四百九十七話 人生の分岐点
色々と協力してくれたベティさんを招待して、報酬のドラゴンのお肉をふんだんに使ったお食事会を開催した。ちょっとした一言で有能秘書なリシュリーさんも参加することになり、その有能さに恐怖してしまったが、ドラゴンのお肉をたっぷりとご馳走したからご機嫌は取れたはずだ。
……取れたよね?
ベティさんのご機嫌は確実に取れた。
各種ドラゴンのお肉に狂喜乱舞していたし、メインのライトドラゴンのステーキでは感極まったのか、よく分からないテンションになっていたから問題ないはずだ。
リシュリーさんは……たぶん喜んでくれたと思うから大丈夫。でも、精霊術師講習も無事に終わったし、ジーナ達がダンジョンから戻ってきたらすぐに楽園に帰ろうと思う。
***
「父ちゃん。ひい爺ちゃん帰ってきたの?」
「おう、いきなり迷宮都市に行くことになって心配だったが、無事に戻ってきたぞ。今は畑に居るから俺達も行くぞ」
迷宮都市に行ったひい爺ちゃんが無事に戻ってきた。ちょっと安心した。
僕が行くかひい爺ちゃんが行くかって話になって、それが精霊と関係ある話らしくて、精霊術師は評判が良くないからって、ひい爺ちゃんが僕の代わりに行ってくれた。
老い先が短い自分が行くべきだといって……。
「畑? なんでひい爺ちゃんが畑に居るの?」
普段は家か庭先でのんびりして動かないのに、なんで畑? 迷宮都市で精霊術師がどうとか言っていたことと関係があるの?
「なにやら迷宮都市ですご技を身に着けて帰ってきたらしい。今からそれを実演するんだそうだ」
……ひい爺ちゃんが技? 普通にしているのに偶に生きているのか心配になってしまう、村で最高齢のひい爺ちゃんが技? 意味が分からない。
迷宮都市ってどんなところなんだ? 僕もそろそろ独り立ちだし、迷宮都市に出ることも考えていたんだけど、なんだか怖くなってきた。
父ちゃんと一緒に畑に到着すると、家族が全員集合していた。爺ちゃん婆ちゃん、母ちゃんに兄ちゃん。嫁に行った姉ちゃんまで集まっている。
あれ? 村長?
「に、兄ちゃん、何が始まるの?」
よく見たら村の顔役まで集まってる?
「俺も分からんが、なんかすごいことが始まるらしい。ほら、あの商業ギルドの男がひい爺ちゃんを送ってきた奴なんだけど、あいつがわざわざみんなを集めたんだ」
なんだそれ? あっ、ひい爺ちゃんが爺ちゃんに支えられて出てきた。杖は?
「みなさん、カンタンさんは迷宮都市で素晴らしい精霊術を学ばれました。これから起こる畑の奇跡をご覧ください!」
……なんかあの商業ギルドの男が張り切っている。父ちゃんが村に来る奴で口が上手い奴は危険だって言ってたけど、あの男も危険なんじゃないのかな?
「コォォォ」
ひい爺ちゃんが畑の前に立つと、おもむろに深呼吸を始め、その呼吸が段々深くゆっくりとした独特なものに変わる。
……何が始まるの? あれは呼吸困難になっている訳じゃないんだよね?
「に、兄ちゃん、これ、大丈夫なのか?」
「お、俺にそんなことが分かる訳ないだろ」
不安になって兄ちゃんに助けを求めたが、失敗。ドンドン不安が膨れ上がる。
あれ? ひい爺ちゃんの周りで精霊の気配がグルグル動いている? あんな動きをするのって初めてだよね?
「ひっ、うごいた……」
ひい爺ちゃんが妙な動きをしだしたので思わず声が漏れる。普段は一度落ち着けばピクリともしないひい爺ちゃんが、両手をゆるゆると円を描くように動かし始める。すごく怖い。
「精霊よ! 植物を司る精霊よ! 契約者たる我が汝に望むは秘めし力の解放! 汝の力をもって、トマトを時の楔から解放せよ! 生長促進!」
なんでか分からないけど、ひい爺ちゃんがとてもカッコよく見える。胸がドキドキする。力の解放? 時の楔? 意味は理解できないけど……凄くカッコいい……。
あと、ひい爺ちゃんってそんなにハッキリ声を出せたんだね。今までのモゴモゴした話し方はなんだったの?
「「「おぉ」」」
胸が締め付けられるような不思議な感覚に驚いていると、周囲の大人達からどよめきが上がった。
大人達もひい爺ちゃんの不思議なカッコ良さに驚いたのかと思ったが、みんなはひい爺ちゃんを見ずに畑のトマトを見て驚いている。
「兄ちゃん、どうしてみんな畑を見て驚いているんだ?」
「俺もひい爺ちゃんを見ていたからよく分からんが、ひい爺ちゃんのあの動きと言葉が関係しているのかもしれん。なんだか凄い技を身に着けたって言っていたからな。ちょっと聞きに行ってみるか」
「う、うん」
凄い技って、精霊と関係があるんだよね? なら僕も呪文を覚えれば、あのよく分からないけどなんだかカッコいいことができるようになるのかな?
兄ちゃんに連れられて父ちゃん達が騒いでいるところに合流する。
「親父、なんでそんなに驚いているんだ? 何があったんだ?」
「うん? お前、見てなかったのか?」
「ひい爺さんが何かしているのは見ていたが、それ以外は何が起こったのか分からん」
「おいおい、お前はいずれ俺達の畑を継ぐんだからしっかりしてもらわないと困るぞ。そこのトマトをよく見てみろ。ちゃんと面倒を見ているなら分かるはずだ」
父ちゃんの言葉を受けて兄ちゃんと一緒に畑のトマトを観察する。
……まだ小さな緑色の実を付けたばかりのトマト。朝に畑作業をした時と違っているようには見えないけど、何か違いがあるの?
「えっ?」
驚いた声を上げた兄ちゃんが、見ていたのと違うトマトを次々と確認していく。顔が、そんな馬鹿なって顔をしているけど、そんなに驚くようなことがあったの?
「親父! これ、トマトが生長したのか? わずかな違いだけど、自然に生長するよりも大きくなっているよな? いや、朝から昼でこんなに生長する訳ねえのは分かるんだけど、でも、そんなことがあり得るのか?」
えっ、トマトが大きくなっているの?
……生長していると意識してトマトを観察してみる。
あっ、本当だ。
今朝作業した時と比べると、たしかに大きくなっている。言われてみないと分からないくらいの変化だけど、それでもたしかに大きな違いだ。
「あぁ、俺も驚いたが間違いなく生長しているぞ。トマトの実に注目するように言われてずっと見ていたから間違いない。爺さんが呪文を唱え終わると、一瞬でわずかに大きく生長した。これは、とんでもないことになるかもしれねえぞ。あっ、おい村長、うちの爺さんは歳なんだから詰め寄るんじゃねえよ。殺す気か!」
村長がひい爺ちゃんに詰め寄っているのを見て、父ちゃんが慌てて助けに向かう。
でも、村長が驚くのもしょうがないよね。農作物の成長を早められるなら、それはとても凄いことだ。
「みなさん、落ち着いてください。とりあえず、どこかで休憩しましょう。カンタンさんが身に着けた技は他にもありますし、ゆっくり説明できる場所が必要です」
商業ギルドの男の人が仲裁に入る。なんだか怪しいって思っていたけど、ちゃんとした人だったようだ。疑ってごめんなさい。
ん? あの人、今、なんて言った? ひい爺ちゃん、他にも何かできるようになったの? 迷宮都市に向かってからそんなに時間が経ってないのに?
……僕の人生が今日劇的に変化することを、僕はまだ知らない。
***
私の人生が変わったのは、僅か十数日前の決断のおかげだろう。
長年組んでいたうだつが上がらないパーティーが解散し、帰ることができる故郷も無い私は、なんとか一人で迷宮に潜って生活していた。
罠を活かしてなんとかラフバードを狩り、持てるだけの肉をもって迷宮と冒険者ギルドを往復する毎日。
一人だから小さな怪我でも命とりになる。結果的に安全を重視することになるが、そうなると獲物が狩れないことも増える。だから贅沢どころか宿代すらギリギリな生活。
できればパーティーを組みたいが、四十になってもラフバードに苦戦するような人間と組んでくれる物好きは居ない。
最近、迷宮都市の新たな名物になりつつあるカレー。そのカレーで使う香辛料の採取依頼が増えて少しは楽になったが、それでも人生どん詰まりだった。
そんな時に耳にしたのが、迷宮都市を大混乱に陥れている精霊術師が講習を開く話。
自分に精霊術師としての才能があるのは理解していたが、それを公にするだけで下手をしたら冒険者ギルドで差別される。
だからずっと隠していた。これからもずっと隠していくつもりだった。
でも、羨ましいと思った。
話題の精霊術師は話にしか聞いたことは無いが、ギルドマスターにすら嫌な頭は下げないらしい。
悪い噂も沢山聞くし、できれば関わり合いになりたくないが、それでも自分を貫き通せる力には憧れる。
私は冒険者のくせして人と争うのが怖い。魔物と戦うのも怖い。冒険者に向いていない人間だ。他に真っ当な仕事があれば、間違いなく冒険者になんてならなかっただろう。
でも、それでも二十年以上冒険者として生きてきたんだ。
今までずっと隠していた精霊術師としての才能を利用するのは怖いが、これから死ぬまで今の生活を続ける恐怖と比べればたいしたことはないと思えたし、冒険者なんだから少しくらいは冒険してみたいと思った。
だから決断をした。精霊術師講習に挑戦してみようと……。
初日で心が折れた。面接のはずなのに、訓練場が地獄に変わり、なぜか合格してしまった。
圧倒的恐怖に負けて、受付嬢に講習辞退を申し出るが、これからは危険なことは何もないと慰留された。
正直に言えば逃げ出したかったが、冒険をするんだと心に誓ったことを思い出し、なんとか講習を受け続けることにした。
すると、本当に講習は穏やかで、その上、回復魔法が使える精霊と契約できるという望外の結果まで付いてきた。
だから間違いなく私の人生はこの精霊術師講習で変わった。そう、変わったんだ。
「私達から提示できる条件はこれくらいですね。悪くないと思うのですが、どうですか?」
Aランクの冒険者パーティーで、迷宮都市で二組しか居ない五十層を超えられるパーティー。迷宮の翼から勧誘を受けるくらいに人生が変わった。
しかも、今までの自分では考えられない好条件で勧誘されるくらいに。
でも少しだけ思う。
この年齢になって、輝く美青年と美女達のハーレムパーティに加入するのは辛いと……。
あぁ、私は貴重な力を得て増長してしまったのだろうか?
できれば、Bランクあたりで、気楽にお酒が飲めるおじさんパーティに加入したい。
読んでくださってありがとうございます。