリオ。紳士はそのように自分を見せびらかしたりはしないものだぞ」
この師弟の会話が辛い。
なにより、この姿の時にはって言われても、俺はポルテさんの別の姿を見たことがないし、仮面の紳士にダークムーンさんって呼びかけたくない。
でも、あれだな。自分の罪と向き合うつもりでここに来たけど、ここまで突き抜けていると罪悪感も消し飛んで気が楽になったな。
今のジュリオ君はとても幸せそうだし、すべてが結果オーライということにしておこう。
「常闇の支配者である我の契約者として、悪くない姿だと思わんか?」
……この師弟だけでも面倒なのに、常闇の支配者な白い鴉まで会話に加わってくると、もはや俺では収拾がつけられそうにない。
とりあえず、常闇の支配者の相手は笑いを我慢しているシルフィにお願いしよう。
「今の裕太はあなたと話ができないから、私に話を聞かせてちょうだい」
目線でシルフィにお願いすると、すぐにシルフィが常闇の支配者に話しかけてくれた。
さて、ジュリオ君はもはや手遅れだと再確認できたし、もう一つの目的を果たそう。
仮面の師弟を見ている弟子達の様子を確認する。
ジーナは……ちょっと、いや、かなり引き気味なのでセーフ。
サラは、うん、感情のこもっていない笑顔が怖いが、この様子だと影響を受けることはないだろう。
マルコは……キラキラした目で師弟を見ている。完璧にアウトだ。あとで師匠としてマルコとしっかり話し合おう。
キッカは……面白そうに見てはいるが、興味があるというよりかは珍獣を見ている雰囲気だな。念のために、マルコのケアと同時にキッカとも話し合っておこう。
フクちゃん達は……ふむ、ベル達よりも更に幼いのが幸いしてか、あまりよく分かっていないようだ。
こちらは様子見で影響を受けそうなら、ジーナ達を通しての指導ということにしよう。
とりあえず、ジーナ達がポルテさんの訓練に参加する時はしばらく付き添うことにして、リーさんにもポルテさんを紹介した責任を取ってもらおう。
仲間の恥を晒したくないと前に言っていたし、その恥ずかしかった経験を語ってもらえばマルコの目も覚めるだろう。
「おっと、失礼。それで裕太殿、何用ですかな?」
弟子の教育が終わったダークムーンさんが話しかけてきたが、もうすでに俺の用は終わった。
「いえ、特に用事がある訳ではなく、ジュリオ君の様子を見に来ただけですので気にしないでください」
弟子達の厨二度をチェックに来たとは、さすがに言えないよね。
「そうでしたか。ジュリオは才能豊かな素晴らしい逸材です。その才能を潰すことなく全力で育て上げますのでご安心ください」
「そ、そうですか。それなら……良かったです? 頑張ってください。お邪魔しました」
豊かな才能というのは盗賊、もしくは精霊術師としての才能であってほしいのだが、どうなんだろう?
詳しく聞くのがとても恐ろしいので、深くは突っ込まないようにしよう。
ジーナ達を連れて二人から離れる。なんだかどっと疲れたので、トルクさんの宿に戻って休もう。
「おや、裕太さん。お久しぶりです」
「あ、トムさんお久しぶり……その恰好は?」
訓練場を出ようとすると、ちょうど中に入ってきたトムさんと出会った。少し心配をしていた人なので会えたのは良かったのだが、少し格好がおかしい。
なんで大きなリュックを背負っているんだろう?
「あぁ、これですか。裕太さんのアドバイスを参考にして、色々と考えてみたんです。少し動きにくいですが、だいぶ慣れてきました」
俺のアドバイス?
……あぁ、なるほど。シルフィが面白いことになりそうだと笑っていたけど、こうなることをある程度予想していたんだろな。
違うよトムさん。俺が言ったサポートって、回復魔法を使ったサポートのことで、物理的なサポートじゃないからね。
「回復職は身を守るのが一番重要なので、荷物を背負って回避を犠牲にするのは間違いですよ?」
サポートであって、ポーターをしろとは断じて言っていない。
「えっ? あぁ、違いますよ。むろん、荷物を持たない訳ではありませんが、さすがに荷物持ちになろうとは考えていません。見てください」
そういってトムさんがリュックから取り出したのは、大きめの盾とメイス。
「私は回避が苦手ですし、これで身を守るつもりなんです。私を守る手間が省ければ、それだけ仲間が攻撃に集中できますからね」
……盾とメイスを持った回復系統の精霊術師ってこと?
これはありなのか?
俺が勘違いしたポーターと比べると断然真っ当な選択に思えるが、精霊術師としてはなにかが違う気がする。
いや、俺も光龍装備だし、精霊術師はローブや杖が必要みたいな縛りはないから間違ってはいないのか?
「……そうですね。回復職が回復できなくなるのが一番の問題ですし、防御力をあげるのは間違いでは……ありませんね?」
でも、やっぱり何かが違う気がする。
ゲームなんかで魔法職は弱装備ってイメージが定着しているのが、この違和感の原因だろうか?
……まあ、仮面で紳士なスタイルに比べると、盾にメイスは真っ当な選択だ……だよね?
本日5/11日、コミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第三十三話が、コミックブースト様にて更新されました。
5/18日正午まで、無料公開中ですので、お楽しみ頂けましたら幸いです。
読んでくださってありがとうございます。