五百三話 レアな職業、それは……
楽園を開拓して中級精霊達が遊びに来られるようにする予定が、なぜか計画を話し合っている段階で世界征服……いや、世界の平和を維持するような流れに変わりそうになったので、気合で開拓計画に話を戻した。弟子達の無垢な信頼が偶に怖い。
「ごほん……それで、開拓をするんだけど……」
「裕太の兄貴、質問があるんだぞ!」
ようやく話を本題に戻したと思ったら、ジーナに続いてルビーからも質問が……今度は話の流れが大幅にズレないような質問でお願いしたい。
「……なにかな?」
「中級精霊が沢山遊びに来られるようにするんだぞ?」
「うん、そのつもりだけど?」
ルビーが首をひねっているけど、何か問題でもあるのかな?
「たぶん手が回らなくなるんだぞ?」
……なるほど、小さい子達の精霊の村での一番の楽しみは楽園食堂でご飯とデザートを食べることで、いつも楽園食堂は大人気だもんな。そこに中級精霊まで合流したらたしかにパンクするかもしれない。
「……まあ、その為に楽園の規模を拡大するんだから、食堂を大きくするかもう一つ食堂を増やせばいいんじゃないかな?」
入りきらないのならば入れるようにすればいい。力業だけど確実な解決方法だよね。
「誰が料理するんだぞ?」
えっ? あぁ、建物だけじゃなくて、料理ができる精霊を増やした方が良いってことか。
「じゃあ、料理が好きな精霊をシルフィにスカウトしてきてもら……そういえば、料理ができる精霊ってルビー達くらいしか居なかったんだっけ? いや、酒島でも簡単な料理は出しているはずだよね? そこから料理ができる精霊を引っ張ってくれば……」
「あー、裕太さん。ブラック達も簡単なおつまみくらいなら作れるようにはなったのだけど、それ以上は形にもなっていないわ。本格的な料理は私が注文を受けて酒島に出前をしているのよ」
……酒島に出前……そういえばルビー達は料理の布教目的でそんなことをしていたな。頼まれて補充する食材を多くした覚えがある。なるほど、そのフォロー役はオニキスが行っていたのか。
楽園食堂、酒島の出前、そこに中級精霊達が食べる分が増えたら、考えるまでもなく大変だな。
ロールプレイが好きなブラックさんでもおつまみが作れる程度の腕なら、酒島の料理のレベルも想像がつく。店は増えても人材が足りていないんだろう。
酒島はなんだか怖くて表面上しか視察をしていないけど、そろそろ本格的に視察するべきなのかもしれない。
……けど、初期のブラックさん達だけじゃなくて、こだわりを持った精霊が酒島に参入しだしたから、深淵をのぞき込むような怖さがあるんだよね。足を踏み入れたら後悔しそうな気がする。
……まあ、あれだ、酒島の視察は後回しだな。今は中級精霊が楽しめる受け皿を作る方が大切だ。
あれ? 食堂が大変ってことは他の施設も手が回らなくなる可能性があるってこと? 確認しておいた方がいいな。
「えーっと、食堂についてはどうにかするとして、雑貨屋とか他の施設は大丈夫なの?」
「雑貨屋はお客が増えるなら商品の種類を増やしてほしい! あと、中級精霊の子達が増えるなら、雑貨を宿で飾るだけじゃなくて、実際に雑貨が使える場所があったほうが楽しいと思う!」
エメは相変わらず元気だな。
でも、うーん……商品の種類を増やすのは問題ないとして、実際に雑貨を使える場所?
たしかに中級精霊なら浮遊精霊や下級精霊よりも上手に雑貨を使いこなせそうだし、エメが言った通りにその雑貨を実際に利用できる場所を用意するのは賛成だ。
……でも、雑貨が使えそうな場所ってどんな場所?
「えーっと、どんな場所を準備すればいいの?」
「場所?」
「うん。雑貨を実際に利用する場所ってどんな場所?」
「うーん、人と同じような生活ができる場所?」
いきなり開拓だとか言いだした俺が悪いんだけど、エメにも具体的なイメージは無いらしい。
でも人と同じような生活か……ベル達も子供部屋で色々と楽しんでいるようだし、精霊の立場からすればそれが娯楽になるのかもしれない。
雑貨を使う場所……家でいいのかな?
でも、家を何軒も用意するとただでさえ人材不足なのに更に管理が大変になる。人と同じ生活とはちょっと趣旨がズレてしまうが、図工室みたいな場所を用意して様子をみればいいか?
「分かった。雑貨は迷宮都市で仕入れてくるし、場所もとりあえずなんとかしてみるね」
ノモスに大きな建物を造ってもらって、色々と設備をぶち込めば一軒でなんとかなるだろう。
「うん!」
「後は宿屋と両替所だけど、何かあるかな?」
「んー、宿屋で時間が掛かるのは本の読み聞かせくらいだから、手が回らないってことはないわ。あっ、でもお客さんが増えるのならベッドの数は増やしたいから、宿は大きくしたいわね」
サフィの要望は宿の拡大か。建物を大きくしてベッドを増やすくらいなら特に難しいことはないな。魔法って凄い。
まあそれでも、宿の運営なら掃除とか手間が掛かることが沢山あるはずなんだけど、それも生活魔法で大抵解決できる。やっぱり魔法って凄い。
「分かった。なら建物はノモスかシトリンに頼むとして、ベッドは雑貨と一緒に迷宮都市で仕入れてくるね」
「お願いね」
「両替所は特に設備は必要ない。でも、貨幣の量は増やしてほしい」
「了解」
シトリンの要望は貨幣の増量か。まあ、使う人数が増えるから当然だ。これも迷宮都市で仕入れてこよう。
……思った以上にやることが多い。開拓以前の施設拡張で諦めたくなりそうだ。まあ、迷宮都市の用事は大半をマリーさんに丸投げだけどね。
「それで裕太の兄貴、料理はどうするんだぞ?」
あっ、そうだった。一番の難題が残ったままだった。
「シルフィ、料理ができる精霊を連れてこられない?」
困った時のシルフィ頼みだ。今までシルフィに頼んでどうにもならなかったことなんてないし、シルフィならなんとかしてくれるはずだ。
「存在しないものはどうしようもないわね」
クールに断られた。
まあ、存在しないんだから至極当然だな。さすがのシルフィでも世界の理を捻じ曲げるのは無理だったか。
精霊は沢山存在していて、酒造りは他の聖域でもおこなわれていた。でも、料理ができる精霊はルビー達だけ……バランスがおかしいというか、お酒に一点集中し過ぎているよね。
いままでたいして気にしていなかったけど、ルビー達の存在って奇跡なのかもしれない。
精霊に候補が居ないのなら、料理ができる人を連れてくる……のは無理だな。トルクさんなら楽園に連れてきても大丈夫な気がするけど、さすがに宿屋を増築したばかりで引き抜く訳にはいかない。
ならどうする?
……どうにかこうにかやりくりして料理をひねり出すしかない。
「えーっと、ルビーは料理が嫌になったわけじゃないんだよね?」
「嫌じゃないんだぞ。食べる時間があれば、他はずっと料理していたって良いんだぞ!」
……それはそれでどこか狂っている気がするけど、やる気があるのならそれに甘えさせてもらおう。
「じゃあ、酒島への出前は深夜限定ってことにして、忙しい時間帯はオニキスとシトリンがヘルプに入る感じでなんとかならないかな?」
時間限定になると酒島の精霊達が不便になるけど、こういう場合に泣くのは大人の役割だ。だいたい、中級精霊が我慢して上級精霊と大精霊が飲みまくっているのもおかしな話だ。
まあ、酒島に遊びに来る精霊なら、お酒さえ切らさなければたぶん大丈夫だろう。
「あっ、楽園に残っていることが多いディーネ達にも手伝ってもらえばいいかも。ディーネ達はどう?」
よく考えたら楽園でのんびりしているメンバーが居たよ。この人材を活用しないのはもったいない。
「お姉ちゃんは楽しそうだから問題ないわー。頑張っちゃうわよー」
うんうん、ディーネはこういうこと、結構好きそうだよね。
「儂は酒造りで忙しいから無理じゃ」
ノモスの答えはなんとなく予想できていた。まあ、ノモスがウエイターというのも似合わないし、酒造りに専念してもらった方がみんな幸せだろう。
「私もお手伝いなら大丈夫ですよ」
ドリーはエース級の戦力だと見込んでいます。
「俺はそういうチマチマしたのは苦手だ。まあ、酒造りの合間にチビ達の面倒くらいなら見てやるよ」
凛々しいイフのウエイトレスシーンもちょっと見てみたい気がするけど、適材適所で考えるならそっちの方がいいかな? ちびっ子に人気があるもんね。
「僕もお手伝いくらいならなんとかなるかな?」
ヴィータの活躍はドリー並みに期待している。
これでフォロー役が四人増えた。エメ達なら料理のフォローもできるし、これで忙しい時間でもなんとかなりそうだ。
「べるもおてつだいするー」「キュキュー」「がんばる」「クー」「まかせな!」「……」
長話に飽きて周囲で追いかけっこをしていたベル達が、突如会話に乱入してきた。お手伝いのチャンスを逃さない、アグレッシブな良い子達だ。やる気に満ち溢れていて、とても可愛い。
普段ならありがとうって褒めまくってお手伝いをしてもらうんだけど、さすがに修羅場の食堂では足手まといになってしまうだろう。
いくら契約精霊達がとてつもなく可愛らしくとも、俺は楽園の主。情に流される訳にはいかない。ここは道理を説いてちゃんと断ろう。
「……ベル達には他の仕事お願いしたいから、食堂のお手伝いは別の機会にしようね」
断わるのは無理だ。裕太のお手伝いをするんだと、張り切っているこの子達にそんな残酷なことは言えない。簡単に情に流されてしまった。
「おしごとー! ゆーた、どんなおしごとー。べるがんばるー」
興奮で手足をワチャワチャさせながら仕事内容を聞いてくるベル。お小遣いをあげたくなる可愛らしさだ。
「……あのね。中級精霊達が来たら、みんなで楽園を案内してあげてほしいんだ。ベル達が色々と教えてあげたら、中級精霊達も喜んでくれると思うんだ」
とっさの機転でお仕事を捏造したが、ベル達は今までも遊びに来た子達の案内をしていて楽園の隅々まで把握しているし、悪くない考えだと思う。
最終的に中級精霊達がベル達の面倒をみているパターンも想像できるけど、それはそれで楽しい思い出になるはずだ。
仕事内容を聞いたベル達が、頭を寄せ合って相談を始めた。どうやら案内プランを相談しているようだ。
今から開拓を始めるんだからプランを練るのはまだ早いんだけど……まあ、楽しそうだから良いか。
「あぁ、ルビー。俺が居る時なら魔法の鞄に料理をストックしておけるから、作り溜めもしておくのも良いかもしれない。それでなんとかならないかな?」
煮込み系なら大量作成が可能だから、事前に大量に作っておけば手間はだいぶ減らせるよね。
「うーん……大丈夫……なんだぞ?」
「あれ? ちょっと難しい?」
歯切れの悪いルビーは珍しいな。
「難しくはないんだぞ。でも、酒島への出前は喜んでくれているから、深夜だけなのはみんなガッカリしないかなって思ったんだぞ」
手が回らないことじゃなくて、出前の時間制限に引っかかっていたのか。
「あー、まあ、最初は深夜だけにして、慣れてきたら時間を増やしてもいいんじゃないかな? あと、酒島で料理をしている精霊にルビーが料理を教えられたらいいかもね」
料理ができる精霊が居ないんだから時間制限はしょうがないだろう。料理ができる精霊が増えたら、色々と融通か利くようになるはずだ。たぶん。
「んー、分かったんだぞ。最初はそれでやってみるんだぞ」
完璧に納得した訳じゃないけど、どうにかルビーも納得してくれたようだ。
あとは、実際に中級精霊達が遊びに来るようになってからだな。たぶん、色々と問題が発生するだろうから、その都度頑張って対応していこう。
開拓プランを説明してサクッと開拓を始める予定だったけど、思わぬところで時間を食ってしまった。
中級精霊達の為にもペースアップで開拓を進めないとな。
『精霊達の楽園と理想の異世界生活』、今年最後の更新となります。
沢山の感想やアドバイス、ブックマークや評価を頂き、遅れることもありましたがなんとか今年も更新を続けることができました。
本当にありがとうございます。
来年も頑張りますので、これからもお付き合いいただけましたら幸いです。
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。
読んでくださってありがとうございます。