五百話 飯テロ、いや、調理テロ?
久しぶりにローゾフィア王国に向かい、ヴィクトーさんに挨拶をして遺跡の発掘現場を見まわることにした。ベル達は森に狩りと採取に向かい、弟子達はマルコの要望で発掘現場のお手伝いに向かった。みんなの自立した行動は嬉しいけど、取り残されると少し寂しい。
ベッカーさんにジーナ達のことをお願いし、シルフィとムーンと一緒に発掘現場を見て回る。
といっても、日本のように考古学的な発掘ではなく、お宝目当ての発掘だから現場はとても賑やかだ。
今のところ、地中深くに眠っている建物は後回しで、地表に出ている建物を集中的に発掘しているそうだけど、それも当然だろう。お金持ちの家は基本的に大きいよね。
「凄くむさくるしいわね」
(……うん)
俺が言えなかった本音をシルフィがズバッと言ってしまった。
でもまあ、シルフィがそう思うのもしょうがない。森の中なのに上半身裸で作業しているマッソーな男達を見れば誰だってそう思う。あと、虫刺されとか大丈夫なのかも気になる。
発掘作業に従事している人以外にも、ちゃんと装備を身に付けた男達が周辺を警戒してはいるが、半裸でムキムキで汗だくの男達のインパクトは絶大で、強制的に視界に飛び込んでくるのがとても厄介だ。
(なんだか、目が悪くなりそうな気がするよね)
攻撃されている訳でもないのに、視覚にダメージを受けている気がする。視力を落としてでも目の前の光景を見たくないと、俺の体が判断しているのかもしれない。
くだらないことを考えていると、目が温かな光に包まれた。
(……ありがとうムーン)
目が悪くなりそうって言ったから、目を回復させてくれたんだよね。うん、気持ちはとても嬉しい。
でも、ちょっとした目の疲労なんかもしっかり回復してくれたおかげで、視界がとてもクリアになったのが逆に辛い。
プルプルしながら、褒められるのを待っているムーンには言えないけど。
(……)
何事も無かったかのようにムーンにお礼を言って、周囲からはバレないように撫でくり回す。
ムーンのプルプルボディは、レインのツヤツヤスベスベな感触やタマモのモフモフとも違う癖になりそうな感触がある。
「「「おぉ!」」」
ムーンの感触に夢中になっていると、発掘現場の一角でどよめきが上がった。
「お宝でも発見したのかな?」
「ふふ。お宝ではないわね」
思わずつぶやいた独り言にシルフィが返事をくれる。
ふむ。どよめきは好意的な声色だったし、シルフィの雰囲気からしても悪い出来事ではなさそうだ。でも、お宝を発見した訳ではない。
以上のことを踏まえると……なるほど、理解した。ここは師匠としてしっかりと見守ってあげないといけないだろう。
どよめきがあった場所に向かうと、予想通りの光景が目の前に広がっていた。
キリッとした顔で両手を前に突き出し、小声で何かを唱えるふりをするマルコ。その前で四つ足を大地に付けて雄々しい表情で立つウリ。
ノモスやトゥルには及ばないが、ウゴウゴとひとりでに動いているように見える土の塊。
ヴィクトーさんの部下達も感心した表情でマルコを見守っているし、マルコの精霊術はかなり評価されているようだ。
でも、俺的にはウリの姿がみんなに見えていないのが少し残念だな。
雄々しい表情で頑張っているのに、にじみ出てしまうウリ坊の可愛らしさ。この姿がみんなにも見えたらグッズがバカ売れするのは間違いないだろう。
……まあ、基本、家の子達はみんな可愛らしいから、どの子でも見えたらグッズはバカ売れするだろうけどね。
「裕太殿、お久しぶりです。いやー、マルコ君の精霊術も素晴らしいですね。我々ではああも簡単に土を処理できませんよ」
内心でベル達の可愛らしさを自慢していると、ちゃんと装備を身に着けたアヒムさんが笑顔で話しかけてきた。
半裸のアヒムさんじゃなくてちょっとホッとした。
「アヒムさん、お久しぶりです。土の精霊術はこういう現場に強いんですよ」
ちゃんと精霊とコミュニケーションが取れるなら、一つの現場に最低でも土の精霊術師は一人は必要だと思う。
農家無双計画の次は土木無双計画も良いかもしれない。
「そうみたいですね。前に見せていただいた精霊術は戦闘向けでしたが、こういった利用法もあるのかと驚きました。そういえば、サラお嬢様の姿が見えませんが?」
「あぁ、サラならヴィクトーさんとお茶をしています」
「団長とお茶ですか。なるほどなるほど」
サラのことを聞いたアヒムさんが、優しい笑顔で何度も頷く。たぶん、自分達のいかつい団長とその妹がお茶をしている姿を想像して、ホッコリしているんだろう。
領地を失っても協力して生き抜いてきた人達だから、仲が良いよね。
「それでどうですか、発掘生活は?」
ヴィクトーさんとベッカーさんは意外と楽しそうだけど、他の人達がどう思っているのかが少し気になる。
「あぁ、楽しいですよ。まあ、最近自分の職業がなんなのか疑問を持つことはありますけどね」
アヒムさんが苦笑いで答えてくれる。今の生活を悪いとは思っていないが、思っていた生活と違うって感じかな?
冒険者なら駆け出しは肉体労働も多そうだけど、元騎士だからそこら辺の過程を飛ばしていて、土木作業=冒険者の仕事と結びつかないのかもしれない。
俺もそこら辺のイベントは飛ばしているから偉そうには言えないけど、城壁の補修工事とか冒険者の仕事としてはテンプレだよね。
「……楽しいならいいんじゃないでしょうか?」
とはいえ、テンプレがどうのこうのとは言えないので半笑いで曖昧な返事をすると、アヒムさんも苦笑いで頷く。
……なんだか微妙な空気になってしまったので、遺跡の見学を続けると言って別れることにする。
もう少しマルコの活躍やジーナとキッカの様子も見ていたかったけど、あのままだと場が持たなかったからしょうがないだろう。
「たいりょー」「キュキュー」「がんばった」「クゥー」「にくだぜ!」
特にお宝が発見されるような出来事も無く、遺跡見学を森林浴に切り替えてシルフィとムーンと森をお散歩していると、笑顔全開のベル達が飛んできた。
どうやら大量だったらしい。
ワチャワチャと周囲を飛び回りながら狩りの報告してくれるベル達。随分と楽しかったようだ。
発掘見学なんかしないで、ベル達と一緒に行動したほうが幸せだったかもしれない。
***
「ゆーた、ぐるぐるー」「キュッ、キュキュー」「もんだいなさそう」「クゥゥー」「きあいだぜ! もっとだぜ!」
発掘見学の翌日、俺はベル達の声援を受けながら一心不乱に回している。ラフバードの丸焼きを……。
昨日は食料に余裕がある訳でもないのに、ヴィクトーさん達が宴会を開いてくれた。
俺もその心意気に応えようと、昨日ふと思いついたラフバードの丸焼きに本当に挑戦してみることにした。
でも今ではちょっと失敗だったかもしれないと思っている。
イノシシの丸焼き用の器具を参考にしたラフバードの丸焼き器具は、トゥルの頑張りもあって問題なく完成した。
ジーナの協力のおかげで、ラフバードの下処理も問題なく終わった。
巨大なラフバードのお腹の中に詰め込む具材も、巨大なだけあって大量に必要だったが、魔法の鞄を持つ俺にとってはなんの問題も無かった。
ラフバードのお腹の中には大量のお米と、昨日ベル達が大量に採取してくれたキノコを山ほど詰め込んである。
炭火でじっくりと丸焼きにするラフバードのお肉は当然美味しいだろうし、ラフバードの肉汁とキノコの旨味をたっぷりと吸い込んだご飯も間違いなく美味しいだろう。俺も出来上がりが楽しみだった。
……ここまでは順調だった。
でも、今は集まる視線が辛い。
巨大なラフバードの丸焼きなんだから、当然室内で調理はできない。
森の中なので火事が怖いから広さに余裕がある場所が必要だが、拠点の近くは人の出入りも激しいし、洗濯等の日常作業の邪魔になる。
そういったことで場所を選定した結果、俺は肉体労働中の腹ペコ労働者達に飯テロを直球でおこなっている。
ジリジリと焼けることによって漂う暴力的な肉の匂い。徐々にこんがりと良い色に焼きあがっていく、巨大なラフバードの丸焼きの視覚的暴力。
夜にご馳走すると伝えてはいるが、肉体労働中に目の前でこんな物を焼かれたら辛いだろう。
俺は今、むくつけき男達の血走った視線を一身に浴びながら、ラフバードの丸焼きを焼いている。
魔物の襲撃でもあってラフバードの丸焼きが奪われないかなと思っているが、シルフィに魔物を寄せ付けないようにお願いしてあるので望み薄だ。
だから、まだ昼前なのに、夜まで視線を浴びながら焼き続けなければいけない。俺の精神は完成まで耐えられるんだろうか?
***
「やけたぜ!」
様々な角度から丸焼きを観察したフレアから、待ち望んでいた言葉が告げられる。
「完成しました!」
本来であれば、上手に焼けました的なこの世界の住人には理解できないユーモアでも挟みたいところだったが、そんな余裕は無いのでフレアの言葉と同時に即座に完成を告げる。
「うおお。ようやくかよー」
「ちくしょう、待たせやがって!」
「早く食わせろ!」
口々に浴びせかけられる罵詈雑言。だが無理も無いだろう。
せっかくのラフバードの丸焼きなんだからと、夕食は丸焼きが完成したら食べ始めることになった。そして、今は夜の八時を過ぎている。
俺もラフバードの巨体を考えて朝から丸焼きに着手したんだけど、結局こんな時間になってしまった。
仕事中ずっとラフバードの丸焼きの調理工程を見せつけられ、仕事が終わってもまだ食べられずに待たされる労働者達。
俺がサラの恩人でなければ、暴動が起こってもおかしくなかった。
そういった訳で、苦労して完成させた余韻にも浸らず、素早く大振りに肉を切り分け、中のキノコご飯と一緒に盛り付ける。
「よし、全員に配り終わったな。では、裕太殿に感謝して頂くように!」
配膳が終わると、ヴィクトーさんが早口で食事開始の号令をする。同時に言葉もなく肉に食らいつく団員達……。
***
ラフバードの丸焼き、皮はパリッと、肉はジューシー、ご飯は風味豊かでとても美味しかった。
次に作る機会があるなら、誰も居ないところでゆっくり調理しようと思う。
本日12/8日、コミックブースト様にて『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第29話が更新されました。
12/15日正午まで無料公開中で、主人公も頑張っていますので、お楽しみいただけましたら幸いです。
読んでくださってありがとうございます。