五百十九話 ベル達と中級精霊
大宴会が終わった翌日、後片付けと中級精霊の様子を見るために家を出た。宴会場はすでに片付けられており、そこに居たドリーに話を聞くと、精霊王様方と大精霊達が片付けてくれていたことが分かった。同時に、宴会で好評だった劇も、今後も継続されるらしい。楽園に新たな名物が生まれたかもしれない。
楽園が更に賑やかになりそうな話を嬉しく思い、上機嫌でドリーと別れて中級精霊達の様子を見に出発する。
ちゃんとしているのが好きな子達だから、まだお昼まで時間があるから楽園食堂には居ないだろう。
宿屋や雑貨屋には居そうだけど、まずは新しく作った施設が気になるし、そっちから様子を見に行くか。
新しく作った施設の前に到着すると、中からキャイキャイと楽しんでいる声が聞こえてきた。
中で精霊達も楽しんでくれているようだ。
……どこで何を楽しんでいるのだろう?
この施設、最初は図工室のような施設のはずだったんだけど、色々と追加されて巨大化して訳が分からない施設になっちゃったんだよな。
まあ、その様子を確認するために来たんだし、さっさと中に入って見たら分かるか。
最初の部屋は図工室。
大きな作業台がいくつかと、図工で使えそうな基本的な道具が並べてある。
シンプルな物はここだけでも作ることができるが、作ったものに飾を加えるなどの特殊な工程をおこないたい場合は雑貨屋で購入する必要がある。
作って買い物をしてと、なかなか楽しめる場所だと思う。
思うのだが……中級精霊がとても真剣で、想像していた空気と違う。
浮遊精霊達や下級精霊達は道具を利用して、若干意味の分からない独創性あふれるものを作ってキャッキャと喜んでいる。これが俺の想像していた光景に近い。
でも、中級精霊達は壁に貼ってある道具の使いかたを真剣に読み込む者、定規を使いながら設計図らしきものを描く者、ノコギリでの木材の切断に素晴らしく集中している者。
なんといえばいいのか……職人見習いのような雰囲気で取り組んでいる。
メラルはもう少しはしゃいでいた雰囲気だったが、あれはメルと心が通じ合ってテンションが上がっていたからかな?
メルに協力して鍛冶をしている時は、こんな雰囲気になるのかもしれない。今度メルの仕事を見学させてもらおう。
それにしても人型タイプの精霊がほとんどだな。やっぱり、細かい作業や人間用の道具は動物型の精霊には使いづらいのかもしれない。
邪魔をするのも悪いし、次の部屋に向かうか。
部屋と言っても、広いスペースを土の壁で区切っただけだが、それでも部屋の雰囲気はガラリと変わり、次の場所には家具屋のショールームのような空間が広がっている。
宿屋だけでは人の生活を体験しきれないということで、リビング風、寝室風、書斎風、一般住宅風、貴族風、王族風、などをそれぞれに再現した場所だ。
一般住宅は俺もなんとなく理解できたから問題なかったが、貴族風、王族風はシルフィのアドバイスに従った。
シルフィは好奇心でいろんなところを見て回っているから任せたけど、迷宮の財宝を惜しみなく飾った貴族風と王族風の場所はとてもゴージャスだ。
シルフィは満足気だったけど、俺の予想だと一部は王族の住居よりも贅沢になっていると思う。
だってベリル王国の服屋で、国宝級だから使えないと言われた飾り物なんかも普通に飾ってあるもん。国宝級って普通宝物庫だよね?
まあ、楽園は精霊達がうっかり壊したりしなければ宝物庫以上に安全だから、普通に展示するのは問題ないけど……マリーさんやソニアさんがここをみたら卒倒しそうな気がする。
中級精霊達も興味深げに家具を試したり、光物や芸術らしきものを観察したりしているし、それに交ざって下級精霊達や浮遊精霊達も興味を覚えた物をいじくっている。
なんていえばいいのか……ソファーに横たわる白い狼がとてもカッコいい。あと、高そうな壺の中から蛇が頭を出しているのがちょっと面白い。
レッドスネークだったら完ぺきだったと思う。
「ゆーた」
「クゥゥ!」
中の様子を見て回っていると、トゥルとタマモがふわふわと飛んできた。
「トゥル、タマモ、おはよう。今は二人だけなの?」
うちの子達は俺の頭上に居るムーンも含めてたいそう仲良しだから、別れて行動するのは結構珍しい。
「うん。みんなであんないしている」
「クゥ!」
案内? あぁそうか。中級精霊達が楽園を楽しめるようにみんなで案内してあげてと、お仕事を依頼していたな。
俺の中では昨日で仕事は終わっていたんだが、トゥル達は今日も律義にお仕事を頑張っていてくれたらしい。
「ありがとう、トゥル、タマモ。中級精霊の皆は楽しんでくれてる?」
「うん」
「クゥ!」
トゥルとタマモの表情には自信がみられる。中級精霊の子達が楽しんでくれているのがトゥルとタマモにもちゃんと伝わっているのだろう。
……たぶん、中級精霊の子達はトゥルとタマモの案内も含めて楽しんでくれているんだろうな。でも、楽しんでくれているのなら、そうであっても問題はない。
「じゃあ、引き続き案内を頑張ってね」
トゥルとタマモの頭を撫でて、中級精霊達の案内に戻す。
タマモが興奮気味な様子だけど、トゥルは落ち着いているから、気合が入り過ぎて中級精霊達に迷惑を掛けるようなことはないだろう。
案内に戻ったトゥルとタマモを見送り、俺も次の部屋に向かう。
「こうー!」
「キュー」
部屋に入ると、中級精霊達に囲まれたベルが、高々と卵を天に掲げている姿が見えた。その隣ではレインがベルを一生懸命応援している。
高々と掲げた卵を、ベルはゆっくり慎重にテーブルに打ち付ける。いつも笑顔のベルからは想像できない真剣な表情だ。
コンコンと卵をテーブルに打ち付け、卵にヒビが入ったことを確認したベルは、緊張した面持ちで卵を小さな両手で持ち、パカリと開いた。
熱せられたフライパンに卵が落ち、ジュワーっと音を立てる。
「こうー!」
一番の難所を乗り越えたベルが、凄まじいドヤ顔で中級精霊達に胸を張っている。とても可愛らしい。
周囲に居た中級精霊達もそう思ったのか、ベルを褒めまくりながら拍手をしている。
ベルは褒められまくって、表情が崩壊寸前だ。
でも、あの喜びようも仕方ないだろう。ベルはとても頑張った。
調理室的なスペースを用意したのだが、ルビーがそれに反応して燃えに燃えた。
初心者でも楽しく料理ができて、美味しく食べられるレシピと材料を用意しようと言いだした。
料理ができる精霊が不足しているし、料理ができる精霊仲間を増やしたいという気持ちも分かる。
でも、大宴会での料理をストックしなければならないし、四種類の新メニューのレシピの確立と量産、酒島への出前、そして新しいデザートの開発予定もあった。
さすがに忙し過ぎるということで、簡単な料理は俺が担当することになった。
料理などしたことがない初心者精霊が挑戦するメニュー。
俺は目玉焼きを選択した。
手順も簡単だし、蒸し焼きにすれば失敗も少ない。
目玉焼きを作る手順を一通り紙に書き、ベル達に挑戦してもらった。
スクランブルエッグもどきが量産された。
フライパンに油をひくのは簡単だった。温めて冷やして油をフライパンに馴染ませるのも問題なかった。
が……卵を割るのが難しかった。
俺にお願いされてやる気満々のベル達は、力が入りまくり卵を潰しまくった。
その中で一番の不器用さを発揮したのがベルだ。
レインも数回挑戦すればヒレで器用に卵を割れるようになったし、トゥルも最初は殻がフライパンに落ちたりしたが、すぐに力加減を覚えた。
それに少し遅れたがフレア、タマモ、ムーンも卵を割れるようになる。
ムーンなんかは、プニョンと卵を体で包みプニョンと体を動かすと、なぜか綺麗に卵がまっぷたつになった。今でも原理が理解できていない。
だが、ベルはどうしても卵を潰してしまう。
張り切り過ぎが原因なのはベルも理解しているのだが、分かっていても力が入ってしまうらしい。
それでもベルは諦めずに挑戦し続け、ついに卵を割ることができるようになった。
その頑張りを知っているから、ベルのドヤ顔がとても可愛らしく見える。
ベルの頑張りを傍で見ていたレインも、ベルの成功に大喜びだ。
……後は蓋をして蒸し焼きにすれば目玉焼きが完成なんだが……ちゃんと割れた卵を見せるのに夢中で、蓋をするのを忘れているようだ。
このままでは目玉焼きが失敗してしまう。
「……ムーン。こっそりベル達に蓋をするように言ってきてくれる? あと、パンも軽く焼くように伝えてね」
頭の上でムーンがプルンと震え、ベル達の元に飛んでいった。
ベルの背後でムーンがプルプルすると、ハッとした様子で慌ててフライパンに蓋をしていた。
相変わらずムーンとベル達の意思疎通の方法が分からないが、これで無事に目玉焼きが完成し、目玉焼きトーストも完成するだろう。
目玉焼きトースト。シンプルだけど美味しいよね。
これで中級精霊達の中で料理に興味を持つ者が増えれば、ルビー達も大喜びするだろう。
あの集団に突撃して、ベルとレインを褒めまくりたいが、ベルは今は中級精霊達に目玉焼きの作り方を教える先生役のようだから、邪魔をしてはいけない。
ムーンも戻ってきたし、次の部屋に行こう。
……ジーナ、サラ、マルコ、キッカが中級精霊達にハンドベルを教えている。
音楽室的な役割で作った部屋だから正しいのだけど、昨晩のアンコールのこともあり、中に入るとジーナに恨めしい目で見られるのは確実だろう。
……邪魔をしたら悪いし、今回はここの見学は止めておいて施設を出よう。
ふー。混沌とした施設になっていた気がしたけど、統一感がない割に良い感じだった。
あそこがこれからも有効活用されるなら、色々なことに興味を持つ精霊が増えるだろう。
「あれ? そういえばフレアの姿を見なかったな。ムーン、フレアがどこに居るか知らない?」
いつも元気いっぱいのフレアを見逃すはずないから、あの施設には居なかったのだろう。
ムーンがフヨフヨと頭上から飛び立った。どうやら心当たりがあるらしい。
「かざんだぜ、かざんをつくるんだぜ!」
ムーンについて行くと、そこは中級精霊達に自由にしていいと提供したスペースだった。
そこでフレアが、中級精霊達にかざんを作ろうと熱弁している。
いや、かざんって火山?
……それはない。
イフとフレアが火山に住んでいたらしいから、その環境を再現したいのかもしれないが、楽園に火山は無茶だろう。
現に中級精霊達もちょっと困った顔をしている。
ちゃんとしているのが好きなお年頃らしいし、いきなり火山を造ったりはしないよね。
すみません、フレアは回収していきますので、自由に楽しんでください。
読んでくださってありがとうございます。