五百八話 待て、ちょっと待て
更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
俺はシルフィに説得されたらしく、いつの間にか白い鴉に協力することになった。白い鴉との契約を仲介する相手が貴重な農家枠の少年なのはもったいない気がするけど、シルフィが妙にやる気満々なので、少年には申し訳ないが犠牲になってもらおうと思う。
「……えーっと、こんにちは。俺は裕太って言う精霊術師なんだけど、君に話があるんだ。少し時間をもらえるかな?」
俺とリシュリーさんとの話についていけずに目を白黒させている少年に声を掛ける。
よく考えなくても、俺はこの素朴な少年に、ちょっとイラっとする白い鴉を押し付けようとしているんだよね。
……まあ、あれだ、ちょっと罪悪感が湧かないでもないが、この少年は精霊の言葉も聞こえないし姿も見えないんだから……別にいいよね?
戸惑う少年にリシュリーさんが俺のことを説明してくれる。あれ? なんかすごく俺を尊敬のまなざしで見始めたんだけど? リシュリーさんも別に俺を持ち上げるようなことは言ってなかったよ?
「ぼぼぼ、僕はジュリオと言います。よろしくお願いします」
なんか分からんが、緊張気味ながらも気合を入れて元気に挨拶をしてくれる素朴な少年、改めジュリオ君。
どうしてそんなに気合が入っているのかは不思議だが、やる気が無いよりも有った方がいいのは確かだし、好都合だと受け止めよう。
「うん、ジュリオ君だね。こちらこそよろしく。えーっと、じゃあどこか落ち着いて話せるところに移動しようか。そういえば保護者の人とかは居ないの? 居るなら合流して一緒に話を聞いてもらった方がいいよね」
「ぼ、僕は一人です。もうすぐ成人ですし、大人です!」
……もうすぐ成人ってことは、まだ成人じゃないってことで、まだ大人じゃないってことじゃないのか?
「……もしかして、村から飛び出してきちゃったりした?」
もしかして家出? 代り映えの無い村に我慢できなくなって、溢れるパッションを胸に世界に向かって羽ばたいちゃった?
俺も男だし、そういう気持ちは分からないでもないが、魔物が出るこの世界でそう言った迂闊な行動を取るのは命とりじゃないか?
「裕太様。ジュリオさんは村を飛び出したりしていませんよ。ちゃんとご両親の許可をもらって、冒険者ギルドの馬車で迷宮都市に来ています」
「あっ、そうなんですか。リシュリーさん、ありがとうございます。ジュリオ君も誤解してごめんね」
俺の疑問を察知したのか、傍で話を聞いていたリシュリーさんがフォローしてくれた。さすが有能秘書さんだ。かゆいところに手が届く。
「いえ、大丈夫です」
「裕太様。ここで話をするのもなんですので、ギルドの応接室にご案内いたしましょうか?」
「……そうですね、お願いします」
とりあえずトルクさんの宿にでも移動して話を聞こうかと思っていたけど、ここはリシュリーさんのご厚意に甘えておいた方がいいだろう。
よく考えなくても、見知らぬ少年をいきなり宿に連れて行くのは、とても危ないよね。世間的に。
「さて、改めて自己紹介をさせてもらうね。俺は裕太。精霊術師です」
リシュリーさんのご厚意に甘え、ギルドの応接室で改めて話し合いを開始する。
リシュリーさんもなんだか心配なのでと同席してくれることになったが、何が心配なんだろう?
「はい。僕はジュリオです! よろしくお願いします」
「うん、よろしく。それで、さっそく質問なんだけど、ジュリオ君は精霊術師になるってことで良いんだよね?」
「はい! そのつもりで村から出てきました!」
「……随分とやる気があるみたいだけど、精霊術師の評判が悪いのは知ってる? 迷宮都市での精霊術師の評判は上がっているけど、まだまだ他の地域では扱いが悪いと思うよ?」
この国なら大抵は問題ないと思うけど、世界的にはまだまだ精霊術師は不遇だ。
「……精霊術師の評判が悪いのは知っています。僕も精霊術師の才能があることは隠していましたから……」
ジュリオ君はジーナと同じパターンだったようだ。
精霊術師講習を受けた生徒にも、そのパターンが沢山居た。そうやって才能を眠らせていたから、意外と精霊術師って凄い? ってなって、一気に講習を受けに来たからあの人数が集まったんだよな。
「でも、僕はひい爺ちゃんが精霊術を使うところをみて、思ったんです。カッコいい! 精霊術師になりたいって!」
「ひい爺ちゃん?」
「あっ、裕太様。ジュリオさんはカンタンさんの曾孫さんなんです」
あぁ、カンタンさんの曾孫さんなのか。良かった、カンタンさんはちゃんと村まで生きて帰れたんだな。
正直、枯れ木みたいなお爺さんだったから、村に帰る前にお迎えが来るんじゃないかと冷や冷やしたよ。
「ひい爺ちゃん、いつもはちゃんと生きているか不安になるんですけど、精霊術を使う時は凄くカッコいいんです。村の皆も見学に来るくらい凄いんです!」
……曾孫のジュリオ君でもカンタンさんの生死は不安なんだな。その気持ちは俺もとてもよく分かる。
精霊術を教えている間は鋭い目をしていたけど、講習が終わると一気に生気が抜けていく感じで、そのまま成仏してしまいそうな雰囲気がとても怖かった覚えがある。
「特にあの詠唱がとてもカッコ良くて、なんていえばいいのか、凄く神秘的で胸が絞めつけられるような気持ちになって、それなのに、胸の奥からフツフツと何かが湧き上がってくるような、凄く、凄く、熱い気持ちにもなって、とても、とても感動したんです! 僕、ひい爺ちゃんに教えてもらって、全部詠唱を覚えたんです!」
……? 今、詠唱って言った?
あの、ちょっとした悪ふざけで作った詠唱がカッコいいって言った?
全部覚えちゃったの?
あれ? もしかしてヤバい?
俺、もしかしてこの素朴な少年に、とんでもないことをしちゃった?
……いや、まだ分からない。
……まだ分からないんだけど、白い鴉との共通点を考えると、とても嫌な流れを感じてしまう。
「裕太様、どうかされましたか? 大丈夫ですか?」
思わず頭を抱え込んでしまい、リシュリーさんが心配して声を掛けてくる。正直、大丈夫じゃないと答えて、このまま家に帰りたい気分だ。
……とりあえず、この少年と白い鴉とは契約させない方向で話を進めよう。
「リシュリーさん、大丈夫です。えーっと、ジュリオ君は農作業の役に立つ植物の精霊と契約する目的で村から出てきたんだよね? 他の精霊と契約することになるとご両親の期待を裏切ってしまうことになるし、今回は植物の精霊との契約を目指すことにしようか。せっかく詠唱を覚えたんだし、無駄にするのはもったいないよね」
白い鴉がなにやら騒いでいるような気もするが、俺には聞こえない。聞こえないったら聞こえないんだ。
「裕太様。ジュリオさんは畑を継げないから村を出てきたんです。植物の精霊と契約できた場合は村で特別なポジションを約束されているそうですが、ジュリオさんが特別な精霊と契約できるのであれば、そちらを選択したほうが良いのではと愚考します」
肝心なところで有能秘書が無能秘書に成り下がってしまった。リシュリーさん、ここでの裏切りは酷いよ。
いや、有能なのか? リシュリーさんには俺の焦燥感は伝わらないだろうし、ギルドにとっては特殊な精霊と契約した精霊術師を確保するのは当然と言えば当然ではある。
しまった、ここでのスレ違いは痛い。
「それって、さっき言っていた光か闇の、特別な精霊との契約ってことですよね。大丈夫です! まったくなんの問題もありません! 植物の精霊と契約して村に戻っても、村全体の畑の管理って言われているだけなんです。将来は婿入りして村長候補だとか言われましたが、他にも候補は沢山居るので僕は必要ありません!」
やめて、食いつかないで。光とか闇とか聞いて、目をキラキラさせないで。お願い
ジュリオ君。ご両親の思惑を無視して暴走してない? 村長って村のトップだよ? 勝ち組なんだよ?
そもそも、光と闇の精霊は特別なの?
「光も闇も自然の一部だから、別に特別という訳ではないわ。ただ、光の精霊は太陽を追いかけたりするし、闇の精霊は光の下に出ることを嫌がるから、術師と契約する精霊は少ないわ。そういった意味では特別といってもいいかしら?」
「我はその中でも特別中の特別! 偉大なる存在だがな!」
俺の疑問を察知したシルフィが説明してくれた。そういえば、この世界に来た最初の頃にそんな説明を聞いた覚えがある気がする。
あと、白い鴉がうるさい。
「裕太様。そもそもジュリオさんはどの属性の精霊と相性がいいのでしょうか?」
リシュリーさん、やめて! このタイミングでその質問は致命的だよ!
嘘をつきたい。とても嘘をつきたい。
「えーっと、別にそこまで特べ「裕太。あなたはその言葉を続けて、胸を張ってベル達やジーナ達と会えるのかしら?」……闇の精霊です」
畜生! シルフィ、この場面でベル達やジーナ達を引き合いに出すのは卑怯だよ。
「まあ、闇ですか! 闇の属性はとても希少なんですよ!」
「闇。希少な闇の属性。特別……勇者? 違う、闇の勇者? 違う……闇、闇、闇……闇の英雄! 僕! 闇の精霊と契約します!」
おい、待て、ちょっと待て、契約を決める前にブツブツ何を言っていた? 闇の英雄とか言ってなかったか?
畜生! やっぱりか。やっぱりなのか。
白い鴉とジュリオ君の通ずるものってあれか、厨二か。厨二なんだな?
こいつら、患ってやがるんだな?
…………白い鴉は自業自得だとして……ジュリオ君に関しては……俺の……俺の責任になるんだよね?
……ちょっとした悪ふざけの詠唱が、素朴な少年を闇に引きずり込んでしまった。
ぶっちゃけ、厨二な詠唱をしているおじさんを見て笑いたかっただけなんだ。
厨二に落ちる人が出てくるのも予想できていたし、別に誰が患おうと知ったことではないとも思っていた。
でも……素朴な少年が目の前で闇に落ちていく姿を見てしまうと、思いのほか、胸が痛いです。
……とても……胸が、痛いのです。
読んでくださってありがとうございます。