五百十七話 イベント!
大宴会が始まり、今まで味わった様々な料理や甘味に加え、カレーや醤油と味噌を知らしめるための新作メニューも公表された。シルフィ達やベル達、ジーナ達の反応から自信はあったものの、精霊王様方に褒められた時はホッとした。後は、中級精霊に楽しんでもらえれば今回の宴会の目的は果たせる。
精霊王様方との挨拶を終えて、幻想的な雰囲気になっている宴会場の中を歩き回る。
ふむ、食べ物が入ったお皿を持ってふわふわと浮かんだまま食べているのは、浮遊精霊や下級精霊ばかりだな。
様々な姿をかたどった幼い精霊達が、キャッキャと楽しみながらご馳走を食べている様子はとても和むが、本命の中級精霊達の姿が見えない。
たしか料理に興味津々だったはずだから、料理を並べてある台の方に居るのかもしれない。
……料理が並んでいる台に向かうと、予想していた通りに中級精霊達が居たが、予想していた光景とは少し違った。
「ふふ、面白いでしょ」
「あっ、シルフィ。……これって楽しんでもらえているのかな?」
「ええ、みんな十分に楽しんでいるわよ」
「……そう……なんだ?」
設置したテーブルを利用し、お行儀よく食事を取る中級精霊達。
動物の姿をとった中級精霊も居るから違和感はあるが、雰囲気が結婚式場などの公式な場所で頑張って大人しくしようとしている子供のように見える。
これが、楽しいのか?
「えぇ、前にも言ったけど、あのくらいの年頃はちゃんとしているのが楽しい時期なのよ。小さい子達の面倒を見るのと同じね」
あぁ、そういうことか。
感情を開放して思いっきり喜んでくれている姿が見られないのは残念だが、楽しんでくれているのなら満足しておこう。
それに、しっかり表情まで確認してみると、食事を食べた時には子供のように表情がほころぶので、こちらとしてもまんざらではない気持ちになる。
「中級精霊ってずっとこんな感じなの?」
気持ちは分からないでもないけど、疲れそうだ。
「そんなことないわよ。周囲に下の子達が居なかったり、仲が良い子達だけで集まっていたりすれば、相応にはしゃぐわ。そういう時にお酒に興味を持つようになれば、上級精霊は間近ね」
……なんとも言えない状況で、なんとも言えない情報を知ってしまった。
「ねえシルフィ。それって真面目に頑張ったストレスで、お酒に逃げているんじゃないよね?」
それだと大半の上級精霊や大精霊達がお酒好きなのが理解できる。
俺は今まで精霊はお酒が好きなのがデフォルトだと思っていたけど、根本をなんとかすれば大酒のみの精霊が少なくなるってこと?
「そんな訳ないじゃない。楽しんでやっているのだからストレスなんてないわよ。精霊は大人になるとお酒に魅かれるものなのよ」
「そっか」
精霊とはそういうものなのか。
まあ、お酒は精霊に対する切り札にもなるから、お酒が通用しない精霊というのも困るんだが、それでもお酒に左右されない大人の精霊を見てみたかった。
ドリーみたいな上品な精霊が、上品に飲んでいるように見えるのに、酒樽を次々に空にしていく光景は結構衝撃的なんだよな。
「そんなことよりも、そろそろ始める時間じゃないの?」
お酒に左右されない精霊はそんなことではないと思いつつも、シルフィの言う通りそろそろ時間だ。
「じゃあ舞台袖に行こうか」
「ええ」
シルフィと共に舞台の傍に行くと、すでにディーネ、ノモス、ドリー、イフ、ヴィータが集まっていた。
俺が契約している大精霊、全員集合だ。
改めて思うが、このメンバーが力を振るえば、大陸を制覇することくらい楽勝なんだよな。
そんなメンバーを集めてやるのが、本当にこれでいいのかと今更ながら疑問に思えてきた。
「裕太、始めるわよ」
「う、うん」
まあ、意外と乗り気なのは大精霊達なんだし、これで良いのだろう。俺には大陸制覇とか似合わないもんね。
「いいわよ」
「皆さま、ご歓談中に申し訳ありません。これから余興をおこないますので、舞台にご注目ください。本日の演目は『水の勇者の大冒険』と、有志による歓迎の演奏会となっております。どうぞお楽しみください」
シルフィの合図の後に用意していた原稿を読むと、シルフィの風に乗って俺の声が宴会場に広がる。
宴会場に集まっている精霊達も突然始まったアナウンスに驚いたようだが、ワクワクした表情で舞台の周りに集まってきた。
これから始まるのは、絵本の舞台化。
水の勇者の物語だ。
ちなみに、このイベントが決まったのは、ディーネの『お姉ちゃんも何かやりたいわー』という言葉が切っ掛けだ。
そこで舞台を用意して演奏会だけなのも寂しいということになり、俺が巻き込まれた。
宴会の準備で忙しかった俺は、舞台なんだから劇でもすれば? と思いつきで答えると、それがディーネの琴線に直撃し、水の勇者が大冒険をするディーネお気に入りの絵本が舞台化されることになった。
話の内容は、水の精霊に愛された少年が、大冒険をして最後には悪いドラゴンを倒してお姫様と結婚するという、王道中の王道な物語だ。
しかも、その舞台を精霊術でやることになった。
簡単に言うと、精霊の属性で作ったキャラクターに声を当てる、人形劇の精霊術版のようなものだ。
作? 演出ディーネ
ストーリーテラー ヴィータ
勇者 水人形 操作 ディーネ 声 ヴィータ
水の精霊 水人形 操作 ディーネ 声 ディーネ
姫 木人形 操作 ドリー 声 ドリー
義賊 風人形 操作 シルフィ 声 シルフィ
悪いドラゴン 炎人形 操作 イフ 声 イフ
小悪党 土人形 操作 ノモス 声 裕太
舞台道具 ノモス ドリー
こんな感じで劇が行われる。
ノモスの仕事に声優がないのは、そんなこっぱずかしいことができるか! と拒否されたからで、ディーネの出番が多いのはディーネが張り切っているからだ。
「あはははは、姫はいただいた!」
「きゃ~」
舞台の始まりは、巨大な篝火から巨大な炎のドラゴンが現れ、木で作られた姫が攫われるところから始まる。
イフも乗り気で気合の入った演技なんだが、悪いドラゴンのはずなのに、妙にカッコいい。
そして、一生懸命悲鳴をあげようとするドリーが可愛らしい。
水の勇者が姫を助けるために水の精霊と旅立ち、風の義賊が勇者を助け、小悪党が邪魔をする。
場面が岩場に変わるとノモスが舞台を岩場に変化させ、森に分け入るとドリーが舞台に森を作る。
大精霊達が力を振るった結果、水の勇者が水の斬撃を飛ばし岩を切り裂く。
風の義賊が高速で飛び回り、風の刃で小悪党な土人形を粉みじんにする。
巨大な炎のドラゴンは宴会場の空を縦横無尽に飛び回り、灼熱の炎をブレスとして吐き出す。
絵本の単純な物語を舞台化した単純な演劇のはずのこの舞台が、ほのぼのとしたナレーションを背景に、ハリウッド顔負けの映像作品になった。
最終決戦は特に大迫力で、悪い炎のドラゴンが大暴れし、水の精霊が命を懸けて仲間を守り、風の義賊が命を懸けて悪いドラゴンの隙を作る。
最後には姫の祈りが奇跡を呼び、限界だった水の勇者が復活。奇跡の大逆転が盛大に演出された。
「こうして水の勇者は悪いドラゴンを成敗し、お姫様と末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
ヴィータの締めの言葉が終わると、宴会場は大歓声に包まれた。
正直、それも当然だと思う。
演出と声優は未熟だが、キャラクターのクオリティーも操作も超一流。迫力に関しては日本でも並ぶものがないレベルだった。
そりゃあみんなも大興奮だよね。
「ゆーた、しゅごい! たのしー」
興奮したベルが飛んできて、ハンドベルをリンリン鳴らしながら俺の周囲をグルグル回る。
「キュキュキュ、キュキュ!」
「びっくりした。ぼくもやりたい!」
「クゥ! ククククゥクククゥーー!」
「どらごんかっこいいぜ!」
「………………」
当然ベルだけが興奮している訳もなく、少し遅れてやってきたレイン達もハンドベルをリンリン鳴らしながら大興奮だ。
それだけ喜んでくれるのは嬉しいが、ハンドベルは置いて来てほしかった。
そしてサクラ。興奮しているのは分かるけど、俺の胸元にしがみついて、フスフス鼻息を鳴らしながらハンドベルを振るのは止めて。何が言いたいのかすら理解できないよ。
俺に感想を言ったベル達とサクラは、次に大精霊達に狙いを付けて、大興奮で感想を言いに行く。
ベル達、次はハンドベルの演奏なんだけど、興奮で忘れちゃったりしていないよね?
心配していると契約している浮遊精霊を連れてジーナ達も現れた。こちらも大興奮で、日頃冷静なサラまで興奮で目をキラキラさせていて、ジーナはドラゴンに魅了され、マルコは勇者に、キッカはお姫様に憧れた。
弟子達とベル達の様子を見て、久しぶりにディーネの思いつきに感謝をした。
本来であれば、劇の後にすぐに演奏が始まる予定だったのだが、演奏者も観客も興奮しまくっているので、時間を置くことにしようと思う。
このままだと絶対に失敗するよね。
***
劇の興奮がようやく治まり、本日のメインの演奏会が始まる。
正直、前座がはっちゃけ過ぎだった気がしないでもないが、みんなの可愛さがあれば前座の記憶なんか塗りつぶしてくれると俺は信じている。
現在、舞台は準備している場面を隠すために、大きな土の壁で覆われている。
偶に聞こえるジーナの焦った声にハラハラ感が増すが、大丈夫、みんなならできると心の中で強く応援する。
準備が整ったのか、土の壁が取り払われた。
そして、指揮者であるジーナが闇のドレスを着て、優雅に一礼する姿に意表を突かれる。
闇のドレスだ。普段はローブの内側に着て、恥ずかしがって人前に晒さないドレス姿のジーナ。
いつも色気がない服ばかり着ていて行動も言動も男っぽいジーナだが、そのスタイルは抜群で、体のラインが蠱惑的なほどに浮き上がってしまう漆黒のドレスを着ると、まるで人が変わったような妖艶さを漂わせる。
そのジーナが一礼し、タクトを優しく振ると、可愛らしい演奏会が始まった。
劇の時のような興奮はないが、ジーナ達人間と、下級精霊と浮遊精霊、精霊樹の思念体が織りなす演奏は見る者達を優しく癒し、リーン、リーンと音が鳴るたびに宴会場に温かな空気が広がる。
人であるサラ達と生まれたばかりのサクラを除けば大半は年上だが、それでも精神は未熟な子供である精霊達の演奏。
どうしても音のズレや、鳴らす必要のない音が鳴ってしまうこともある。
だが、そんなことは一生懸命ながらも楽しそうに演奏する子供達の前では、些細なことでしかない。
宴会場に居る誰もが、優しく澄んだハンドベルの音に耳を傾け応援する。
演奏の前に俺が中級精霊達の歓迎の為に一生懸命練習したとアナウンスしたからか、中級精霊達は感動もひとしおのようで、中には応援に力が入り過ぎて前のめりになっている中級精霊も居る。
劇での熱気とは違う一体感が生まれ、演奏が終わってジーナと演奏者たちが一礼をすると、拍手喝さいが巻き起こった。
大成功だ。
これは、アンコールをリクエストするべきかもしれない。ジーナには恨まれそうだが、他の子達には喜んでもらえるはずだ。
読んでくださってありがとうございます。
 




