五百七話 純朴な少年
ジーナ達に合流するために冒険者ギルドに到着すると、シルフィがカウンターに居る少年と、その少年を見守っている白い鴉に注目しだした。そして、白い鴉から話を聞いたところ、なんだかよく分からない説明を聞いて、なんだかよく分からないうちに協力することになりそうな雰囲気になっている。正直意味が分からない。
(闇の精霊さん、ちょっとごめんね。シルフィちょっとこっちに来て)
「裕太、どうしたの?」
「ぬ? 貴様、人間の分際で我の姿が見えるのか?」
意味の分からない展開に流される状況から脱出するために、白い鴉に断りを入れてシルフィを引っ張って隅に移動しようとすると、白い鴉が興味津々の様子で一緒についてきてしまった。できれば空気を読んでほしい。
(えーっと、うん、見えるんだけど、ちょっと状況を整理するためにシルフィと話がしたいんだ。申し訳ないけど、あっちで待っていてもらえるかな?)
「ふむ。我を待たせるなど無礼ではあるが……我は寛大だ。後で説明をするのであれば待ってやろう。常闇の支配者である我と相まみえたのだ、人間が恐怖に震えるのも無理からぬことだからな」
(……ありがとうございます)
「うむ」
白い鴉は偉そうに頷いて離れていった。
別に白い鴉に恐怖してはいないけどね。どちらかというと、冒険者ギルドの中で不自然な行動をして、変な注目を浴びていることの方が恐怖だ。元々、目立つ立場だから視線がとても痛い。
(ちょっとシルフィ、どういうことなの?)
視線から逃れるために壁際に移動し、ホールに背を向けてシルフィに詰問する。
「どういうこと? あぁ、あの子に協力するってこと?」
(うん、まあそれが一番だけど、進化したら白くなったとか、理解できないことが多すぎるよ。あっ、あと、あの白い鴉が言っていた、我と通ずる偉大な存在になる可能性って、シルフィはそれが何か理解しているの?)
できれば一から全部説明してほしいけど、あんまり待たせるとあの白い鴉が待ちくたびれて飛んできそうだから、とりあえずその説明をお願いしたい。
特に、あっさりと協力することを決めた、我と通ずる偉大な存在になる可能性とやらは嫌な予感しかしないよ。
「そうね、まずは白く進化したことだけど、あれは単純に思い込みでああなったのね。自分が特別だと思っていたみたいだから、闇の精霊なのに白い自分とかカッコいいとか思っていたんじゃない?」
(えっ? 精霊ってそんなんで姿が変わるの?)
お手軽過ぎない?
「んー、元々精霊は自然に生み出された存在だから、大抵は生まれた姿に沿って成長していくわね。でも、偶にあっちの方が便利だとかで、進化する時に姿が変わる子も居るわ」
精霊の姿って思った以上にあやふやなようだ。
(あっ、じゃあシルフィが精霊王に進化する時には、もっと巨乳になるかも……)
「裕太、人の命というものは儚い物なのだけど、自分から投げ捨てる必要は無いと私は思うのよ。裕太はそこのところ、どう思うのかしら?」
(……命は大切にするべきだと思います)
「そう? まあ、そうよね。裕太にとって一つしかない物なのだから、ちゃんと大切にしておかないといけないわよね」
(はい。そう思います)
ヤバいよ。シルフィの無限の可能性に、おもわずとんでもないことを口走ってしまったけど、シルフィの俺を見る視線が、虫けらを見るような視線だったよ。
シルフィが俺を殺すとは思えないけど、契約の解消はありえた気がする。
……うん、あれだね。人の地雷を迂闊に踏み抜くのは駄目だよね。醤油や味噌が完成して生活に余裕が出たからか、ちょっと調子に乗っていたかもしれない。親しき仲にも礼儀が必要だと、ちゃんと肝に銘じておこう。
「……はぁ、まあ姿は意外と変化しやすいから良いのだけど、気になるのはあの知性ね。あの言葉遣いは変だけど、中級精霊並みの知性を獲得しているのは異常と言っていいわ」
溜息を吐いた後、シルフィが説明を続けてくれた。どうやら先程の失態は見逃してくれるようだ。
溜息の前に目が二度目は無いわよと言っていた気がするが、これに関しては迂闊な俺でも繰り返すつもりはないので大丈夫だ。
(中級精霊並みの知性ってことはメラルと同じくらいってことか。ベル達の無邪気さを考えると、たしかに一足飛びで知性を獲得しているね)
なるほど、そのあたりが疑問でシルフィは協力を約束したんだな。
でも、俺としては今の無邪気なベル達が大変可愛らしいので、あの白い鴉のように尊大になる可能性を考えると、あんまり知りたくない気がする。
ベル達が反抗期に突入したら、たぶん俺は心が折れる。
協力するにしても、ベル達には影響が出ないように頑張ろう。
(協力する理由はなんとなく理解できたよ。それで、偉大なる存在になる可能性とやらはどうなの?)
「それはサッパリ分からないわ。でも、たぶん面白いことになると思うのよ」
シルフィはワクワクした雰囲気を醸し出しているが、俺はやっぱり嫌な予感しかしない。
「あら、あの子の話が終わりそうだわ。裕太、もう他に聞きたいことは無いわよね?」
「……うん」
たぶん、いや、間違いなく面倒な事を背負い込みそうになっているから、普段であればもう少し色々と抵抗するところではあるが、地雷を踏み抜いたばかりで拒否し辛いのが辛い。
俺が最後の抵抗として嫌そうに頷くが、シルフィは意にも介さず白い鴉を呼び寄せてしまう。
「うむ。ようやく話が終わったか。我は寛大ゆえ、待たせる不敬は許すが、説明次第では罰が下ると覚悟せよ」
そういえば、あとで説明とかなんとか言っていた気がする。そこらへんは何も考えていなかったのだけど、どうする? 間違いなく怒らせたら面倒臭いタイプだよね?
「ふふ、待たせちゃってごめんなさいね。でも、説得は終わったから期待していいわよ」
説得? 俺が説得されたってこと? ……あぁ、まあ協力することには納得したからそういうことになるのか。
「どういうことだ?」
白い鴉が首をひねっている。たしかにこの説明だと意味が分からないよね。
「あなた、あの子が気になるのよね? だから、裕太があの子とあなたの契約を仲介してあげるってことよ」
シルフィ、とてもシンプルな説明だね。それでこの白い鴉は納得するの?
「なるほど、殊勝である。その方、しかと務めを果たすがよい」
簡単に納得したうえに、凄く偉そうに命令されてしまった。
いままで、精霊に対してはお酒の問題かディーネの奇行以外でイラっとしたことはなかったんだけど、この白い鴉は素でイラっとくる。
なぜだろう? たしかに言葉遣いは偉そうだけど、精霊に対してはかなり寛容な俺だから、これくらいで気に障ることは無いはずなんだけどな?
「ほら、裕太。あの子が帰っちゃうわよ。早く声を掛けて」
変な感覚に疑問を持っている暇もなく、シルフィに促されて少年の元に向かう。
……なんて声を掛けよう? 日本でもこの世界でも身内以外の少年に声を掛ける機会なんてほとんどないから、どうしたらいいのかが全然分からない。
「あ、あの、何か御用でしょうか?」
声を掛けるのに戸惑っていると、少年の方から声を掛けられてしまった。その目に怯えを含んでいるように見えるのは、気のせいじゃないだろう。
いきなり見知らぬ成人男性が目の前に立ち塞がったら、普通に怖いよね。あれ? 俺にビビっているというよりも、シルフィの方を見て怖がっていないか? あぁ、そうか。大精霊が近くに居たら怖がるのも無理はないのか。
俺にはよく分からない感覚だからすっかり忘れていた。
しかしあれだ、ザ・純朴って感じの少年だな。そこまで暮らし向きに困ったことが無さそうで、マルコと違って警戒心がとても薄そうだ。村から夢と希望を抱いて都会に出てきたって感じかな? とても騙されそうな雰囲気を感じる。
……あれ? これってもしかして、冒険者ギルドに来た若者に絡む冒険者みたいな立ち位置? テンプレを愛する俺としては、ここは一発絡んでおくべき?
「ようよう兄ちゃ「裕太様、どうかされましたか?」ん……」
思わずテンプレに突き進みそうになった俺のセリフを、有能秘書さん改めリシュリーさんが遮ってくれた。
ありがとうございます。危うく馬鹿な方向に突っ走るところでした。
冒険者ギルドで新人に絡むのが、Aランクの冒険者ってのはさすがに無いよね。無理ゲーにも程がある。さすが有能秘書さんだ。
「リシュリーさんこんにちは。この子はあれですよね、精霊術師になるために冒険者ギルドに来たんですよね?」
「えっ? ええ、そうですが、どうしてお分かりに? もしかしてこの子には素晴らしい才能があるのですか?」
どうして分かったのかはシルフィが言っていたからだし、才能についてもシルフィがそれほどでもないと言っていたから、たぶんあまり期待できないと思う。
でも、そんなことを、えっ? ホントに? 僕に才能があるの? と状況に戸惑いつつも、期待した目でこちらを見ている少年には言えない。
「あー、才能については分かりません。ただ、この少年に合いそうな精霊が珍しいので声を掛けようかと……」
そういえば闇の精霊ってどういった扱いになるんだろう? ラノベとかゲームだと、迫害されていたりするよね? あれ? もしかしてデリケートな問題に片足つっこんじゃった?
「珍しい精霊ですか? この子は農家の子でして、植物の精霊との契約を考えて村から出てきた子なのですが、植物の精霊との契約は難しいのでしょうか?」
おうふ、この子、貴重な農家枠の精霊術師希望だったの? そんな貴重な子を、あの尊大な闇の精霊に売り渡すのはどうなんだろう?
「い、いや、植物の精霊とも契約は可能だと思いますが……」
どうしたものかと言葉に詰まる。闇の精霊がデリケートな扱いだとこの少年が可哀想だ。でも、近くに控えているシルフィと白い鴉は契約を望んでいる。どうすれば良いの?
「あっ、もしかして珍しい精霊と言うのは、光か闇の精霊ですか? それならとても貴重な才能ですね! ご家族には悪いですが、植物の精霊との契約は諦めていただいた方がいいかもしれません」
勝手にリシュリーさんが結論を出そうとしているが、反応からして闇の精霊が迫害されている訳では無いようだ。
普通だと魔族がどうとかで闇は嫌われそうな……あっ、この世界では普通に魔族が一緒に生活していたな。
サキュバスのお姉さん方にお世話になりまくったのに、忘れていたのは不覚としか言いようがない。
でもまあ、デリケートな問題にかかわらずに済みそうだし、助かった。
あとは、なんやかんやしてこの少年と白い鴉を契約させて終了。面倒ではあるが、意外と簡単そうだし、さっさと終わらせてキャンプにくりだすか。
あっ、その前にベル達と屋台巡りかな?
読んでくださってありがとうございます。