五百六話 鴉?
楽園で使う雑貨を仕入れに迷宮都市のマリーさんのお店に行くと、マリーさんが大ピンチに陥っていた。なんやかんやあって若返り草を追加で卸すことにして解決したけど、色々と疑ってしまってなんだか申し訳ない気持ちになった。
「マリーの顔、凄いことになっていたわね」
商談を終えて雑貨屋を出ると、シルフィがポツリと呟いた。
(……うん、そうだね)
成人女性の本気泣きを初めて見たけど、なんとも言えない顔面の崩壊具合だった。
それだけ商売先の上級貴族からの突き上げが酷かったんだろうけど、涙と鼻水全開での大泣きは美女でもフォローしきれないんだな。勉強になった。
女性の涙は美しいって言葉をどこかで聞いたことがあるけど、程度の問題なんだろう。
なんだか気分も沈んでしまったし、みんなと合流してキャンプにくりだそう。
(シルフィ、もうみんな冒険者ギルドに集まってる?)
俺が商談に行っている間、ジーナは実家の食堂に顔を出しに行って、サラ達は冒険者ギルドでリーさん達に挨拶。ベル達は定番の屋台巡りにくりだしている。
商談が終わったら移動する可能性は伝えているけど、さすがにまだ集まっていないかな?
「ベル達はまだ屋台を見て回っていて、ジーナは……まだ実家にいるわね。呼ぶ?」
(いや、せっかくの家族との語らいだし、俺もリーさん達に挨拶したいから呼ぶのはもう少し後でいいよ)
ジーナの実家、改修工事って言っていたけど、どうなったのかな? 見たいような見たくないような……うん、見ないでおこう。たぶんその方が俺の精神には良い気がする。
(ベル達の様子はどう? 退屈そうにしていない?)
「新しい屋台が増えているから、楽しそうに見て回っているわよ。たぶん、この後に引っ張り回されるわね」
……リーさん達に挨拶したらキャンプに行こうと思っていたんだけど、すぐには出発できなさそうだな。ん?
(シルフィ。新しい屋台ってそんなに増えてるの?)
一時期、ベル達が屋台探索にくりだしても、面白そうな屋台が発見できないってスネていたはずだけど?
「結構増えているみたいね。裕太がトルクに教えた料理やデザートを出している屋台もあるわよ」
あぁ、俺がトルクさんに教えた料理が、そろそろ屋台にまで進出してきたのか。切っ掛けでしかないけど、迷宮都市の屋台増加に一役買えたのなら、ちょっと誇らしいな。
(カレーの屋台も出てるの?)
「……カレーは見当たらないわね」
(そっか)
さすがにカレーはまだだったか。まあ、まだ香辛料の安定供給に着手したくらいだろうから、さすがに屋台では出せないよね。ベティさんの頑張り次第ってところだな。
表面上はあんまり変わっているように見えない迷宮都市も、知らない間に意外と変わっていたようだ。
後でベル達と屋台を巡るのが、少し楽しみになってきた。
ちょっとした変化に気を良くして歩いていると、冒険者ギルドが見えてきた。
そういえば、冒険者ギルドも俺が迷宮都市に来た当初と比べると随分変わった……いや、冒険者ギルドは違うな、変わったんじゃなくて強制的に変えてしまった気がする。あんまり美しい思い出にはなりそうにないし、考えないようにしよう。
無責任なことを考えながら冒険者ギルドの扉をくぐる。さて、サラ達は訓練場かな?
「ちょっと裕太、あれ見て。カウンター」
サラ達が居る場所に見当をつけて移動しようとすると、シルフィが楽し気な声を掛けてきた。
冒険者ギルドにシルフィの好奇心を刺激するものでもあったのかな? 結構珍しい気がする。
そう思いつつも俺の好奇心も刺激されたので、面白そうな出来事を期待しながらカウンターに視線を向ける。
……ん? 少年と青年の境目くらいの男の子が居るだけで、特に変わったことは無いようだけど?
(あの子がどうかしたの?)
「あの子、精霊術師の才能が有って、精霊術を習いに村から出てきたみたいね」
ふむ、それってあれかな? 俺の精霊術師講習が評判を呼んで、人が集まってきているってことかな?
そのことは嬉しいけど、少年が精霊術を習いに来るくらいでシルフィが楽しそうなのが分からない。そんなに精霊術師の育成に力を入れてたっけ?
「それで、あっちの陰を見てみて」
俺の疑問にも気づかずにシルフィが話を続けながら指をさす。
シルフィが示す方向を見ると……えーっと、あれは鴉かな? 色が白いから確証はもてないが、フォルムは鴉だと思う。アルビノってやつかな?
ギルド内に居るのに騒がれてもいないからたぶん精霊だよね。ふむ、あの白い鴉がジッと見つめているのは、カウンターの少年みたいだ。
(あの少年と白い鴉がすでに契約しているってこと?)
別に俺が斡旋しなくても精霊と契約する方法は普通にあるよね? あれ? そういえば精霊にもアルビノが居るの?
メラニンが欠乏するとかそんなのがアルビノの原因だったんだと思うんだけど……精霊にメラニン?
「違うわ。あの白い鴉は下級精霊だから、あの男の子ではまだ契約できないわ」
(どういうこと?)
色々と気になることが多くて、シルフィの言いたいことがいまいち理解できない。
「あの鴉は闇の精霊なんだけど、あの男の子が随分と気に入っている様子なのよ。あの男の子にそれほど才能は感じないのだけど……どうしてかしら? なんだかとても面白いことになっていると、私の勘がささやくのよね」
白い鴉なのに闇の精霊なの? いや、別に色の違いをどうこう言うつもりはないけど、闇の精霊なのに白い鴉って、なんか間違ってない?
そもそも、勘なの? シルフィは勘でそんなにワクワクしているの?
「面白そうだしちょっとこっちに呼ぶわね。話すのは難しいでしょうし、通訳としてベル達も呼び戻しましょう」
ドンドン話を進めるシルフィ。自分の勘に自信があるのか、凄く積極的だ。でも、わざわざ楽しんでいるベル達を呼び戻さなくてもいいんじゃないかな?
ちびっ子同士の方が話が通じやすいとしても、シルフィ達でも理解できないことはないんだよね?
あっ、シルフィが何かしたのか、白い鴉がこちらに気がついて飛んできた。
「ほう、風の大精霊ではないか。風が常闇の支配者である我に何用だ?」
飛んできた白い鴉が普通に言葉を話した。あれ? 動物型の下級精霊だと言葉を理解できても話せないんじゃなかったっけ?
それになんだかとても偉そうだ。小さいけど、もっと位が高い精霊なのかな?
「あら、あなた下級精霊なのに話せるのね。じゃあベル達は呼ばなくていいわね」
あれ? やっぱり下級精霊なの? レインもタマモもムーンも言葉を話せないのに、白い鴉が話せるってことは、もしかしてレイン達よりもハイスペックってこと? なんだか複雑な気分だ。
「無論だ。我くらいになれば言葉を操るなど造作もないことである。それで、何用だ? くだらぬ用事であれば、いかに大精霊と言えど我の鉄槌が下ることになるぞ」
……人型のベル達よりもスラスラ話している気がする。どういうこと?
「ふふ、くだらない用事ではないと思うから、少し話を聞かせてもらえないかしら?」
シルフィ、勘だとか面白そうだとか言ってたよね? それでよく普通にくだらない用事ではないって言えるね。俺の方がドキドキするよ。
「ふむ……まあよかろう。聞いてやるゆえに話すがよい」
「そうね。まずは本題に入る前に聞いておきたいのだけど、下級精霊でそれだけ見事に言葉を操るのはかなりの精神力が必要なはずよ。何かコツでもあるのなら教えてくれないかしら? むろん、対価は払うわよ」
たぶん、対価を払うのは俺な気がする。でも、ナイスな質問です。コツがわかってレイン達と自由に話せるようになれば、俺もとても嬉しい。
できる範囲であれば、対価はいくらでも払おう。
「なるほど、そのようなことが知りたかったか。だが残念だな」
「残念なの?」
「あぁ、コツなどない。ただ、我が特別なだけだ」
鴉の表情なんか見分けられるはずないんだけど、なぜかハッキリと分かる。この白い鴉は今、とてつもないドヤ顔をしている。
「どういうことかしら?」
「知りたいのか?」
「ええ、教えてちょうだい」
「……我の偉大さを考えれば興味を持つことも無理からぬことではある。良かろう、話してやる」
この白い鴉、とても偉そうだな。
「この我といえども、幼き頃は未熟なただの精霊であった。だが、その頃から我は理解していたのだ。我が特別な存在だとな」
なんか無性にツッコミたくなる話のような気がする。でも、白い鴉は俺のことは眼中に無いようだし、シルフィも楽しそうに話を聞いているから余計な口は挟まないでおこう。
「そしてそれは間違っていなかった。進化の時を迎え、そして進化を終えた時、我は白き衣をまとい、自由に言葉を操る、そう、偉大な常闇の支配者となっていたのだ!」
……えっ? どういうこと? 話が急展開過ぎてついていけないよ? 理由は? 特別になった理由? 白き衣をまといって言ってたけど、浮遊精霊だった頃は普通の黒い鴉だったってこと?
「なるほど、ありがとう理解できたわ」
なにが? 俺はサッパリ理解できてないよ!
「それでなのだけど、その偉大な常闇の支配者なあなたが、なぜ冒険者ギルドであの男の子に注目していたのかしら?」
えっ、シルフィ、俺を置いてきぼりにして話を進めちゃうの?
「知りたがりな娘だな。しょうがない、教えてやろう。ある時我は感じたのだよ。あ奴に。我と通ずる偉大な存在になる可能性をな」
……俺には普通の男の子にしか見えないよ?
「分かったわ。そういうことなら私でも力になれるから、協力するわ」
シルフィ?
「偉大なる我に協力など必要無いが、我の協力者となりたい者を無下にするほど狭量ではない。よかろう、我に協力することを許す」
「うふふ。感謝するわ」
……もうそろそろ全力でツッコミを入れても許されるよね?
読んでくださってありがとうございます。